103.地獄の沙汰もつながり次第
「はっ?」
「んなっ!?」
「なんだってえええ!?」
その場にいたガドックと、冒険者たち、そしてアルフでさえも驚愕に全員椅子から立ち上がり声を上げる。
「せせ、専属契約って……お前、正気で言ってんのか?」
「当然正気だそして本気だ」
ごくりとその場にいた全員が息をのむ。
先ほどまで酔っぱらって床に突っ伏していた冒険者でさえも、このセリフには起立をしてその後の展開を見守っている。
「……あ、あう……ええと」
どうやらガドックは何が起こっているのか理解できずにどんな言葉を紡ごうか悩んでいるようであり、僕はその間にバクバクと鳴りやまない心臓を少し落ち着かせる。
「おい! お前さん本当に専属契約の意味知ってるんだろうな? 冒険者ってのは自由であるが故の冒険者だ! どの国で、どのギルドでどんな仕事を受けたってかまわないフリーであるがゆえに、自由気ままな人生を得られる! そういう職業だ。 だが専属契約ってのは話が違う。 そのギルドと契約し、そのギルドが消えるまでそのギルドの仕事を請け負う……そういう契約なんだぞ! 言っちまえばこのガドックの私兵になるってことだ! それでもいいってのか? 飼い犬だぞ飼い犬!」
アルフはものすごい剣幕で僕にそう伝えてくるが、もとより僕は冒険者としての自由などそこまで必要としていない……。 この迷宮に挑むのも、ティズのフェアリーハートを取り戻すため……。 ゆえにどこに縛られようが関係はない。
そして、アルフもそれは百も承知である。
ゆえに。
こっそりとガドックや他の冒険者に見えないように、アルフはウインクをして小さく舌を出す。
ナイスカバー、アルフ。
「構わない……だが、マスター……やはり私程度では、足りないか?」
だからこそ僕はできる限りの演技力を使って哀愁を漂わせて問い詰める。
ぶっちゃけ足りるわけないだろうと自分で自分に心の中で何度も突っ込みを入れる。
すっごいはずかしい。
「あぐっ……ぬぐぐ」
しかし、王国騎士団長の時と同じく、ガドックの表情を見てみるとおつりがいくらあっても足りないといったところの様だ。
冒険者ギルドとしては、伝説の騎士の専属契約などのどから手が出るほどの人間であろう。
それでもこんな渋るような表情をしているのは、きっと僕のことを考えてだろう。
専属契約を結んだ冒険者は基本的にそのギルドの顔になる。
通常時は普通の冒険者として生活をするのだが、有事の際に冒険者ギルドから直接頼まれた以外を拒否できないという点が他の冒険者と大きく異なる点である。
例えば、他の国のギルドではどうしようもない魔物が現れ、他のギルドに協力要請が出たとする。 その時に普通の冒険者はわざわざ国境を越えて他のギルドを助けに行こうとは思わないため、そういった事態の時は専属契約の冒険者が派遣される。
そこで任務失敗をすれば、その噂はたちまち広がり、依頼は減るし、その依頼で大活躍をすれば、その噂から依頼が大量に舞い込み、さらにはその仕事を求めて冒険者たちがやってくる……要は仕事と冒険者の奪い合いが、ギルドでは常に行われており、強い専属契約の冒険者は、ギルドはいくらでもほしい人材なのである。
まぁ、その分名声も手に入るし収入も入るしで、お金がほしい働き者の冒険者は専属契約を望んでするのだが、そもそも自由気ままに生きることが目的の冒険者で真面目に働こうなんて人間はまれである。
そもそも、ギルドで専属契約をするくらいなら、王国騎士団に入団した方が絶対的に安定した収入と未分名声が与えられた生活ができる。
専属契約を進んで結ぶ人間と言えば、犯罪者の息子だったり、前科者だったりとレッテルを張られた人間が多く――この国ではそんなことはないが――白い目でみられることもある。
僕は別に構わないのだが、しかしこの場にいた誰もが伝説の騎士にそんな汚名を着せることに躊躇しているのだ。
「………す、少し時間を」
流れはつかんだ、今ガドックは完全に「押されて」いる。
ここで畳みかける。
「私は一向にかまわない……このギルドのさらなる発展に貢献できるのであれば、「自由」が、「対価」であってもほんのちょっぴり、ひとかけらの後悔もないだろう……」
そこまでの覚悟を刻み込む。
「ガドック、無茶は承知だ。 だが頼む……この街を、守ってくれ」
立ち上がり、頭を下げると同時に酒場にいた酔いどれ冒険者たちからどよめきが上がる。
「なんでそこまで」
「自分の故郷でもねえのに……ここまでして命かけられるなんて」
「男だ、やっぱり男だよ! 伝説の男だ!」
周りの心もつかんだ。 心の中でガッツポーズをして、ちらりとガドックを見てみると。
