118.ヒューイ絶体絶命
【報告します! 第五地区、希望の像広場のみ再召喚の魔法陣の痕跡消失! 今度こそ!
制圧完了です!】
魔鉱石の先のお姉さんからもお墨付きをいただき、僕はようやっと胸をなでおろす。
その様子をぽかんと見ていた騎士団と冒険者たち。
まぁ彼らからしてみれば僕が不意に左手を伸ばしたら召喚陣がすべてが終わってしまったといった感じなのだろう。
しかし、どうやら一応僕がどうにかしたというのは分かったようで。
「まさか……伝説の騎士、貴方がやったんですか?」
「魔法も使わずに?」
「その左手で? 一体何を!?」
そう驚きの言葉を僕に投げかけてくる。
まぁ何をしたんだと言われても僕自身よくわかっていないわけで、少し返答に困ったので。
リリムさんに一度視線を送ると。
リリムさんはにこやかな笑顔を作った後に。
「禁則事項です♡」
そう優しく説明をする。
『はああああああああああああああああい!』
流石のリリムさんである。
「さて、次の目的地に向かおう」
「え? 他のところにも行くんですか?」
僕が次の目的地へと歩を進めようとすると、第五地区隊長はそんな間の抜けた返答をする。
「ああ、先ほどの通信を聞いただろう? 第五地区のみが再召喚を阻止できたと……他の地区はすべて召喚はなったということだ」
「あっ……確かに」
そう僕が言うと、あちらこちらで魔法による爆発音や、金属音が鳴り響き始める。
どうやら本格的な戦いが開始されてしまったようだ。
「では、騎士よいかがいたしましょう」
「当然各地の加勢に向かう。 この地から一番近い場所は?」
「はい、ここからだと東が繁栄者の道、西がロイヤルガーデンと一直線につながっています」
「ふむ……パレード会場にはサリアとシオンを向かわせている、問題はないだろう。 錬金術広場にはアルフと神父が向かっている」
「……となると残すは冒険者の道、繁栄者の道……そしてロイヤルガーデンですね」
第五部隊長はそう語り、僕は一度思案する。
「一番手薄なのはどこだ?」
「そうですね……冒険者の道にいるガドックアルティーグは、騎士団長にも引けを取らぬ豪傑といいます。 そして騎士団長は王城に最も近いロイヤルガーデンの守護を……。
そしてロイヤルガーデンには、魔術研究部の精鋭が控えているため、そうそうのことでは落ちることはないでしょう。
同時に現在冒険者の道は、ガドック率いる傭兵部隊と冒険者のみで護衛が行われています。
彼らはわれら騎士団よりも魔物狩りに優れている……総合的な戦力は最も高い」
「となると」
「はい、おそらく崩れるとしたら……ヒューイ副団長のところかと……副団長は頭が切れるのですが、やはり武術はほかの方々に比べると引けを取ります」
「では行き先は決まりだ……繁栄者の道の制圧後、ロイヤルガーデンを目指す!」
◇
繁栄者の道
栄華極める大通り、怒るオーガも踊りだす、繁栄したけりゃここに寄れ。
そう歌われるこの場所、繁栄者の道。
この町の物流の中心地であり、交易でこの町に送られてくる商品品物はすべてここに集められる。
お金で買えるものならばこの道で手に入らないものはないといわれるほどの巨大な商店街は、現在魔物により壊滅の危機に瀕していた。
【ああああああああらああいいいい!】
【バウバウっ! ババババウ!】
店が所せましと並び、背の高い建物が多いこの道では、騎士団たちは敵を取り囲むことも
陣形を維持することも難しく、突進するビッグシルバーバックの襲撃に、兵士たちの隊列は一気に砕かれ、その隙をついてクレイジードッグが騎士団の腕に食らいつく。
「あ―― あぁぁ」
かまれた兵士はその場で直立状態で倒れ、そのまま動かなくなる。
クレイジードッグのマヒにやられたのだ。
「副隊長! 最前列の大盾部隊が壊滅! 全員がマヒし行動不能です! 治癒術を使用できる僧侶も危険故前線に立つことはできず、このまま本体と衝突をします!」
