128.戦い終わり、エンキドゥの酒場にて
「本当……古龍の前にウイル君がずかずか出て行ったときはどうしようかと思ったよ、作戦では注意を引き付けるだけだったはずなのに!」
「ごめんなさいリリム……」
戦いも終わり、フランクとエンシェントドラゴンゾンビを打ち倒すというとんでもないことをやり遂げた僕たちは、そんな実感もよくわかないまま――特に僕は――冒険者の道・ギルドエンキドゥに報告をするために足を運ぶ。
「無茶しないって約束したのに」
リリムは少し怒った様子で唇を尖らせてそう言い、僕は少しうなだれる。
あの時、本来ならば僕に注意を向けているフランクに向かい、シオンがゼロ距離でメルトウエイブを放つ手はずであった。
しかし、友達であるレオンハルトの姿を見て、頭に血が上り、ついつい前に出すぎてしまったのだ……。
まぁ、うまくパリイによる致命の一撃が決まってくれたため、事なきをえたが……今思うとレベル四冒険者のする行動ではないと深く反省をする。
どうにもこの鎧を着ていると、気が大きくなってしまうようだ。
「まぁまぁ~! もし危なくなってもこのシオンちゃんがさっそうと救い出してたから!そんなに怒らないでリリムっちー」
そんな中、シオンは特大の魔法を放ててご機嫌なのか、ミニスカートだというのにぴょこぴょこ跳ね回りながらそう笑う。
あと少し……あと少しで絶対領域が……鉄壁が崩れそう。
「はぁ……まぁ、今回だけだよウイル君」
「うん……リリム、今日はありがとう」
「気にしないで、ウイル君とこの町のためだもん……」
にこりとリリムは笑顔を作り、優しく僕の頭を撫でてくれる。
くそ、兜を脱げないのが本当に恨めしい。
「それに、王国騎士団長にしっかりとお店の宣伝もしてもらったからね!」
「本当抜け目がないよねーリリムっち、マジ狼さん」
「ふふふ、ありがとうシオンさん」
「シオンでいいよー!」
リリムとシオンはすっかり仲良くなったようで、シオンは友達が増えてご満悦のようだ。
「そういえば、サリアさんを待たずにギルドに来ちゃったけど、よかったの?」
「一応、シオンが殲滅用のメルトウエイブを放った後はギルドに集合ってなっていたからね……あれだけでかい魔法を見逃すわけもないと思うし」
そう、手はずではサリアがすぐに追いつくはずだったのだが……結局戦いの間サリアは間に合わなかった。 敵勢力全滅と言っていたため、敗北したわけではないのだろうが……。
「まぁ、とりあえずギルドで一息ついてから考えようよー……おなかぺこぺこ―」
「それには賛成」
「私もだよ」
いろいろとみんなの安否を確認したいところではあったが、とりあえず僕は自分の疲労を何とかすることを優先する。
思えば昨日から一睡もしていない……そろそろ体力の限界だ。
そう考えながら歩いていると、あちらこちらが魔物の攻撃等により崩れかけた冒険者ギルドと、あちこちの店が倒壊した冒険者の道が現れる……その様子から激しい衝突があったことは容易にうかがえた。
「随分と手ひどくやられたね」
「うん、でも致命傷……てわけではなさそうだねー」
「お店、大丈夫かな」
そんなことを考えながら、僕たちはとりあえずギルドの扉を開けると……。
「こおおんの馬鹿あああああああああ!!」
扉を開けた瞬間に何かが鎧の前に張り付く。
「あぶっ」
「よくもあんな生臭僧侶とコンビ組ませたわね!? おっさんか! 私はおっさんの部類なのか!? あんたはリリムと二人でいちゃこらしてからに!? 無事でよかったああああ」
まぁやはりその張り付いた物体はティズであり、怒りやら安堵やらがすべて入り混じった感情を、整理することなく僕の鎧の中に叩き込んでいく。
