92.再誕の青と昇降機
「あれあれー? 人間さん、もう帰ってきたですー?」
「再開は蜜の喜び」
「まだ思い出にすらなってないですよー?」
ドライアドの群生地に向かい、足を踏み入れると、僕に気づいたドライアドたちが一斉にまた僕のもとへと群がってくる。
魔王の鎧の兜を脱ごうかと思ったが、ドライアドたちは僕をウイルとして認識してくれたようだ。
「よくわかったね? 僕、見た目朝と全然違うと思うんだけど」
「えへへ、僕たち目よりもその人の雰囲気大事にするゆえー」
「だからすぐにわすれるけどねー」
「ドライアドもトレントもそれがふつうー」
なるほど、雰囲気でその人のことをなんとなく覚えているからすぐに忘れてしまうという子とか、流石にまだ僕のことは覚えていた様で、少し胸をなでおろす。
「再会をよろこぶのですー」
「僕ももう少し後の再会を予想していたんだけど、予定が変わってね」
「危険な香り?」
「怖いの嫌いです」
「あ、いや怖いことじゃないよ……ただ、エルダートレントのところまでまた案内してるかな」
『怖くないならさんせー!』
ドライアドたちはまたもや楽しそうに一斉に手を挙げて、頭の葉っぱをゆさゆさと揺らしながら僕たちを木々を動かしつつ一直線で案内をしてくれる。
『ロータスロータス― 黒い蓮~!』
ドライアドたちの間にシオンが広めた黒蓮の歌は大流行のようで、楽しそうに歌いながら僕たちは木々がよけていく一本道を歩いていく。
「いくらこいつらが人懐っこいとはいえ、随分と気に入られたみたいだなぁウイル」
「まぁ、気に入られたのはシオンだけどね」
「あれー?そー言えばシオンおねーちゃんがいねーです?」
「おひげが生えた人、シオンおねーちゃん?」
「おねーちゃんはおにーちゃんだったですか」
「おねにーちゃんでした?」
「……相変わらずだな、お前さんらは」
『僕たち成長はおそいですゆえー』
◇
朝と全く同じ光景、全く同じ状況で、僕たちはエルダートレントの前へとやってくる。
「おじーちゃおじーちゃ! また人間さんやってきたです」
「おきてー、おきてー!」
【起きてるよ子供達……そしてまた参られたのか、盟友の子よ……そして、そこにいるのはアルフだな?】
「よぉエルダートレント、久しぶりだなぁ」
アルフは旧知の友人に出会ったかのような気軽さでエルダートレントに声をかける。
確かにアルフは五百歳だとか言っていた気がするが……。
「こいつは俺の育った森で一時期一緒に育った仲なんだよ……」
【迷宮の中でばったり出会ったときは本当に驚いた。 ここに連れてこられたときそなたとは二度と合いまみえることはないと覚悟していた故】
「こっちもさ、随分とまぁでっかくなっちまって……昔はあんな小さな苗木だったのに」
【我はそなたのことを見上げてきたつもりだったが……随分とまぁ小さくなって】
「おめえがでかくなりすぎなんだよ」
そうアルフは笑う。
それはとても朗らかで、幸せそうな笑い声だった。
こんなアルフは初めて見た気がする。
よかった……。 アルフは過去を語らないから、それでもすべてを失っていたわけでは
なかったようだ。
【して、この子と一緒に訪れたということは……我の前に現れたのは歓談のためではないということになるな……】
「まぁな。 お前さんと昔を思い出しながら語らうのもいいんだがなぁ、今は仕事がある」
【勤労に束縛されるも人の性というものか、仕方がないが受け入れよう。 さて、となるとここに来た目的はこの先ということになるが、我は友との盟約を守りしもの……いくらアルフと言えど、それをたがえることは森の誇りにかけてできん。 盟友の証を提示せよ、さもなくば全霊をもってそなたを撃滅する】
アルフを警戒しているのか、エルダートレントは木々を震わせてそうアルフを威嚇する。
僕たちの時とは全く違う、荒々しい警戒心だ。
だが。
「待て待て、お前爺になっても短気なのは変わんねえんだな、お前とやり合う気はねーよ」
アルフかため息を漏らしながらそう苦笑を漏らすと、懐からブルーリボーンを取り出してかざす。
「盟約の証だ……これで文句はないだろう? エルダートレント」
輝かしく青い光を放つ再誕の青は、光源虫の輝きによってさらに神々しい光を放つ。
「きれいですー」
ドライアドたちは感動したような表情でぴょこぴょこ跳ね、エルダートレントもその光に
閉じていた目を大きく見開き。
【まさしく、これこそ盟友の証……再誕の青なり……我これより友との約束により、盟友の証示すものにこの道を開かん……】
そういうとエルダートレントは一つ息を吸い。
【開け】
重々しく、荒々しい魔力とともにその言葉をつぶやく。
迷宮の中だというのに一陣の風が森を揺らし、同時にエルダートレントの木の根がうねり、
壁を覆っていた木々がその引き潮のように引いていき、その中から迷宮奥への入り口が開かれる。
