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No.1  作者: 紗智
3/18

STAGE3.友達として

本当はデビュー曲のプロモーションビデオを観てすでに知っていた。

ディルクが随分とお気に入りで熱心にスカウトして兄上までそんな若造にサポートにつけたと言うから、いったいどんなものかと思って観てみたんだ。

観るまではどうしてか、どうせたいしたことないんだろうと思っていた。

しかし。

綺麗なくせのない黒髪に、漆黒の吸い込まれそうな瞳。

大きくまっすぐで全身で一生懸命に演奏する姿は降り注ぐ陽の光を思わせて……そう、まるで太陽のようだと思ったんだ。

ナオ。

すぐに売れて、手の届かないスターになるんだろうな、と思ったらあっという間にそうなってしまった。

演奏中に垣間見せる芸能界の王のようなカリスマ性は、ファンが言いだした『陛下』という呼び名にふさわしい。

ディルクが三枚目のCDのプロモーションビデオで外国人の少女を起用するんだとぽろっと漏らしたので、出たいなと呟いたら、どうやってそうなったのかぼくに決まってしまった。

まるでこのためにいままで女としてモデルをやっていたかのようだ、そう思った。






男と言うことを隠して、2年前からモデルをやっている。

最近はツンデレキャラ? というやつの流行に乗って少しテレビにも出ている。

父も母もドイツ出身だが、母は主にアメリカで活動している世界でも有名な歌手だ。

父が5歳の時に亡くなってから、アメリカや日本で暮らしている。

日本に縁があるのは異父兄弟のレオンやディルクが日本とのハーフで日本暮らしだからだ。

インターナショナルスクールに行っているが、テレビや写真になると髪や瞳の色合いは随分違って見えるし、髪型と眼鏡で意外と正体はばれないものだ。

亡くなった父もモデルだった。

もちろん男性モデルだったのだが。

それにあこがれてぼくは2年前ディルクが勤めるプロダクションのモデルオーディションを受けた。

キッズモデルならまだしも、男性モデルには身長や体格が全く足りない、と言われた。

別にキッズモデルでもよかった。

背なんてそのうち伸びるかもしれない。

ただキッズでは仕事が少ないというだけで。

そこで、飄々としたカメラマンが、ファインダーを覗きながら、もったいないなあ、と言ったのだ。

「女装モデルにならない? 男性モデルよりも仕事、たくさんあるよ」

鼻で笑おうとした。

その時、シャッターを切られた。

フラッシュを浴びる感覚と、このシャッター音がすごく好きだった。

ぼくは何も言わずに、ただ頷いていた。

始めたからには女性の服の種類、使われる生地の特徴、小物、メイク、ヘア、仕草、いろんなことを真面目に勉強して、1年経つ頃には女性ファッション誌の表紙を飾るようになっていた。






