105.攻防と千鬼夜行
「ふふ、偽のダンデライオン一座に気が付いたはいいが、詰めが甘い」
遠隔地パレード会場が見渡せる時計塔のてっぺんに立ち、フランクは隣に立つカルラに対してそう笑みをこぼしてそういう。
昨日の夜、何人かの治安維持部隊の人間の記憶を操作した。
フランクとしては人間ごときがこの作戦を知りえたことに驚愕とともに賞賛を送りたい気持ちにかられるが、それでもこれが限界であろうと笑みをこぼし、召喚魔法を起動する。
「あれだけの兵士が身柄確保に乗り出した後に、のこのことパレード会場に姿を現すものはいないでしょうに……まぁしかし、壇上の人間を確保する連携は目を見張るものがありましたね……さすがは群れる動物と言ったところでしょうか」
ふむと隣に立つ少女に皮肉を漏らした後、フランクは召喚魔法により現れる魔物の軍勢を心待ちにする。
王都襲撃、レオンハルトが現れば手ずから相手をする予定であったが、レオンハルトの姿は見えない……。
王城近くの召喚陣の近くにいるのか、それとも直接王を守っているのか……どちらにせよ、この場はこの召喚陣一つで簡単に落とせそうだ……。
高々魔物千であれば騎士団だけで対処ができると考えたのが浅慮であり運の尽きだ。
「少しは期待したのですが……これで……」
終わりですね……そう言おうとした瞬間。
「クレイドル寺院 第一小隊! 行きます!」
そこにはありえない光景が広がった。
騎士団の間をすり抜け、そして人ごみに紛れるように立っていた僧侶たちが発動した召喚陣の前に躍り出て、詠唱を始める。
【神に背きし異界の門よ、今その次元の狂いを正し、不浄の門を閉じたまえ】
開かれた経典から文字が浮き上がり飛び出し、呪文の詠唱に呼応するかのように召喚陣を取り囲み結界を作る。
【なっ】
【こ、コレハマズイ!?】
突然の僧侶の登場に、民間人にまぎれて様子をうかがっていたフランクの部下は焦り、冷静さを欠き、僧侶に向かい牙をむくしか手がなくなる。
召喚陣を失えば作戦は失敗に終わる。
六千の軍隊を失い取り残された部隊が国一つを落とせるわけもなく、彼らには犬死にと言う選択肢しかのこされない。
それは彼らの悲願の終了を意味し、同時に彼らの主であるアンドリューの戦力が
大きく削がれることを意味する。
ゆえに、この召喚陣だけは何としてでも死守しなければ……。
その焦燥が、彼らの判断を鈍らせた……。
本来後方からの支援が中心となる僧侶が前衛にわざわざ出てきたこと。
そして、わざわざ大声で自らの所属を分かりやすく宣言してから行動を開始したこと。
冷静であればこれが罠だと気づくであろう、いや冷静でなくとも精鋭であるフランクの部下であれば予測は可能だろう、しかし、この状況で前に出ないわけにはいかない……。
何故なら飛び込まなければ……この作戦が終わってしまうから。
ゆえにその罠に……全ての魔物はかかってしまう。
理解できても逃れられない軍師レオンハルトの仕掛けた罠に……。
「敵影八! 遊撃部隊迎撃するぜ!」
騎士団を押しのけ、僧侶へと走る魔物に対し、同じく民間人に紛れていた遊撃部隊……ギルドエンキドゥの依頼に応えた冒険者が駆け出した魔物の背後から敵を穿つ。
【ぎゃんっ!?】
背後からの一撃。
人間の戦士によるその一撃により、魔物達は一瞬だけ足を止め振り返り。
続けてノームの盗賊からはなたれた弓矢は、僧侶に最も近づいた魔物の頭蓋を穿ち絶命をさせ、その光景に魔物たちの足を緩ませる。
【狙撃ダ! 注意ヲ……】
「おそいおそーい!」
その瞬間、民間人の中から一つの光が放たれる。
すでに詠唱を終えたエルフの魔法使い冒険者。
【レストインピース!!】(安らかなる眠り)
放たれるのは眠りの魔法、第一階位魔法でありながら、耐性を持つ魔物が少なく、レジストが成功したとしても判断能力を大きく阻害される……。
まさに今の襲撃者にとっては最悪と言ってもよい魔法であった。
【がっ?!】
倒れる魔物は二体……そしてかろうじて耐えた魔物も足元をふらつかせる。
「好機! 第二部隊突撃ぃ!」
突撃を開始する騎士団は剣を引き抜き、怒号とともに倒れふらつく魔物に剣を突き刺す。
【が……あっ】
抵抗も、僧侶へ傷をつけることもかなわず、魔物はその場で絶命をする。
「よっしゃ!」
「だいせいこうだー!」
喜ぶ遊撃部隊と、勝利の雄たけびを上げる騎士団。
その光景は平和の街に生きる観客の人間にとっては異常であり、同時に人々はその異常を察知して現状を理解する。
詳細は分からないが、今自らに危険が迫っている。
ここにきてようやく、彼らは騎士団がどうしてこんなにも警戒態勢を敷いていたのかを理解してしまった。
「第一段階! 召喚陣・ゲートの封鎖完了!住民の避難をお願いします! 避難終了次第、第二段階に移行します!」