魂が抜けたような表情をしておなかを押さえている。
それもそうだろう、彼にとってみれば「伝説の騎士の名誉のはく奪」と「ギルド長としての立場」の二つを天秤にかけているのだ……どちらに転んでも胃の痛い話である。
だからこそ。
「いや、しかし……ギルド長として……国の傘下になるわけには」
そう言葉を濁してこの話をなかったことにしにかかるだろう。
ここまで想定通りのシナリオに僕は珍しく天にいるクレイドルだかガルシーダだかわからない大神に感謝の言葉を捧げ、ぽつりとこぼす。
「最後まで、話を聞いてくださいと言ったでしょう」
「え?」
「なにも国の傘下になる必要はない。 言ったでしょう……私はあなたにこの国の防衛を依頼したいと……そして、王国騎士団、クレイドル寺院と協力をしてほしい……私の依頼はこの二つだ……つまり」
「……立場は対等に? ということか?」
「冒険者が統率の取れた行動をとることは難しいはず……それは王国騎士団長とて理解している。 そもそも、少数精鋭であり身が軽いことが冒険者の最大の利点だというのに、軍隊に組み込んではその力が半減する……つまり、私としては冒険者ギルドは遊撃手として各ポイントで防衛をしてほしいのだ」
「遊撃手」
戦闘中の敵の変化や、裏をかく行動は、マニュアル通りの戦術を教わった騎士たちよりも冒険者の方が得意としている。
だからこそ、正面突破ではなく、遊撃手として敵陣のかく乱や、足止めや陽動、挟撃など騎士大隊の援護こそもっとも効率よく冒険者が戦闘をできる場所であり、完全に騎士たちと別個として戦えば、ギルドの掟に反することはない。
それに遊撃であるならば、少数精鋭である冒険者の力を存分に発揮することができる。
クレイドル寺院・冒険者ギルド・そして王国騎士団、そのすべてが各々別団体として
共同戦線を張る……それがこの防衛戦においてもっとも理想とする形である。
互いの協力体制がうまく取れずに、大敗退を喫するリスクも多分にあるが、このまま何もしなければ敗北は必至である。
それに……この一か月間見てきた王都リルガルムの光景。
だれもが笑顔で、貧富も人種も関係なく手を取り合い平等に生きるこの理想郷……。
それをあんなに簡単とやってのけるこの王都に、こんな簡単なことができないわけがないと僕は信じている。
だからこそ、通常では無茶であろうと思われるこの作戦を提案する。
「……伝説の騎士さんよ」
僕の言葉にしばらく黙していたガドックは、一つ笑みを浮かべると僕の名前を呼んだ。
その瞳は、覚悟を決めた男の目だった。
かっこいい。
「遊撃手なんて、言い訳にしかならねえってのは分かって言ってるんだよな」
割と本気だったけど、僕はとりあえずうなずいておく。
と。
「あーーーっはっはっはっはっは!! 恐れ入ったよ! このガドック・アルティーグの完敗だ! この依頼を引き受けよう! 依頼金は、お前のギルドエンキドゥの専属契約と金貨千枚だ!」
「すまぬ……金については、クラミスの羊皮紙で」
「いいよいいよんなもん、俺はあんたにすっかりと惚れちまった……つながりこそが力とかほざいてた俺が、初めて会ったあんたに繋がりについて説かれちまったんだ……俺も一からやり直すぜ……あんたとなら、ゼロからスタートしてもやっていけそうだ!」
ガドックはそういうと、僕に握手を求める。
それに僕は心の中で何度も謝罪の言葉を繰り返しながら、その手を取る。
「ようこそ冒険者! 地獄の沙汰もつながり次第! ギルド・エンキドゥは、お前みたいな無鉄砲な馬鹿野郎を大歓迎するぜ!」
『うおおおおおおおおおおおおおおお!』
「なんだこいつら……いつの間に」
どこから連れてきたのか、気が付けば背後には大量の冒険者が集っており、早朝だというのに大歓声を送ってくれる……。
拍手の音と歓声に包まれ、僕はようやく一仕事終わったとその場に倒れこみそうになるが。
(ウイル……よくやったな、だが倒れるにはまだはえぇぞ)
アルフが僕の背中を支えてしっかりと立ち直らせてくれる。
本番はこれから。
その言葉を僕は一度胸に刻み込み、奮い立つ。
「この街を……壊させるわけにはいかない」
そう何となしにつぶやいた言葉であったが、ギルドエンキドゥは、大歓声に包まれ
ここに、王都防衛クエストがギルドエンキドゥの中で開始されることになるのであった。
◇
~防衛クエスト~ 王都リルガルムを防衛せよ。
・成功報酬、参加者全員に金貨10枚
伝説の騎士の専属契約
オプション(参加者全員に握手券)
・追加報酬 レベル7以上の魔物の討伐及びフランク・ココア・ストーンオーガの討伐
金貨200枚
クエスト失敗条件
王都リルガルムの陥落及び伝説の騎士の消滅