10. エルフの聖騎士サリア
それから寺院まで続く大通りを歩くこと数十分、待ち行く人々の視線とざわめきは消えることなく、僕が寺院に到着する頃には茹で蛸のように鎧から湯気が立ち上っていた。
見上げるほどの巨大な門に、城と間違うほどの高い高いとんがり屋根。 その頂には神を敬愛する十字が設置され、壁は全て最高級の魔石により作られ、うっすらと白い光を放つ。
真夜中でもその光は神々しく光り輝いており、まるで神の偉大さをひけらかしているかのようだ。
豪華な庭園には神の使徒の石像が立ち並び、入り口の門には偉大なる大神が魔鉱石の扉に掘り込まれている。
信者の寄付金で全てをまかなっているとは到底思えないほど豪華な寺院だ。
信奉する神は大神・クレイドル。 全てを包み込み人を育てはぐくむ神として、生と死をつかさどる神とされている。
人の生死を左右させる魔法を使う寺院にはもってこいだろう。
「相変わらず、欲の深さを隠す気のない建物ね」
ティズはそう皮肉を漏らし、僕はそれに構わず扉の門戸を叩く。
重厚な音がし、扉はあっさりと僕達を許容する。
一応、誰にでも門戸は開かれる……というのは本当のようだ。
中に入ると、笑顔の神父が現れる。
「ようこそ迷える子羊よ、今日はいかがなされました?」
にこやかにそう問いかけるが、僕の背中にいる少女にすっかり目が向いている。
金の匂いをかぎつけているのだ。
「蘇生をお願いします」
「神の力をお望みですね……かしこまりました、こちらにどうぞ」
平静を保っているが、喜んでいるのが丸分かりである……。
司祭に連れてこられたのは広い儀式用の部屋であり、あちらこちらに張り巡らされた神秘の魔方陣の中心に、寝台が設置されている。
「こちらに」
司祭はそう短く言い、少女を寝かせるようにと促し、僕はそれに従う。
「……ふぅむ」
少女を品定めするように、司祭はまじまじと少女の死体を観察し、やがて満面の笑みで。
「金貨十万枚の寄付が必要ですね」
アホみたいなことを言い放った。
「…………っはぁああああ!? じゅじゅじゅ……金貨十万ってはぁぁああ!?」
ティズが錯乱している。
「ななな! 何でそんな? ええええええ!?」
僕もだった。
「この方の職業は聖騎士……ご存知の通り戦士の上級職で、しかも調べた所彼女のレベルはマスターレベルの13……。 外見的特長から現在最高の冒険者と呼ばれる、聖剣の担い手サリア様とお見受けします……。また、恐らく特殊な魔法で殺害されたのでしょう、魂が著しく不安定であり、人間の形を保っているのが不思議なほど不安定な状態なのです……我々としましてもこの蘇生は大魔法になると思われ、値段もそれにつりあうように」
「なんにが大魔法よこの ◼︎◼︎自主規制◼︎◼︎神父! かける魔法は結局同じなくせになにあたかも深刻な状況みたいなこと言ってるのよ!?」
「なんと言われようと構いませんが、ケチな背教者の方にはご退出願っております」
「上等よ! この ◼︎◼︎自主規制◼︎◼︎ が ◼︎◼︎自主規制◼︎◼︎で ◼︎◼︎禁則事項◼︎◼︎ やろう! こんなとこもごもが……」
「ティズ!?」
おおよそ女性が口にしてはいけないような罵詈雑言を投げかけ、物語の主要キャラクターとしての存在の危機を感じた僕は慌ててティズの口を閉じる。
「ええと、手持ちが今金貨二万枚しかないんですが、ちょっと待ってもらっても構いませんか?」
「っぷは!ウイル! まさか馬鹿正直に払おうってんじゃないでしょうね!」
「仕方ないよ、僕達には蘇生魔法は使えないんだし」
「こちらの寺院には鑑定士の人間がそろっております。 もし金貨に手持ちがなければ冒険により持ち帰ったものをこちらですぐに換金することも出来ます。 しかしご注意を、我がクレイドル寺院では遺体の持ち帰りは禁じられており、蘇生をその場で行わなかった遺体は即刻灰にし、埋葬するのが決まりとなっております 」
要は他の商店で装備の売却はさせないし、装備品もこちらの言い値で買い取りますと言うことだ。
明らかに僕の装備や腰のものを見つめている……というかもはやお金への執着を隠す気がないなこの寺院……。
