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133.がんばったご褒美 リリムの膝枕

「カンパ―――――――イ!」


夜鳴り響くはグラスを重ねる音であり、その場にいた誰もが、勝利の美酒に酔う。


王都襲撃を完全勝利と言う形で終結させたマスターは、本来ならば人々に感謝と拍手喝さいを浴びながら英雄として祭り上げられるのが通常なのだろうが、彼はそんなものよりも、仲間とのささやかなひと時を楽しむことを優先したようで、私たちは全員がマスターの家で勝利に酔うことにする。


「……いやー、しかし本当にシンプソンの奴がね!」


「それでねー! へんしんでねー!フランクがびゅばーっと!」


互いが互いの戦果を報告しあい、自らの武勇伝を語りあう。


なかなかの強敵ぞろいだった今日の襲撃、私も含め、まだ興奮が冷めやらないのだろう。


私はそう考えながらも、一つジョッキに口をつけてのどを潤す。


「おいしい」


どのお酒の味にも似ており、どの酒の味でもないそれは……古代酒と呼ばれる代物で、本来ならばかなりの高級酒であり、私とて一度も飲んだことはなかったが、本当においしい。


「すごいですね、マスター」


「え……ああうん。 とってもおいしい」


私は対面、リリムの隣のソファに座っているマスターに声をかけると、どこかぼうっとし返事が返ってきて心配になる。


「マスター?」


お酒を飲み始めてからまだマスターはジョッキ半分程度のお酒しか飲んでいない。


「いかがされました? 具合でも」


「ううん、大丈夫大丈夫……ただちょっと今日はハードで……疲れちゃって」


「ウイル君、大丈夫? 痛いところとかあったら我慢しちゃダメだよ、私がすぐに治してあげるから」


「あ、ありがとうリリム。 でも本当に疲れただけで……」


そう言い終えるよりも早く、マスターはリリムの膝の上にコテンと倒れてしまう。


「マスター!?」


リリム、うらやましい! ではなくて、やはりどこか……。


「しー……寝ちゃったみたい」


立ち上がり、マスターの容態を確認しようとしたところで、私はリリムに止められる。


……よく見るとマスターの表情はとても穏やかに、静かにかわいらしく寝息を立てていた。


「お疲れ……ですよねそれは」


「うん、今日はウイル君……とっても頑張ったから」


そっとリリムは優しい……まるで聖母のような表情でマスターの頭をなでる。


「……あれれー? ウイル君もう寝ちゃったの―? これからが楽しいのに、よーし

鼻先で音爆弾を……」


「こらこら、シオン、ウイル君昨日から一睡もしてないんだよ? 寝かしてあげて」


「あ、そっか……頑張ったねウイル君、よしよし」


シオンはそういうと、同じく優しくマスターの頭をなでる。


笑った……うらやましい……私もマスターの頭なでたい。


「不眠不休で王都走り回って、今まで仲の悪かったギルドと国とクレイドル寺院の間を取り持って王都防衛……八階層のアラクネに、マスタークラスの忍、エンシェントドラゴンゾンビにアンドリューの幹部、地獄道化フランクを一刀両断……レベル四でここまでやって無傷って、この子の限界突破した運には笑えるわね……」


ティズはそう笑いながら唐揚げにかぶりつき、ぐびぐびとジョッキをカラにする。


「いいえティズ、それは違います」


「?」


「確かに、無傷であったのは幸運でしょう、しかしすべてはマスターの掌の上なのです……マスターは最初から、こうなることを予想して動いていた……幸運だけではここまでうまくことは運ぶはずがありません……そう、マスターは私たちに語ってはくれないだけで……常に先を見据えて戦っているのです」


そう、私はマスターを主と認めてなお侮っていた……マスターは偉大なお方だと思っていながら、その英知の深さまでを読み取ることができず、結果、マスターに仕える身でありながら未熟であるがゆえにマスター一人に王都防衛を押し付けることになってしまったのだ……私はその愚かさを反省しつつ、マスターをたたえる。


「さすがにそれは……」


シオンが一瞬困ったような表情をして言葉をつづけようとするが。


「ふはあああっっはっはっはっは! わかってるじゃないのサリア! 正解よ!大正解よはなまる通り越して花束の嵐よ!ウイルはすごいの! わ・た・し・のウイルはね! もうすでにアンドリューを倒す算段も付いているんだから!」


おそらくシオンからも紡がれたであろう同意の言葉をティズは大声で遮る。


「なっ、もはやアンドリューさえも倒す策を実行していると!? さすがティズ……私程度では見抜けませんでした」


「ふっふーん! どれだけ私がウイルと一緒にいると思っているのよ! まだまだねサリア! そんなんじゃウイルは渡せないわ!」


ティズは輝きを増しながら酒瓶の上でくるくると回りながら光り輝く……オルゴールみたいだ。


(……ウイル君、大変なんだね)


(うん……とっても苦労性なのー)


