107.地獄道化降臨す
「あ、ありえねぇ」
第一部隊長は言葉を漏らす。
それだけ不可能に近いことをこの少女二人はやってのけたのだ。
その場にいたゴブリンも、騎士団たちも、その二人の少女の姿に息をのむ。
切り落とされたブラックタイタンの首と、黒焦げになり消失をしたゴルゴーン……双方とも八階層……通常であればマスタークラスの人間でさえも苦戦をするはずの魔物を、目前の少女二人は一撃で屠ったのだ。
それは異常としか言いようがなく、その現実にその場にいた誰もが息をのみ、騎士団と冒険者、寺院の僧侶たちは確信する。
伝説の騎士がいる限り……この戦いに敗北はない。
その希望と確信……そして破格の力を持つ助っ人は、騎士団の士気を最高潮まで沸騰させる。
「全軍! あの少女たちに続けえええ!」
『おおおおおおおおおおぉ!』
怒号とともに、動きを止めたゴブリンたちを騎士団は一掃し始める。
敵の切り札をやすやすと打ち破り、そして伝説の騎士の仲間が味方に付いた。
半面、ゴブリンたちは化け物を一撃で屠る人間を前に、もはやこの進軍が死への旅路であ
ることを悟ってしまう。
いや、まだ指揮官であるゴブリンロードがいれば、もう少し戦闘行為を続けられたかもしれないが。
「であああああああああああああああああ」
【げっぎゃあ!】
ゴブリンロードの戦斧と、戦士の剣が交差し、火花を散らす。
流石はゴブリンロードと言ったところか、三対一という数的不利な中でも、冒険者たちと互角以上の戦いを見せていた。
「ちっ、流石は六階層の魔物……ってところか」
戦士は一度距離を開け、そう軽口をたたいて体を休めようとするが。
【げぎゃっげぎゃがががががが!】
部隊の危機を察したゴブリンロードは、戦士へと猛追を仕掛ける。
「なっ! はやっ……ぐっ」
小さな体からは想像もつかないような重い連続攻撃、先ほどまで互角と思っていた相手であったが、敵が今まで後の王都攻略を考えて力を温存していたことをようやく戦士は悟る。
なめやがって……戦士はそうゴブリンロードに心の中で吐き捨てるが、その次の一撃で
剣を弾かれてしまう。
「しまっ!」
好機、とばかりにゴブリンロードは無防備な戦士の体に、斧を叩き込む……。
が。
「準備完了! いくよ!」
魔法使いの少女は魔法の詠唱を終えて魔法を放つ。
「晦まし灯(ブラインディング!)」
放たれるは第三階位魔法、晦まし灯。 小さな光の破裂が、敵の視界を一瞬だけ奪い、ゴブリンロードは目測を誤り攻撃を失敗する。
「今だよ!」
一瞬のひるみ、しかしその致命的な一瞬を、冒険者たちは見逃すはずもなく。
「お任せを」
背後から現れたノームの盗賊は背後からゴブリンロードに飛びつき、その喉首を描き切る。
「戦技……喉首毟り」
ざりっ という音と共に、かぎづめによりゴブリンの喉笛が掻き切られ、悲痛な叫びとともにゴブリンロードはめちゃくちゃに斧を振り回す。
喉を切られたというのに、まだそれだけの力があるのかと、冒険者たちは感心をしたが、それでももはや悪あがきでしかない。
戦士は取り落とした剣を広い、ゴブリンロードへと駆ける。
「はああああああ!」
怒声とともに剣を振り上げ、ゴブリンロードへと走っていく戦士。
その姿に気が付いたのか、ゴブリンロードは最後の力をすべてを込めて戦士に戦斧を振り下ろす。
一閃。
甲高い音が一つ響き、戦斧の切っ先が地面に刺さった後、ゴブリンはその場に倒れる。
冒険者の刃が、斧もろともゴブリンロードを切り伏せたのだ。
「ゴブリンロード! ここに打ち取ったあああ!」
戦場に響き渡る怒声とともに、戦士は高らかに宣言し。
『おおおおおおおおおおおお!』
騎士たちは歓喜の雄たけびを上げてさらに猛追を仕掛ける。
