132.ウイルのおつまみづくり
「マスター! 大漁ですね!」
「うん、まぁそれはいいけど、ガドック全治3か月だってよ」
最後の試合、魔導書が目前となったその試合でサリアは全身全霊の力をもって
ガドックを投げ飛ばし、舞台を破壊するほどにたたきつけガドックに重傷を負わせた。
ちなみにガドックはレベル11の格闘家――しかもドワーフ――である。
最強の冒険者をけが人なく平和的に決定する催し物だったはずなのに、サリアが出した重傷者は合計23人……クレイドル寺院が全面的に治癒を受け持ってくれたからよかったものの、下手をすれば死人が出る勢いであった。
「皆が皆強敵で、加減などできなかったのです……」
「物欲に目がくらんで加減忘れただけでしょうに……瞳孔開いてたわよ」
「あうあう」
サリアは反省をするようにうなだれるが……その手にはしっかりとグリモワールが抱きしめられている。
「あれの腕を折ったシノビというのがやっぱり信じられないよ」
リリムさんはそう苦笑を漏らすと全員が一斉にうなずく。
「そ、そんなに筋肉ないですもん!」
もはや誰も聞く耳を持たなかった。
「まぁ、何はともあれよかったね。 サリアさん、これで魔法が使えるようになるんでしょ?」
「まぁ、使えるっていうか習得できるってだけだけどねぇ……」
「ええ、私には魔法の才能は皆無ですからね! 使うことはできないでしょう!ですが、習得することに意味があるのです!」
「どうするのよ、自分をカエルにするとか、自分の体が光り輝く魔法だったりしたら」
「かまいません! 魔法であることに意味があるのです!」
「すっごい前向き」
なんかまぶしいくらいの前向きさだ……。
「あそこまで来るともはや狂信者と変わらないわね……まだ化け物とか形になってるものを信奉するならまだわかるけど、あのエルフは努力をあそこまで信じているから余計にたち悪いわ……あなたの魔法への渇望は、まさに内にいる獣ね」
「…………」
「ん? どうかしたシオン」
「え……」
何やらシオンは珍しく困ったような表情をしてサリアの魔導書を見つめている。
「ううん、ただ、せっかく古い本なのに呪われてないなぁと思って、残念だったの」
むしろ大会の景品が呪われていてたまるか。
「クリハバタイ商店が提供した本だからね……うちの商品で呪われたものっていうのはありえないよ、私が全部解除しちゃうから」
「人狼はその種族自身が神の呪いにより生まれた生物のため、生まれながらにして神の放つ呪い以下の呪いはすべて無効化するという素晴らしいスキルを有しているからね……そのせいで今じゃ祓い屋や呪われた地の探検や鑑定師として活躍する人狼は多いわね」
「昔みたいに腕っぷしでは、平和なこのご時世食べていけないからね」
ティズの豆知識に僕はなるほどと納得をする。
確かに鑑定士は呪われた武器により呪われる可能性が高い……しかし人狼には呪いが効かないから、呪われる心配もないし、呪われる心配もないからスムーズに鑑定ができるというわけか……おまけに識別のスキルを生まれながらに備えているし……確かに鑑定士としては有利な種族だ……。
「だから、シオンの期待には応えられません……」
「ぶー……それくらいわかってるよぉ、呪いは諦めるってー」
シオンはそう苦笑をしながら、もう一度その困ったような表情で魔術書を見て……それからもう二度と、その本をみなくなったのであった。
「まぁ、サリアが魔法が使えようが使えまいがどーでもいいけど、このお酒の山をエンキドゥの酒場から奪い取ってきたのは称賛に値するわ! ふっふっふ、幻の神の滴をこんな量ただで飲めるなんて……ふっふふふふ……想像しただけでよだれが」
先ほどのパレード会場で目から火が出るほど蜂蜜酒を飲み続けたティズは、早くも二次会のことで頭をいっぱいにしている……。
なんだか日に日に胃袋に詰め込める量が増えていっている気がするのだが、気のせいだろうか……いや、気のせいであってくれ。
「わぁ、私ウイル君のおうちの中入るの初めて」
そんなこんなをしていると、僕たちは目的地である自宅へとたどり着く。
「でも、本当に今日は泊まっていくの、リリム?……トチノキさんは」
「その店長が泊まっておいでって言ってくれたんだよ。 お店もぐちゃぐちゃになっちゃったから、明日まで休んで良いよって」
「あのトチノキがぁ?」
ティズがいぶかし気な表情でリリムを見やると、リリムはすっと視線をそらした。