「こちらの損害と敵の損害の比率は」
「9:1! いまだ主戦力であるビッグシルバーバッグは一体も落せていません! 半面こちらは守りのかなめである大盾部隊を失い、いまだ半壊した魔法部隊は立て直せません!」
「ぐっ……」
ヒューイ副隊長はその場で息をのみ、唇を血が出るまでかみしめる。
情けなし。
敵が仕掛けた罠すべてにヒューイは嵌った。
通常であるならば、ここまで苦戦はしないだろう。
騎士団にとって不利な場所であるとはいえ、それでも迷宮二階層に登場するような魔物に後れを取ることはありえない。
「この霧さえなければ……ごほっ」
それがありえてしまっている理由にヒューイはいら立ちを覚えながら一つせき込む。
「疫病の霧……」
迷宮第六階層に生息する、毒の霧を迷宮内に発生させ、パーティーの戦力をそぐ魔物……疫病の霧。
敵方はこの繁栄者の道の地形をよくよく理解してこの場所に魔物を送っていた。
はじめ召喚人を挟撃するように控えていた騎士団は、魔法陣を守ろうと現れた魔物の集団を挟撃し、見事撃破……サモンブレイクを成功させた……ここまではよかった。
しかし、第二の魔法陣が、北側の挟撃部隊の背後に現れたことで事態は最悪の方向へ転がった。
狭い道での陣形の変更。 後方に控えさせていた魔術部隊が、背後からの一撃を受けて半壊……何とかして陣形を持ち直したが……その時にはすべて後の祭り……上空に停滞していた疫病の霧のまき散らす毒霧に対処ができず、陣形を立て直すころにはすでに皆が皆きれいに毒を蓄積させた状態から戦いが始まってしまったのだ。
比較的狭い道が多く、背の高い店が多く立ち並ぶこの繁栄者の道では、霧が停滞しやすい。
また、疫病の霧へ攻撃をしようにも、魔法を放てばこの狭い空間では必ず仲間にも被害が及ぶ。
そうなれば霧よりも先に魔物たちの排除を優先せざるを得ないが、放たれた魔物は極端にタフなビッグシルバーバック、そして一撃でマヒを付与するクレイジードッグ……さらには毒を加速させるビックバイパーに麻酔毒を放つスリープスパイダー……。
どれをとっても慎重に、無傷で勝利しなければ敗北をしてしまうような魔物ばかり……。
それに加え背後からの攻撃への対処のもたつきのせいで、完全にヒューイは勝機を逃していた。
このままいけば、全員が指一つ動かせなくなるほど衰弱していくだろう。
彼らの布陣は完全に、こちらを消耗させる目的でやってきており、我々はそれを理解しながらも相手の掌の上で踊らされ続ける。
敵がマヒや毒もちである以上、安易な突撃は全滅を意味する。
騎士団が毒をもらってさえいなければ、一気に突撃でことが済んだかもしれないが。
すべては後の祭りである。
故に、毒により緩やかにのど首を絞められるかのように、ヒューイ副隊長率いる騎士団は力をそがれ、敵に蹂躙されていく。
「くっ……」
敬愛する隊長レオンハルトならば、この状況でも何とかするのだろう。
ヒューイは己の未熟さに苛立たし気にそう漏らしながら……毒により切れ始めた息を必死になって整えようとする。
「このままではどちらにせよじり貧だ……覚悟を決めて、全軍突撃により勝負に出るしかない」
、「副隊長……たしかに、それしかないのかもしれませんね」
大盾をなくした騎士団がビッグシルバーバックに吹き飛ばされ、もはや隊列など意味をなさずになだれ込む魔物に騎士団は蹂躙されていく。
死したものは奇跡的にいないが……マヒによる戦闘不能と麻酔による仮死状態の人間は100を超える数に上る。
もはやなりふり構っていられる状況ではない。
味方の士気がまだかろうじて生きている間に……。
そう考え、ヒューイは全軍に突撃の支持を出そうとする……と。
【長寿快適百薬の水・降って濡らして大快調!】
背後から、第五階位の奇跡を唱える言葉が響き渡り、同時に晴れている繁栄者の道に、雨が降った。
【百薬の滴】
◇