140.ティズとのデートと行き倒れのシンプソン
「ふっふ~んデート、デート~! ウイルとデート―!」
ティズは陽気な鼻歌を歌いながら、ひらひらと美しい蝶のように僕の周りで文字通り舞い踊る。
いつもならばおっさんくさい言動を漏らしながらけだるげに僕の頭の上に寝そべっているというのに、こういう時に限って女の子らしい。
「どこ行くのかしら? お酒……はまだ早いわよね! 食事? あ、ロイヤルガーデンもいいかも!」
「さっきお昼食べたばかりだろうティズ? お店もほとんど空いてないし。 ロイヤルガーデンもエンシェントドラゴンゾンビのブレスで何も残っていないよ」
はしゃぐティズに苦笑を漏らしながら、僕は優しくティズにそういうと。
「じゃあどこ行くのよ! あ、まさかやらしいところに連れ込む気じゃ! ばっちこい!」
「少し落ち着きなさいなティズ」
苦笑を漏らし、僕は冒険者の道から王城を挟んだ反対側……河川のほうへと歩いていく。
普段あまりとおることはないが、決して無視はできない重要な場所、リルガン川沿い大橋広場。
発展著しく、陸路の入り口である王都リルガルム西側と異なり、東側は工業や農業……そして何より芸術が集う地区となっており、大きな川が地区を横断するように流れている。
結構大きな川であるため、横断方法は船か橋の二つのみ。
今日こそ人は少ないが、普段であれば川に大量にかけられた橋にはいつも牛車や竜車が行きかい、物資を行き来させる。
橋は船が通れるように大きく建てられ、毎日のように鉄や銅といった素材が上流の国や街から船でやってきて、工場へと運ばれる。
商業の中心地が冒険者の道、繁栄者の道であるならば、こちらは工業や農業の中心となる場所である。
上流は農業地帯、下流は工業地帯と別れており、王都リルガルムの発展と自給を支える重要拠点の一つでもありノームやドワーフ、ハーフリングが好んで住まう地区である。
浄水施設や魔鉱石の製作など、国民の生活に必要な設備の中心ともなっているため、本来ならば王都襲撃により一番襲われてしかる場所でもあると思うのだが。
幸いにも、短期決戦を仕掛ける上ではさして重要拠点ではなかったためか、こちらは王都襲撃にあっても無傷であり、僕たちはのどかな風景を楽しみながら二人きりの散歩を楽しむことにする。
「あっウイル! これ見てこれ見て! シンプソンみたいじゃない!」
橋の手前、芸術品が立ち並ぶ芸術広場にて、ティズはおどけた表情で広場に立ち尽くす銅像の前でそう笑う。
川なんて見て何が楽しいのよ……なんて言っていたティズであったが、すっかりと橋の下を通っていく船や芸術広場の芸術品に興味津々であるようで、このようにご満悦な笑顔で
デートを楽しんでいる。
「あんたのメイズイーターもこんなの作れたら面白いのにね」
「いや……そういうスキルじゃないと思うんだけど」
「練習したらできるんじゃない?」
「できたとして何に使うのさ」
苦笑を漏らしながらティズと笑いあい、僕は懐かしい思い出に浸る。
――私が今日から、あなたの家族になってあげるわ――
思えば、ティズが家族になってから半年近くは……二人きりで過ごしていた。
一人きりの森の中……父さんをただ待った森の中……
そんな孤独を救ってくれたのは、この少女であった。
「ウイル―!」
その笑顔は今も変わらない……。
たとえあれが、偽りの……いや仮初の笑顔だとしてもそれがうれしい。
彼女は僕のパートナーであり、かけがえのない家族であり……姉のような存在である。
だから、ずっとずっと今みたいに笑っていてほしい。
そしてできれば……思い出してほしい。
幸せだった時間を……大切だった人たちを。
初めてであった森の中……ティズは血だらけで、確かに誰かの名前を呼んだ。
かすかで、聞き取れなかったが、幸せそうな瞼の裏の情景に微笑む彼女は誰よりも幸せそうで。 今の笑顔とは比べようがないほど……暖かかった。
その笑顔が今でも離れない……。
彼女が忘れてしまった、忘れたくなかった、忘れてはいけないその人達の名前。
自分のエゴかもしれない、自分のわがままかもしれない。
でも、この願いが届くのならば、そのためならば何だってしよう。
ティズは、僕のたった一人の家族だから……僕は彼女の過去を取り戻すのだ……。
あの時間を取り戻すために……。
僕は戦い続けると誓った……。
それが、彼女にできる……僕の家族にできる、たった一つの恩返しだから。
「どうしたのティズ? そんなに嬉しそうに」
ティズは嬉しそうに橋の前に建てられた看板を見て大はしゃぎをしている。
さくらんぼ大橋とでもいうのだろうか。
「ほらほら! 見てよこれ!」
ティズに言われるがまま、僕はその看板を見てみると。
「ちょっ……口づけの橋って」
カップルがキスをするイラスト付きで、口づけ大橋という名前が付けられていた。
「ここでキスすると! 二人は両想いになれるのよ!」
「キスしてる時点で両想いだと思うんだけど!」
「ラッキースケベもオッケーってことよ! もてないさえない青春真っ盛りのウイルに、仕方ないから私直々に春をプレゼントしてあげるってわけよ! 感謝しなさい?」
