111.真・炎武 シオン
でたらめな魔力が押し込まれた最も簡単な魔法と言われるファイアーボールは、もはや火球などいう生易しいものではなく、炎耐性を有するフランクでさえも全身に激痛と生きたまま体を焼かれる苦痛が走り、パレード会場を破壊してフランクはその崩れた舞台の下敷きになる。
「ふっふーん! 私は生命力が5しかないからね! 死なないようにオリハルコンの板を洋服のあちこちに仕込んでいるのだー! 打ち所がよかったからね、あなたの攻撃もノーダメージ! どーだまいったかー!」
シオンの敏捷は18。
人間の限界に近いステータスを持つ彼女が、その速度を発揮する機会がなかったのは、ひとえに50キロ近くあるもはや鎧の領域にまで達したローブが原因である。
筋力量が少ない彼女にとって50キロの装備は完全に重量オーバーであり、速度に大幅なペナルティが課される……せっかく人類の最高速度を誇る彼女であってももはやその装備量では通常の魔術師と何ら変わらない速度でしか移動ができなくなっているのだ。
だが、彼女はそれも織り込み済みで、そのローブを装備している。
なぜか?
迷宮では、自分に敏捷には必要はない……というのが彼女の持論であるからだ。
生命力が低く、どのような攻撃も致命傷になりうる彼女は、アーマークラスを限界まで下げるためにその洋服の中に48のオリハルコンの板を仕込んでいる。
もともと魔法使いは後衛であり、バックアタックや罠にかかった状態でなければ攻撃を受ける可能性は低く、魔法やブレスに対する魔法防御は、もはやシオンの右に出るものはいないといっていいほどの力を有している。
だからこそ、正攻法でシオンは傷つくことはないし、魔術師も基本的にはダメージを追わない職業とされている。
彼女が傷つくことがあるとすれば、それは正攻法ではない不意打ちや予想外の出来事が起こったときである。
いかに敏捷が高かろうが、不測の事態にすべて対処することはできないし、罠にかかってはその敏捷を披露することなどさらにできない。
そのためシオンは、迷宮内では速さを捨てた。 必要がないからだ。
当然魔法の詠唱の速さが敏捷には絡んでくるため、冒険者の中には敏捷の高い魔術師を欲するものもいるが、炎武を習得しているシオンにとってそんなものは何の役にも立たない。
魔術師の迷宮での役割とは火力砲台。
動く必要はなく、圧倒的な破壊を敵にお見舞いするのが仕事。
動く必要も、逃げる必要もない……ただ頑強に、壊れなければいい。
それが迷宮の魔術師。
だがここは地上であり、敵は一対一、不意打ちでもなければ先のサリアとの戦いでフランクは策をすべて使い切ってしまっている。
ゆえに、シオンはもとの姿に戻った。
速度による回避能力を駆使した……近接で放たれる圧倒的な魔力の一撃。
「魔法による近接武術……それが、炎武! 馬鹿にしてると痛い目見るんだよ!」
文字通り炎による武。
それが本来の彼女、シオンの戦闘スタイルなのだ。
「ふ……ざけるなぁ!?」
埋もれた体を引き出し、フランクは怒りに身を任せて飛び出す。
無詠唱魔法で、第一階位でこの威力。
当然のごとくすべての魔法に対してレジストを持つ彼にとって、見た目ほどのダメージではないとはいえこれほどの屈辱を受けたことはアンドリュー軍の幹部としては看過できない出来事であった。
「その柔肌……ビキビキに引き裂いてあげましょう!」
そういうとフランクはその刃物のような長い爪を伸ばし、怒りに浮かんだ血管と開き切った瞳孔にて目前の敵へと殺気を放つ。
「……」
常人であれば気を失い、下手をすれば命を落とすほどの殺気。
しかしシオンはそれに対しおびえるでもひるむわけでもなく、槍を両手で構えるようにトネリコの杖を姿勢を低くして構える。
まるで長槍兵の突撃の構えのようだ。
「奇跡は二度は続かんぞ、小娘!」
フランクはそういうと疾走を開始し、それに呼応するようにシオンは爆ぜる。
吐き出されるブレス。
シオンの生命力からして、どんな些細な魔法でも触れれば死は確定する。
ゆえに、広範囲を攻撃するブレスであるならば、シオンの動きを鈍らせられるとフランクは踏んだのだ。
しかし。
シオンはそれを高く飛んで回避する。
前方にまかれるように吐かれたブレスは建物を焼き、シオンは上空から魔法を放つ。
「火炎の一撃!」
先ほどグラウンドデスを破壊した一撃は頭上から一直線にフランクをめがけて降り注ぐ。
「そう何度も受けませんよ! 爆発娘!」
しかしフランクは振り返ると、すぐさま上空から降り注ぐ火炎の一撃を杖で弾き飛ばす。
「くっそー!」
悔しがるような表情を見せるシオンに対し、フランクは間抜けを見るような瞳で嘲笑をする。
「ふはは、ぬかりましたね! 空中じゃ身動きも取れないでしょう!」
いかに敏捷が高かろうと、空中を駆る術を持たない人間は空中で移動はできない。
ゆえに、この攻撃により絶命をすることは確定であり、フランクは追い詰めたウサギに歓喜の笑みを浮かべながら一直線に飛び。
「はい、奇跡が二度目―」
飛んだ瞬間に不意に目前に現れた【大火球】が鼻っ柱に叩き込まれる。
「ごぼがぁ!?」
先ほどの映像の焼き直しのようにフランクは吹き飛ばされ、またもやパレード会場に埋まる。
「が……で……ディレイスペルだと……」
顔面を焦がしながら、フランクは驚愕に声を漏らす。
