97.無能会議
ロバート王生誕祭当日、その早朝2時30分に、異例の緊急会合が王国騎士団長の権限により決定され、ロバート王、騎士団長を含む、経済・外交・治安維持・魔法研究その他の国政における第二位以上の決定権を持つ大臣が集められた。
貴族による証人を待たずに開かれたこの会議は、ロバート王治めるリルガルム王国建国以来の異例の事項であり、集められた大臣たちには不安の色と共に、面倒ごとが起こるという予感から、緊迫の表情が見て取れる。
「一体何が起こるというのやら」
「いやんなっちゃうなぁ……もう」
呆れるような言葉を漏らしながら、王と今回の緊急招集をかけた王国騎士団長をまつ大臣達。
渡される資料も事前情報も何もなく、この国のブレインたちは全員寝起きの状態だ。
中には急ぎ訪れたために就寝用の衣服のまま参上した大臣もいる。
異例尽くしの今回の召集。
明日に回すことが出来ない急を要する事態が発生した……大臣達はそれだけは理解しており不安と焦燥に不穏な空気が流れ始める。
「待たせた」
そんな中、思い扉を開け、レオンハルトに連れられて国王ロバートがこの会議室内に入場をする。
大臣達に言葉はなく、その場で起立をし、王が専用の巨大な椅子に腰をかけると同時にレオンハルトがその隣で指揮を執り、ここで初めてこの会議の内容が明かされる。
「これより、アンドリューによる、王都襲撃緊急対策会議を開く」
全員が礼と着席を忘れ、静寂であった会議室にどよめきが起こる。
当然だ、迷宮が出来てから十二年、このような事態は一度も起こらなかったからだ。
「静粛に……着席を願います」
どよめき、不安の色に染まった大臣達を落ち着かせるため、レオンハルトは出来るだけ大きな声で、勤めて冷静を装ってそう大臣たちを着席させる。
ロバート王は目を細めたが、何もいうことはなく、レオンハルトに視線を移すことで会議の開始を命令する。
「緊急な呼び出し申し訳ありません大臣方……しかし本日2時に入りました情報によりますと、この王都内に現在複数の知性を有する魔物が潜伏、明日の生誕祭に一斉攻撃を仕掛けるとの情報が入りました……それにあたり、此度の襲撃の被害を最小に食い止める、もしくは襲撃前に潜伏する魔物の打破、もしくは捕縛が必要となります。 範囲はこの王都全領域にわたり、計画が実行に移されれば街は甚大な被害をこうむることになる……ゆえに、各部の大臣達のお知恵を拝借したい。なんでもいい、各部で王都襲撃に繋がりそうな情報を有するものは……」
「一つ質問を、レオンハルト」
「どうぞ」
「先ずはその情報の信憑性を確認したい。 情報元は?」
「それは……」
レオンハルトは口ごもる。 確かに、自らがその情報を確認したわけではない。
現在部下を現場に向かわせているが未だに情報はない。
今あるものは伝説の騎士の証言だけ……彼の背後にいる妖精女王ティターニアの存在を王は信じ、この会議の許しを出したが、現在ティターニアが表舞台に立つ事を忌避しているというのに、ここで名前を出すことが正しいと判断が出来なかったからだ。
「魔術研究部の意見は……どうですかね? 結界に異常が見られたとかの報告は?」
「いんや、報告は上がっちょりません。 召集と同時に部下に命令をして結界の状態を私の目視と魔法による強度確認を行っちょるが、以前乱れは見られんかった」
「なんだぁ。じゃあ、安心じゃないか」
「魔物がこの迷宮の外に現れることはありえないですからね、良かったよかった。 レオンハルト殿、杞憂で終わりそうですよ?」
「いえ、先日のマリオネッターのクレイドル寺院襲撃から、アンドリューは迷宮の結界を攻略したと考えるのが妥当です」
「何を馬鹿なことを、それなら襲撃計画など立てなくとも、さっさと迷宮から魔物がなだれ込んでくるはずだろうが……ばかばかしい」
「……情報元は明かせませんが、現在騎士団独自で手にいれた情報から、アンドリューは、召喚魔法により魔物を迷宮から召喚していると考えるのが妥当であると考えます」
「召喚魔法? いやいや……それ、できるの? 魔法研究部」
「理論上……可能です」
「えっ、出来るの」
「いやんなっちゃうなぁ」
「でもでも、召喚魔法を行うためには先ず魔物が外に出なきゃいけないじゃないか……それが先ず無理なのでは?」
「そうだそうだ……ありえない。 結界の力は絶対だ」
「情報によると、アンドリューに加担をする人間がいるとの事です」
「人間がアンドリューに?」
「どうせ迷宮協会の奴らだろう……だからあそこは潰して置けばよかったんだ」
「ですが、明日確実という可能性は低いのでは? マリオネッターとて、確証があるわけではありませんし……ここは一つ騎士団の皆様に警戒をしていただいて、様子見というのが良いのではないでしょうか?……もし、ここで人員配置や防衛用の準備をして肩透かしですと……その、防衛費用が……赤字、怖い」
「確かに、防衛を行うとなると国民の避難誘導が不可欠だ。 パレードも中止、一時的に国の動きは止まる……経済的損失は計り知れないぞレオンハルト……それだけの一大事なのに何故情報元を明かさない……」
「それは……」
レオンハルトは国王を見やると、国王は黙って一つ頷く。
致し方なし……ということだろう。
「情報元は、現在巷で噂となっている伝説の騎士……からの報告です。彼と我等王国騎士団は現在協力体制をとっており、彼の情報であるならば信憑性が高いと判断しました」
「伝説の騎士? 名前すらも明かさない人間にどうして信憑性があると信じられる」
