129. 骨折突貫工事(激痛)
「ただいま戻りました……と、私が最後のようですね」
そんな中。
不意にエンキドゥの酒場にざわめきが起こり、背後から少女の声が聞こえる。
その声は聞き間違うことのない鈴を転がしたような凛とした声であり、背後を振り返ると当然のように輝くような笑顔を浮かべたサリアがたっていた。
「あ、サリアさん……遅かったですね」
「まぁ当然のように無事……じゃない!? どうしたのあんたその腕!」
ティズの悲鳴に近い声が上がり、僕はサリアを見ると。
その右腕はぶらんと垂れ下がっており、全身血まみれであった。
腕の出血までは知っていたが、まさか腕を折られているとは……。
「大丈夫なのサリア!?」
「ええ、さすがは忍といったところですかね。 腕を折られてしまいましたが、大したことはありません」
「そのボロボロな姿でそう言われても説得力はないわね……」
「えと……そ、それでどうなったの? あの後」
今は連れていないということはまさか……。
「騎士団、レオンハルトに伝説の騎士の名前で預けました……厳重な警戒と決して危害を加えないようにと言伝もしておいたので、悪いようにはならないでしょう」
レオンハルトならば悪いようにはしないだろう……そう僕は安堵をする。
「そか、怪我の具合は? やりすぎてない?」
「僧侶の方々に傷は治してもらったので大丈夫なはずです、命に別状はないでしょう、ただそれを見届けてから来たので、このように時間がかかってしまいました。 申し訳ありません」
「よかった」
「やはり、あの時の忍だったんですね……それに、その口ぶりだと、あの後何度か接触もしていたのですか?」
「うん、実はあの後何度か道で出くわして、友達になったんだ。 ただ、今日はかなり様子がおかしかった」
そう、いつもおどおどして挙動不審なはずのカルラが、今日はやけに饒舌にそしてあんなに大声を張り上げていた……。
同じ人物とは到底思えないほどに。
「あの呪いの大本ではありましたが、彼女自身が操られていたのかもしれません……確かに凄腕の暗殺者でしたが、初めに見た時と全く印象が違く感じましたし」
「ちょっと、何の話よ! 女?」
空気の読めないティズのエントリーに、僕とサリアは目くばせでまた後で話しあうことに決める。
それよりも気になることが一つ。
「サリア、さっき君僧侶に見てもらったって言ってたけど、なんでその時に腕も治してもらわなかったの!?」
「……軽傷なので、ほかの方を優先してもらいました」
「いやいやいや、それで軽傷って化け物かよお前!!」
「見てるこっちが痛々しいわよ、まったく……リリム!」
「言われなくても! サリアさん! 怪我見せなさい!」
「え、いやしかし……」
「しかしも案山子もない! 早く見せる!」
「は、はひ……」
サリアは気圧され、その場でおとなしく治癒魔法を受ける。
と、腕をリリムにとられた瞬間にサリアの腕がものすごい音を立てる……治癒? というよりなんか工事みたいな音だ。
「いだっいだだだだだ!? 痛いですリリム!! いたっあいたああ!?」
あのサリアが悲鳴を上げているし、なんかサリアの腕が二倍に膨らんだりしぼんだりを繰り返している……え、なにあれ……新手の拷問?
