117.リリムと伝説の騎士
王都リルガルム、希望の像前。
「サモンブレイク!」
僧侶たちが放つ魔法により、突如現れた魔法陣は消失、魔法陣を守ろうと現れたアンドリューの配下たちは一瞬にして打倒された。
「けがはないですか? ご主人様」
「あ、うむ」
そう、リリムさんは僕を気遣うようにそう問いかけてきてくれ、僕は上ずってしまいそうになる声を押し殺して短く答える。
昨日デートの約束を取り付けた僕とリリムさんであったが、この状況でのんびり二人だけでデートなどのんきをしていられるわけもなく、リリムさんに謝罪をしたのち一緒に王都の防衛を依頼したのだが。
こんな無茶で意味の分からない勝手な申し出にも関わらず、リリムさんは二つ返事で了承をしてくれた。
本当にリリムさんには頭が上がらない。
しかも……。
「ご主人様? いかがなされました?」
伝説の騎士だと不自然だからと、リリムさんは僕のことをご主人様と呼んでくれる。
天国かここは。
「うううぅ……くそぅ。 俺たちのリリムさんが……」
「どうりで俺たちの求婚を断り続けるわけだよ畜生……」
「お前は断られて当たり前だけどな……でも確かに、伝説の騎士なら仕方ねえ」
「このリルガルムに、伝説の騎士以上にリリムさんを幸せにできる男なんていねぇよぉ」
「悔しいが、認めざるを得ない……俺たちは応援するぜ! 伝説の騎士ィ!」
召喚陣の消滅で余裕ができたのか、冒険者と数名の騎士は、涙を流しながら僕たちを祝福してくれ、僕はどうしていいかたじろぐ。
「ご主人様! みんなが祝福してくれていますよ!」
なぜかリリムさんは嬉しそうだ。
まぁ、認めてくれるならばあえて否定はしなくてもいいし、もしかしたら僕がリリムさんと仲の良いところを見せることでクリハバタイ商店の売り上げに貢献できるのかもしれない!
「これはもうハグの一つでもしないとかな~! なーんちゃって」
「ハグすれば……いいの?」
「へ?」
僕はそっとリリムさんを片手で抱き寄せてみる。
「ひゃはわっ!? はわわわわわひゃ!? ういるきゅ……ご主人様!?」
魔王の鎧はあちこちごつごつしているので、怪我をさせないように僕は細心の注意を払いつつリリムさんを抱き。
『おおおおおおおおおおおおおあああああああああ!?』
祝福と絶叫が希望の像広場に響き渡る。
いつもならば、思春期特有のあんな妄想やこんな妄想をリリムさんを抱きしめたという事実をもとに繰り広げているのだろうが、今回ばかりはそうはいかない。
僕のわがままに突き合わせたにも関わらず、文句の一つも言わずにここまで一緒に来てくれたリリムさん。
そんなリリムさんに対してのほんの少しの恩返しだというのに、浮ついた気持ちで挑むのは失礼だろう。
きっとリリムさんも同じ気持ちのはずだ。
これで少しでもリリムさんのためになるならば……。
僕はそう心の中で呟き、誠心誠意を込めてリリムさんを抱きしめたあと。
(これでいいですか? リリムさん)
ぼそりと僕はリリムさんの耳元でそうささやくように聞くと。
「えっあっ、いいっていうか、最高といいますか!? ええと、幸せすぎちゃってごめんなさい!」
リリムさんもどうやら相当無理をしているようで、僕は申し訳ない気持ちのままそっとリリムさんを離す。
「あう……ハグ」
もう少ししていた方がクリハバタイ商店の売り上げが伸びたのだろうか、リリムさんは顔面を真っ赤にしながらも残念そうな表情でそう呟く。
自らの羞恥心よりも店の利益を第一とするその心意気には本当に頭が下がる。
この仕事に対する情熱は本当に尊敬の一言しか当てはまらない。
『おめでとうー! おめでとおおおおおう!』