もはや敵を軍として形成しうるものはすべて瓦解し、騎士団にはもはや恐れるものはない。
一方、統率者も奥の手も切り離されたゴブリンたちは、思い思いの行動をとり始める。
やけを起こし敵に突撃するもの、剣を捨てて逃げ惑うもの、その場に力なく座り、死を待つもの。
そんな部隊はもはや戦力とは言わず、騎士団たちは一気にゴブリン達を追い詰める。
もはや勝敗は火を見るよりも明らかであった。
◇
「馬鹿なあぁ! 一撃……一撃だと!? 我が迷宮でも10本の指に入るあの災害級の魔物を……一撃で屠るなんて、なんですかあの化け物はあああ!」
フランクは狂乱にまみれながら思い通りにいかない作戦に苛立ちを隠すことなくじだんだを踏む。
当然だ、ここにくるまで、襲撃作戦はもれ、クレイドル寺院と冒険者ギルドと王国騎士団が協力をし、魔法陣が破壊され、そして今度は切り札であった魔物が一太刀のもとに切り伏せられてしまったのだ。
そして。
「報告しますフランク様」
「なんだぁ!?」
「はっ、希望の像前の魔法陣ですが、発動より前に完全停止、そしてフランク様手ずから召喚を行ったもの達が半数すでに冒険者に敗北を喫した模様です」
「はぁ?」
「完全停止って……一体その……な、なにが?」
カルラは自らの力が阻害されたことに驚き卒倒する。
「カルラさまの第二召喚不発の件は、原因は不明……魔力の流動は感知できたのですが……とつぜんすべてが消失しました」
「なに……それ」
驚いたような表情をするカルラは、その場にふてくされるように座り込み、そしてフランクは伝令の報告に、目前の光景が崩れ落ちるような幻覚を見る。
こんな悪夢のような状況が他の場所でも起きており、そのうち一つは
魔物を破壊する前に見えない魔法陣さえも破壊されてしまった……
ありえない。
そう心の中でフランクは呟くが、状況が好転するわけでもない。
この状況で半数の切り札を失ったとは……とてもじゃないが目の前で起こっていることは正気の沙汰ではなく、冷静でいられる方がおかしい。
「ぐうううううう、あいつは……あの女は……一体」
突如現れた少女二人に、フランクは食い入るようにその少女二人を追いかける。
視界に移る二人の少女、一人は灰のような白髪に燃え盛るような赤い色の服を身にまとった少女、そしてもう一人は、金色の髪に青きクレイドル教会の聖衣をまとったエルフの少女……。
その姿は当然、フランクにも覚えのある人間である。
「あれは……」
全てがつながってしまう。
ばらばらになった記憶の中、フランクはなぜか奇妙にも偶然出会う少年と、その仲間たちの姿を思い出す。
……情けない見るからに非力そうな冒険者と、その後ろにいた女性冒険者たち。
もし、あれが偶然の再会などではなかったら。
ふと、彼女たちの頂点に立つという、伝説の騎士の話を思い出す。
報告にはあった……あの少女と非力そうな少年が、伝説の騎士と呼ばれる人間の部下であることは……。
だが、伝説の騎士の話を聞けば聞くほど、噂に尾ひれがついただけのただの見掛け倒しであることが分かった。
何故なら、エルフの少女を救うためにアンドリューと直接対決をしただの、巨人族の巣をせん滅して囚われの少女を助け出しただの……事実と違う伝説ばかりが情報として挙がってきたからだ。
迷宮最奥にいるフランクならば当然、分かる。 この一年、迷宮最下層襲撃は愚か、第九階層まで降りてきた冒険者すらまれであり、被害など一度も出たことはない。
尾ひれがついただけのただのはったりだけの騎士……それが伝説の騎士のフランクの評価であり、おそるるに足らずと捨て置いていた。
「まさか……探られていた……いや、最初から知られていた」
いつから……。 そう考えるともはや最初から……という答えしか浮かばない。
