9.いしのなかのエルフと螺旋剣ホイッパー
「え?」
「はい?」
壊れた壁。
失われた柱……ガラガラと崩れ落ちる壁の中から、天使が現れる。
白い肌に金色の長い髪……少し長くとがった耳……その女性は何も身にまとっておらず
裸のまま僕に向かって倒れてくる。
一目ぼれだった。
特徴としてはエルフの女性……しかし壁の中から現れる姿は神々しく、神話の1ページに立ち会ってしまったのではないかと思ってしまうほど、神秘的。
僕は反射的にその女性を抱き留める。
甘い香りが鼻をくすぐり、僕は全身が硬直する。
鎧を身にまとっていたことをこれほど後悔をすることは恐らく後にも先にもこれが初めてであろう……。
なんでかは言わないけど。
なんでかは言わないけど!!
「あ……あわわわっ! ご、ごめんなさい!見てない、何も見てないですよ!?」
「何慌ててんのよエロウイル。 よく見なさい……」
ため息を吐きながらティズはそんなことを言ってくる。
「え?」
確認をしてみると、少女は目を閉じているが眠っているようではない。
その肌は冷たく、顔は青ざめており、呼吸も脈もない。
その天使のような少女は紛れもなく―悲しいほど綺麗な状態のまま―死んでいた。
「……う、うわあああ!?」
驚きのあまり少女の死体を落としてしまいそうになったが、それはすんでのところで耐える。
「外れみたいね、死体だけ」
ティズは残念そうに呟き、がれきの中を飛び回る。
「ちょっティズ!? 反応それだけ?」
「迷宮で女の死体だけが出てきて喜ぶのは貴方くらいでしょエロウイル」
「よ、喜んでないけど!?」
「どうかしら。まぁ、消失してないってことは最近死んだばっかりなのね。ゾンビになるのもかわいそうだし、しっかりと埋葬位はしてあげましょう?」
「え!? 埋葬って……寺院に行けば助かるよ!」
「はぁ? 助けるって、その女を? 助けてどうするのよ?」
「え、だって目の前で倒れてる人がいて放っておくなんて出来ないよ」
「あのねウイル!? 仲間だったら確かに助けるかもしれないけど、この女は仲間でもなんでもないのよ? しかも、石の中にいるってことはあんたよりもレベルがはるかに高い冒険者……助けたところで見下されるに決まってるじゃない!? 下手したら昨日見たく装備全部奪われる可能性だってあるのよ!?」
「で、でも……やっぱり、助けられるものなら助けたいよ!」
「っ~~~~~!?」
ティズは渋い顔をしながら口をパクパクさせるも、何も思いつかなかったのか言葉の代わりに大きなため息を漏らす。
「あ~もう好きにすればいいわよ、エロウイル……。あんたのその甘さに頼ってる私には何も言う権利は無いわ……その代り泣いたって知らないからね」
やれやれとティズはため息を漏らし、すねるように僕の肩の上に留まる。
「ありがとうティズ」
「ふんだ」
ふくれっ面のままティズはそっぽを向くが、ぼくはそれを気にせずに少女に拾ったローブを着せてその死体を背負う。
早く助けてあげないと。
重量はとっくに僕の限界を超えてしまっていたがそんなことは関係ない。
女の子を助けるのに理由はいらないし、自らの非力で女の子が助けられないなんて事態は許されないのだ。
「メイズイーターの能力を使えば、東に一直線に進めば出口よ」
ティズは不機嫌そうにも、僕を出口までしっかりナビゲートをしてくれる。
なんだかんだ言いながらも助けてくれるティズの面倒見の良さには頭が上がらない。
そういいながら、僕は壁を壊して出口を目指す。
と。
「ぐるあ?」
「がぁ?」
三度目の壁を壊した所で、コボルトが僕の前に現れる。
「あ、まずい」
驚くほど間抜けた声を零してしまう。
正確には、冒険者を待ち伏せしていたコボルトの目の前に、僕がメイズイーターの力を使用して躍り出てしまった形になるのだが。
そんなことはどうでもいい、重要なことは今現在死体を背負って重量オーバーな僕が、コボルト二体に戦えるかどうかが問題なのである。
いかに最下層付近の上級装備だからといって、レベル3冒険者には変わりないのだ。
相手が人間であればはったりが利いたのだろうが、どうやらコボルトたちは匂いで僕をレベル3冒険者だと見抜いたようで、剣と牙をむいて僕へと二人で攻撃を仕掛ける。
「ウイル!」
「うん! 仕方ない!」
ティズの声に呼応し、僕は腰にさしてあった螺旋剣ホイッパーを引き抜き、迎撃をする……が、やはり重量オーバーで鈍重な動きの僕の攻撃は当たらず、コボルトは横に薙いだ一閃を回避し、僕の胸に刃を袈裟に振り下ろす。
が。
「ぐる?」
「ガが?」
高い金属を叩く音とにすこし遅れて、何かが地面に刺さる音がする。
それも二つ同時に。
一瞬僕は斬られたことによる幻聴かとも思ったが、どうやら互いに顔を見合わせていることからコボルトにも聞こえているらしく、足元を見てみるとコボルトの刃が地面に転がっている。
どうやら、鎧が硬すぎてコボルトの剣が折れてしまったらしい。
すごいな、下層の装備は……。
そんな感想を抱きながらも、僕はほうけたコボルト二体に螺旋剣ホイッパーを振るう。
軽く振ったつもりだった。
威力が高い武器なので、軽く切っただけでも退散くらいはさせられるだろう……そんな甘い考えで敵に攻撃を仕掛けたのだが。
「へ?」
不意に回転するホイッパー。
その回転はすさまじく、火花を散らしながらコボルトへと迫り。
「ぐるっるううああああああああああああああああああああ!?」
「ぎゃあああああああああああああ!?」
悲鳴と共にホイッパーに魔物二体は吸い込まれていき、やがて魂さえ消失していく。
「ぎゃあああああああああああああああ!?」
使用した僕も悲鳴を上げた。
「に、敵の肉が引き裂かれて臓物と骨が粉みじんにかき混ぜられて血しぶきがぶしゃーって……」
「実況しないでティズ!!? グロいグロいよこれ!?」
「確かに巨人死ぬわこれ」
「もう使いたくない……」
素直な感想はそれしか出ない。
恐ろしいのは回転と破壊により、ホイッパー自身に血のりも肉片さえも一切付着してないということだ。
どんな超速回転だ。
「ほらほら、なよなよしてないでさっさと目的地まで行ってこの女を生き返らすわよ」
「うん」
螺旋剣 ホイッパーの強さにトラウマを植えつけられた僕は、そのまま出会う敵全てを塵芥へと変えながら、町へと戻っていった。
◇
ざわりざわりと街がざわめく。
「今日は何かあったのかなティズ、やけに街のみんなが騒がしい気がするけど」
「馬鹿ウイル、アンタが原因に決まってるじゃない」
「へ?」
「アンタは今装備だけならマスタークラスの冒険者なのよ? それが女抱えてダンジョンから出てきたら、そりゃざわめきもするわよ」
「そうなの?」
「そうよ、まぁ悪い意味でのざわめきではないから気にする必要はないけどね……」
「なんか騙しているような気がして申し訳がないなぁ」
「気にしないの。装備なんて誰だって出来るんだから、勝手に勘違いするほうが悪いのよ、自分で触れ回ってるわけじゃないんだし」
確かにティズの言うことはもっともだが、今までレベル1冒険者であり見向きもされなかった頃から考えると少しばかり……いやかなり恥ずかしい。
自分でも分かるほど顔を赤くして、僕は少し小走りに走り出す。




