89.司祭・ブリューゲルアンダーソン
迷宮二階層西に存在する教会、迷宮教会。
ジャングルや森がはびこる北や東とは異なり、教会へと続く道は道が整えられており、そのところどころの壁に迷宮をたたえる言葉や、お札のようなものが張り巡らされている。
いや、お札だけならまだいい、ところどころの道に人の頭蓋骨のようなものが飾られており、狂気を感じざるを得ない。
これはスケルトンの骨……だよね。 さらし首じゃないよね……。
「迷宮教会に来たことは?」
「初めてさ……まだ道中だけども早くも身の危険を感じてる」
「ふふ、中はこんなもんじゃねぇから覚悟しておきな。 体の危険はないが、精神が壊されねえように気をしっかり持てよ。 今日は気付け薬の持ちあわせはないんでな」
苦笑を漏らしながらそうアルフは脅し気味にそういうが、昨日のあの光景を思い出すと本当に正気を保っていることができるのかが不安になる。
そんな不安を抱えながら僕はアルフについていくと。
「ほれ、ついたぞウイル」
「うえぇ」
アルフの言葉に僕は眉をしかめてその教会を見る。
迷宮の壁がこのフロアだけ吹き抜けになっていることを利用したのか、立派なレンガ造りの建物が建っており、その頂上には迷宮を意識しているのか、なにやら迷路のようなエンブレムが建物の屋根の頂上で輝いている。
建物のデザインとしてはとても質素であり、迷宮の壁にレンガを継ぎ足して作られたのだろう、ちょうど壁の真ん中付近から上のレンガはみな色が微妙に違っている。
なるほど、なんで迷宮教会というのにニ階層にあるのかと思ったが、上が吹き抜けになっていないとこうして建物を建てられないからか。
僕はそんなどうでもいいことに納得をして、アルフに続いて迷宮教会の入り口に立つ。
「ラビ万歳! ラビ万歳 お~おマイラービリーンス♪」
時刻はただいま十一時。 もう深夜近くだというのにまだあの声が響き渡っている。
正直入りたくない。
「入るぞ」
「ですよね」
しかし、その感情は鎧の下に埋もれさせて、僕はアルフと一緒に迷宮教会の悪趣味な悪魔の顔が掛かれた扉を開ける。
「にゅ~~~~~~うしんですかー~~~~~!?」
瞬間、目前に目の下がクマ、真っ青な表情の化け物の顔がドアップで飛び込んでくる。
あと少しで失禁だった。
「おやおやおやあぁ? あなたぁ……もーしかして伝説の騎士さまでありませんかぁ?
入信! 伝説の騎士殿が入信でございますかああああ! きょ~~~えつ至極にございまぁああああす! かの伝説の騎士、人間の希望、この世界の救世主とまで言われたあなたがこの迷宮教会にて迷宮の寵愛を受け、偉大なるラビの膝元に屈する! いいいいいいいいですねえええええ! 迷宮と戦うあなたが偉大なるラビを愛するというのですか!
