139. 眠りの忍 カルラ
王都リルガルム、ロバートの王城前。
正門はいつも通り固く閉ざされ、いつもは二人の衛兵が今日のところは6人体制で見張りを行っている。
昨日の今日だ、レオンハルトも気を抜いていないのだろう……シオンのメルトウエイブがあったとはいえ、残存兵力がいないとも限らない……。
騎士団も大変だ。
僕はそう勤勉な騎士団に感心をして、ゆっくりと衛兵たちに近づいていく。
「何者だ」
警戒態勢中のため、騎士団の声は強く、僕は警戒をあおらないように一度両手をあげて敵意はないことを示す。
「伝説の騎士・フォースの代理で参りました、ウイルと申します……フォースからの書状をここに、おとといお渡しした依頼書と合わせれば、書状が偽物でないことの証明になる……とのことです」
僕は自分で書いた伝説の騎士フォースの書状をレオンハルトさんに届けるように衛兵の人に渡す。
「騎士殿の……しばし待たれよ」
騎士の一人がその書状を受け取り、確認のために王城へと入っていく。
しばらくここで待つことになりそうだ。
「……しっかし、あんたもちゃっかりしてるわよね……」
僕の頭の上に止まっているティズはそうこっそり僕にそういうと、僕も確かにねと苦笑を漏らす。
伝説の騎士として書状を渡した際、僕は思い付きでレオンハルトに王都防衛の依頼書を残しておくようにもお願いした。
次からは、使者を送るかもしれない、その時にその依頼書と使者の持ってきた文書の照合をしてくれと言葉を添えて。
こうすれば、僕は王城でレオンハルトさんにウイルとして出会うことができるし。
カルラにこの姿で面会することもできる。
「お待たせして申し訳ありません、使者殿……お初にお目にかかります、わたくし王国騎士団長レオンハルトと申します」
なんだか妙な感じだ。
「初めましてレオンハルトさんわざわざお出迎えまでしてもらって」
「フォース殿には大変なる御恩がありますゆえ……その使者殿を無下に扱うわけにはまいりませぬ」
「ありがとうございます……僕はウイルと言います、そしてこっちが」
「ティズよ」
「……ティズ……」
レオンハルトの目が一瞬光り、ティズを見つめる。
「あの? ティズが何か?」
「い、いえ!? なんでもありません。 してウイル殿、本日はどのような用向きで」
「昨日、サリアが王国騎士団にアンドリュー軍の忍を引き渡したとお聞きしたので、まだ無事ですよね」
レオンハルトのことだ、即刻処刑ということはないと信じているが……念のため無事を確認しておく。
「ええ、もちろんですよ騎士殿。 牢獄にはつないでおりますが、外傷はすべて治癒。まだ昏睡状態ではありますが、いずれ目を覚ますことでしょう。
サリア殿の指示通りスキルと魔法を封じて自決しないように細心の注意を払っております……決して危害を加えるなということであったので、記憶の読み取り、改変等は行っておりません……見張りにも、呪いに対する最高防備をそろえさせております……」
笑顔で答えるレオンハルトに僕は一度安堵のため息をつき。
「では、少し彼女の顔を見ることはできますか?」
そう僕は言い放つ。
「……なるほど、使者殿直々にということですか……いいでしょう。 その代わり
私も同席しますがよろしいですか?」
「かまいません、単なるお見舞いなので」
「ふふ……フォースのお仲間は本当に、真意を隠すのですね……」
レオンハルトはどこか眼光鋭く笑みをこぼし、僕はその意味が分からず疑問符を浮かべた。
◇
王城の中庭から入る薄暗い階段を下っていく。
レオンハルトに案内されて入っていったそこは、レオンハルトによると密偵やスパイを幽閉するために作られた牢獄であるらしく、自決防止や情報漏えいの阻止など様々な工夫が凝らされた部屋だということを説明してくれる。
「独房の割にはきれいですね」
「使われることがあまりないもので」
「平和ですね……」
「ええ……とても……さ、つきましたぞ、ウイル殿」
そんな小難しい自慢話に僕は適当に相槌を打ちながら歩くこと数分。
目的の場所にたどり着いたレオンハルトはそう漏らす。
「ありがとうレオンハルトさん」
「いえ、当然のことです」
