99. 無能会議・ファイナル
「なので、住民にはパニックを防ぐために何も伝えず、パレード当日に叩く、これが最善かと……戦闘が始まれば民に紛れた敵も姿を現さざるを得ないでしょう、そうやって灰汁が抜けたところで、治安維持部隊 に民の誘導を頼みます、パレード会場に百、その他の場所に治安維持部隊を均等に割り振れば、避難誘導は行えるかと。 不在の治安維持部大臣の代わりに、避難誘導の経路とその確保は私たち王国騎士団が行います……」
ヒューイはそういうと、王の表情を伺うが、王は構わないというように一度瞳を閉じて小さくうなずく。
「では、会議の終了次第現場の部隊に支持を出します」
あまりの手際の良さに、大臣たちはヒューイの存在に圧倒される。
これだけの政治的手腕や、己たちを喰いつつぶすこともできるであろう豪胆さがあるにも関わらず、なぜレオンハルトの部下のままであるのか?
その様子を眺めていた大臣たちは気づけばそんな疑問しか抱けなくなっていた。
「さて、民の誘導については後は治安維持部隊にお任せをしましょう、コースのおぜん立てをすれば彼らならうまくやってくれるはずです……一番の問題は」
「やっぱり数」
「そうですね、兵力が圧倒的に足りません、治安維持部隊を入れて総勢3500……」
「我ら魔法研究部の人間も数にいれちょってくれ、魔法による援護は魔物との戦いは必要だろう」
「感謝します……それで数は?」
「そうだのぉ、魔物への有効打を与えられるちょ思う第三階位以上の魔法を使用できる人間全員をかき集めたとしても、おそらくは500くらいと考えちょってくれ」
「なるほど、それでもまだ4000」
魔物の軍勢はおおよそ六千、単純計算で二千の兵力が不足している。
魔法による後方支援と前衛を張る騎士というバランスの良い布陣を敷くことはできたが、それでもまだ圧倒的に兵力に差が存在している。
「どう控えめにみても兵力が足りていませんね」
「いやだなぁ……どこか地区を二つ切り捨てるしかないんじゃないの? 幸い希望の像とか錬金術広場なんてさして重要じゃないんだから」
「確かに敵が城壁の外から攻めてくるのであればそれでも良いかもしれませんが、地区を切り捨てたとして、敵が町の中に現れている以上敵を迎え撃てなければどこかが挟撃を受けるだけでしょう」
「あ、そうか……やんなっちゃうなぁ、指南書にないことばっかりだ」
「ともすれば、もはや城の外に協力を頼むしか方法はないでしょう」
レオンハルトはそういうと、ヒューイはまたジト目でレオンハルト見やる。
自分が提案しようとしていたのに、おいしいところだけ持っていきやがって。
レオンハルトはそういわれたような気がして、ヒューイに対してごめんと小さくつぶやく。
「協力を頼む? あの冒険者のならずどもにか?」
「冒険者ギルド……報酬、赤字……」
「ええ、それはもはや必須事項でしょう、ギルドに登録をしている冒険者はおおよそ1700。巨大な戦力になりえます」
「それでもまだ足りちょらんが」
「最後はやはり、クレイドル教会、あそこに協力を依頼するほかありません」
「馬鹿な、あの神父が協力を快諾するとは思えないですよ」
「王国とクレイドル協会は不可侵条約を結んでいる……先のクレイドル寺院襲撃より、その条約は少し軟化したが、それでもあちらがこちらの不測の事態に進んで協力をしてくるとは到底思えん……」
「あの神父は業突張りで有名です、城の財を握らせればあるいは……同じようにギルドも金で雇えます」
「城の財って……赤字どころか破産ですよ!? どれだけ破産させれば気が済むんですか!」
「国の滅亡よりはましでしょう」
「しかし……」
「何とかならんか、その……配置を変えるとかで効率をだな」
「こちらには軍師レオンハルトがおりますが、それでも最低でも同数の兵力がなければ民を守り切ることは不可能かと」
「だが、ギルドを雇うということは一時的とはいえ国の傘下に入ることになる……自由を信条とし国の干渉を嫌うギルドがそれを許すとは到底思えんし、何よりもそれを命じた国の法律も変更しなければならない」
「クレイドル寺院もだ、不可侵条約を盾に協力を拒むに決まっている、不可能だ!」
「いやんなっちゃうなぁ」
「外交大臣、経済大臣……そこを何とか、お二人の手腕で曲げることはできないでしょうか?」