「ティズ、何を言っているかわからないし余計なお世話だ!」
「こんな! あなた好みの貧乳女子はそーそーお目にかかれないわよ馬鹿ウイル! いいから私に決めちゃいなさいよ! キーースーー!」
「ああーもう!? 恥ずかしいからやめっやめろう!」
そう、ティズと恥ずかしいやり取りを繰り広げていると。
「うーん」
「あら? なんか言ったかしら? ウイル」
「いんや?」
誰もいないはずの芸術広場から、うめき声が響く。
あたりを見回し、声のほうを見てみると。
「うーーーん」
そこには、神父シンプソンにそっくりな銅像が横たわり、声を発していた。
「……あら大変ウイル。 あのあほ神父みたいな銅像が横たわって面白い声で鳴いているわ」
「いやいや、よく見てティズ……あれ一応神父だから……」
「うーーん」
クレイドル寺院神父・シンプソンは助けを求めるようにもう一度うめき声をあげ。
僕たちは見かねて彼を助けることにするのであった。
方法は古くから代々伝わる伝統的救命救急術。
「ツボ押し」
「いったあああああああああああああああああ!?」
さすが伝統的救命救急術、効果は覿面だったようだ。
ちなみにこの救命救急術、年齢が高くなれば高くなるほど効果は高くなるらしく、神父の年齢がおそらくみためよりもはるかに行っているであろうことが発覚した。
「よかった、目が覚めたのねくそ神父……死んだかと思ったのに残念だわ」
「助かった早々に死にたくなる発言を受けて腹立たしいですがとりあえずありがとうございます」
神父はぜぇぜぇと息を切らしながらそう胡坐をかいて立ち上がる。
どうやら行き倒れていたのは純粋な疲労だったらしい。
まぁそうか、ティズの言いつけ通り死んだ人間を全員丸一日不眠不休で治し続けていたのだ。 そりゃ行き倒れもするだろう。
「大変だったね神父」
「おおおマスターウイル! あなただけですよ私の苦労をねぎらってくれるのは」
「まぁ、無茶お願いしちゃったのは僕だし、君がいなくなると僕たちの迷宮攻略が安心してできないからね。心配なのはそこだけ」
「それ以外も心配してくださいよ!」
「で? だいたい答えはわかるけどどうしてこんな中途半端なところで行き倒れてるのよ……せめてもの情けで聞いてあげるわ」
「ぐっ……聞く気ゼロな奴ですねティズさん。 まぁ一応言いますけれども……この先にある錬金術広場の犠牲者の蘇生が終了し、すべての被害者の蘇生が完了したのが昨日の深夜三時ごろでしてね……神父もー疲れちゃいまして、祭りとか放っておいてとりあえず寺院に戻ろうとこの先の関所から出ようととぼとぼ歩いてたんですよ……そしたらこの場所で急に頭が真っ白になっちゃいまして、気が付いたらツボ押しされてたんです」
「すがすがしいほど面白みの欠片もないわね……助けるんじゃなかったわ」
「ひどい! 行き倒れに理由なんてあってたまりますか! しいて言うなら、ヴァンパイアワームに飲み込まれて粉々になった人たちの蘇生に相当の体力と精神力を持っていかれたのが原因ですよ!」
「そう、頑張ったんだね神父。 労働の対価におうちでゆっくり眠る権利をあげるよ」
「うそ! 私の労働対価! 安すぎ!」
「うるっさいわねぇ、助けてあげたんだから感謝してさっさと家に帰ればいいのよ守銭奴神父。 私は今ウイルとデートなの、本来なら一秒たりともあんたに時間を割きたくなんてないのよ」
「それはどうも失礼いたしました畜生!」
神父はもはやヤケクソといった様子でそう叫び、衣服のほこりをはたく。
まぁ、いじりがいがあり楽しいのだが、さすがに僕も道端で倒れるほど働かせたことは反省をし、体をいたわっておく。
「じゃあ、気を付けて帰るんだよ神父。 体の調子は本当に大丈夫なのね?」
「本当、その言葉が最初に出れば私だってすぐにお暇するんですよ……くすん、ですがお気遣い感謝します! 倒れた時に少し頭でも打ったのかずきずきしますが、まぁこれぐらいなら奇跡で何とかなります」
「そうですか、それは安心した……じゃあ、僕たちはこれで」
「ええ……あ、そういえばそうだ」
立ち去ろうとする僕たちをシンプソンは呼び止める。
「まだ何かあるの?」
ティズはそう横目で見やるが、シンプソンは神妙な面持ちのまま。
「ええ、私の仕事の報酬はいつ頃もらえるんですか? マスターウイル」
そういい放つ。
それは、以前約束したクレイドル寺院に存在する大穴を埋める作業のことであり。
僕はすっかり忘れていたことを思い出す。
そういえばそんな契約をした覚えがある。
「……あんた、そんな契約してたの?」
「王都防衛に協力してもらうためにちょろっとね」
「呆れた」
ため息を漏らすティズに対し、僕は一度小さく舌を出して苦笑を返し。
「まぁ、また今度ね」
「あっちょっと!? マスターウイル?? 本当いつですか~」
それだけ言ってさっさとその場を後にする。
とりあえず今日ではないことは確定しているので、これ以上気にかける必要はないだろう。
そう判断し、僕はティズを引き連れて、一日デートを満喫するのであった。
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