僕は狙われる可能性があるから、アルフとシンプソンのそばに置いたのだが、元気そうではあるがやはり怒りは買ってしまったようだ。
キンキン声が鎧の中で響き、意識がもうろうとする。
「あれれー? ティズちん一人? 熊さんと神父さんは~?」
「アルフはほかの仕事があるって別行動、シンプソンは気絶して役立たずだったからこの戦いで死んだ人間を全員生き返らせてるわ……幸い、ミンチになった人間はいるけど、消滅した人間はいないみたいだし……神父の腕なら全員無事に生き返らせられるでしょう、疲労で神父が死ぬかもしれないけど」
慈悲はない。
「なるほどねー」
「サリアは?」
「あんな筋肉エルフのことなんて気にしてんじゃないわよーーー!! 私! 大変だったんだからねぎらいなさい! そんで甘やかしなさい馬鹿!」
「ぎゃー!? 耳が、耳に響くんだってばティズ!」
「ああぁ、ティズさん、それ以上やるとご主人様の鼓膜が……」
「ご。ごごごごご主人様ああああ!? あんた何をした! リリムに一体何をしたのよあんたあああああ!? 犬耳メイドか! 犬耳メイドなのか!!」
「ちょっ……話聞けってティズ!?」
「いいいやああああ! 優しくしろ! 甘えさせろおおおおお!」
大の字になって張り付くティズを引きはがそうとするが、ティズは首を横にいやいやと振って離れようとしない。
幸い僕の名前を呼ばないという約束を守っているあたり、冷静さはあるのだろうが……。
「やれやれ、騒がしいな伝説の騎士」
そんな茶番劇を繰り広げていると、ギルドの奥からボロボロの姿のガドックが現れる。
そんな人間の登場に僕はあきらめてティズの頭をなでると煙草を押し付けられたヒルのように簡単に兜から離れてくれた。
「えへ……えへへへへへ」
「騒ぐ割にはちょろいよねティズちん」
「はぁ、すまないガドック……」
「いやまぁ、元気そうで何よりだ……」
そういわれ、僕は広くなった視界で初めてギルドの中を見ると、そこにはたくさんの負傷した冒険者たちが横たわっていた。
「ガドック……それにみんな……その傷」
「なに、見た目ほどは効いちゃいねえから安心しろ、ほかの重傷者に傷の手当は回してる。
あとそこらに横たわってるやつはただの軟弱者だ、気にするない。元気な奴がいないのは、全員パレード会場で酒盛りの準備を進めてるからだ……店はこの通りだからな、祭りが強制終了しちまった分、今日はあそこでどんちゃん騒ぎをさせてもらうのさ」
「そうなんだ……よかった……」
どうやらみんな無事……というのを伝えに来てくれたらしい……。
「まぁさすがの俺も、冒険者ギルドの前にストーンオーガの大軍が押し寄せてきたときは肝を冷やしたがな……トチノキが来てくれなかったらどうなってたか」
「え、店長が来たんですか!?」
「あぁ、リリムが気張ってるのに店番なんてしてられるかって息巻いてたぜ?」
「もう、腰が悪いのに無理して」
「今頃腰を押さえて店の損害計算してるところだろうよ」
はははと笑い声がギルド内に響く。
皆が皆疲弊し、それでも誰もがその表情には笑顔があった。
皆が皆この王都を守るために尽力し、そして勝利を勝ち取ったのだ。
「とんでもねえ化け物の大軍に襲われて、町中死人とけが人だらけだが……クレイドル寺院が全面的に蘇生に協力をしてくれるおかげで奇跡的に消滅……帰ってこれねえ奴はいねえって話だ……。 これも全部……お前さんのおかげだよ……あんたが必死になって町中を駆け回ったから……こうしてみんな笑っていられる……本当にありがとうよ」
「いいえ……無理を通してもらったのはこちらだ……本当にありがとう」
僕はガドックから差し出された手を取り、互いに感謝の言葉をかけあう。
奇妙な友情……そして信頼を感じた……。