STAGE1.運命の出会いの実在
中川尚登、17歳。
おれは普通のどこにでもいる男子高校生のはずだった。
ちょっと人より音楽が好きなだけだ。
同じく音楽好きのクラスメイト田村と一緒に好きなアーティストの曲を聴きこんで語り合ったり、長時間カラオケに挑戦したりする。
またお遊びで曲を作っては打ち込んでベースとギターで演奏しながら学校祭でちょっと歌う程度のものだった。
高1の時のそれが評判がよかったから卒業式の追い出し会でまたやり、高2の学祭でもやった。
それだけだった。
女の子にも騒がれたことはない。
どちらかっていうと男ウケのほうがよかった。残念だ。
ほんとに音楽目指すんなら、音楽会社にデモ送ったり、ライブハウスでやったりするもんだろう。
そういうのはやってなかったんだ。
それなのにある日突然、俳優張りのいかにもモテます系のいい男がおれたちを訪ねて放課後の校門前にやってきた。
「ラムズという二人組は君たちですか」
「……確かに先週の学祭ではラムズって名前で演奏しましたけど」
「アルパカ・プロダクションと言う芸能会社から来ました、ディルク・カナヤマと申します。少し、お話がしたいんですが、お時間いただけますか?」
そう言って隙のない笑顔とともに差し出された名刺を、おれと田村は揃って覗き込んだ。
近くのファミレスに入った。
単刀直入にスカウトされた。
何の実績もない、うちの高校の生徒だけが知ってる程度のラムズが全国でも有名な芸能会社に。
なあ田村、青天の霹靂ってのはこういうのを言うのか?
「たまたま卒業式にうちと仲のいいレコード会社の社員が保護者で参加していまして。噂を聞いていてまあ、暇つぶし程度に先週の学祭に聴きに来ていたんです」
それが琴線に響いたらしい。
「でも、おれたち女の子とかに全っ然人気ない、んですけど」
「うん」
カナヤマ氏は当たり前のように頷いた。
「でも、客はものすごく沸いていたね」
「それは音楽の力だろー?」
「違うね。君たちが沸かせていたんだ」
「おれたち……?」
「もっと細かく言うと、中川くんのビート感と書いた曲、田村くんの声と勢いが観客を酔わせたんです」
「ビート感と曲……?」
「中川くんは帰国子女か何かでバイリンガルじゃないですか?」
「あ、はい」
「リズム感が平均の日本人よりいいんですよ。あと書く詞がいい」
「え、普通だって言われますけど」
「聞き手の大半は平凡な人々です。特別な言葉に普通の暮らしを送る人々が共感できますか?」
「はあ……」
黙って聞いていた田村が口を開いた。
「しかしですねカナヤマさん。女の子にキャーの一言も言わせられない僕らがデビューなんてしてもやっていけるとは到底思えませんよ」
「それなんです。残念ながら君たちはセンスが悪い」
「……はあ」
「もとは悪くないんだから、髪型ひとつでずいぶんイケメンに変われると思うよ」
「センスって、音楽のセンスじゃなくて、そっちのセンスかい!」
「あたりまえですよ。音楽のセンスが悪かったら話なんて持ってこない。そっちのセンスは十分ですよ」
カナヤマさん、要するにおれたちダサいって話ですか。
「俺のことはディルクって呼んでくれていいですよ」
「そんなフレンドリーにされましても」
「OKしてくれるまでずっとしつこく通ってきますから」
「僕、エリートな家庭に育ってるんで親が許してくれそうにないんです」
「説得に行きます」
そして、ディルクは本当に本当にしつこかった。
最大の難関の田村の親も何とかしてしまった。
結局、おれたちは、その会社の持っている機材が使いたい放題という美味しい条件につられてそのアルパカ・プロダクションと契約した。
「ギターを弾いてるのは田村くんですよね。ヴォーカルに専念しませんか。君はその方が向いていると思うんですよ」
「中川の曲を弾くのは僕かあのギタリスト・レオンか、松本かと決めているんです」
「じゃあ、サポートにレオンをつけよう」
「えっ」
「同じ会社だし、彼はフリーのサポートミュージシャンです。おそらく可能ですよ」
「あのベテランを……!?」
「それより、芸名何とかしないかい? 中川と田村じゃお笑いコンビみたいですよ。ロックで行くんですよね?」