「明日まで休みでいいよって言われはしたけど、泊まっていいよとは言われてないやつだねーこれ……有罪!」
「いやいやいや、泊まっちゃダメともいわれてないから! それに、シオンもサリアさんもティズさんもいるから!」
「まぁ、私は別にかまいませんし、リリムも大人です……トチノキとてそこまでは干渉できないでしょう」
「そうそう! だからお願い! ウイル君!」
「ん~~~……はぁ、分かったよリリム……」
限りなくアウトに近い気もするが……まぁ女性三人とも僕よりも強いから問題はないか。
「やった~! ありがとうウイルくん」
なんだかトチノキさんには申し訳ない気もするが、リリム本人がここまでして残りたいというのだ……今日だけならばまぁいいだろう……あれだけのことがあった後だし、トチノキさんもわかってくれるはずだ。
僕はそう自分に言い聞かせ、二次会会場である自分の家の扉を開けるのであった。
「やっと帰ってきたよ~、静かで穏やかなる愛すべき我が家~~」
「あんたの家じゃないけどね」
シオンは幸せそうにソファにダイブをし、ティズは冷静に突っ込みを入れながら早くもジョッキとお猪口を取り出し始める。
「ウイル君の匂い……包まれる……」
「それ以上はいけないリリムっち」
「マスター、お酒はどこに置きましょうか」
「机の上に置いといて~……今おつまみとか作るからさ」
「ま、マスターの手料理ですか!?」
「うん」
「やったー! ウイル君の料理大好き―!」
「あ、じゃあ私お手伝いするね」
「なんだか新婚さんみたいだねー」
「しんこっ!? そそそそんな!?」
「ま、マスター……も、もしよろしければ私も一緒に」
『絶対だめ!』
リリムさん以外の全員がサリアの料理を拒絶する。
依然作ってもらった未知の物体X丼を僕たちだけでなくリリムに食べさせることだけは家長権限をもってして断ずる。
「あ……あううぅ」
サリアはいじけるようにしておとなしくソファに座り、そんなサリアをティズが珍しく慰める。
「ほらほら、何言われようと私とあんたは台所に立っても毒物しか生成できないんだから、おとなしく酒盛りの準備手伝いなさい筋肉エルフ……」
「はい……」
ティズの言葉にサリアは一度小さく力なくうなずき、ティズとともにグラスやジョッキ……酒瓶を並べていく。
腕相撲大会のせいで相当な量のお酒が手に入ったが、どれもこれも写真や広告などでしか見たことのないような高級なお酒ばかりだ……王都を守り切ったということも含めて特別な一夜を過ごすことができるだろう。
なお、ティズは圧倒的に身長というハンデがあり、料理というものができないため、この部門での勝負は諦めている節があり、騒がしくなることはない。
ティズの特徴 その二…… 割り切りはいい。
「な、なんだか悪いことしちゃったかな」
「あー気にしないで……この場にいる全員が食中毒で運ばれるよりはましだから」
「え、そんなに?」
「うん、きっと毒持ちのポイズンフロッグも猛毒で死亡するぐらいの特別な料理しかサリアは作れないんだ……」
「戦いに関しては天才的なのにね……ふふ、~揺籃の中には一つだけ~ってやつだね」
「そういうことだね……あ、とりあえずハムとベーコンはあるから」
「バジルソースをかけたレタスにトマトとチーズ、それを生ハムでくるむってどうかな? すぐにできるから」
レタスのシャキシャキ感とトマトの甘味、チーズのまろやかさが生ハムの塩気と絡まって独特で引き締まった味を引き出しそうだ。 蒸留酒や葡萄酒にとても合いそうだ。
「それはいいね、じゃあ僕はどうしよう……」
そう考えて食料貯蔵庫を覗くと。
「あーそういえばハッピーラビットの肉が残っていたな」
僕はそう考えて、ハッピーラビットの肉を焼くことにする。
今は安いが高級食材のハッピーラビットならば、高級なお酒のつまみにしてもなんとかなるだろう……。
そう考え、僕はとりあえずハッピーラビットを捌く。
このウサギ、野生でありながら意外と可食部が多く、匂いの強い部分が少なくほぼ全身が食べられる。
きこり時代、冬には野兎を狩って貴重なたんぱく源を確保していた僕であったがここのハッピーラビットは味も満足度も段違いだ……。
人数も多いし、ここは奮発してウサギ3匹を使って料理をするか。