今日はわざわざ移動しなくても偶然同じテレビ局で仕事だった。

楽屋のドアをノックする。

「はい」

ディルクの声が返事をした。

「差し入れだ!」

ぼくは大きな声で返事をした。

自分のことを『ぼく』と言わないように気を付けるのも、もう慣れた。

もちろんかといって、『わたし』などと言ったことはない。

ドアが開いてディルクが笑顔を見せた。

「アン。こんにちは」

「シュークリームを持ってきたんだ」

ナオが慌ててこっちへと駆けてきた。

「アン!」

「こんなところで立ち話もなんだから、どうぞ、中へ」

ディルクが楽屋の中へ入れてくれる。

「アン、よく来たね」

ナオがシュークリームを無視してぼくの眼をまっすぐ見る。

ディルクがお茶を淹れた。

「シュークリーム、食べないか?」

「あ、ああ、ありがとう」

ナオがシュークリームにやっと手を伸ばした。

何か聴いていたGEIKAがヘッドフォンを外して寄ってきて、シュークリームを手にする。

「ありがとう、アンちゃん。いただきます」

「ああ」

ぼくもシュークリームを食べながらお茶を飲む。

GEIKAが言った。

「でもね。いつも何か持ってこなくたって、手ぶらで来てもナオは喜ぶと思うよー」

「たっ、田村」

「だろ、ナオ」

「う、うん。そうだね。いつも何か持ってきてくれなくても大丈夫だよ。顔を見せてくれるだけで……」

ぼくは少し首をかしげて見せた。

「自分が食べたいから持ってきてるんだが」

手ぶらだと訪ねて来にくくなるじゃないか。

「あはははは、ならそれでいいよ。今日はここへは仕事?」

「今日はバラエティの収録だ。たまたま同じ局だったんでな」

「ふうん。ねえ、あのさ。今度、いつも差し入れくれるお礼に何かおごらせてよ」

「何か?」

「食事でもいいけど、ケーキとかデザートとか君の好きなものを」

それはつまり、デートの申し込みだということだろうか。

だってナオはぼくを女だと思っているのだから。

「ああ。楽しみにしてる」

頭の中で何かの警告が鳴るのを聞きながら、でもぼくは頷くのを止められなかった。






思えば顔を合わせた時からナオはぼくのことを熱のこもった瞳で見つめた。

眼を見開いて、どこかで逢ったことがあったかと問いかけられるかと思わせる勢いでぼくを見ていた。

PVの撮影中も、演技は素人のはずのナオは見事にぼくに恋する少年になっていた。

眩しそうにぼくから目を逸らせずにいた。

そっと手を伸ばし、まるでそのドキドキがこっちにまで伝わりそうな仕草でぼくの髪に触れた。

撮影が終わって声をかけたら、ナオは少し上ずった声で返事をした。

緊張しているのがこっちにまでうつりそうだった。

でも、話してとても楽しそうだったし、ぼくも楽しかった。

音楽番組のライブの収録はディルクに頼んで招待チケットを用意してもらった。

ちょっと演奏してる姿が見られれば良かったんだ、人ごみは苦手だし。

でも、ナオはあの混み入った中で、ぼくを探し当てて、2番を歌う間まるまるずっとぼくだけを見た。

ぼくからもう目が離せなくなってしまったように。

ぼくもナオの視線に絡め取られてしまったかのように動けなくなってしまって、視線が動いたときやっと我に返ってすぐに会場を出た。

あんな長い間一人の人を見ながら演奏するなんてちょっとまずいだろう?

自分がナオの演奏の邪魔をしてしまったと思ったんだ。

本当にナオのことを思うなら、そのままナオの前からは姿を消すべきだったのかもしれない。

でも、じっとしていられなかった。

またあの太陽みたいな少年に、今度は演奏中でも演技中でもない時に見つめてほしかった。

仲良くなりたかった。

もちろん、友人としてでいい。

それ以上は望めないことはよく解っている。

女の格好をしていたって自分は心も体もれっきとした男なのだから。






都内に一人暮らしをしている。

ぼくが住む一人用のマンションの隣室に、ディルクが住んでいる。

だから、しょっちゅうディルクのところへ押しかけて食事をねだる。

最近は食事をしながらナオの話をする。

「ナオは女の子にも人気があるのだろう?」

「今はね。大人気だよ。女性雑誌に特大ポスターの付録がつくくらいだからね」

「どの雑誌だ」

「買うのかい」

「ちょっと気になるだけだ」

「持っているからあげるよ」

「ナオはどんな食べ物が好きなんだ?」

「外食ではカレーが多いかな。どうして」

「今度外食する約束をしている」

「本当に行くのかい?」

「どうしてだ」

「男性に近付くなと事務所には言われているんだろう? レオンにも」

「外食ぐらいいいだろう」

「ふむ……。はっきり言うよ。これ以上近付いて仲良くなっても、傷つくのはお前のほうじゃないかい、『アンゼルム』」

「べつに、友達になるくらい……いいじゃないか」

「ナオは友達としてアンを見ていないよ」

「……そうかもしれないな」

「おまえも、そうだろう?」

「! なにが言いたい!?」

「別に俺には隠さなくてもいいよ」

立ち上がって空になった食器を持ってその場を後にする。

「ぼくはもう休む! じゃあな!」

ディルクのマンションを後にして、隣の自分の部屋に戻り、ベッドに転がった。

友達として見ていない、か。

どうしたら、うまくいくんだろうか。

眼を閉じたら、屈託のないナオの笑顔が瞼に浮かんだ。

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