8.いしのなかにあるものは全部僕のもの
「メイズイーター!」
叫ぶと同時に迷宮の壁が崩れ落ち、小部屋が完成する。
本日10回目の能力行使であり、迷宮は悲しきかなあちらこちらが穴だらけとなっている。
「ふむ……なかなかに興味深いわね」
ティズは瞳を輝かせながらそう考えるような素振りをして小部屋の中を飛んで確認する。
「ほら見てウイル、どれも、綺麗な正方形の小部屋!」
ここは一階の中でも壁が多いとされるフロアであり、そこをティズは実験場に選んだ。
この十回で学んだことは、壁はどこまでも壊れていくのではなく、ある決まった範囲だけ破壊されるという点。そして、今ティズが気が付いたのはそれが大体20メートルの正六面体に壁が壊れるという点だ。
「これはメイズイーターの能力というより……迷宮の構造に関係してるみたいね……」
「どういうこと?」
「さっきアンタが能力を使ったとき、壁は真ん中から崩れていったけど、今壊したときは左側が崩れて行った。つまり貴方が能力を使った場所から正六面体に壁が破壊されるんじゃなくて、元々迷宮って言うのは正六面体の魔法のキューブを敷き詰めることで作られた建物なのよ!!」
興奮気味にティズは語るが、いいたいことはつまりこうだ。
この迷宮は一見レンガ造りに見えるが、これは全てただの模様であり、その構造は東の都市に存在する大墳墓、ピラミッドに近く壁一つ一つ天上床に至るまでが20メートルの立方体で構築されている……ということだ。
「それって、何かの役に立つのかな?」
「当たり前じゃない!? これを利用すれば、迷宮の正確な地図がつくりやすくなるわ!? 今までは測量機なんて危険すぎて迷宮に持ち込むこと出来なかったから、冒険者達が描いた曖昧な地図しか存在しなかったけど、構造が同じ大きさの立方体で構築されていると分かれば、マスの数を数えていけば、距離も形も完璧な正確な地図だって作ることも簡単よ! 方眼紙でも用意して塗りつぶしていけば良いだけなんだから!? 売り込めば馬鹿売れよ!? それだけでも一生食べていけるわ! 面倒くさいからやらないけど!」
やらないんかい、という突っ込みは飲み込んで、僕はティズの言葉に納得する。
確かに今まで存在していた迷宮の地図は大体が冒険者が書いた手書きのものばかり。
階段までの大まかなルートや、目印などが記されているだけで、距離も正確な迷宮の構造も記されていないお粗末なものばかりであり、地図を持っていても迷ってしまう……なんて人間も多々存在していた。
しかし、何もない状態で漠然と迷宮を描くのではなく、壁が1マスずつ区切られているのだとしたら、ティズの言ったとおり方眼紙を用意して壁一つ一つを塗りつぶしていけばいい。
そうするだけで―もっともこれは回転床などの方向感覚を阻害する罠があるということは考慮していないのだが―距離も座標も完璧な地図が完成してしまう。
「ふむ、じゃあ今度はそのまま奥の壁を壊してウイル」
ティズはまだ調べたりないのか、僕に迷宮を掘り進むように命令する。
まぁ断る理由もないのでそのまま言われたとおり壁を破壊する……と。
「あだっ」
何かごつごつしたものが現れ、僕の頭にぶつかる。
なんだろう……。
ふと足元に転がった硬いものを見ると。
「えぇ!?」
そこには鎧や剣、金貨に宝石が散らばっていた。
「な、なんだこれ!?」
状況的に崩れた壁から出てきたものだろうが……なぜ鎧や金貨が壁の中から?
「こ、これはきっと……石の中で死んだ人間の遺品ね」
「遺品!?」
「テレポーターの罠や、転移の魔法に失敗すると、石の中に飛ばされるって話聞いたことあるでしょう?」
「う、うん」
いしのなかにいる……で全滅したパーティーは多い。世に広まったのは転移を失敗して仲間と片腕を失った戦士の話から……という逸話が存在するが、その噂話の例に漏れず、仲間をテレポートや転移魔法で失ったという冒険者は多い。もっとも、下層まで行かなければ出会うことのない罠なのではあるが……。
「壁の中に入った人間は、そのまま魂ごと消失するって聞いたことがあるわ」
「しょ、消失?」
「そう、アンタも聞いたことあるでしょ?迷宮が人を食うって話は」
「あぁ、迷宮で全滅したパーティーが自然に消失するって現象のこと?」
「そう。 腐敗でも捕食でもなく、死亡した仲間を救出しようと向かったら一人だけ骨も魂も何もかもが消えてしまっている。 という現象は多く報告されている……この中から導き出されるのは迷宮は人の魂ごと死体を食べてしまうということ……きっと壁の中でも同じことが起きているのよ」
「……なるほど、でもどうして装備品は?」
「元々装備品は消失することはないわ。 迷宮でも魔物に拾われることはあれど、失われることはない。南の国の何百年も迷宮に刺さり続けていた剣の話もあるくらいだしね、だからきっとここに間違えてワープして消失したどじな人間がそこにいたってことね。ワープが使えるってことはそれなりの冒険者だったんでしょう……もう持ち主は消滅してしまっているし、せっかくだから貰っておきましょう?」
「いいのかな?」
「消失してたんじゃどうしようもないじゃない……ここで遠慮するより、この装備を受け継いでアンドリューを一日でも早く倒すのが、一番この人も報われるんじゃないかしら?」
ティズの言うことは正しい……もう消失してしまった名前ももう無い冒険者……哀れみでそのまま放置されるのと、その今までの冒険を引き継ぎ、この迷宮を攻略すること、この人の立場にたってみてどちらが嬉しいかは火を見るよりも明らかである。
「アンドリューを倒したら、ちゃんと埋葬してあげましょう」
ティズはしんみりとした顔のままかぶとと金貨袋を拾い上げ、次の実験へとうつる。
…………しかし、話を聞く限りワープで死亡する人間の数は決して少なくないと考えられる。
つまり、今みたいに死んでしまった人間はたくさんいて、その人たちのお宝もこの迷宮に眠っている可能性は高い……ということだ。
そして、このメイズイーターの能力を持っているのは恐らく僕一人……つまり。
いしのなかにあるものは全部僕のもの!?