「そうですか……じゃあそうしてください」
かしこまりました、と司祭は笑顔で言い放ち、僕たちは鑑定士の所へと向かう。
その後は単純で、僕達の装備品―リリムさんから貰った装備は除く―と迷宮で拾ったもの全てを売り払うことで金貨八万と二十枚を手に入れることになった。
もう二度とここの鑑定士は頼らない……僕とティズはそう心に決めたのだった。
◇
祭壇の前に司祭は立ち、同時に魔方陣を起動させる。
光り輝く魔方陣はその部屋全体にヴェールをかけ、まるでカーテンのように光がゆらりゆらりと揺らめきながら、少女を包み込むようにして折り重なっていく。
「我がささやきは祈りとなりて折り重なり詠唱となる」
詠唱が始まり、少女の体を包んだヴェールがゆっくりとゆっくりとその体にしみこむように入り込んでいく。
「そなたは天にて享楽に染まるのか、そなたは地にて狂乱にまみれるか」
少女の手に新たな脈動が走り始め、体に負っていた軽症が見る見る回復をしていく。
青ざめた顔はやがて生気を取り戻し、胸部が上下し始める。
「この祈り届けばそれに答えん、享楽・狂乱を忘れ、今またこの地にて栄光を刻むことを望みたまえ、忘却の彼方へ去った望みを思い出し生への渇望を見出したまえ……」
ヴェールが全て少女の体へと侵入し終わると魔法陣は更に輝きを強め。
「この願い届くなら、己の望みを 念じよ!!」
少女は目を覚ます。
「ふぅ、成功でございます。 では、お話もあるでしょう……私はこれで」
そういうと司祭は満面の笑みでその場を後にする。 ティズは閉まった扉に向かってまたもや自主規制をしていたが、もはや止めるまい。
「………」
「具合は大丈夫ですか?」
「ウイル、無理よ。 さっきまで死んでたのよ? しばらくは体もまともに動かせないし、しゃべる事だって……」
「いや、大丈夫だ……」
「え?」
目を覚ました少女は、はじめきょろきょろと目だけを動かして状況を確認していたが、状況の整理が付いたのか、その場で体を起こす。
長い耳に、金色の長い髪 開かれたヒスイ色の瞳は吸い込まれてしまいそうであり、その全身から発せられる神々しさは、生を取り戻したことによりよりいっそう輝きを放つ。
正直この世の女性の誰よりも美しいと感じてしまい……見ているだけで頬が熱くなる。
本当に鎧を着ていたのが悔やまれる……何でとは言わないけど。
「どんだけ魂が強いのよ貴方……普通なら体に魂がなじむまで廃人同然の状態になるのに」
「一応、蘇生後の状態はステータスによって変わってくる。 全てが上限の私は、軽いめまいと体調不良だけで済んでいるようだ……とまあ、そんなことは置いておいて、君達が私を助けてくれた……でいいのだろうか?」
「随分と飲み込みが早いのね」
「そんなことはない……今は自分が敗北したという現実と、生き返ったという奇跡に少し錯乱している」
全然そうは見えないけど、少なくともさっき金貨十万枚を提示された僕達なんかよりは。
「無事に蘇生が成功してよかったです……」
「迷宮で死んでいるのを助けてくれたみたいだな……ありがとう、助かった。 この恩は一生忘れない」
「そんな、別に当然のことをしただけですよ」
ちらりと少女は僕達を見つめた後、自分の姿を見る。
「なるほど、君はどうやら駆け出しの冒険者といった所かな?」
「あ、はい。まだレベル3のウイルっていいます……それでこっちが」
「ティズよ」
少女はもう一度自分の体や回りを見回し、どこか合点が言ったというような表情をして、ふむと小さく声を漏らす。
「なるほど……私を助けるために、私の装備を全て売ったのか、自らで使えば多大な力を得られただろうに、冒険者としては……いや、ここは君の尊い正しき魂に敬意を表さなければいけないな。
本当にありがとう。 魔術師の魔術で慰みものにでもされていたらと思うと身が震える……助けてくれたのが君で本当によかった」
「むっ! あんたがばがれ」
ティズが少女の少しの勘違いに文句を言おうとするのを僕はまた口を押さえて止める。
司祭の件で完全に沸点が下がっている。
(なにするのよウイル! こちとらほぼ全財産売り払ってこの女助けたのよ?)