情報操作……あらかじめ私たちへの対策として油断させるためのブラフとして、ありもしない噂話を広げ、真実を知るものとしての油断を誘ったのだとしたら……おそるるに足らずという判断は完全に敵方の思うつぼであったことになる。
そして、行く先々で伝説の騎士の仲間たちに出会うことになったのも……。
こちらの動きを完全に把握され、情報の入手ルートも何もかもが掌の上で踊らされ……私たちの姿を確認することで襲撃場所の裏付けを行っていたともとれる。
王都襲撃のためにいろいろな工作を行い、王都を欺いてきたと思いきや……自分が欺かれ続けていた……。
報告には上がっていないが、オークの巣が殲滅されたのも、コボルトキングが討伐されたのも、クレイドル寺院を襲撃したマリオネッターが打ち倒されたのも、すべてがこの伝説の騎士の業績だとしたら。
その目的はどう考えても、橋渡しのためのパイプ作りであろう。
自らが伝説となり、信頼と実績を重ねることで、すべての機関が無視できない存在になる。
尾ひれのついた噂も、それならば納得がいこう。
そして、人々の信頼を得た後、王都襲撃の日取り、設置された召喚陣の場所はすべて把握しつつ、フランクたちが起こすすべての事件に介入をすることで、ギルドと寺院と王国の橋渡しとなるためのパイプ作りを行い、自らが動くことで連合軍の形成を行った。
自らが起こした行為が……全てこの結果に導かれるために利用されてしまったのだ。
「まるで、壇上の道化……伝説の騎士よ……ここまで読むか……」
侮り、そして油断……知恵比べは完全敗北を喫する。
この戦い、国でも騎士でも冒険者でもなく……伝説の騎士一人にフランクたちは敗北を喫そうとしているのだ。
しかし。
「ぐっ……ふふふ……素晴らしい、その読み……23分の価値がある」
まだ、勝機は存在する。
「フランク様、いかがいたしましょうか?」
伝令は不安そうな表情でそうフランクに問いかけるも、フランクは努めて冷静に。
「騎士狩りだ」
そう宣告をする。
「騎士狩り?」
隣で座って見学をしていたカルラは、首をかしげてそうとう。
「ええ、騎士狩りです……カルラ、死霊騎士……命令です……伝説の騎士を狩りなさい」
フランクの命令に、潜んでいた死霊騎士は天井に姿を現す。
「ふむ、どちらに向かえば」
「おそらく伝説の騎士はまだ倒されていない切り札たちのところに援護に向かうでしょう。
七つのうち一つが不発に終わり、ここを含め三つが打倒された……残っている場所は?」
「はっ、ロイヤルガーデン、錬金術広場、そして冒険者の道の三つです」
「私はロイヤルガーデン、カルラ、貴方は冒険者の道へ、死霊騎士たちは錬金術広場へ向かいなさい……そこで切り札たちの援護を行いつつ、伝説の騎士が到着次第殺してください……この戦い、伝説の騎士さえ討ち取れれば勝機はある」
にやりとフランクは笑いそういうと。
「わ、分かりました……では、行ってきます」
「ご命令通りに……必ずや」
死霊騎士とカルラはその場をすぐに後にする。
「さて……と」
フランクはすぐさまロイヤルガーデンに向かうべきと考えはしたが。
それはまだいいと判断をする。
「あそこの魔物は少し特別にしてありますからねぇ」
もはや、このパレード会場は戦術的価値も勝利もほぼ不可能であり、この場を攻略することに意味など皆無となっているが。
それでも。
「私をコケにしたこと……後悔をさせてあげなければいけませんねぇ……人間!」
伝説の騎士と戦う前にこの怒りを抑える生贄を用意しなければ、地獄道化はアンドリューに献上する城さえも破壊しかねないと判断をし……生贄二人の前に舞い降りる。
「内臓をかきむしりますよぉ」
自らをコケにした女二人を八つ裂きにして臓物をすする……そんな歓喜の瞬間を想像し震えながら……フランクは騎士の蹂躙を開始する。