141.不可視の忍び寄り
「お、やっぱり休日でもやってるお店はあるんだね、ちょうどいいしお茶でもしようか」
「賛成よ賛成大賛成! おなかもすいちゃったしのども乾いたわ」
芸術広場を堪能した僕たちであったが、ティズのかわいらしい小腹がなる音を聞いて、
少し開けた道に出てみると、そこには橋と川を眺めながら優雅なひと時を満喫できるであろう喫茶店がたっていた。
「あ、あそこがちょうど空いてるよティズ」
「ラッキー! あなたの幸運はこういう時役に立つわね!」
「ははは、ありがとう」
国民の休日だというのにかいがいしく働く老夫婦に僕とティズは感謝をしつつ、ほかのお客と一緒に近くのイスとテーブルを確保し、荷物を下ろす。
これだけ人の目があれば置き引きも強盗もないだろう。
「にぎやかだねぇ……繁栄者の道でもこんなに繁盛しているお店はないんじゃないかな」
「まぁ、きっとこれだけ混むのは今日だけなんでしょうね……。じゃなかったらウエイターくらい雇うはずだし、ここまでぼろくはないはずよ……」
「君は本当にストレートだね……趣も味もあっていいお店じゃないか」
「それは否定しないわよ、いいお店よ、気に入ったわ……でも趣があってもぼろいのも事実でしょう?」
「やれやれ、君は本当に口が減らないね」
「妖精の口が減るときは、一緒に頭の機能が低下している時よ……頭と口が直列でつながってるのよ、妖精ってのはね」
「妖精の国にだけは行きたくないね……君だけでもこれなんだ、きっと過労死するよ」
別に貶めようとして言っているわけではないのはもちろんわかる。
思ったこと感じたことがなんのフィルターも通ることなく言葉に出てしまう……悲しき妖精の性である。
僕は荷物を下ろしながらそんなティズと軽口をたたき、改めて周りを見回す。
ほかのお店がやっていない分、人々がここに集まるのか、今日だけ特別に設置したのであろうテーブル席でさえもほぼ満杯。
ハーフリング、ドワーフ、ノームが目立つそのテーブルには、コーヒーやサンドイッチをつまみながら、札遊びや賭け事をして優雅な昼下がりを楽しむ人々の楽しそうな、しかし穏やかな声が聞こえてくる。
「さて、席をとられちゃたまらないし、僕が買ってくるから、何か欲しいものは?」
「さくらんぼ!」
「あるかなぁ……」
「そうじゃなかったら甘い者! 甘酸っぱいのがいいわね、それで私の顔ぐらいの大きさで……丸くて赤い」
「さくらんぼじゃん!」
「とりあえずさくらんぼみたいな味のものをもって来れば満足するわけね」
「そういうこと、まぁでもなかったら何でもいいわ」
「了解了解」
僕はそう苦笑を漏らすと、ティズを置いて店の中へと入っていく。
これだけの人込みで妖精狩りもないだろうし……。
◇
人込みの中、黒い服をまとった男は、ひたりひたりと目的地へと向かう。
目的は一匹の妖精……。
ひとごみのなかをゆっくりと歩き、その黒服の男は人に触れることも気づかれることもなく歩いていく。
その姿は異質であり異形。
通常であれば気づいた人間が悲鳴を上げるか通報をするだろう。
全身を黒づくめにして、頭から紙袋……のような黒い覆面をかぶっている。
しかし、人々はその男に気づくことなく、優雅な昼下がりを満喫している。
「こひゅー……こひゅー」
呼吸音が覆面から漏れ、男はようやって人込みから一人の妖精のもとまで訪れる。
テーブルを守るようにひらひらと飛び回る金色の髪の妖精。
目の前で飛び回っているにも関わらず、その妖精はその男に気が付かない。
まるで、影や、死霊の様に……。
男は黙って、飛んでいるその妖精をつかむ。
瞬間、妖精はようやくその男の存在に気付いたのか、恐怖と混乱で青い顔を浮かべ
悲鳴を上げようとするが……それよりも早く男は妖精を眠らせた。
力なく倒れる妖精……そんな変化でさえも、人々は気づくことなく……男は妖精の中身を探る。
「……ない……か」
そっと妖精をテーブルの上に戻し、男はひたりひたりとまた街の中に消えていく。
「聖女よ……いずこに」
そう、悔し気な……憎々し気な言葉を漏らしながら……。
◇
「まさか春のさくらんぼフェアーをやってるなんてね、ほらティズ、チェリーパイにチェリーティー君の中で最高の……ってあれ?」
店に入って注文をし、チェリーパイを受け取るまでの短い時間……僕はティズのもとに戻ると、机の上で突っ伏して眠るティズがいた。
伏しているならまだ心配の一つもするのだろうが、鼻提灯を出しながらおなかを出して眠る妖精にそんな体調不良などの心配をする必要は全くなく。
僕は苦笑を漏らしてティズをつつく。
「んーー……さくらんぼ」
昨日の今日で疲れてしまったのか、僕は苦笑を漏らして、自分の分の紅茶に口をつける。
目覚めるまでにしばし時間はかかりそうだが……ティズは猫舌だ……少しくらいこうして
かわいらしい相棒の寝顔を拝んでいても罰は当たらないだろう。
「本当……黙っていれば可愛いんだから……」
そうこぼし……僕は何かの視線を感じてふと後ろを振り返る。
「……?」
確かな誰かの視線……しかし振り返った場所には先ほどと同じで人々が楽しそうに
札遊びに熱中する姿……誰も僕のほうなど見る気配もない。
「気のせいか……」
昨日から気を張りすぎできっと疲れているのだ。
僕は一人そう判断をして、もう一度ティズの寝顔ウオッチングにいそしむ。
このとき、僕がもう少しこの異変に対して疑問を抱いていれば……。
もしかしたら、あのような事態を招かずに済んだのかもしれない