「あ、おれナオでいいよ」
「じゃあ僕はGEIKA☆で」
「……なんだって、田村?」
「GEIKA☆」
「せめて星はとれよ」
「わかりました。ナオとGEIKAね。デビュー用の曲、できましたか? ナオ」
「あ、はい」
聞かせてすぐ、胡散臭い笑顔を返された。
「書き直し」
「えー!」
「もっと若さ強調して! 一発目なんだから元気よくね!」
なんかいろいろ考えながら曲描くのは性に合わないので、次会うときに、おれは15曲まとめて持っていった。
その中から田村とディルクとレコード会社の人が2曲いい奴を選んでデビューマキシに決めた。
ペーペーのおれたちにマネージャーなんてつく訳もなく、しかしディルクはまるでマネージャーのようにおれたちによくしてくれた。
一人住まいのマンションにまで招いて夕食を食わせてくれたくらいだ。
何もかも初めてづくしの世界だったが気心の知れた親友と二人だったので乗り越えられたんだと思う。
デビューに向けてヘアも整えられ、勝手に弄ることを禁じられ、服もあれこれ注文をつけられた。
立ち姿勢や歩き方、仕草にまでいろいろ言われたりした。
そんなこんなでおれたちはできることから何とか一生懸命やっていき、デビューも迎え上出来も上出来の結果を得ることができた。
二枚目のシングルでは誰もが驚くオリコン一位を獲得した。
電車に乗れなくなり、マネージャーにディルクがついて、学校も休みが多くなってしまった。
「すっかりもうスターですね」
「何言ってるんだよ。まだマキシ二枚出しただけじゃん」
「もうプロモーションにも口が出せますよ。今までみたいにGEIKAと二人で絡んでホモくさいの強調しなくてももう売れます」
「あは……それは嬉しいかも」
そう言われたので口を出してみた。
「PVなんですけど。外国人モデルみたいな綺麗な金髪の女の子……同じ年くらいの、使ってやってみたいんです。おれたちで取り合い、を匂わせるー、雰囲気の」
いいんじゃない、って意外とすんなり話が通った。
モデルの女の子の選抜は全部プロモーションスタッフに任せた。
撮影はゴールデンウィークの初めだった。
春のくせに暑い日だった。
おれは運命の出会いってやつが本当に存在することを生まれて初めて知った。
「こちら、アンちゃんね。日本で半分育ってるから言葉は大丈夫よー」
はちみつ色の輝くショートヘアに、エメラルド色のこぼれそうな瞳、透けるような白い肌。
その子を前にして、おれはまばたきするのも忘れた。
「よろしく」
ぶっきらぼうで少し低めだけど可愛い声。
というか、ひとめぼれか? ひとめぼれなのか!?
ひとめぼれって本当にある出来事だったんだなあ。
「よろしくー。僕、GEIKA。アンちゃん? 出身地はどちら?」
「ドイツだ」
「おーい、ナオ」
「あっ、よ、よろしくっ。アンちゃん」
「アンでいい」
「あ、ありがとう。アン。お、おれ、ナオ。よろしくね」
「ああ」
「背、高いんだね。おれとそんなに変わらないや」
「モデルとしては低い方だ」
「モデルなんだね、君」
「一応な」
おれはアンからもう目が離せなくなってしまった。
この世にこんなすごく素敵な女の子がいたなんて!
突然世界がどどどっと光に満ち溢れたような衝撃だ。
撮影が始まって、こんな状態の自分が上手くできるかはじめ不安だったが、かえってうまく作用した。
設定はおれとGEIKAがアンにひたすら想いを寄せている、というものだ。
演技なんかしなくても地で行けた。
NGも少なくすんで予定より早めに撮影は終わった。
仕事が終わったはずのアンが寄ってきた。
「気に入った」
「えっ」
「お前たちの曲、いいと思うぞ」
「本当!?」
「ありがとうー」
アンは曲の中の英語の詞を読み上げた。
「と、この部分はどっちが歌ってるんだ?」
「それはナオだよ」
田村はおれを差し置いて即答した。
「お前か。すごいいいリズム感してるな。心地いい」
「聞き分けるなんて、君もいい耳してるね」
おれがそう言うと、アンが少し照れた顔をした。
「母が歌手なんだ」
照れた顔が可愛かった。
アンの母親の話や洋楽の歌手の話で盛り上がった後、おれはそのまま彼女と別れてしまった。
携番もメアドも訊かなかったんだ。