124.王国騎士団長・百獣レオンハルト
王都・リルガルムに存在する唯一にして最大の王城。
その王城を一般の人間が、一望できる場所がある。
それがここ、ロイヤルガーデンであり、
一般開放されている場でもっとも王城に近い場所である。
普段であれば、外国人や観光客でにぎわう観光名所の一つであり、そして子供たちが王の威厳を肌で感じながら健やかなる成長を遂げる公園でもある。
普段であれば子供たちのはしゃぐ声に紛れながら、貴族王族議会の人間を含むこの国に住まうすべての人々の笑いあう姿と幸せそうな声が響き……人種・部族・身分の垣根を超えたロバート王の思い描く理想郷がその場に存在しているはずなのだが。
本日ばかりは、騎士団とドラゴニュート率いるリザードマンの集団の戦争により、広場は立ち入り禁止となっている。
「せいやああぁ!」
怒号とともに放たれる一撃。
その気迫とともに、レオンハルトは己の名剣・太陽剣~ライオン丸~により、リザードマンの長であるドラゴニュートをその手に持っていた斧と大楯ごと袈裟切りにより両断をする。
「敵将! 討ち取ったり!」
剣を掲げ、レオンハルトは獅子の咆哮をあげながら味方の騎士を鼓舞、そして敵のリザードマンには畏怖を与える。
王城に最も近いこのロイヤルガーデンに集められたのは、王国騎士団長直属の部下と
王の護衛任務に馬車を引かせる予定であった幻獣二体。
はじめ、統率のとれた行動と地力の差により、騎士団を圧倒するかに思われたリザードマンたちであったが。
レオンハルトと幻獣の突撃によって、勝利の女神はあっさりとレオンハルトにほほえんだ。
生物上上位……神の次点に位置するといわれる生物、幻獣種。
たかが下等生物リザードマンごときに後れを取る可能性は万に一つもなく、リザードマンは戦闘を開始してすぐに、悲鳴と断末魔以外の言葉を忘れてしまった。
雷をあやつる麒麟の突撃により、リザードマンの前衛部隊は壊滅。 その後ユニコーンの突撃により、下等種族であるリザードマンはその神聖なる毛並みに一つの傷を負わせることもできずに策略も陣形もすべてを失い霧散し、文字通りユニコーンの蹄に踏みつぶされていく。
そんな乱れ切った隊列の中を、レオンハルトは単身突撃をし、その事態の対応に当たろうとようやく動き始めた愚鈍なドラゴニュートの首をはね、レオンハルト率いる王国騎士団は今に至り……レオンハルトの獅子の咆哮により士気をリザードマンは完全に失い、騎士団は完全勝利を収めようとしていた。
しかし。
【多大な魔力の量を確認!! 新たな召喚魔法の恐れあり!】
「なにっ!? 全員下がれ!」
レオンハルトはその一報のみで、騎士団に防衛ラインを下げるように命令を下す。
この報告、王国が誇る観測部が誤報を流すことはまれであり、これだけの慌てようであればもはやとんでもないものが降り注ぐことはほぼ確定している、故にレオンハルトは内容も確認することなく、味方に一時撤退命令を下す。。
迅速な対応、そしてその判断は正しかった。
【来ます!】
魔術部隊の合図と寸分たがわず、召喚陣が空中に現れ。
同時に。
【あああああああっぎゃあああああああああああああああ!】
体調20メートルを超す、巨大な龍が空中より飛来し、ロイヤルガーデンへと着地をし、その二本の足で麒麟とユニコーンをとらえる。
「え……古龍!?」
若き龍は炎と牙に気を付けて狩れ……古龍は見たらすぐに逃げろ。
そう文献にも歌われるほどの魔力と力を有した圧倒的存在。
その古龍が今、騎士団の前に現れ、同時に足元にいたリザードマンを麒麟とユニコーンをつかんだまま踏みつぶす。
もはや二体の幻獣はただの死体となり下がり、その肉を古龍はリザードマンの死体の中で食らい始める。
「ちっ……足並み崩れた烏合の衆はもういらないってことか」
レオンハルトは敵でありながら切り捨てられたリザードマンの扱いに不快感を覚えながらも、その古龍と対峙する。
幸い、命令に迅速に従ったために、騎士団はその古龍の下敷きになるものはいなかったが、目前にそびえたつその圧倒的存在に誰もが戦意を喪失する。
当然だ、古龍などもはやおとぎ話の世界の魔物である。
かつてスロウリーオールスターズとともに戦ったとか、怒りを買った国が滅んだとか……
どれをとっても騎士団の人生とは遠くかけ離れている。
それほど強大であり、人間などという種族からは遠く離れた神に近しい存在。
「……幻獣種、麒麟とユニコーンが……」
「もうだめだ……おしまいだ……こんなのに、どうやって」
幻獣種、麒麟とユニコーンが一撃でやられ、餌となってしまったという事実はもはや悪夢以外の何物でもなく、騎士団はその食事風景をただただ物音ひとつ立てずにずっと見守ることしかできなかった。
