STAGE2.Seeing you
最近おれはファンの子たちに『陛下』と呼ばれるようになってしまった。
演奏してる時の雰囲気が堂々として王様然としているんだとか。
「ナオはカリスマ性があるんだよ」
田村が言う。
「ヴォーカルがのんきにそんなこと言っててどうするんだよ、田村」
「いいんだよ、僕らは二人で1セットなんだから。……あー、もちろんサポートメンバーのみなさんの方が偉大なんですけどねっ」
田村は背後のレオンを振り向いて言った。
「余計な気遣いは無用だ。所詮私はサポートなのだから」
レオンは昔から表街道を突っ走ってきた海外でさえも有名なベテランギタリストだ。
こんな若造コンビのサポートに着くだなんて恐れ多いにもほどがあるのに、現実は奇妙なことこの上ない。
ちなみに、ハーフらしい。
ハーフと言えば、ディルクもハーフだったな、確か。
「ナオ」
「うわっ!」
「……どうしました、そんなに驚いて」
「い、いや。すごいタイミングで出てきたから心を読まれてたのかと……。な、何? ディルク」
「最近、元気ないですねって、声をかけてたんですよ」
「そう?」
そりゃ、あれだろ。
あれから、出来上がったプロモーションビデオの映像をおれは家で何度繰り返して観たことか。
キラキラと輝く本物の金髪(演技にかこつけて少し触れてみたら信じられないほどふわっと柔らかかった)、まっすぐな翡翠の瞳、透き通る白い肌、ほんのりと薔薇色の頬。
長い手足はのびのびと動いて、健康的で、でもどこか品がある。
撮影の衣装は白いひらりとしたワンピースで、それがまたのびやかな全身によく似合っていた。
動くたびに、風がふわりと吹くたびにスカートの裾や袖が金色の髪とともにふわりと舞った。
撮影が終わって話した時の豊かな表情を思い出してはため息が出る。
また会いたい。
また話したい。
どうしておれは、彼女……アンの連絡先をあの時訊かなかったんだろう。
そうしてPVの撮影から2カ月経って、その曲の発売になり、ライブ式の音楽番組の収録があった。
スタジオに客が入ってその前で演奏している様子を収録するあれだ。
「キャー! 陛下-!!」
「GEIKA!! 素敵ー!!」
「陛下ぁぁぁ!! お慕い申し上げておりますぅぅぅ!!」
「ナオ、なんかやたら美形の男のファンがいるね……」
「見なかったことに……」
客席は人ごみで、更にステージ上はこれでもかと言うくらいのライトアップがされている。
客の顔はほとんど見えない。
客がいる感覚は耳が頼りだ。
演奏が始まった。
とても盛り上がって、おれも我をなくしていく。
曲の二番に差し掛かるところでおれが英語のラップのようなコーラスを入れるところがある。
それを言おうと歌詞を思い出しているところで、ふとその声が聞こえた。
「ナオ」
特に大きい声じゃなかった。
普通なら歓声に紛れて当然聞き取れなかっただろう。
でも、その声はこの2か月俺がずっと望んでいた声だったんだ。
すっと顔をあげるように、『そこ』を向いた。
ろくに見えないはずの客席なのにまるでそこにスポットライトが当たっているかのようにはっきりと彼女が見えた。
綺麗なはちみつ色の髪は見間違えようもなくそこに存在し、エメラルドの瞳がおれを見ていた。
視線がぶつかる。
そのまま、おれはコーラスに入り、もちろん手はずっとベースでビートを刻んでいる。
アンの全身は見えないが、変わった刺繍のダーク系の色のカットソーを着ているのがわかった。
ロックをやるおれたちのライブの雰囲気に合わせてくれた服装なんだろう。
おれは見つめあったまま、続けていた。
二番が終わったところで、田村がドン、とぶつかってきた。
小さな声で言われる。
「一点を集中して見てたら駄目だ、ナオ」
はっとおれは気付いてDメロと残りのサビの部分を他の客を見ながら演奏する。
後奏の部分で、さっきアンがいたところに目を向けたが、もうそこに彼女はいなかった。
目だけで会場中を探す。
出入り口のドアのところにその目立つ明るい金の髪が見えた。
ドアが開いて、その頭は出て行く。
「!?」
曲を終えて、おれに呼びかける村田やスタッフを放っておいて会場の出入り口に廊下側から回り込んだ。
「ナオだ!」
「うそぉっ!!」
「陛下ー!! キャー!!」
ファンのみんなに囲まれてしまった。
「ごめん、通して! 急いでるんだ!!」
なんとか人ごみの中をくぐり抜けてアンを探したが、見つからなかった。
久々に行った学校で、やはり元気がないと言われ、おれは田村にぽつぽつと話した。
