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No.1  作者: 紗智
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STAGE4.プロポーズ・デート

まるで雲に晴れ間が差し込むように、アンはいつも突然やってきた。

必ず甘い菓子を持って。

おれは菓子が甘いのか、彼女との時間が甘いのか区別がつかない。

それはいつも決して長い時間ではなくて、次またいつ会えるかも確証が持てなかったがでも気にならなかった。

アンのエメラルドの瞳はおれを必ずしっかりと見ていたから。

なぜだろう、この想いは一方通行じゃない自信があったんだ。

たとえ電話番号やメアドを知らなくたって、通じる思いがある。

「何、雑誌なんか見てるのかい、珍しいじゃないか、ナオ」

いつの間にかすぐ隣まで来ていた田村がおれの手元を覗いた。

「うわ!」

「女性ファッション誌……?」

「田村! これはそそそそその……!」

「あ、はあん、なるほど。アンちゃんが載ってるんだ? 思わず買っちゃったんだね。その雑誌持って帰ってどうするのかなあ、お年頃のなおちゃんはぁ?」

「ば、ばかーっ! これはそういうんじゃないっ!」

「そおいうのって、どおいうのかなあ?」

「とぼけるな!」

おれはアンが淡いピンクの品の良いワンピースを着ている写真のページを田村に向けた。

ちなみにすらっとした長い脚が強調されていてかっこいいショットだ。

「見ろ! こんな天使のような姿見て、そんな汚れた妄想にふけられるか!?」

「あらら、けっこう真面目だ……。でもさあ、中川。彼女は曲がりなりにも芸能人で、ファンもいるんだよ。そう言うことを考える人たちもいるから成り立っている商売だってことを忘れちゃいけないよ」

おれは、田村の言葉に衝撃を受けた。

「そんな……」

「現実だよー」

「そんなの、許せない。どうしてアンは芸能人なんだろう」

「芸能人じゃなかったら君たち出会ってなかったよ」

「おれ、おれさ……」

「うん?」

「今度誕生日が来たら……もう今月末か、18になるじゃないか」

「うん。僕はもうなったけどね」

「そしたら、アンと結婚する!」

楽屋の隅で完全に空気と化していたディルクが、ぶっと派手にコーヒーを噴いた。

田村もあっけにとられた顔をする。

「……はあ!?」

「だって収入もあるんだしさ。彼女ひとりくらい養っていくよ」

「だ、駄目ですよ!! ナオ!!」

コーヒーも拭かないまま、ディルクが必死に会話に加わってきた。

「え、やっぱり事務所的には若すぎる結婚はNG? でもおれこのままアンが芸能人やってて、これ以上人気が出て変な奴らに変な目で見られるのは嫌なんだ」

「それはあの子……いえ、彼女も好きでモデルをやっているんですから、その意思も尊重しないと。少し一方的です、ナオ」

「あのう、そのまえにさ、ナオもディルクも。まだナオとアンちゃんは恋人同士でもないんだけど」

「そうでした、はははは。ちょっと突拍子もない話だったので冷静さを欠いてしまいましたね」

「おれは、まだ確かにアンに好きって言ってないけど、気持ちは伝わってるって確信してる」

「言うねえ、ナオ。何を根拠に?」

「だって、いつだって瞳を見つめると見つめ返してくれてるんだ。どれだけじっと見つめてもひるまずに返してくれるんだ」

少し沈黙になった。

「まあ、確かにそんな様子の時は見かけるけど……。それだけかい?」

「アンからの視線に気付くこともあるけど……それだけだな」

少ししょんぼりした語尾になってしまった。

ディルクが何かを考えながら言った。

「告白する気はないんですか」

「ないわけじゃないよ。でも会うときはいつもみんながいるし、会っていると彼女がいるだけで幸せで、そのこと忘れちゃうんだ」

「ではもう少し忘れたままでいるのがいいでしょう」

ディルクにしては珍しく、少し冷たい言い方だった。

やっぱり若い芸能人に恋愛話はご法度なのか。

でもつきあってもちゃんとばれないようにするからさ。

変装して出かけるし(今だって特に何でもない外出でも変装してるけど)、ばれたたらばれたで彼女は知名度が上がるんじゃないかな。

同じ事務所ならそれは結果オーライじゃないか?

とりあえず、今彼女におごる約束してるのはちゃんと果たさせてもらう。

なかなか休暇が合わなくていまだに行けてないんだ。






アンは思ったよりボーイッシュな服装で来た。

クロップドパンツとキャミソール(タンクトップ?)の上に柔らかい素材のシャツを羽織ってキャップをかぶっている。

おれもあまり格好つけた服装だとラムズのナオだとばれてしまうので、Gパンに少し凝ったTシャツに、キャップをかぶり少し色のついた眼鏡をかけている。

ふたりの変装は功を奏して、目黒駅で待ち合わせたにもかかわらず誰にも気づかれずに済んだ。

「なんか急に決まったね。予定とかほんとになかった?」

アンは綺麗に歩きながら話した。

「休みの日はいつも一人だ。暇を持て余して家でパソコンを触っているか、買い物に出ているかのどちらかだ」

「買い物、しなくていいの?」

「別に……いつも仕事に行くのに変な格好もできないから仕方なく服を買うだけだ。一日行かなくたって大丈夫だ」

「そうか。今日はほんとは原宿でクレープでも食べたかったんだけど、ディルクと田……GEIKAにそれは止めろと言われちゃってさ。代わりにディルクに調べてもらったケーキと紅茶が美味しい店でいいかな」