少しでも物音を立てて、古龍の餌がユニコーンから自分たちに変わってしまわないように。
だがしかし。
「全部隊防衛ラインを最終まで引き下げ、待機……魔術部隊は早急に私にエンチャント魔法を」
そんな古龍を前に、戦意を失わない獅子が一人。
「え、あれ?」
先陣を切り、敵陣の最奥にいたはずのレオンハルトの帰還に、皆が気づいたのは、そう声を掛けられた時であった。
一体どれほど呆けていたのか……騎士団はそれさえも分からない状態でようやく思い出したかのようにレオンハルトの帰還に敬礼をする。
「はぁ……随分と心をやられたようだな……魔術部隊、急いでくれ」
「あ……はっ!」
王国騎士団長レオンハルトは騎士団のあらかたの状態を理解すると、ため息を一つついて
そう魔術部隊に再度命令をすると、自らもその場に座し、精神統一を始める。
それはレオンハルトが決闘をする前に必ず行う、儀式であった。
「レオンハルト様! いけません! 団長、あんなのに」
「全力を注ぐ……あるいは一撃で屠れるやもしれん……」
「何を……」
死地に赴こうとするレオンハルトを部下は必死に止めようとするが、レオンハルトは苦笑を漏らす。
「援護するなら構わんが、勝負は一瞬だ……見逃すな」
まるで、あの程度の魔物どうでもない……とでもいうように。
「レオンハルト様……」
そんな騎士団長に、部下はもはや何もかける言葉は見つからず、ただただ黙してレオンハルトの心を乱さないように徹し、ロイヤルガーデンにはユニコーンを咀嚼する音と、魔術部隊のエンチャント魔法をかける音のみが響く。
「エンチャント、かけ終わりました」
そう、短く魔術部隊は声を響かせる。
かけられた魔法は単純な筋力上昇と、防護上昇……古龍を前には気休めにもならないものであるが。
「ご苦労……」
部下にねぎらいの言葉を残し立ち上がり、レオンハルトは古龍へと走る。
「はやっ……レオンハルト様……」
部下たちは動けない、レオンハルトの速度と、古龍への恐怖……その二つが
騎士団の足を止めている。
もはや自分たちが後に続いても足を引っ張るだけであり、騎士団も冒険者も僧侶も、ただただその様子を指をくわえてみていることしかできないのだ。
しかし、その光景は自殺に等しく、目を覆うものまで現れる。
当然だ、人間が龍に勝てるわけがない。
いかに騎士団長がライオンだからといって……古龍の前には塵芥も当然なのだ……。
「いくぞおおおおおおお!」
しかし、レオンハルトは決して勝利を疑わず、その剣にすべてを籠める。
【ぎゃあああああああぁ?!】
古龍はその怒号によりようやく目前の敵に気が付く。
たかが人間ごときが、自らの食事の邪魔をしようとしている。
それは龍の逆鱗に触れるには十分な行動であり、古龍はその怒りのままに、首を伸ばして
レオンハルトを喰らおうとし。
「勝機!」
ブレスでも、魔法でもないただの噛み付き……レオンハルトは幸運を神に感謝し、跳躍する。
ガチン
という金属がぶつかり合うような音が響き渡り、古龍はその脳天をレオンハルトに晒す。
古龍は完全に油断をし、レオンハルトを甘く見たのだ。
外皮は鋼よりも固く、そしてその頭蓋は金剛石のごとき高度とオリハルコンのごとき魔力耐性を誇る。
そんな己の体に、塵芥に近い人間が傷を負わせられるはずがないと……。
だからこそ、魔力を消費する魔法も、ブレスも使うことなく、あしらおうとした。
そしてその傲慢さが、天空の覇者を地に落とすこととなる。
「……この一撃にすべてをかけて!」
レオンハルトは太陽剣ライオン丸を上段に構え……戦技を発動する。
「全身全霊の一撃を受けよ!」
単純な上段からの振り下ろし……技術も何も介在しないそのまっすぐな一閃は。
戦技によりその速度、力、切れ味すべてを限界まで引き上げられ、圧倒的な破壊力をそこに生じさせる。
ただの一撃にすべての力を乗せる……それだけの技であるが、単純であるがゆえに、極められたその一閃を防ぐ術は何一つ存在しない。
その戦技の名は。
【獅子王剣! ニャンコオオオオオォ!】
かつてスロウリーオールスターズであった師に授かった、
愚直でまっすぐ……小細工なしの真っ向勝負を好むレオンハルトにのみ与えられた戦技。
獅子王剣 ニャンコ。
当然おふざけも何もないまじめで愚直でとても真剣な技であり、その破壊力は獅子王の名を冠するにふさわしく、その一撃は古龍の頭蓋を粉砕し脳を破壊する。
【が……ぁ】
古龍はその首を地につけ、その体は横倒しになり……やがて動かなくなる。
頭からは赤い液体を流し、倒れる古龍は動くことはなく、踏みつぶされたリザードマン・麒麟・ユニコーンの死体のみがその場に転がり、ロイヤルガーデンは静寂を取り戻す。