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135.プロローグ 独房

少女は、迷宮に捨てられた。


正確には迷宮で生まれ、捨てられた……であるが、この際細かいことはどうでもいいだろう。


生まれながらにして不幸を背負った、少女はどこにでもいるありふれた捨て子だったのだ。


母には、複雑な事情があったのかもしれないし、なかったのかもしれない。


もはやそれを突き止める手段は一つとしてありはしないが……どちらにせよ、彼女は親に望まれることなく生まれてきた。


だが、彼女は不幸な生まれでありながら幸運であった……いや、輪をかけて不幸だったのか、そのまま魔物の餌になるでもなく、死して迷宮をさまようこともなく……拾われた。


冒険者の一団か、それとも僧侶の慈善団体か……まぁどちらにせよ彼女は一命をとりとめ

そしてありふれた孤児として……生活をするようになる。


もし、この子を産んだ母親がこの子に恨みをもってこの子を産んだのだとしたら、その願いは成就されたことだろう。


彼女は一命はとりとめたが、救われたわけではなかったのだ。


彼女には常に、迷宮で生まれた子という呪いじみた称号が付きまとった。


彼女が生まれた国では……迷宮は想像以上に恐れられていたのだ……。


道を歩けば石を投げられ、孤児院で出されるスープはいつも砂の味がした。


働き手も、奉公先も見つからず……あと少しで孤児院から放り出され、のたれ死ぬ運命だった少女……しかし。


そんな彼女にも……引き取り手が見つかった。



「やぁやぁ……あなたは迷宮で生まれたそうですね……あなたこそ聖女にふさわしい!」


ブリューゲルアンダーソンと名乗ったその男は……少女の出生をいたく喜び、彼女を家族として迎え入れた。


はるか遠く、王都リルガルムへと……彼女を連れ出し、家族にした。


だが。


それも、彼女にとっては救いではなく、さらに底へと落ちていっただけであった。


                    ◇


「はぁ! はぁ! はぁ!」


目を覚ますと、そこは暗い部屋……。


私は心臓の高鳴りを必死に抑えて、悪夢を頭の中から振り払う。


「ここは」


確か、私は王都襲撃に参加して……聖騎士と戦って……。


「な、なんですか……あの力……反則ですよ」


ロングソードでの一撃……そして聖騎士のくせに素手で私と渡り合った事実。


この世界に好かれ、この世界に愛された人間はこうまでも違うのか。


私は心の中で舌打ちを一度して……冷静さを取り戻す。


今ここで荒れ狂ったところで仕方がない。


状況を整理しなければ。


横目で部屋の中を見回すと、そこには不格好で太い鉄格子がかけられており、

切れかかった灯り用の魔鉱石がちかちかとついたり消えたりを繰り返している。


馬鹿でもわかる……私は聖騎士サリアに敗北したのち、殺されることなく――蘇生されたのかもしれないが――、捕縛されたのだ。


腕を見ると、そこには手錠……鉄や鋼であればたやすく破壊はできるのだが、相手も理解しているらしく、手錠はオリハルコン性……おそらくこの鉄格子もオリハルコン……下手をすればアダマンタイトで作られているのだろう。


そして何よりは。


「これはつらいです」


スキル・魔法封じの魔法が彫り込まれた首輪。


私の忍のスキル、そして呪いがすべて抑え込まれてしまい、今の私は身体能力の少し高いだけの人間になりさがっている。


脱出はほぼ不可能……。


私はそう一人考え、これからのことを考える。


あれだけの大事件を起こしたのだ、通常であれば処刑されるのが普通であろう……。


あの場で殺されなかったということは、ある程度情報を引き出してから……といったところだろう……。


「痛いのかぁ……い、いやだなぁ」


拷問は必至……アンドリュー様、オーバーロード様のことをしゃべるようにこの国の人間に拷問をされ、そして引き出しきったところで処刑……ならば少しでも生き残るには拷問に耐えて、小出し小出しに情報を吐いていくしかない。


敵が、私の持つ情報を利用しようと動き始めたころが……自力での脱出のチャンス。


もしくは……。


「アンデッドハント……」


彼らが救出に来てくれれば、痛い思いをしなくて済むのだが。


あるいは、呪いさえ発動すれば、何とかなるのだが、呪いは対象がいないときは発動することも感じ取ることもできないため、今は魔法・スキル封じが呪いに効くのかを試すこともできない……。


本当に、ラビの呪いというのは不便である。


たまに精神乗っ取られるし。


まぁしかし、できないことを悩んでいても仕方ないため、私は立ち上がり、部屋の中を見回す。


見張りの兵士がいないのは……呪い対策であろう。 こうして呪いの対象になるものがいなければ、誰も呪いようがない……。


そして、この部屋はもともと間者をとらえておく場所であったのだろう。


自決防止か……部屋には死ねそうなものは何一つない。


鏡の代わりになるのはただの壁に貼られた銀箔であり、洗面台も……一応外からの目の配慮はされた簡易なトイレも……傷一つ、欠損一つすることのないオリハルコン性……ベッドもただのスポンジの塊であり、空調は毛布も何も必要のない人体にとって最も過ごしやすい状態で固定されている。


首をくくる方法も、ガラスの破片で首を刈る方法も……すべてが不可能とされている牢獄。


情報を決して死なすことはないように……。


「密偵用の牢獄がこの国にもあったんですね」


苦笑を一つ漏らし、私は洗面台へと一人歩く。


何はともあれ、のどが渇いた。


ひたりひたりと、誰もいない牢獄に、足音が響き……。


私は蛇口をひねると、一度も使われたことがなかったのだろう、蛇口は自らの存在意義を一瞬忘れていたかのように、一瞬の間をあけた後、きれいな水を生み出す。


錆も何もついていないところを見ると、本当に私が初めてこの牢獄に入ったのだろう。


一度水をすくい、のどを潤す。


迷宮の泉の水とは違い……ぬるい。


だが、まずいわけでもなく、私はその水をひたすらに体へと流し込む。


四度、のどを鳴らして水を飲み終えると、私はようやく自分の状態を鏡で見ようと思えるほどの余裕ができる。


銀箔の張られただけの壁……少し曇りかかっており、自らを数段輝かせて見せるなんて魔法もかかっていないそれは……ただただ今の、醜い私を映し出す。


衣服はボロボロの黒いローブ……まぁこれはもともと私が着ていたものだが……。


ぼさぼさの黒髪に、カサカサな肌……。


そのバックグラウンドにある、何もない殺風景な部屋……美しく輝くオリハルコンをむりやり牢獄っぽくするために灰色に塗りたくっているところが寒気がする。


本当に、売れない絵画みたいな光景だ。


私だったらこの絵に銅貨一枚の価値も見出さないだろう。


「はぁ」


私はあいも変わらず流れ続ける水を手でまたすくい、髪を濡らしてとかし、最後に顔を洗う……。


これで少しはましになるはず。


顔をふくタオルはないが、仕方なく私は自分のローブの袖で顔をぬぐう……。


もはや汚いとかそういうことを考えている余裕すらない。


そう、自分の現状に辟易をしながら、私は顔を上げると……。



私の顔の隣……部屋が移っているはずの場所に、死霊が笑みを浮かべていた。


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