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<第一話>勇者と魔王の場合

凄まじい轟音と共に突風が吹き、思わず目を瞑った。

目を開けるとそこには先程まで対峙していた魔王の姿はなく、代わりに魔王の側近である魔術師が立っていた。

「まさか…じゃあ魔王は…!」

勇者は青ざめた顔で魔術師を見た。

「おや、察しがいいですね。貴方の推測通りですよ。彼女が無事だといいですねぇ?」

魔術師はとても楽しそうだ。

「クソッ!」

勇者は急いで村へと引き返した。

今ならまだ間に合うかもしれない。

魔術師は自分と勇者の力の差をよく理解しているため、止める気も無さそうだ。

「せいぜい頑張って下さい。―まぁ、間に合わないでしょうけど。」

(どうか無事でいてくれ…!)

魔術師の笑い声を聞きながら、勇者は共に旅をしてきた大切な仲間であるアデラの元へと向かった。


(おー!ナイスタイミング!)

そろそろだと思ったんだよねー、とタブリスはご機嫌だ。

世界の人々の動きは大体把握しているため、クライマックス間近だったこの場所を最初の介入先に選んだのだ。

伊達に長年観察ばかりしている訳ではない。

「それにしても詰めが甘いよね。なんで間に合う余地を与えちゃうかな?」

タブリスの推測では、このあと勇者はアデラが止めを刺される直前で駆けつけ、魔王を苦戦しながらも倒しハッピーエンドだ。

現に勇者の走っていった方向には村へと向かう馬車の通り道があり、このまま行くと偶然にも村行きの馬車と落ち合うことになっている。

結末を変えるには足止めをしなくては。

(とりあえずモンスターでもけしかけてみるか。)

タブリスが指を鳴らすと、勇者の目の前にモンスターが現れ襲いかかった。

しかし流石魔王に挑もうとしているだけはあり、モンスターは一瞬で倒されてしまい足止めにもならなかった。

少しずつモンスターのレベルを上げて足止めを試みるが、結果は惨敗。

勇者のレベルを上げただけの結果に終わった。

現在勇者は馬車の通り道を走っている。

馬車と落ち合うまであと少しだ。

(あーもーめんどくさい!…いいや、眠らせちゃえ。)

タブリスがまた指を鳴らすと、勇者はその場に崩れ落ちた。

近づいて見てみると、よく眠っている。

直にこの場所を馬車が通るので、そこで村に運んで貰えるだろう。

(さて、どうなるかな?)

勇者を処理したタブリスは、楽しそうにアデラの元へと向かった。


アデラは焦っていた。

彼女は勇者と共に旅をしてきた魔術師だ。

しかし今、アデラは一人村へ取り残されていた。

(勇者一人で来いだなんて、罠に決まってるじゃない!)

彼等は魔王の側近の魔術師との戦いに勝利し、ようやく魔王の居場所を突き止めた。

しかし同時に魔術師は、魔王の元へは勇者一人で行くようにと言ったのだ。

当然アデラは反対した。

彼女の力説で一旦は勇者も納得したかのように見えたが、次の日に目を覚ますとそこに勇者の姿は見当たらなかった。

(しかも夜出たってことはろくに回復もしてないじゃない!バカじゃないの?!)

アデラが勇者への文句を頭の中で叫びながら走っていると、急に周りの空気が変わった。

動くことすら許されないような、圧倒的な力。

世界には絶望しかないかのような錯覚に陥る。

アデラはゆっくり息を吐いて気持ちを落ち着かせ、いつの間にか前方に現れていた者を見据えた。

間違いない。

「魔王…!」

何故ここに魔王がいるのか?

勇者はどうなったのか?

アデラにわかったのは、とにかく魔王を倒さなければならない、ということだけだった。


村から少し離れた場所で、タブリスは彼等を見つけた。

当然のように魔王の独壇場で、アデラも何とか魔王に攻撃を仕掛けようと試みるが、魔王の攻撃を何とかかわすことで精一杯だ。

その上元々魔術師である彼女はそれほど体力のある方ではない。

時間が経ってくると、徐々にかわしきれずにダメージを受けることが増えてきた。

(これは…ヤバそうだねぇ…)

タブリスはどうしたものかと考えた。

お約束な展開は望んじゃいないが、彼女のワガママのせいで助かる予定だった少女が死んでまうとなれば流石に気分が悪い。

良心はあるのだ。

(これ以上見てても面白い展開になりそうにないしなぁ…とりあえず魔王に隙を作ったら一旦撤退してくれるかな?)

ここでタブリスが魔王を倒してしまうことも出来るのだが、それでは彼等のこれまでの努力を無駄にしてしまう気がした。

フラッと現れてラスボスだけ倒していくなんて、いいとこ取りにも程がある。

タブリスは今まさに止めを刺さんと襲いかかる魔王に近づき、その額に触れ少しの聖気を流し込んだ。

善に近いものであればそれは薬になるが、悪に近いものにとっては毒以外の何物でもない。

当然悪のものである魔王は、体内に直接流れ込んできた毒に悶え苦しんだ。

間一髪で助かったアデラは突如苦しみだした魔王を見て驚いた。

何せアデラ達にはタブリスの姿は見えていない。

よくわからないが苦しみだして隙だらけになっている魔王を見て、アデラはタブリスの希望に反して魔王に斬りかかった。

「うああああぁぁぁ!!!!!」

(ちょっと何してんの?!それは一番ないでしょ?!何で逃げないの?!しかも何で物理攻撃?!隙をつくにしてもお前魔術師なんだから魔術使えよ!!魔術師の斬撃なんて魔王にとっちゃ紙で指を切るようなものだろぉぉぉ!!)