「やっぱり痛いんじゃないの! こんな無茶して! ウイル君に心配かけさせるような真似して! このっ このっ!? お馬鹿サリアさん! たまには痛い目見ないとまた繰り返すでしょう! お仕置きだよ!」
あ、それなら納得。
「あっま、マスターは関係な……あっっ痛い!?治しているんですよねそれ!? バキバキっていやな音してるけど治しているんですよねえ!? リリム!? ねえリリムうぅ!? 騎士さま! 伝説の騎士さま助けてください!」
「有罪、そのままリリムやっちゃって」
「言われなくても! 一分でくっつけるよ! 死ぬほど痛いけど!」
「ひいいいいいい!?」
慈悲はない。
「やれやれ……たまには痛い目見るのもいい薬ね」
まったくもってその通りだが君の言えるセリフではないだろう……というのは飲み込み、一つうなずく。
「何はともあれ、みんな無事で何より―」
そんな中、シオンはいまだに上機嫌な様子で僕たちのもとに戻ってくる。
目のやり場に困る服装は相変わらずだ。
「というかあんた、その恰好何があったのよ」
「へんしんをしたんだよ!」
元気いっぱいにシオンは胸を張るが、何を言っているのかは全く理解できない。
「えーと?」
「へーんしん!」
「いや、ポーズをつけてもわからんから」
「えっとねー……変身っていうのは」
僕たちはそんなこんなをしながら、サリアの腕が治るまでシオンから変身についての説明を聞く。
ちょうど一分くらい。
聞き流してはいたものの、だいたいどんなものかが理解し始めたころ。
「ふう! 修理完了!」
修理……という言葉を使用したリリムさんは立ち上がると、その場にサリアが崩れ落ちる。
なにやら口から魂のようなものが飛び出しているが、まぁサリアなら大丈夫だろう。
「お疲れさまリリム……サリアの腕は?」
「全身全回復……腕も骨がばらばらになってたけどもう全部くっつけたから心配ないよ……激痛でしばらくは悶絶するだろうけど」
「う……うぅぅ……くすん、くすん……」
「よしよし……サリアちゃん、痛いの痛いのとんでいけー」
あのサリアが小さくうずくまって泣いている……。
僕はにこやかな笑顔を向けるリリムさんに少しばかりの恐怖を覚えつつ、サリアのところへ向かう。
なんだかんだ、サリアはカルラを殺さなかった……腕を折ってまで僕の意思を汲んで戦ってくれたのだ。
そんなサリアに、友達を殺さないでくれたサリアの苦労に僕は感謝をして。
「ありがとうサリア……忍の件……無理を聞いてくれて助かったよ」
お礼を述べる……。
「き……騎士さま……お……お安い……御用です……がくっ」
「サリアちゃあああん!!」
「本当にお前ら騒がしいな」
そんなやり取りを苦笑を漏らしながらガドックは店の奥から僕たちのもとへやってき来て。
「ほれ」
何かを渡してくる。
「これは?」
僕は疑問を抱きつつそれを受け取ると、それは祝勝パーティーと書かれたチケットであった。
「……当然のごとく主賓はお前たちだ……まぁ、フォースは少し無理か」
「あぁ、素性を誰かに知られることはできない」
「まぁ、ほとんど集まる連中はお前さん目当てだろうが……酒がはいりゃ忘れちまうわな……後日開催の握手会だけ逃げないでもらえればそれでいい」
「助かる」
「この町を救ってくれたほんの礼だ……あんたらだけは酒代はただ。 この店の酒枯らす勢いで酒をふるまうからよ……こっそり紛れて飲んで暴れてつぶれてくれや、催し物もやるんだが、そこでちょっとした商品を用意している。 特にサリア、お前ならのどから手が出るほどほしがる代物だぞ?」
「いやっほおおおおおおう!」
「わーいやったーー!」
「わ……わー……がくっ」
三者三様の喜びを僕の愉快な仲間たちは披露し、僕はガドックから預かったチケットを大切にしまう。
「そうと決まれば、飲んで飲んで暴れるわよー!!」
何もしていないはずのティズが、輝きを増してくるくるとギルドエンキドゥを舞い、
その様子に僕たちは傷ついた人たちを含めて全員が笑いあう。
ようやく終わったのだ……そんな喜びを胸に抱きながら。
「こりゃ、宴会は王都襲撃よりもつかれそうだね、リリム」
「ふふ……本当だね……ご主人様」
僕とリリムはきらきらと輝きながら踊るティズを見上げながら来る祝勝会のばか騒ぎを想像し一つ、ため息を漏らした。