僕はレオンハルトさんに一つお礼を言い、牢獄の中を覗くと。
光りの刺さない独房の最奥。 その闇の中で、横たわり眠る真黒な少女がいる。
間違いなくカルラだ。
呪いも見当たらない。
「意識はまだ戻りません……記憶操作をされるのですか?」
「その必要はないです。 今日は、無事であることをこの目で確認したかっただけですから」
「さようでございますか……フォース殿の手紙には、彼にすべてを任せる……そう書いてありましたので、あなたに従いましょう。 記憶の読み取り、改ざん、尋問は控えます……」
「そう……ありがとう、レオンハルトさん」
通常であれば、あれだけのことをしでかした人間にそこまでの特別待遇は許されないのであろうが、レオンハルトからは伝説の騎士への絶対的信頼が感じられた。
「明日もまたお見舞いに伺います……今度は、花でももってきますね」
「ふふ……まるで恋人のようですね……彼女はアンドリューの手先ですよ」
「ええ、でもそれ以前に……僕の大切な友達なんです」
「ご友人?」
「あっ!?」
一瞬、レオンハルトは目を光らせ、僕は少ししまったと思ってしまう。
アンドリューの手下の友達だなんて言ったら……下手したら僕まで牢獄行きじゃないか僕の馬鹿!?
「ふっふふふ……なるほど、どうりであなたがフォースの仲間でありながら戦闘に参加した記録がないはずだ……。 そこまでアンドリューの陣営に忍び込むとは……」
「へ? あ、あぁ、察していただいて助かります?」
「ふっふふふ、私も少しは頭を使うようになったのですよ、以前のままではあなたたちに失望されかねませんからね」
何やらレオンハルトは多大な勘違いをしたらしいが、とりあえず僕はうなずいておく。
「では、すぐにあなたの入出記録を抹消させます……この面会は極秘扱い……この少女には誰も会いに来ていない……それでよろしいですか?」
「え、あ。はい。 助かります?」
なんでだかわからないが、僕はそうしておく。
「ふふふ、なるほどなるほど……あなたがそうなのですね……いやはや」
レオンハルトは瞳を輝かせて僕を見つめ、何やらぶつぶつつぶやいている。
どうしよう、何かえらい勘違いが起こっているような気もするが……。
変に突っついて話が大きくなるのも困るので、その時僕はとりあえず否定をすることはしなかった。
◇
「では、フォース殿によろしくお伝えください」
「はい、また明日も来ますが、よろしくお願いします」
「ええ、それでは」
レオンハルトはそう僕たちに礼儀正しく一礼をすると、踵を返して王城へと戻っていく。
「王都防衛の後片付けとかで大変だろうに、レオンハルトも大変よねぇ」
ティズは感心するようにレオンハルトの後ろ姿に嘆息し、僕は改めてレオンハルトに感謝の意を込めてお辞儀をする。
本当に彼には世話になりっぱなしだ……。
「というかティズ、一体どこにいたんだい?」
「散歩よ散歩、シノビなんて興味ないし……。
暇だったからあちこち飛び回っていたのよ」
何とまぁフリーダムな……高価なもの壊してないだろうなこの妖精。
「ま、それはいいとしてこれからどうするのよ。 あのシノビが起きてたらいろいろと聞き出すつもりだったんでしょ? サリアのパンチがよっぽど重かったのね?」
「う~んそうだねぇ」
僕は思案する。
サリアとシオンは修行に行ってしまっているし、迷宮は今日限りは入り口が休日により閉められてしまっている。
同じ理由でエンキドゥの酒場に届く手はずになっているエンシェントドラゴンゾンビ、フランク、ブラックタイタン、ゴルゴーンの素材は受け取れない……。
伝説の騎士の握手会も追って連絡をするとのことだったため、僕が現段階でできることはない。 しいて言うならサインを考えなければならないというところであるが……まぁ一日をかけて行うものでもないはずだ……。
となると僕にできることは今のところなく、僕はちらりと隣の妖精をみる。
「あ、あによう! またあんた失礼なこと考えて……」
「デートでもしようか? ティズ」
「ふえ?」
ちょうどサリアもシオンもいないし……たまにはティズと二人で町を回るのも悪くはないだろう。