遅延呪文に詠唱破棄など……フランクでさえも先ほどのように時間をかけなければ発動できない呪文を、この少女はいともたやすくやってのけたのだ。
いや、まだそれだけならば問題はない。
問題は、先ほどの攻撃……この女に自らの行動すべてが読まれていたことがフランクの心をさらに揺さぶる。
「偶然か……?」
直線的な行動だったために、動きが読まれたのか……フランクはそれを確かめるために、再度攻撃を仕掛けようとする。
が。
「休んでる暇はないよ!」
今度の攻撃は、シオンから始まった。
【ライトニングボルト!】
詠唱破棄による第十階位魔法の発動。
そんな破格の魔法の行使にもフランクは冷静に対処をする。
【ガーディアンソウル!】
魔法使いに与えられる最高峰の防護呪文を発動しフランクは稲妻を防ぐ。
【――――……――】
怒号と稲妻による衝撃の音があたりに響き渡り、ぶつかった衝撃によりあたりに爆炎が上がるが、フランクはそんな中でも少女へと一直線へと向かい、杖を振りかぶる。
【―――!】
(相手が魔法使いであるならば、ガーディアンソウルを使用している間は攻撃ができない……となれば、決めるは今! 何を唱えているかは知らないが……このガーディアンソウルの前には……)
フランクはそう思考しながら、目前の敵へと踏み込む。
しかし。 そう踏み出した足に刃が刺さる。
【ソードワールド】
「んなっ!?」
魔術師に与えられる唯一の物理攻撃魔法。
魔術師がガーディアンソウルを超えるための唯一の方法であり、そのものの魔力量がもっとも影響する魔法ともいわれている。
フランクの目前にそびえるは、魔法で生み出された魔剣の150。
いびつな形をしており、おおよそ剣というよりは鋭利なガラスの破片のようであり、どこに触れても切れそうな形状をしている……剣の形状は持ち主の心に反映されると聞くが、とてもいびつな形をしている。
フランクは思う。
完全に読まれていたと。
ガーディアンソウルを放つことも、捨て身の突進に挑むことも……。
そして……おそらくこの後自らの足を投げ出して後ろに回避するのも読まれているのであろう。
なればこそ……。
「道化は道化らしく予想外にかぶいてみせましょう……」
フランクはあえて前に飛んだ。
背後に飛ぶと読まれて放たれた剣は、思った通り自らより後ろに飛び。
フランクの体には剣が二本ほど突き刺さるだけで済む。
見た目ほど傷は深くはない。
自己再生、治癒能力強化のスキルを持つフランクならば、この程度の傷はすぐに修復される。
痛みはあるが、それでも今ここで目前の敵を打ち倒せるならば、この程度の傷は安いものだ……。
すでに弱者と侮ったその魔術師はフランクの中でそれだけ大きな存在となっており、捨て身の一撃をもってして少女の殺害を終了するため、その杖を一気にシオンへと突きあげる。
が。
其れすらも、読まれていた。
突き上げられた杖の手元に、ふいに火球が現れる。
「馬鹿なっ!?」
シオンに杖が届く目前、その衝撃によりフランクは腕を焼かれ、杖を吹き飛ばされ、同時に相手のトネリコの杖が自らの胸部に触れ。
「ファイアーボール」
火球の魔法が炸裂する。 ガーディアンソウルの効果でダメージこそ皆無だが、その
威力を殺しきることはできずに、そのまま吹き飛ばされる。
「何を……ガーディアンソウルは……」
効かない、そう言おうとして、フランクは自らの背後を思い出す。
もしこの攻撃が読まれていたのだったら、どうしてソードマスターは自らの後ろに飛んだのか?
絶望に近い想像が脳裏をよぎり、その次の瞬間に想像は現実となる。
ぞぶり……と、剣が刺さり、串刺し状態になる。
「いがああああああああああああああああああ!?」
先ほどのソードワールドはフランクを倒すために作られたのではなく、フランクをしっかりと捕らえておくための貼り付け台を作ることが目的だったのだ。崩れたパレード会場に作られた貼り付け台にフランクはきれいに打ち据えられる。
そこにあったのはソードワールドの剣148が固まってできた魔法の杭……。
まるで吸血鬼を封印するかのごとき巨大な杭に刺し貫かれたフランクは、初めてここで口から赤い血を噴出させる。
幸い、この程度の傷であればフランクは逃げられるし、戦闘も続行であった。
しかし。
「がっ」
フランクの心は完膚なきまでに叩き折られた。
ありえない。
ゆっくりとシオンが歩いて近づいてくる。
アンドリュー軍幹部であり、地獄道化の異名を持つこの私が。
ありえない。
こんな人間の小娘一人にここまで弄ばれ。
ありえない。
あまつさえ……子供の用に泣き出してわめいてしまいたいほどの恐怖にかられるなど。
ありえ……。
「これで……終わりだよ。 その身に刻んだ? 私の炎武」
伸ばされる手。
その手に触れれば最後だと……フランクは本能的に悟り。
ここでようやく少女の予想を超える動きをフランクはした。
「ひいいいいいいぃいいいぃ!ひっひいいふぃいぃい」
それは、愚かな豚のような悲鳴を上げながらの……逃走。
足を失い、血だらけになりながら、フランクは杭を引き抜くと全速力でその場から逃げ出した。
「へ?」
呆けるシオンの前には、燃える建物のはじけるような音が響き渡るのみであり、
「あれー?」
パレード会場の戦いはこんなあっさりとした終わり方で幕を閉じた。
◇