「ナオと一緒ならどこでもいい」

「え……」

「何か変なことを言ったか?」

「いや……。この近くなんだよ。行こう」

流行っているはずの店は幸い空いていて静かだった。

「好きなだけ食べていいよ」

「そういうことを言うと、このメニューに載っている上から下まで全部って言うぞ」

「あはは、いいよ。頼みなよ」

「慌てるかと思ったのに、つまらん」

そう言ってアンはNYチーズケーキとピーチタルトとブルーベリーのムースとザッハトルテ、紅茶はウヴァというやつを頼んだ。

そんなに食べて太らないのか訊きたかったが、女の子にそれは禁句というものだろう。

おれはモンブランと、ジャワティ(アンに勧められた)を頼んだ。

ケーキが届いてアンは見たことのないようなニコニコの笑顔になった。

よっぽど好きなんだな、甘いもの。

嬉しそうにケーキを食べるアンを見ているとこっちまで嬉しくなってくる。

「どうした?」

「え?」

「食べないのか?」

「あ、ああ。食べる。つい見蕩れちゃった」

「何に見蕩れたんだ?」

「君があんまり嬉しそうに食べるからさ」

「……そうか」

アンはおれの目を見て微笑んだ。

エメラルドの瞳が光を弾いて輝く。

さらにそれに見蕩れておれたちは見つめあった。

「アンは、おれの目をこうしてじっとよく見つめるよね」

「ナオの瞳は漆黒で光をキラキラ反射して綺麗だ。吸い込まれそうなんだ」

「アンの宝石みたいな瞳に見つめられるから、反射するんだろ。光がなきゃ黒はただの闇だよ」

「さすが詩人だな」

そう言って笑顔を見せるとアンはまたケーキに取り掛かりはじめた。

好きなものは食べるのが早いのか、もう最後の一つ、ザッハトルテだ。

背筋を伸ばしてアンは綺麗にフォークを使ってケーキを食べる。

なんだか、当たって砕けたい気分。

っていうか、当たっても砕けない気がする。

どうしよう、ディルクはまだ言わない方がいいって言ってたけど。

じゃあさ、好きって言わなきゃいいんだろ。

おれは一応モンブランを食べてから話すことにした。

最後のひとくちを飲み込む。

味なんてわかんなかった。ちょっともったいないことしたな。

爽やかな味の紅茶で口の中を湿らせる。

アンもケーキを食べ終えていた。

「おれさ」

「なんだ?」

「あと10日くらいで18歳になるんだ」

「ああ……7月29日だったな」

「覚えててくれたんだ」

「ああ。何か欲しいものはあるか?」

「え、特にないよ、あははは。そうじゃなくてさ」

「どうした?」

「18になったら結婚したいって言ったら、ディルクに大反対された」

アンは持とうとしていたティカップを落としかけて、カシャン、と小さな音を立て、唖然とした顔を見せた。

「結……婚……?」

「そう。18からできるんだし、収入はあるんだし、と思ったんだけどな」

「そんなに結婚願望が……?」

「願望って言うか、結婚したい人がいるから」

アンの顔の血の気が引いたのが目に見えて分かった。

「そ、そうか」

「あの、君のことなんだ」

「……は?」

「君と結婚したいんだ」

「……」

アンはぽかん、と小さく口を開けてただ驚いているようだった。

「って、あの、思ってるだけだから。特にプロポーズしようって思って言ったわけじゃないんだ」

「あ、ああ」

「田村……GEIKAには恋人同士でもないのに、って言われるし」

おれは拗ねた顔をして見せた。

それでもまだアンは茫然としている。

「あの、結婚って考えたことない? 女の子は16から結婚できるじゃん? 君は17だろ?」

「い、いや、18になった……」

「あっ、そうなんだ!? ねえ、考えたことってない?」

「いや……考えたこともない……」

「ああー、そっか、突拍子もない話をしちゃったかな。ディルクはね、君は好きでモデルをやってるんだからその意思を尊重しろって、おれの考えは一方的だっていうんだよな。やっぱりそうだったかな」

「一方的とかではなくただ驚いただけだ」

「そっか」

「ああ」

「今話したこと気にしないでまた会ってくれるかな」

「もちろんだ!」

アンがいつもの表情に戻った。

そして綺麗な指でティカップを持って、紅茶を一口飲む。

「あのさ、驚いただけ?」

「え?」

静かにアンがティカップを置くのを見ておれは口を開いた。

「おれが結婚したい人がいるって言ったとき、君だって言ったとき、他に何か思わなかった?」

アンの瞳は何かを言おうとした。

でも、アンは首を横に振った。

「言ってよ。今何か言おうとしただろ」

「いや」

「どうして君はそうして最後の一歩をいつも踏もうとしないんだ? 聞きたいんだ、言ってくれ。何か問題があるならおれの胸にしまっておくから。聞きたいだけなんだ」

「胸にしまっておくか?」

「ああ」

「ナオが他の誰かと結婚してしまわなくてよかった」

「アン」

「何も言わなかったことにしてくれ」

そう言うと、アンは紅茶にまた口を付けた。

また差し入れを持っていく、とアンは別れ際に言った。

おれは次会うまでに、あまりにも遅くなりすぎたけど彼女の誕生日プレゼントを用意しておくことにした。

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