106. 両陣営の切り札
同時刻、ロイヤルガーデン
「ばか……な」
ロイヤルガーデン、迷宮の結界を維持するものに最も近い場所にある召喚陣の前で、
全軍の指揮を執っていたレオンハルトは驚愕に声を漏らす。
作戦は完璧だった。
クレイドル寺院、ギルドの人間たちの協力もあり、召喚陣を破壊したはずだった。
しかし、目前に現れるは千の魔物たち。
報告によれば、不可視の魔法陣が展開されたということであるが、完全な想定外の出来事に、レオンハルトはその牙をかみしめて喉を鳴らす。
「この王都に、これだけの魔物の侵入を許すとは……」
己の失態にレオンハルトは王へと謝罪の言葉を漏らすが、呆けている時間などは一秒たりとも存在はしない。
【ぐぎゃああああぁ!】
目前に現れたるはリザードマンの軍隊……そしてその最奥には。
「竜戦士……ドラゴニュート」
魔物らしく、現れると同時に四方へ散会、兵士たちへと襲い掛かると思ったが、リザードマンは微動だにせず、こちらをにらんだまま盾を構えている。
それは魔物であっては想像ができない行動であり、あのドラゴニュートが指揮を執っていることをレオンハルトは察する。
本当にやりにくい……烏合の衆であれば騎士団の力をもってすれば殲滅は容易だったであろう。
しかし、これが軍となると話は別だ……。
(まったく、やりにくい)
レオンハルトの眼光に気が付いたのか、ドラゴニュートは剣を抜き、それに呼応するかのようにリザードマンたちも抜刀し盾を構える。
「抜刀!……構え!」
しかし、敵が軍となり攻めてくることはあらかじめ知っていた……だからこそうろたえることもひるむこともない。
騎士たちはただ、目前の敵をせん滅する……それだけだ。
撤退することも、撤退させることも許されないという最悪に近い現状であったが、騎士たちに迷いもましてや不満さえもない。
騎士団の誇りにかけて、そしてこの街の民を守るため。
【ああああがああああああああああ!】
「全軍! 突撃いいぃ!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!』
レオンハルトはそう叫び、王都防衛は全面衝突を開始する。
◇
同時刻 パレード会場前。
「怯むな! 突撃いい!!」
「おおおおおおおおおおお!!」
激戦が続くパレード会場にて、騎士団はラインを少しずつ下げながら、着実に魔物を打ち倒していく。
召喚されたのはゴブリンの群れであり、個々の戦力は小さいものの、しか手に持った爆弾により騎士団にも着実に被害は出ている。
【げきゃっげきゃきゃきゃ!】
「くっ!ゴブリン風情が統率の取れた動きをしおって」
騎士団第一部隊隊長は、そう恨めしそうな表情をしてゴブリンの奥を見つめると、そこには偉そうにゴブリン達の運ぶ玉座に座り、ゴブリンたちの指揮を執るゴブリンロードの姿があった。
「あいつを倒せば……」
第一部隊長は目標に向かって一歩前進を試みるが、それよりもはやくゴブリンの短刀が騎士団長の鎧に走る。
「ぐぅっ」
すんでのところで盾で攻撃を防ぐも、ぞろぞろとゴブリンたちが迫ってきては短刀を振り回してくる。
大したことない攻撃ではあるが、それでも何度も喰らえば命はない。
「ちっ、地道に進んでいくしかないか」
第一部隊長はそう諦め刃を振るって引き続きゴブリンたちを切り伏せていくが。
「俺たちに任せなっ!」
【げぎゃっ?】
瞬間、魔物たちの間をすり抜け、一つの黒づくめの集団が魔物の前に躍り出て、ゴブリンロードを狙う。
それは、先ほど遊撃部隊として現れた冒険者たちであり、戦士の振り下ろした刃がゴブリンロードを狙う……が。
【があああ!!】
流石は迷宮四階層の魔物と言ったところか、ゴブリンロードはその攻撃を受け止める。
「さすがに、そう簡単にキングは落とせないか」
「焦るな、相手はゴブリンロード……慎重をきせ」
「魔法でかく乱したところをお願いしますね~」
「了解だ! いっくぜええ!」
そう叫び、冒険者たちは少数でゴブリンロードへと挑んでいく。
「いまだ!全軍敵を押し戻せぇ!」