調理方法はいたって簡単、ウサギの肉をもも、ロース、肝の部分を切り分け、串にさし、余った各部位の肉はまとめて特性タレを入れた袋に入れて味を生肉にしみこませるようにもみこむ。
こうすることで味もしみこむし、場所によって味が変わるなんてことはなくなる。
「あ、ウイル君、オリーブオイルとバジルあるかな?」
「オリーブオイルはそこ、で、砕いたバジルは上の棚の二段目だよ」
「あ、ありがとー」
リリムさんははにかみながら、材料を混ぜてオリーブオイルで作ったバジルソースを作っていく……。
鼻をひくひくさせて、匂いを確認しながらソースを作っていく様子がとてもかわいらしい。
っと……見とれている場合じゃない、こっちも作業を開始しないと。
串に刺した肉はいったんかまどに敷いた網の上に置き、さらにもう一つ、味をしみこませたハッピーラビットの肉に小麦粉を混ぜ、均等に粉がいきわたるようにさらに混ぜ合わせる。
「……こんなもんか」
準備ができたので、僕は今度は鍋を用意し、そこにまた植物油を鍋の半分ほどまで入れる。
「シオン!火をおねがーい」
「はいはーい、おおーハッピーラビットだー! これは期待だねー、となれば使う魔法はこれ!」
炭火は火が付くのに時間がかかるため、さっさと食べたいであろう腹ペコ酔っ払いたちのために、シオンに火力の高い魔法をお願いする。
「極上の炎」
シオンもハッピーラビットが食材に使われていると知って、魔力濃度の濃い炎を提供してくれ、一瞬にして炭に炎が付く。
炭火は火力が強いため、串に刺したお肉が焦げ付かずいい色合いになるように串をこまめに返す。
慎重に一つ一つ串を転がしながら肉を焼いている中で、同時に油のほうも熱されてきた。
「こっちもいい具合」
準備ができたら、袋の中で小麦粉をまぶした肉を油の中に投入していく。
乾いた音が響き渡り、油が跳ねる。 こちらは、全体的に衣がカリカリになってきたら油からあげれば完成だ。
片手で唐揚げの様子をうかがい、片手ではしきりに串焼きが焦げないように回していく。
気を使う作業だが、いつものことなのでとくには気にならない。
「よし」
あげあがった唐揚げを大皿に移し、油は火事になるといけないので熱冷まし場に移動させる。 ビンに詰めればまた再利用が出来るし、そうでなくても布に油をしみこませて棒に巻き付ければたいまつにもなる。 カンテラの補充にも使えるし……肉の匂いがしみついているため、魔物の陽動、からの火攻めにも使えるととても便利極まりない。
まぁ、そのすべてがティズで代用できるといわれればそれまでなのだが、冒険者にとって油は生命線でもあるため、無駄にしないようには僕も心掛けている。
串焼きのほうは、色合いが付き始めたらたれを塗る
このとき、少したれを火にあぶって焦がすことで香りをさらに引き立てることができる。
レバーは塩と胡椒でいいだろう。特にサリアは景気よく出血をしていたし、血を補充できるはず。
よし、これで完成だ……。
ハッピーラビットの串焼きと、唐揚げ……お酒に合うといいんだけど。
「はいおまたせー」
「こっちもできたよ」
二人の共同作業というよりかは分担作業となってしまったが、僕たちはトマトサラダの生ハム巻きとハッピーラビットの串焼き(タレ・塩)と唐揚げをテーブルの上に乗せる。
「はやくぅ! 早く飲みましょう! そして食べましょう!」
「ハッピーラビットの串焼きとは……これは、なんとも清酒に合いそうな……」
「サラダも葡萄酒とかにすごい合いそう! こんなの初めて―! そして唐揚げ! 巨大な唐揚げ!」
皆が皆料理の出来は喜んでくれたらしく、隣のリリムを見ると少し安心したような表情だ。
まぁ、酒が入ればサリアとティズの料理以外はみんな喜んで食べてくれるのだが……。
「とりあえず乾杯よ乾杯! 今日はみんな頑張ったんだから!」
「そうですね、マスター、リリム」
「あ、ありがとう」
シオンとティズからジョッキを受け取り、僕は神の滴を、リリムさんは天の滴を注いでもらう。
清酒なのか葡萄酒なのか蒸留酒なのか……不思議な色と香り……どのお酒とも異なり、どのお酒のようにも感じるその不思議な酒は、どこか光り輝いているようにもみえ、その香りをかいだだけで僕の口からよだれがあふれだす。
なるほど、道理でみんながいつにもなくそわそわしているかが理解できた。
「あーではみんな、今日は僕のわがままに付き合ってくれて本当にありがとう!
ではでは、完全勝利をお祝いしまして! カンパ―イ!」