考えただけでも鳥肌が立つ。
「ほらほら! 早く掘りなさい!どんどん石の中を探すわよ!」
ティズもそのことに気がついたのか、瞳を金貨にしながらあちこちの壁を掘り進めさせる。
勿論そのことに関して僕に異論はない。
「メイズイーター!」
所構わず壁に穴を開け続ける。
当然のように、毎回毎回アイテムが出てくるほど甘くはないが。
「で、でた!また出たよティズ!」
大体10回に1回は大量の金貨と防具や剣が大量に発掘される。
そのどれもが高級そうな装備ばかりであり、ティズと僕は目を輝かせながら壁を壊しては直していく。
「……ティズ、これはなんだろう? 剣……みたいだけど」
先っぽがなぜか回転するようになっている。
ドリル……とは違うようだ。
「そ、それは!? 螺旋剣 ホイッパーじゃない!?」
「螺旋剣?」
「迷宮七階層から九階層で生活をしているといわれる伝説の鍛冶師、キュプロクスが打ったといわれる奇怪剣の一つで、突き刺した先端を回転させることで内側から敵を破壊するという恐ろしい武器よ……誰も内臓や体の中は鍛えようがないからね」
「七階層から九階層!?」
「ええ、今じゃ誰も持っていないような伝説の装備よ……レベル1でも巨人を殺す。
この言葉聞いたことないかしら?」
そういえば、昔父さんに聞いたことがあるような無いような。
「でも本当に巨人は殺せないでしょうけどね」
「そうだよね。いくらなんでも剣の先端が回る位でねぇ」
あはは、とおとぎ話の誇張表現に苦笑を漏らしながらも、とりあえずすごい剣みたいなので装備をしておく。
それからも、第一階層のマップ作成がてら―結局儲かりそうだからあんたがやりなさいと言うティズの一声により決定―僕は壁を壊して石の中にあるアイテムを探す。
想像以上に転移魔法を失敗したパーティーは多いらしく、掘れば掘るだけアイテムと金貨がボロボロと出てくる。
どこぞのオリハルコンの伝説級の鎧であったり、瞬間移動が使えるようになる冠だったり、すべてがアダマンタイトでできている小手だったり様々だ。
ミスリルの鎖帷子は上から新たな防具も装備することができるみたいなので、とりあえず拾った装備は装備していく。
呪われているかもしれないと思ったが、拾ったお金があれば簡単に呪いなんて解くことができるから大丈夫とのことなので僕はそれを信じて拾った防具の中で一番強そうなものを装備していく。
「風格だけなら迷宮最下層冒険者ね」
「そ、そうかな?」
全身がアダマンタイトとオリハルコンで武装し、手には伝説の剣を持った戦士。
確かにこれだけ見てレベル3だと言って信じる人間はいないだろう。
それよりもお金も信じられないくらいの量が集まった。
恐らく金貨だけでも2万枚は集まっただろう。
昨日10枚奪われただけで卒倒しかけていたのが嘘のようだ……。
もうこれだけで一生は遊んで暮らせる……。
いけない……なんか感覚がおかしくなってきた。
「随分集まったわねぇ」
ティズの鼻息が荒い。 眼は相変わらず金貨のままだし……おおよそ物語のヒロインがしてはいけない表情をしているので、彼女は物語のヒロインにはなれないだろう。
「おっとと」
しかし、これだけの金貨があると、いくら魔法の袋、トーマスの大袋があると言ってもそろそろ重量的にも辛いものがある。
ダンジョン必須アイテム、トーマスの大袋の容量が無限だからといっても、中に入っているものの重量がゼロになるわけではない。
軽くはなってくれるが、やはりこれだけ金貨をつめこめばかなりの重量になる。
僕は少しばかりよろけて壁に手を付く。
メイズイーターは解除してあるので、壁が破壊されることはなかった。
もうすっかり使いこなしてしまっているな。
「ふぅ、もうずいぶん稼がせてもらったし、今日はこの壁を壊したらおわりにしましょうか……」
入り口付近、大きな柱の様に通路の真ん中に不自然に立っているワンブロック分の壁。
確かに不自然に存在するこの壁の中にはなんとなく何かが入っているような気がする。
実際何か出てきても重量的に限界が近いのだが、僕は好奇心に負けて本日最後のメイズイーターを放つ。
ここから、僕の物語は始まった。