「無理だ……そんなことができる人間などいるわけがない。 指南書に前例がないし……こればかりは後で書き加えるということはできない……指南書改定の書類作成から、協定の結ぶ手続きの書類を作成しなければ、どれだけ急ピッチに進めたとしても、丸一日かかる作業だ」
「そうです、法律を新たに作ることになるのですよ?」
ここにきてレオンハルトは、あまりの愚鈍さに苛立ちを覚える。
そんなものこそ後回しでいいだろう。
レオンハルトはそんなくだらないやり取りに対してそう心の中で呟く。
しかし、大臣にとっては重要なことであった。
書類を作成し、法律を作り、各所に書類承認の判をもらう。
一見すると無駄な行動に見えるが、これには責任を分散させるという目的がある。
多くの目に触れてその承認をもらう、背中を押してもらうということはすなわち、不測の事態に連帯責任、もしくは承認を出した人間への責任転嫁ができるということになる。
この政治の舞台というのは一つの失敗が命取りとなる。
潔白であることが至上とされるこの舞台では、そういった人間が生き残る。
その頂点に立つ人間がここに集められているのだ、このような結果になることは火を見るよりも明らかだったのだ。
レオンハルトは不測の事態に機能を停止した会議室から、頼みの綱であった副団長に視線を移す。
彼ならばこの事態でさえも想定済みなのではないかという淡い期待がそこにはあったのだが。
怒りと焦燥に包まれたその表情を見て、レオンハルトは絶望をする。
しかしそれは仕方がないことである、副団長は大臣会議に出席することは許されない、ここまで想定外の事態に対しての耐性が存在しない集団などと知る由もない。
この国の頭脳が、ヒューイの予想をはるかに下回ったのだ。
いずれこうなることは分かっていたのに、楽観から何もしなかった我々。
停滞し腐敗し、いつの間にか停止をしていたこの国の頭脳。
もはや、戦う前からこの国は敗北をしていた。
ふとレオンハルトが隣を見やると、そこには瞳を曇らせるロバート王の姿があった。
英雄王と呼ばれた彼が最も信じた者たちが今、己の保身と小さなプライドがために国を滅ぼしかけている。
王はその姿にさらに絶望を募らせる。
また一言、こうせよと命令をすれば、おそらく大臣たちは手際よくその己の願いを実現するだろう。 何故なら王の命令であり、責任が王に帰属するから。
国をただ守るだけならばそうすれば簡単だ……ただ、本当にそれはこの国のためになるのだろうかと王は考える。
いっそのことここで全員の首でも飛ばした方がまともに機能するし、国のためになるのではないだろうか?
そんな考えさえも脳裏に浮かぶようになる。
「では、書類を作成後にまたこちらに集合、それでよろしいでしょうか」
停滞した会議はそのまま終了し、王すらも、そんな考えに気を取られて否定の言葉をのべる機会を逸してしまった。
そんな中。
「失礼します!」
異例づくしのこの会議に、新たな異例が舞い込む。
それは、一般の兵士の一人が、この賢人たちの集まる会議へと踏み込み、さらには会話を一時中断させたのだ。
本来ならばあってはいけない事態、懲戒処分も視野に入る王に対する最も不敬な行いである。
そのことに対し、大臣は驚きののちに激しい怒りに満ちた表情でその兵士を見やる。
「なにようだ」
しかし、大臣たちの口から何かが飛び出すよりも早くレオンハルトは手を打つ。
この国の一大事でバタバタしているさなかだ……用件だけを聞いてあとは帰らせればこの兵士も罪には問われないだろう、そう判断をしてとのことであったが。
「はっ現在城門前に使者が二名。 面会を求めております」
こんな夜更けに王城の門をたたくものが三名……これもまた異例である。
「こんな時間に? 誰ですか一体」
急を要する事態に陥っていることも含め、苛立たし気に経済部大臣はそうこぼすが。
「……はい、クレイドル寺院神父 シンプソン・v・クライトス。 そして、ギルドエンキドゥ、ギルドマスター、 ガドック・アルティーグの二名です」
その時、この国で何が起こっているのかを理解できたものは一人もいなかったが、しかし全員が分かったことが一つだけある。
それは、今この場にいた全員が自らと同じく度肝を抜かれたこと。
それだけだった。
生誕祭まで、あと五時間