軍を指揮するものが戦闘中になった瞬間、敵軍の動きが鈍り、統率の取れた行動がとれなくなり、騎士団長は合図をして一気にラインを押し上げる。
敵の統率が取れなくなった今が、好機……そう踏んでの行動であり、
実際にその行動は正しかった。
しかし。
「いいですねぇいいですねぇ!順調、じゅんっちょうです!」
パレード会場の軍勢がおされはじめているというのにフランクは踊りながら戦場の様子を見つめる。
「み、民間人は避難してしまいましたけど」
カルラは呪いの行使を終了し、その場にぺたりと座り込む
ここで、カルラに課された使命は終了した。
「いいんですよ! 先に殺そうが後に殺そうが戦闘能力皆無の一般ピーポーが逃げようが関係ありません! 先に武装兵力を皆殺し! そのあとゆっくりとオークの餌にしてしまえばいいのでーす!」
先ほどまでの焦りようが嘘のように、機嫌よくステップを踏むフランク。
まぁ当然か、現在作戦は順調そのもの、騎士団の抵抗や、クレイドル寺院・冒険者ギルドの参戦には少々驚かされるものがあったが、しかし、それもそこまでだ。
結局魔物の軍勢は召喚された。
潜伏をしていたフランクの部下と、召喚魔法の礎となったハイウイザードたちの犠牲はあったが、そんなものこの作戦の成功に比べれば小さいものであり、フランクは勝利を確信する。
カルラがどうやって魔法陣を再度作り上げたのかは知らないが、成功したのであれば何でもいいだろうとフランクは捨て置き、目的の達成のもと指示を出す。
「ん~、確かに軍隊軍の戦いであれば群れる生き物の人間の方が部はあるな……だが、だれも召喚は一度だけなど言っていない……ですよ」
【モンスターゲート】
瞬間フランクは杖を振るい、召喚陣なしで召喚魔法を起動する。
フランクが放った魔法は番外階位魔法、モンスターゲート。
先ほどはなった召喚陣のような大量の魔物を召喚することはできない魔法だが、
その分魔力の消費量に応じてよりレベルの高い魔物を呼びよせることができる。
量よりも質を優先した召喚魔法であり、その魔法が各六か所の召喚陣へと向かい放たれる。
数日前に、見逃したダンデライオン一座に向かってファイアドラゴンを差し向けた際に使用した魔法である。
この魔法の良いところは、座標さえ知っていれば、任意の場所に魔物を召喚できるという点にある。
ゆえに、僧侶たちは新たに放たれた召喚魔法に対応することができずに。
その大召喚は成功してしまう。
【ぐるるうあああああああああああああああああああああああ!】
【ぎゃあああああああああああああああああああああああ】
怒号が響き渡り騎士団は一斉にその声の方を見る。
「ばかな……あれは、ブラックタイタンに……ゴルゴーン」
そこにそびえたつのは建物ほどの大きさを誇る魔物二体。
その二体ともが迷宮8階層の魔物であり。
フランクが独自に用意した……切り札たちであった。
「まずい!お前ら!? 逃げっ!」
そう第一部隊長が声を荒げてももう遅い。
ゴルゴーンの瞳が光りそしてブラックタイタンの拳が振り下ろされる。
その一撃で多くの兵士が命を落とし、石となるだろう。
ゴルゴンの放つ光を目に入れたものはその体に石化の状態異常を負う……石化は文字通り全身が硬直するため、こと戦場においては死とおなじような状態だ。
そして、先のブラックタイタンの一撃はたったの一振りでも兵士十人をたたきつけて殺すことになるだろう……。
まさにこれから起こることは地獄絵図であり、隊長は瞳を閉じて衝撃と惨劇の断末魔に備える。
が。
「どうやら」
「私たちの出番だねー」
不意に、戦場を駆け抜けていく二人の少女の姿が現れ。
一人の少女は剣を抜き、一人の少女は杖を振るい、あろうことか迎撃態勢を取った。
「なっ!? 何を!?」
迷宮八階層の敵の一撃だ……とても正気の沙汰とは思えない光景に隊長は声を上げるが……。
【戦技・断空!!】
【ライトニングボルト―!】
ゴルゴーンの放つ光よりもまばゆき光が広場を埋め尽くし、紫電がゴルゴーンを貫き、
その音に遅れるように、少女の引き抜いた刃によりブラックタイタンが拳から首にかけて両断される光景が広がった。