反響も上々のようで、僕はクリハバタイ商店の売り上げに貢献できたことに鎧の中で微笑み、勝利に酔いしれようとするが。
ふいに、闇が目前に現れる。
「なっ! これは!」
前触れも前兆もなく、その召喚陣があった場所から黒い影のような闇が染み出し、あたりを埋め尽くす。
「ど、どうしたんですかご主人様! なにが?」
「何がって……これが見えていないの!」
「見える? なんのはな……これは……呪いのにおい!」
リリムさんは鼻を引くつかせてそういい、警戒態勢を敷くが……。
今の発言と、何か不思議そうな表情をしてこちらを見ている冒険者の表情から……。
この闇は僕にしか見えていないということを理解する。
その瞬間。
【召喚魔法陣再発! 至急阻止を願います!】
通信用の魔鉱石から叫びに似た声が響き、同時にその場で勝利に酔いしれていた冒険者と騎士団に絶望の色が移る。
「馬鹿な! 魔法陣は破壊した! どこにも感知できんぞ!」
第五部隊長はそう叫び、魔鉱石の先の人にそう怒鳴るが。
【大きな魔力が渦巻いています! このままでは、先よりも大きな召喚が! 発見してください】
「何を……目視など……」
目前で渦を巻くそれは、確かに少しずつ形を成して陣を作ろうとしている。
なるほど、クレイドル教会で見たものと同じであるならばこれは呪いなのだろう。
恐らくは召喚陣本体が何者かの手によって破壊されたときに、予備として自動的に起動する見えない魔法陣。
僕はその闇の正体は分からなかったが……とりあえずシオンと二人クレイドル教会に向かった時のことを思い出す。
そして。
【喰らえ……】
どくんと心臓がはね、僕の中の何かがそれを喰らえと叫ぶ。
それはもはや確信に近い~命令~に近い衝動であり、僕はその言葉を疑うことなく
左腕をその闇に向かって差し出す。
今ここに僕は理解する。
あの時、近づいただけで呪いが僕に襲い掛かってきたのだと思ったが。
逆だったのだ……あれは、呪いを僕のスキル(メイズイーター)が喰らっていたのだ。
瞬間。
その闇は主人を見つけた犬のように闇は一瞬にして僕の全身を貫き浸透する。
いや、正確には貫通ではなく……そのすべてを僕の左腕。
メイズイーターが喰らいつくしている。
「ご、ご主人様!? 呪いがご主人様に集まって!」
リリムさんはどうやら臭いでこのあたりに呪いが充満していることに気が付いたのか、現在進行形で呪いにまみれてしまい始めている僕に対し心配そうに声を上げるが。
だが。
「大丈夫」
呪いに侵された気分も、不快感も何も存在せず、僕はただただ目前の闇を喰らいつくす。
「メイズイーター・・・・・」
何故、この呪いが僕にしか見えないのか、なぜメイズイーターはこの呪いを喰らいたがるのか……だれがこの魔法を操っているのかとか疑問は確かに浮かびはするが、それに対処する時間も人員もない。
分かるのは、クレイドル教会の時と同じように、このスキルがあれば魔法陣にかけられた呪いを解くことができるというシンプルな答えと、歓喜に打ち震えるかのようにひたすらに呪いを喰らう僕の左腕のみ。
だがしかし、今この時、そのスキルはありえないほどの効力を発揮する。
何故なら、このスキルのおかげで、一人も欠かすことなく希望の像前の制圧が終了してしまうからだ。
不意に生み出された呪いをすべて僕は喰らいつくし、召喚陣は陣形不成立でその効力を発動せずに消滅する。
「ご。ご主人様……お加減は?」
呪いが一斉に僕を取り巻いたことにリリムさんはとても不安そうな表情でそう聞いて来てくれるが、僕はそんなリリムさんに笑いかけ(もっとも鎧で表情など見えないだろうが)
「……大丈夫だよリリム、これでここは制圧完了だ」
そう宣言をする。