いいいいいいいです! いいですよおおおおお! これこそが悲劇だ! いや悲劇ではない! まさに喜劇だ! いやいや、落ち込む必要はありませんよ! ラビはそれだけ偉大というだけ! この事実を知った民草の心の闇はラビの糧となり! そしてゆくゆくはこの世の大地にあまねくものすべてが偉大なるラビに……」
「いや、入信じゃないんですけど」
話が長いし顔が怖い。
「あ、そうですか。いらっしゃいませー」
「おまえ、俺の時だけだと思ったけど、ほかの奴にまでそれやってるのか、ブリューゲル」
呆れたようにアルフはそういうと、神父は首をありえない方向にまげてなぜかついでに体も雑巾のように捻じ曲げながらアルフの方を見る。
ちらりとぼさぼさの長髪から耳が見える。
おそろしいことにエルフだった。
ここの町のエルフは何だろう、狂気に染まりやすいのだろうか。
「おおおおおおおお! これはこれは我が友 ア~~ルフレッド~~ではありませんかあ!」
「アルフだっつってんだろ、ゴロがいいからって人の名前を勝手に変えるなアホンダラ」
「おやおやぁ? そうでしたっけ? わたくし、基本的にラビの名前しか覚えられない性質でして」
「一発ぶん殴って正気取り戻させてやろうか」
「おおお痛み! まさしくそれは偉大なるラビのご意思なり! アルフレッド! とうとう入信する意思を固めてくれたというのですねええ! 貴方のそのラビへの信仰喜んでお受けいたしましょおおお! さあ! 早く!はやっくううう!」
「はぁ……」
完全な狂人だった。
「入信はしない……今日は依頼についての経過報告と、ブルーリボーンを取りに来た、それだけだ」
「あ、そうなんですね。 いらっしゃいませー」
「殺してえ」
アルフは額に青筋を浮かべながら斧に手をかけ。
「アルフ……なんていうかその……お疲れさま」
僕はうまく言葉にはできなかったが、アルフの肩をたたいて苦労をねぎらった。
「はぁ、認めたくはねえが元友人で今は迷宮教会の司祭をやっている、ブリューゲル・アンダーソンだ」
「どおおおも! わたくし、ブリューゲルアンダーソンと申しますううう!」
「そんでもって、ブリューゲル……こいつは俺の友人、ウイルだ」
伝説の騎士については一応街には秘密なのだが、特にこの人に教えても問題はないだろう。
ここから出なさそうだし、そもそもこの人の言葉をまともに聞く人はいないだろうし。
「どうも、ウイルです、ブリューゲルさん」
「んんん、ウイル。 素敵な響きですねぇ、それにその声、か細くも強い意志を感じそれでいてなお成長の可能性を……未来を感じさせるいい声ですねぇ……叫び声をあげればきっとラビもお喜びになりますよ? よろしければ入信を……」
「結構です」
「それは残念……しかし信仰は強要するものではございませんので、貴方の気が変わるまでゆっくり待たせていただきましょう。 いずれ気づくでしょうからね、貴方もラビの偉大さに」
そうならないことを心から祈りますよ、いや本当に。
「本題に移らせろブリューゲル」
「はいはい、聖女捜索の件ですねぇ? 調子はどうですか? あれから何か進展が?」
ブリューゲルはそういうと、またもや体を変な方向に捻じ曲げてアルフの方を見る。
彼を見ていると人間の神秘というものを感じずにはいられない。
「まぁな……死霊騎士に攫われたっていう情報からあちこちを当たってみたんだが……つい最近だ、死霊騎士・アンデッドハントがアンドリュー直属の騎士団だという話を聞いた。
お前の言う、ほかの教団による陰謀説は完全に外れだよ、良かったな」
「え?」
どくんと僕の心臓がはねる。
父の件とこの死霊騎士は関係ないとアルフから聞いていたが、それでも死霊騎士・アンデッドハントの話を聞くと父を思い出してしまう。
「アンドリューが?」
空気が変わる。
そこにあるのは大きすぎるほどの怒り。
先ほどまで道化としてふるまっていたブリューゲルは、今度は空気が変わるほどの怒りでこのあたり一帯を震わせているのだ。
「あああああんんの腐れ外道がああ! 偉大なるラビを封じるだけならばいざ知らず!わら、わる、我、我々から! 聖女までも奪おうというのかあああ!! 殺す、殺す殺す殺す殺す殺す殺す!! 数々この世のあまねく拷問のすべてをかけて血抜きをした後何度も何度も生き返らせて絶望を魂の根幹にまで刷り込ませた後に無慈悲に凄惨に何もかもをちりも残さず消滅させてやる!ううううああああああ!! ラビ! ラビ! ラビ!」
狂人の発狂に近い怒りに燃えた瞳に僕は一歩後ずさる。
髪をむしり、額を爪でひっかきまわしてブリューゲルは顔面を血で染め上げながら怒りに任せてその場で暴れまわる。 一応僕たちが巻き添えに
ならないように配慮しているのか、少し離れたところに少しずつ移動している点はこの人が人間には敵対していないという証なのだろうが、それでもほとんどその狂気は人間というよりも魔物に近い。
「え、えと……アルフ、聖女って?」
「あ、聖女っていうのはですね」
切り替えはやっ!?