ぼそりとシオンとリリムが何かをつぶやいたがおそらくは称賛の声だろう。


「まぁ、それにしてもこのエロウイル……リリムの膝の上でこんなにも幸せそうな顔しちゃって……」


「仕方ないでしょうティズ、あなたじゃ全身を使っても枕になれませんから」


「なんでそれ言う!? 言わなくたってわかるわよそれぐらい! ただ、私以外の女の太ももまさぐってにやけてるから頭にきてるのよ!」


「まさぐるって……ティズさん言い方……」

「おしとやかな振りしやがってからに狼娘! ちょーしにのってんじゃないわよ! 今日一日一緒にいられたからってヒロイン面して余裕か!!余裕なのか!お酒だって本当は大酒のみのくせにウイルの前ではいい子ちゃんぶって! 本当に狼よ狼!」


「まぁまぁ……別にウイル君だって悪気があったわけじゃないんだし―……」


「はっきり言って、あんたの体が貧相だからウイルはリリムのほうに倒れたんだからね」


「!?」


シオンの絶句と一瞬の沈黙。

その発言に私はリリムとシオンを見比べた後。


「あぁ、なるほど」


つい納得してしまう。 


「なにがなるほどなのかなサリアちゃん」


「何って、む」


【其は始原にして終焉の受け継がれし火、我とともに歩むは始原の火をつぎし……】


シオンは杖を取り、その杖から先ほど街を包み込んだのと同程度の魔力が放出される……私でもびりびりと肌を焼くような魔力が流れ出ているのだ……相当やばい。


「おお、落ち着いてシオン!? 大丈夫! 人間胸じゃないよ! それに、ウイル君言ってたよ、実は小さいほうが好みだって! きっと恥ずかしかったんだよ!」」


!? そんな。


「ほんとー!?」


「それ本当!?」


シオンは嬉しそうに、ティズは目を血走らせながらリリムに食い入る。


「え……あぁうん! ほ、本当本当!」


私は自分の胸を見る……。


どうしよう……大きい。


って、なに落ち込んでるのだ私は!?


「も、もう!そ、 そういうことならそう言いなさいよウイルったら、恥ずかしがり屋さんなんだから! この~ うりうり!」


「うーん」


「うっふふ……ウイルくんかわいい」


「私はかっこいいと思うなー」


「私もシオンと同意見です」


皆が皆、一時お酒のことなど忘れてマスターの寝顔に見惚れる。


心優しく、私たちを守ってくれて、無茶をしがちなこの困った勇者。


そんな彼が、こうして幸せそうに眠っているのを見ながら私たちはこんな時間がいつまでも続けばいいと願う。


「ま、まぁ、とりあえず堪能させてもらったところで……この子の寝顔いつまでも見つめててもしょうがないわ。サリア、さっさと部屋に運んであげて……こんなところで寝てたら風邪ひくわ」


本当にこのままだと一晩中マスターの寝顔を見つめかねないと判断したのか、ティズは名残惜しそうにそう私に指示を出し、私はそれに首を縦に振る。


「確かに……少し残念だけど。 ここだと騒がしいものね……サリアさん、お願いします」


「たしかに……お任せください。 あ、シオン扉を開けてもらえますか?」


「おまかせー」


私はマスターを抱き上げ、マスターを部屋に寝かしつける。


外傷こそないが、その疲労は相当のものだったのだろう、おきる気配はなく、マスターは静かに寝息を立てる。


「お疲れ様です……マスター……おやすみなさい」


「……お休み……サリア」


「……」


私はかわいらしい寝言に一つ微笑み、毛布を掛けて、リビングへと戻る。


「おかえりー……ってどうしたのよ? 嬉しそうな顔して」


「いえ、何でもありません……そんなことよりこんないい酒を飲みながらの祝勝会なのです、せっかくなので飲み比べでもしませんか?」


「サリアちゃんがそんなこと言うなんて珍しいねー……」


「前回は不覚にも負けてしまいましたからね……」


「飲み比べなら、負けまけないよ? 狼の力見せてあげる」


「やっぱりあんた猫かぶってたのね」


「ふっふーん! 前回王者シオンちゃんに挑むというならかかってらっしゃい!」


「では、今回はルール不要で、先につぶれた人間の負け! 勝者は前回と同じくマスターとの添い寝の権利 でどうでしょう」


『異議なし!』


夜遅く……私たちは勝利の美酒を片手に女子会を行う。

こんなルール不要の飲み比べなど、酔っ払いが織りなす飲んで暴れて大騒ぎになることは

確定であったが、今日はロバート王生誕祭、耳を澄ませばいつも静かな隣の家からでさえも、ここよりも騒ぎあう音が響き渡っている。


今日一日は無礼講。 


昼間に騒げなかった分、今日の夜は王都リルガルム王国建国以来の大騒ぎがあちらこちらで繰り広げられることだろう。


そんなことを考えながら、私はジョッキに注がれる酒を掲げる。


「では、何回目になるかはわかりませんが、勝利を祝して!」


『かんぱーーーい!』





  王都リルガルムは今日も平和……誰一人かけることなく、明日を迎える。




余談だが、飲み会の結果は全員が同時にノックアウト。 勝者なしという形で幕を閉じた。


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