93.イエティ・c・アザートス
昇降機の操作は意外とシンプルであり、上がってきた鉄の板の上に立ち、ボタンを押すとその数字にあった階層へと僕たちを運んでくれるという仕組みらしい。
こんな便利なものが迷宮にあっていいのだろうかと僕は一瞬考えたが、だからこそアンドリューは最高クラスの魔物であるエルダートレントにこの昇降機を守らせたのだろうと逆に納得をしてしまう。
「便利だねぇ、このアーティファクト」
「まぁな! 四階層までしか行けないってのがネックだが……ブルーリボーンを取りに行く時間を含めても2時間で到着だ……四階層ってのはふつうバックパック背負って丸一日かけていくような場所なのにな」
なるほど、だからわざわざ迷宮教会までいって再誕の青を取りに行ったのか。
「こんなもの一体誰が作ったの?」
「そりゃお前、アンドリューに決まっているだろう」
「うんまぁそうなんだろうけど、どうしてこんな冒険者の有利になるようなものを置いたんだろうなって思って」
「そりゃお前、迷宮を管理運営するためだろ、迷宮を作るのだって楽じゃないぞ? 魔法が使えないやつは基本的になんでも呪文を唱えると願い事が叶っちまうと信じてるから始末が悪い。迷宮なんて大本を作ったところで、その迷宮の運営や生態系、トラップの配置場所やトラップ仕掛けのメンテナンスは必須だ……
テレポートの魔法っつったってメルトウエイブ並みの魔力を使うんだ……こうやって昇降機を用意しておいた方が点検も管理も簡単だろう?」
アルフはさも当然のようにそう語るが、アルフの言葉の方が僕にとっては衝撃的だ。
「なに? そんな匠の絶え間ない努力によってこの迷宮って支えられているの?」
「まぁ、維持とかは部下の魔物にやらせればいいから実際にアンドリューがこの場所にきて 何かをしているわけじゃねーだろうが、迷宮を作るときだって、呪文一つでこんな複雑な迷宮を作り出せるわけじゃない。 一つ一つをどうするか、計算をして何度も試行錯誤をして作られたのがこの迷宮さ……だから魔物の生態系も絶妙なバランスで保たれているし
曲がり角とか部屋入ってすぐのところに落とし穴とかがいやらしく配置されているんだよ」
アルフはそう僕に伝えると、地下へとかなりの速度で降りていく昇降機の手すりをなでてそう笑う。
「なんだか、少しこの迷宮が好きになった気がするよ」
災厄の象徴、邪法の魔術師の根城としか聞いていなかった僕は、そんなアンドリューの惜しみない努力と、知恵、そして匠の技が光る物件であったと聞いて、親近感を得てしまう。
「っと、そんなくだらねぇ話をしてたらちょうどついたぜ」
さて、そんなアンドリューの隠れた迷宮誕生秘話に少しばかりの感動を覚えていると、
昇降機での旅は終わりを迎えたようで昇降機の動きが止まり、操作用のパネルは数字の4をさしていた。
「四階層?」
僕は首をかしげてそうアルフに問うと、アルフは何の気もなしにそうだとだけ口にする。
「いや、そうだって、僕まだレベル四なんだけど……」
通常迷宮の階層を攻略する場合、攻略しようとしている迷宮の階層プラス2のレベルが必要とされている。
しかもそれは当然、全員が六人パーティーを組んでいるという前提でだ。
つまり、レベル5のアルフとレベル4の僕には少々荷が重いと思うのだが。
「あぁ、そんな心配はしなくてもいいだろうウイル。今のお前の装備を見たら四階層ぐらいの敵は尻尾巻いて逃げ出しちまうだろうしな」
アルフは苦笑を漏らしてそう言う。
あぁ、そういえば僕今魔法の鎧を着て探索を続けているのだった……。
ドライアドやトレント達がすんなりとこの姿を受け入れてくれてしまっていたせいで、忘れていた。
「でも、僕はよくてもアルフは」
「それこそいらねえ心配だ。 なにせ俺は頑強だからな」
「何その自信……」
僕は呆れながらがははと笑うアルフにため息をつく……まぁ、アルフのことだから
そこまで心配はないだろうけど、危なそうだったら僕がフォローをしよう。
そのために連れてきたんだろうし。
「ほら、初の迷宮四階層だぞ、ウイル」
「なんか、ズルをしたような気分であまり感動はないねぇ」
僕はそんな率直な感想を漏らし、四階層の扉を開けると。
そこには見慣れた一階層のような迷宮が広がっていた。
「へぇ~てっきりもっと異空間が広がっているかと思ったけど、案外普通なんだね」
レンガ造りに薄暗い道、足元の土の色が少し赤いような気がするが、それを除けば一階層と全く変わらない。
何も知らなければ一階層だと勘違いもしてしまいそうだ。
「まぁな、ここは特にめぼしいものはないフロアだ。 敵もそこまで急激に強くなるわけでもないし」
「へぇ……じゃあそんなフロアに一体何しに来たの?」
「めぼしいものはないが、その代わり役に立つ人物がいる」
「役に立つ人物?その言い草だと、まるでこの迷宮四階層に人が住んでいるみたいな言い方だけど」
「あぁ住んでいる。 この迷宮ができて12年間ここで暮らしている変人がな」
アルフはそういうと、大きな三叉路を迷わず左に進み、その近くにある扉の前で立ち止まる。
地図がないというのに、迷う素振りも見せずにここに訪れたということから、この場所にアルフは何度も来たことがあるということを悟り、少し安堵をする。
なんども来ているということは、危険はないということだ。
「どんな人?」
「人っていうか……猿だな」
「サル?」
サルみたいな顔の人ってことかな?
「まぁ、そりゃ見てみりゃわかるさ……この中にいるからな」
アルフはそういうと、特に気にする用もノックをすることもなく、その人物がいるらしい
扉を開けようと手をかけると。
不意に扉が反対側から開き。
「いらっしゃいアルフ、久しぶりですね、元気でしたか?」
優しい声とともに、白い毛むくじゃらな大男……いや。
「あ、猿だ」
大猿が目の前に現れる。
「おや? これはまた随分と可愛らしいお連れさんですねぇ……まさか君に隠し子がいたなんて」
「こいつは友達だよ……イエティ」
イエティ……イエティって言った今。 じゃあこのお猿さんが。
「おや、そうでしたか失礼をしましたアルフ……ご友人、私はアルフの古きともが一人
イエティ・C・アザートスと申します。 以後、お見知りおきを」




