119.迷宮八階層の主・アラクネ
「! いけないご主人様! 毒の霧です」
繁栄者の道に入る直前、僕たちはリリムさんにそう忠告を受ける。
「毒の霧?」
「うん、多分これは~疫病の霧~迷宮第六階層に潜む魔物で、毒の霧を発生させるの……しかも普通の毒と違ってすぐに倒れ伏すようなものではないんだけど、空気中に散布できてその人の体力やステータスを少しずつ削り取る悪質な毒です」
「そんな……これが散布されているということは……」
「中の人たちはかなり苦戦を強いられているはずです」
「我々も下手に近づけませんぞ……」
騎士たちはそう漏らし、苦戦する仲間を思い苛立たしげに鎧を鳴らす。
しかし、繁栄者の道は広い道ではなく、援軍がそこまで機能するわけではない。
狭い道では下手をすると僕たち自身が仲間の退路を断ってしまう恐れもあるのだ……。
しかし。
「まぁ、この毒ぐらいなら私でも何とかできるよ……全員に魔法をかければ」
「本当ですか!」
「うん、だけど問題はどうやって加勢をするか」
「……騎士団は王都の中心部へと入り込ませないようにこちら側で陣形を取っているはず。
となると反対側に回りますか? 騎士殿」
僕は少し思案する。
確かに挟撃にできれば戦闘を有利に進めることができるが、問題は時間がかかりすぎるということだ。
戦況がどのようになっているかは予想できないが、この毒の霧がまだこの道から漏れ出しているということは、まだ騎士団は~疫病の霧~の対処ができていないということ。
そうなると……ここから1000人の大隊を引き連れて繁栄者の道へと回り込んでいく間に、敗北をしてしまう可能性もある。
堅実ではあるが、少し味方の援護も急ぎたい。
そう僕は考え、ふと気が付く。
そういえば……。
メイズイーターの能力は必ず地面か壁に接するように放たなければ壁は誕生しないはず。
それは裏を返せば何かに接してさえいれば壁を作り出すことはできるということ。
「メイク」
『!?』
思い立ったが吉日。 僕はメイズイーターの力を発動すると。
予想通り、繁栄者の道の壁から突き出すようにして、迷宮の壁が現れる。
「あれ……みんなどうした?」
ふと実験を終えて後ろを振り返ると、全員が口をあんぐりと開けて驚愕の表情を浮かべている。
蛇が欲張ってウサギを飲み込んだ時よりも大口だ。
「……て……手品??」
「う、うい……ご主人様……それは一体?」
「あぁ、番外階位魔法、ウオールの亜種の親戚だ。 どこかに面していれば、壁を作ることができる……強度は保証しよう」
なぜだかこの鎧を着ていると、平気でうそが並ぶようになる。
僕はみんなに嘘をつく罪悪感にさいなまれながらも、とりあえずその場を取り繕う。
少し苦しいような気もしたが。
「なるほど、伝説の騎士なら確かにクイックスペルくらい使えても不思議じゃない」
「それに、地面から壁を出すウオールがあるんだ……さらに高度な魔法でどこにでも壁を出現させられる魔法があっても全然おかしくはないな……」
本当に伝説の騎士だからという理由でここまで都合よくみんなが解釈してくれるのは恐ろしいものがあるが、僕はまぁとりあえずはメイズイーターの力が露呈することなくみんなを丸め込めたことに安堵をするが。
「……で、その力で何をするんですか?」
リリムさんは小首をかしげながらそう問いかけてくる。 かわいい。
「ああ、背後から強襲するのは確かに堅実だが時間がかかりすぎると思ってな」
「しかし、正面からでは味方の退路を」
「あぁ、だが、何も強襲は後ろからじゃなくてもできるだろう?」
「はい? では騎士殿……どこから?」
僕はその言葉に鎧の中で口元をにやけさせながら、頭上を指さした。