もっともである。
「そもそも、伝説の騎士がなぜその情報を手に入れられる」
「魔術研究部の意見ちょしてはこの短期間で軍隊を召喚できるほどの召喚陣を用意することは不可能と断言しちゃる。 仮に出来ても、パレード会場に魔物数匹が限度だろうな……レベルは……個体であればレベルが8、複数であれば高くても5が限度っちゅーところかの」
「なんだ、魔物数匹か……」
「王国騎士団が警備を強化すれば済む話じゃないですかー、やんなっちゃうなぁ」
「では結論を急ごう。 先ずは様子見……その後騎士団で対策を検討……これでいいんじゃないか?」
「念のため、魔術研究部は結界に異常がないかもう一度調査しちゃります」
不味い、とレオンハルトは心の中で冷や汗をかく。
確かに確証のない今、彼らが動く理由はない。
ただでさえ不測の事態を嫌う彼らは、こういった面倒事は騎士団に押し付けるきらいがある。
普段のレオンハルトであれば、それを笑って飲み込むのであるが、今回ばかりは騎士団だけではとてもではないが収束できないだろう。
しかし……これ以上の情報がなければ大臣を上手く誘導することは出来ない。
レオンハルトは苦し紛れであるが説得を試みる。
「ぐっ。 伝説の騎士の証言によれば、過去の迷宮の異変の通り、大軍勢が各所に押し寄せる可能性があると……」
「信憑性も学術的裏づけもない、そんな話を信じて損失がでたら、貴方に責任が取れるのですか? レオンハルト殿……赤字は怖いんですよ」
だがしかし、やはり大臣は動こうとはしない、レオンハルトには決定的に、彼らが動かざるを得ない状況を作り出すための情報と証拠が不足していた。
「そもそも、伝説の騎士というのは本当に信頼できるのですか?」
「そうだそうだ……なぜアンドリューの計画をたかが一人の騎士が知ることが出来るんだ?」
「もしかして、伝説の騎士っちゅーのが今回の下手人なんじゃ」
「……では、一応捕縛対象は伝説の騎士、それ以降はパレードの警戒強化で話をすすめましょうか」
「人間の起こした事態ならば治安維持部隊を派遣させましょう。 騎士団が外をうろつくとどうにも事を荒立てる……私の配下であれば力は劣るかもしれませんが、人間一人であればこちらの方が早い」
「やんなっちゃうなぁ……また武力で解決か」
「では、私はいつもどおり外にこの事態がもれないように手配を……」
不味い……。
このままでは、襲撃を前に伝説の騎士を敵に回す可能性すらも出てきてしまい、レオンハルトは胃が捻じ曲がるような感覚を覚える。
それだけは不味い……。
レオンハルトはもう一度頭の中でそう呟き、最悪のイメージをする。
彼の仲間には円卓の聖騎士サリアと、アークメイジ……それに永遠女王ティターニアがいる。ここでこの決定が通れば、この国は化け物二人を相手取らなければいけなくなり、更には結界がない分アンドリューよりもたちの悪い敵に変貌するだろう。
巨竜を屠ることは出来ても、レオンハルトは聖騎士サリアに勝利する未来は見ることが出来ず、その主人である伝説の騎士には剣が交わる前に敗北するであろうと予想をしている。
(あのアークメイジならば勝利できるであろうか)
いやそれも難しいとレオンハルトはもう一度考え直す。 クレイドル寺院の様子を見守っていた際、核撃魔法と第十階位魔法ライトニングボルトが落とされるのを見た……あれを一人で放ったのだとすれば、魔術研究部の精鋭たちが束になっても勝ち目はないほどの膨大な魔力量だ……あれだけの魔力ならば、第八階位である灰化魔法~塵と成る~(オールインダスト)を放たれればこの街の殆どは死滅するだろう。
レオンハルトは更に胃がねじ切れそうな思いに脂汗をその鬣に含ませる。
こんなとき、副団長がいればまともな返答をしてくれるのだろうが、彼はこの場に出席することを許されない。
「では。 解散ということでよろしいでしょうか?」
大臣の一人がそう結論を急いだ……その瞬間。
「失礼します……」
会場内に一人の騎士が現れる、それは紛れもなくレオンハルトの部下の一人、副団長ヒューイであった。
「副団長……」
「何事だ、この会議はもとより第二位以上の権限を持つものしか」
「よい……許す」
会議の場に無断で立ち入ったことに対し、大臣の一人が怒りをあらわにするが、王はその一言により許可を下す。
「はっ……失礼いたしました」
王の命令は絶対であり。 大臣はすぐに口をつぐみ、ヒューイはレオンハルトの元まで歩き、一枚の報告書を渡す。
それは手書きで簡素のものであったが形の整えられたすぐにでも証拠として採用できる文章であった。
「ヒューイ……お前」
「こんなことだろうと思いましてね、貴方は剣しかとりえがないので……現場の映像はすぐにでも用意が出来ますから、早くこの証拠を通してください」
命令を下してからまだ30分……街まで出て魔法陣を発見してからでは到底間に合わない。
つまりは、ヒューイは魔法陣捜索の命令と同時にこの文章の作成を開始したということだ……レオンハルトの何の説明もない命令を疑うことなく、この事態を想定して、ヒューイは行動を遂行したのだ。
レオンハルトは一瞬涙がこぼれそうになるのを抑えてその文章を読み上げる。
「たった今、我が騎士団の調査団から、巨大な召喚陣が発見されたとの報告が上がりました」
その一言により、大臣の表情は一瞬にして青ざめ、王はその様子をただ黙して見つめていた。
会議開始から15分。
この一言から、レオンハルトの長い一日が開始するのであった。
生誕祭まで残り六時間