(どっちにしろ信じてもらえないし、僕達がそんな高級な装備を持っている理由なんて問い詰められたら、メイズイーターのことが他の冒険者に知られちゃうよ!?)
(……むぅ、それはそうだけど……なんか納得いかないわ)
(我慢してティズ)
ヒソヒソ声でそうティズをなだめると、ティズは力なくうなだれて納得してくれる。
「お取り込み中のところ悪いが名乗らせてくれ。私の名前はサリア・マスタークラスの聖騎士サリアだ」
「僕はウイル、戦士のウイルです」
「私はティズよ……しかしなんでアンタほどの冒険者がどうして迷宮一階層なんかで行き倒れてたのかしら?」
「あぁ……それは恐らくアンドリューの魔法のせいだろう」
えらい名前が出てきたな。
「アンドリュー?」
「そうだ。 私はアンドリューと一騎打ちをし、後一歩の所まで追い詰めたのだが、最後に奴の魔法により敗北してしまった……、恐らくその影響で一階まで飛ばされてしまったのだろうが、どんな魔法だったかまでは推測できない……私の装備の魔法防御をかいくぐって私を殺害したのだから、相当高度な魔法なのだろう」
(多分テレポートね、いしのなかに飛ばされたのよ……)
ぼそりとティズは呟く。
なるほど、そう考えれば納得がいく、テレポートの魔法は攻撃魔法でも防御魔法でもないため、魔法防御は働かない。
しかし、いしのなかに飛ばされた人間は僕のようなイレギュラーな存在がいなければ助けることは不可能なため、サリアさんもどうやって殺されたのかが皆目検討が付かないといっているのだろう。
「そうだったんですか……すごい冒険者なんですね」
「そんなことはない。 私も未熟なときはあった、日々精進していればいずれは強大な敵を打ち砕くこともできるようになる」
段々と瞳に力が戻っていき、声にもハリが出てくる。 か弱く可憐な少女……というイメージはすでに彼方へと消えうせ、目の前には凛々しく雄雄しい聖騎士が座っている。
「ふぅん。 まぁ、アンタがどれだけ強いかはどうでもいいんだけど、仲間はどうなったの?」
「死んだ、アンドリューの核撃魔法で私以外はすぐに全滅したよ……いずれ埋葬してやらないとな」
「随分と冷静ね」
「まぁ、酒場で出会って組んだパーティーだったからな。 まだ一緒に冒険をして一月もたっていなかった……後二月一緒にいれば涙の一つも落ちたのだろうが……薄情者かな?」
「い、いえ!? そんなことないですよ!」
「そうか……ありがとう。 まぁしかし、これでアンドリューが遠のいてしまった。
装備もなければ武器もなくお金も全て失ってしまったからな……一からやり直しというわけだ……そして助けてくれた君への礼も当然何もないから出来ない……ふむ」
割と絶望的な状況なのに、サリアさんは冷静に状況を分析し、笑みをこぼす。
「ここで一つ提案なのだが、君への礼は私の体で払うというのはどうだろうか?」
「えっ!? でもそんな! 僕とサリアさんはまだ出会ったばっかりというか!?そういうことを、お礼とかそういう感覚でやっちゃいけないというか いやまあすごい嬉しいんですけど」
しらけた目でティズが僕を見ている。
「冒険者などそういうものさ」
「そういうものなの!? え……じゃあその……えと、お願いします」
いいのかな? いいの本当に!? これ青年向けの小説のはずなのにいきなり対象年齢が跳ね上がっちゃいそうだけどいいのかな!? いいよねティズ! 冒険者だもん!
冒険者最高!
「そうか! では今日から君が冒険者として独り立ちできるようになるまで私がサポートをしてあげよう! よろしくね、ウイル ティズ!」
「あ、体ってそういう」
ティズが冷めた目で僕を見ていた。 きっと何を考えていたのかお見通しだったのだろう。
死にたい。