「そんな面白いことになっていたんだ」
「面白いだとぉ」
田村の反応におれは力なく怒った。
「でも、向こうだって働いてて忙しいんだろうに、この前わざわざおれたちの収録観に来てくれたってことは、そんなに悪くないんじゃないのかなー」
「そう思うか!? いやさ、調べてみたら、彼女結構忙しいみたいなんだよな。雑誌モデルとかだけじゃなくて、タレントみたいな仕事で少しテレビにも出てるみたいなんだ」
「へえー。僕たちテレビあまりみないから気付かなかったねえ」
「さっすがあれだけの美人じゃあねー。忙しいだろうなあ」
「あれだけの美人じゃ、もう恋人もいたりしてねー。あっはははは」
「……」
「あ、ナオ。それはまだわからないよね、ねっ。ところで事務所とかは調べたの?」
「同じ事務所みたい。所属支部はモデル部になるけど」
「へえー、うちの事務所、モデルも扱ってたんだ」
「ちょっとー! 陛下ぁ! サインちょうだいー!!」
教室の入り口でほかのクラスの子が大声で呼んだ。
「はいはい。学校で陛下は止めろよなぁ」
おれは席を立って呼ばれた方に行った。
「ナオってサービスいいよなあ」
田村がボソッと言った。
初アルバムを出すことになった。
学校にほとんど行けていない。
しゅんとなりがちだが、自分でも不思議なことに音楽が始まるとシャキッと人が違ってしまうのだから便利と言うかなんと言うか。
3日目ともなると疲れも結構くるとこまできていた。
レオンのようなベテランは平気な顔だ。
コンコン、とスタジオのドアがノックされた。
「息抜きでもします?」
ディルクも平然としている。
「いや、平気……」
「アンが差し入れを持ってきてくれたんですけど」
「……え? 誰って?」
レオンがギターを置いて言った。
「アンが? そりゃあいい。休憩にしようじゃないか」
「え?」
ディルクが廊下に向かって微笑みかける。
「おいで」
「入っていいのか?」
確かにこの少し低めのこの声は。
「えっ!?」
おれはベースを背負ったままスタジオの出入り口の方へ足を進めた。
ドアのところでばったりと同じ高さで顔を合わせたのは、確かにエメラルドの瞳、はちみつ色の金の髪。
きょとんした顔は、今日はカットソーとレギンスの上に涼しげなアクアブルーのひらっとしたチュニック(って言うのかな?)を重ね着して、ごく普段着風だ。
前も思ったが、夏でも変に薄着しないところが逆に好印象だ。
「ア、アン……! どうしてここに」
「邪魔だったか?」
「と、とんでもない! う、嬉しいよ……」
「差し入れを持ってきたんだ。疲れた時には甘いものがいいと思ってな。ドーナツだ。食べるといい」
アンはドーナツの入っている箱をずいっと出してきた。
「ありがとう」
「スタジオ内は飲食禁止なので、廊下に出て」
「はい。よくここがわかったね……!」
「それは……。あ、兄上。兄上もどうぞ」
アンはレオンに箱を出して話しかけた。
「あ? 兄上―――!?」
「ありがとう」
レオンはいかにも甘そうな砂糖がかかったドーナツをひとつ持っていった。
みんな、おれとアンから少し離れて二人きりにしてくれている。
「レオンとは兄弟だ。だからお前たちの動向は解っていた」
「……あまり似てないんだね」
「似ているところはあるぞ」
「たとえば?」
「甘いものが好きなところとか」
「へえ……。意外だな。ところで、この前、ライブ観に来てくれてただろ。ありがとう」
「観たいから行っただけだ」
「でも、どうしてあんなに早く帰っちゃったんだ? おれ、追いかけようとして大変だったんだ」
「どうして追いかけようと?」
「話がしたかった。えーと、あれから、また君に会いたくなってさ」
「また会えたじゃないか」
「ええと……君の連絡先を教えてほしいんだ」
「兄か事務所に連絡すると繋がるさ」
「……そうではなく」
「兄上にも事務所にも男性に携帯番号やアドレスを教えるなと固く言われているんだ」
男性に、と言われて少しほっとした。
少なくともちゃんと男性扱いされている。
「でも、君に会いたい」
突然ニコッと微笑まれてびっくりした。
「こちらもそうだ。また会いに来るからいい」
そう言うとアンは腕時計を見た。
「今日はもう行かなければ」
「アン」
「CD、全部買った」
突然アンの声が真剣になった。
「え?」
「毎日聴いてるんだ。お前の声を」
そう言いながらアンは背を向けて綺麗な足取りで歩いて行ってしまった。
おれに会いたい? おれの声を毎日聴いてる? でも連絡先は教えてくれないって。
おれはアンにからかわれてるんだろうか。