【アルフよ、また来てくれるか?】
「あったりめえだろ……ドワーフは友を忘れない」
【トレントは友もすぐ忘れる……はやめに来ておくれ】
苦笑を漏らしながら二人は愉快そうに笑い、ドライアドと僕たちはそれをほほえましく見守る。
「おじいちゃん楽しそうです」
「うん、アルフも楽しそう」
「友情はうつくしきかなー」
泣いているドライアドもいる。
「おら、急ぐぞウイル。 早くしないと夜が明けちまう」
「あ、うん。 待ってよアルフ! じゃあね、また後で」
「ここでまってるですー」
「えー? もう寝る時間かと」
「あ、じゃあやっぱりおやすみなさいする方向でー」
「睡眠に勝る健康法なし! 致し方なし―」
「うん、そうして! いろいろとありがとう!」
僕はドライアドたちに別れを言って、エルダートレントが開いてくれた奥へ続く通路へと走っていく。
【お若いの】
エルダートレントの脇を通り過ぎる瞬間、ふいに僕はエルダートレントに声をかけられる。
「あ、はい?」
なんだろう、ブルーリボーンを持ってないから僕は通れないとかだろうか。
【あなたはアルフの友人と見える……一つ頼まれてくれないか?】
「な、なんでしょうか」
レベル四の僕にあまり過度な期待を持たれても困るのだが……。
【アルフはあんな性格だ……いつだって傷ついてばかり……あやつを支えてやってくれないだろうか……友であるはずのこの老木は動くことができず、酒を飲みかわすこともできなければ……孤独にむせび泣くあのものを抱きしめてやることもできない】
それは、アルフに何かがあった過去の話……エルダートレントは、その時にアルフを支えてあげられなかったことを悔いているのか、その声は震えており、何かを懺悔するような声色で僕にそう頼む。
……自分がトレントでなければ。
このエルダートレントも、きっと何度もそう後悔したに違いない。
だからこそ、高貴かつ偉大なる魔物でありながらも、僕に頭を下げたのだ。
だが、そんなことを言われずとも僕はアルフを支えると決めたのだ。
「大丈夫。 任せてください……」
だからこそ多くは語らず、僕は短くそう快諾をする。
【かたじけない】
エルダートレントは嬉しそうにそういい、僕はそのままアルフを追いかけた。
◇
「何を話しとったんだ? ウイル」
エルダートレントが明けてくれた道の中は、当然のごとく吹き抜けにはなっておらず、急に暗くなった迷宮に壁に衝突しないように注意しながら歩いていると、アルフはエルダートレントと僕の会話が気になったのかあごひげをさすりながらそう質問をしてくる。
「アルフがさみしそうだから、そばにいてあげてだって」
「なんだそれは気持ち悪い……男といちゃつく趣味はねぇぞ」
「そういう意味じゃないと思うけど……まぁいいや。 そういえば、この先には一体何があるの?」
アルフの勘違いはとりあえず訂正はせず、僕は行先を問うと。
「なぁに、すぐ見えてくるさ……ほら、噂をすれば」
アルフはそういうと指をさし、目を凝らしてその先を見てみるとそこには何か照明のようなものが見える。
「……明り? 迷宮に?」
そもそも迷宮は冒険者を排除するために存在しているため、冒険者を助ける照明などがある場合は、そこに罠が仕掛けられていたりする場合が多いのだが……。
「あれは罠じゃねえ、冒険者たちが迷宮を攻略するために置いたものだ」
そうアルフは懐かしそうに笑いながらそういい、その明かりに照らされている物の全貌が明らかになる。
そこにあったのは行き止まりと、一つの小さな穴とボタンのたくさんついた機械のようなもの。
「これは……鉄の時代のアーティーファクト?」
「まぁ、それを利用して作られたものだな……」
「この大穴は何に使うの? それにこのボタンは? なんか数字が書いてあるけど」
確かに僕の住んでいた田舎や、古いダンジョンにはほろんだ文明、鉄の時代のアーティファクトが残っていると聞くし、実際僕の村では使用もされていた。
しかし、こんな大掛かりな機械を見たのは初めてだし、用途など予想もつかない。
「これは、簡単に言えばテレポートなんかよりも安全に、各階層を行き来する道具だ」
「え? え? なにそれ!? そんな機械があるの!? この大穴で? どうやって?」
「そう急くな……」
アルフはそういうと、2と書かれた機械のボタンを押す。
と。
鉄と鉄がこすれる音が響き渡り、同時に機会がガラガラと音をたてはじめ大仰な駆動音をかき鳴らす。
全く何が起こるのか理解ができず、僕はただただ成り行きを見つめていると。
不意に大穴が穴の下からせせりあがってきた鉄によりふさがれる。
「え、えと……これは」
「ふふ、こいつか? こいつは昇降機っていう、鉄の時代の遺品だよ」
驚愕する僕に向かって、アルフはなぜか誇らしげにそう説明をするのであった。