◇
【百薬の滴!】
降りしきる雨は癒しの魔法であり、第五階位奇跡魔法癒しの滴。
死亡、消滅を除くすべてのステータス以上を完治させる水をあたりに撒く奇跡魔法であるが上空からそれが降りしきることにヒューイは驚く。
声の主は可憐なる少女であり、そして降りたるはまさに恵みの雨。
マヒした戦士も、毒に侵された騎士たちも、魔術師も冒険者も……まさに水を得て復活を遂げる。
「一体誰が」
ヒューイはそうつぶやき、頭上を見上げると。
そこには天使がいた。
「天使……いや、あれがクレイドルの使い……」
「いいえ副隊長……あの子は人狼族のリリムです」
「あ、はい」
部下の一言で現実に引き戻される。
【きしゃあああ!?】
毒の蓄積が雨により消え、さえわたった頭に最初に響いたのは、魔物の悲鳴。
見上げれば、疫病の霧を部下の第五部隊長が切り伏せている光景が飛び込み。
「全軍! 強襲を仕掛けてください!」
天使……もとい人狼の少女の一言により。
『おおおおおおおおおおおおおお!』
屋根の上から騎士たちが魔物たちに強襲を仕掛ける。
「まさか、彼ら!? 屋根の上から!」
そう、彼らは伝説の騎士の魔法の力を借りて、全員が屋根を伝ってこの場所までやってきたのだ。
退路を断たぬように、そして同時に強襲を仕掛けるために。
【エンチャント・名誉ある白銀の剣】
百薬の滴に加えて唱えられた魔法は、番外魔法・名誉ある白銀の剣。
個人ではなく、広範囲にわたってすべての武器に魔力による強化を施す魔法であり、その威力は素人のふるうなまくらでも岩を両断すると謳われるほど。
当然、あまり人数が多すぎると屋根を抜いてしまうために半数は入り口前で待機をさせているわけだが。
それでもこのエンチャント魔法により500の兵士による上空からの攻撃は、一気に形成をひっくり返すには充分となった。
【があああああ!?】
「であああああああああ!」
騎士たちの剣が、次々にビッグシルバーバッグの銀毛に突き刺さり、白銀の強者の証は敗者の赤色に染め上げられる。
【バアアアアアウ!】
強襲により大地に降りたった騎士たちに、クレイジードッグがマヒの牙を一斉に突き立てるが、百薬の滴が降りしきるこの戦場ではもはやコボルトの体当たり程度のダメージしかなく、騎士の一撃によりクレイジードッグは次々と切り伏せられる。
状態異状による縊り殺しを狙った作戦は裏を返せば状態異状の効かない状態を作り上げれば簡単に瓦解する。
気が付けば1000の魔物は1500の騎士団の強襲からの蹂躙により、その数を半数にまで減らしていた。
「っいける……これならば!」
そう、ヒューイは確信し、先ほどの失敗を取り戻すために、憧れの騎士団長を模倣し
先陣を切って今度は己が敵の集団へと突撃をするが。
【報告します! 第六部隊ポイントに、強力な魔力反応! 来ます!】
【―----――!!】
ふいに目の前に大きな黒い塊が落ちてくる。
「なっ……これは」
いくつもの目に、丸い輪郭……そして八本の足……。
繁栄者の道の建物に足をかけながら、こちらを見下ろすように様子をうかがう化け物の見た目は完全に蜘蛛であるが……普通の雲と違うところは、その頭の上から、女性の上半身が存在していることだ。
「……迷宮第八階層の主……アラクネ」
かつて、魔族との戦争時、人々が大蜘蛛と巫女を魔法で配合させて作り上げた戦争用の化け物……その憎しみと怒りから結果魔族に寝返り、現在もなお人間に仇をなすといわれるその過去の汚点は、復讐対象を発見し喜びを表現するかのように口元を避けんばかりに釣り上げ、赤い髪を振り乱し。
「まずい……!?」
その足の一本で、騎士団を薙ぎ払う。