「了解した! 潜伏中の魔物は排除した! 治安維持部隊!」
「住民の皆さん! 異常事態が発生しました! 治安維持部隊の指示に従い避難を開始してください! 我々が誘導します! 落ち着いてください! 事態は収束に向かっております!」
しかし、迅速な騎士団の対応と、敵を打倒したという光景に人々はパニックを起こすことはなかった。
どよめきや不安の声を漏らす声はぽつらぽつらと人々の中から零れ落ちてはいたが、それでも治安維持部隊の誘導に従い、その場から避難地域へとゆっくりと、しかし確実に避難が開始され、あれだけの人がいた召喚陣の周りから人が消えるのに、一分もかからなかった。
「いけるぞ! ぶっ壊せ!」
冒険者のリーダーと思われる男の声と同時に、僧侶たちは神への祈りの言葉……奇跡の最終章の一説を読み上げる。
【サモンブレイク!】
瞬間、何かが割れるような音が響き渡り、召喚魔法は完全停止、そして召喚陣は破壊された。
「ばかな!? なぜ僧侶がここに!?……しかもあれは……クレイドル寺院!?」
フランクは我が目を疑う。
フランクが召喚魔法による襲撃を考案したのは、召喚魔法が最も妨害をされるおそれが少なかったからだ。
魔界の技術である召喚魔法は、普通に迷宮に挑んでいてはそうそう立ちはだかる魔法でもなければ、使用する人間など本当にごくまれである。
そのため、この召喚魔法の発動を止められる人間などわずか一握りであり、そのひと握りこそ王国と不可侵条約を締結しているクレイドル寺院だった。
彼らが有事の際に国は動かず、同じようにクレイドル寺院も国の惨事に動くことはない、それがこの国のルールであり、不動のものだと思われた。
念には念をいれ、フランクはリスクを冒してクレイドル寺院襲撃も行った。
結果副官を失う結果となったが、それでもこのルールの裏付けが取れ、作戦成功も同じく不動のものになるはずであった。
だが、そこまで確認したにも関わらず、目前にはクレイドル寺院の僧侶が現れ、召喚魔法妨害の魔法を放つ。
番外階位奇跡、サモンブレイク。
召喚魔法を破壊するという目的だけに作られた、対魔族専用のスキルであり、かつての戦争で活躍をした魔法であるが、魔族が殲滅された現代では全く意味のない魔法である。
そのため、召喚魔法が廃れた現在では、サモンブレイクは階位魔法にも名を連ねないほどのマイナーな魔法であり、伝わるのは対魔族……大神クレイドルに仇をなす存在を撃滅することを義務付けられた教会の人間だけである。
だからこそ、クレイドル寺院が動かなければこの作戦は成功するはずであった。
だが。
【報告します! 現在召喚陣六つすべてが冒険者・クレイドル寺院・王国騎士団の連合軍により破壊されました!】
「ば、ばかなばかなばかな!? あれだけ作戦をねって、副官一人を犠牲にしたというのに! 相互不干渉を貫いているんじゃなかったのかあああぁ!? よりによってなんでこのタイミングで連合軍が存在してるんだぁ!?」
【申し訳ございません、理由は不明でございます!】
「不明で済みますか!? 済むわけないでしょう! すううまああなああいんですよおおおお! あは、あはっ! あっはああああはははははは!」
「ひっ、フランク様やめっ」
ぐしゃりと音がして、報告に来た魔物の頭をフランクはつぶす。
「畜生! どうすれば、どうすれば、 カルラ! 予備の召喚陣は!」
慌て怒り狂うフランクの怒号に対し、カルラは少しおびえる様子で後ずさった後。
「そ、そんなもの……必要……ないです」
そう口にする。
「なにぃ?」
「私の召喚陣は……死んでないですから」
そうおびえながらも努めて冷静に、カルラは更に――力――を始動する。
【……闇の見えざる陣】
◇
瞬間、召喚魔法が再起動する。
【召喚魔法起動! 陣が展開されています、展開阻止を再度お願いします】
魔術研究部からの報告が急きょ入り、勝利に酔いしれた騎士団たちに絶望の色が宿る。
「ば、馬鹿な!? 陣は防いだはずだぞ」
「ええ、でも……この魔力……やっばいよ」
「呪いのにおいも……不吉だ」
以前騎士たちの目前には陣は存在しない……しかし、僧侶も魔法使いも冒険者たちも何かの到来に備えてその刃を構えている。
【大量の魔力……そして呪いを感知! 何かの干渉を受けています!陣の阻止を!】
「どこにある! 目視不能! 召喚陣を確認できない!」
見えない、しかし何かが確実に召喚魔法を発動している……。
その事実が騎士団たちに恐怖を与え、半ばパニック状態になりながら対処法を考えるが、
しかし見えぬ召喚魔法に対処する方法などなく。
【千鬼夜行】(サウザンドサモン)
パレード会場、騎士団たちの目前に、千を超える魔物の軍隊が姿を現した。