これもお約束か…と、タブリスはアデラに合掌した。

案の定アデラの攻撃は魔王に何のダメージも与えることは出来ず、懐に飛び込んできた彼女を落ち着きを取り戻した魔王の目が捉えた。

アデラもここまでか、と悔しそうな顔で魔王を睨み付けた。

(あー、これ私下手したら堕天とかされちゃうかな?結果的に魔王に加担したことになっちゃってるし。言い訳したら許してもらえるかな?でもラグエルドSだし…仕方がないからもう私が止めを刺してもいいかなぁ?…って、あり?)

タブリスが自らの今後について考えている間も、魔王に動きはない。

というより、魔王の様子がおかしい。

タブリスはもう少し様子を見守る事にした。


アデラは自らの死を覚悟した。

自分では魔王に敵わない。

しかし勇者であればきっと大丈夫だろう。

彼の力なら一緒に旅をしてきたアデラが一番よく知っている。

結局勇者に何もしてあげることが出来なかった事が唯一の心残りだが仕方ない。

(…どうしたのかしら?)

先程から魔王の様子が少しおかしい。

急に苦しみだしたと思ったら、今度はこんなにも至近距離にいるというのに攻撃もしないでこちらを凝視している。

その上心なしかその目には苦悶の色が浮かんで見える。

「………アデラ………俺を殺せ…!」

「…何のつもり?」

魔王に攻撃してくる気配はない。

不信に思いながらも、アデラは話を聞くことにした。

すると今度は確実に視線をさまよわせた後、信じられない事を口にした。

「俺は…お前の……………父親だ…」

それを聞いた瞬間、アデラは怒りで目の前が真っ赤になった。

「ふざけるな!!!お前が私の父を名乗るとは烏滸がましいにも程がある!!!父は!お前が殺したんだろう!!!」

「アデラ…俺は…」

「黙れ!黙れ黙れ!!!」

アデラは完全にパニック状態に陥っている。

魔王は尚も静な声で話しかけた。

「アデラ…ほら、落ち着いて…魔術師はいつでも冷静沈着に戦局を見極めないといけないよ…。」

「!!!お…父さん…!」

アデラは目を見開いた。

魔王の声と父の声が重なった。

それは父の口癖だった。

「俺は…魔王に拐われ、…魔王に体を…乗っ取られた。しかし…先程何か温かいものが体内に流れ込んできて…、魔王が弱ったお蔭でこうして出てくる事が出来たんだ。しかし…あまり長くは持たないだろう。だからどうか今のうちに…、俺を殺せ。」

アデラは何故か今度は目の前にいるのが本当に父だと素直に信じる事ができた。

表情や話し方が記憶の中の父そのものだったからだ。

しかしそうだとしたら。

「やだ!!!ねぇ、お父さんを助ける方法はないの?!折角生きてたのに!!!」

「…今の俺は魔王が生きているから辛うじて生きてるんだ。今回の事で…それが魔王に気づかれたから、俺の意志はもう…消されてしまうだろう。それに俺は…魔王として人を殺し過ぎた。これは俺のワガママなんだが、…どうか…最後はお前の父親として眠らせてくれないか?」

「出来ない!!!私には無理だよ!!!」

「アデラ…恐がるな。お前なら出来るはずだ。」

その瞬間、アデラの中にある記憶が蘇った。

いつだったか定かではない。

父が幼いアデラに教えてくれた、この世で最も弱く、最も強い呪文。

いいかい、アデラ、恐がらないでいいんだよ…この呪文は―

「大切な人を救う呪文…」

アデラはボロボロと涙を流しながら、しかし強い意思を持って詠唱を始めた。

魔王は優しい父の顔でアデラを見て、ありがとう、ごめんな、と小さな声で呟いた。

呪文が完成した瞬間、世界は優しい光に包まれた。


「どう?ちょっとイレギュラーだったけど、いい話だったでしょ?ハラハラできたでしょ?」

物語の結末を見守っていたタブリスの背後から、突然気の抜けるような声がした。

「全然。」

タブリスは振り返ることもせずに、にやけ面であろうユピテルに返事を返した。

その声は相変わらず不満そうだ。

実際結構楽しめたのだが、ここで認めてしまうのもユピテルの思い通りになっているようで癪だった。

「結局主人公とラスボスが生き別れた親子でしたーなんて、よくある結末じゃん。ってか完全に勇者の存在途中から消えてるし。」

「またまたー、アデラが死にかけた時、キミがけっこー焦ってたの知ってるんだからね。大体あのまま彼女が死んじゃってたらタブリスは堕天決定だったわけだし。」

「マジか。」

確かにそんなことも頭を過ったが、まさか決定だったとは。

タブリスはつくづくアデラが生きててくれてよかったと思った。

「なーんて、まぁそんな心配いらないけどね。タブリスは僕と違って優しいから、もしホントに危なかったら助けてたんでしょ?キミのそういうところ、スキだな。」

「っっっ!!!貴方は!!!なんっ?!何言って…?!」

あまりにもさらっと甘いことを言うユピテルに、タブリスはいつものことだと分かっていても過剰に反応してしまう。

(この天然タラシが!)

ユピテルは特別な感情で言っている訳ではないと思いつつも、つい期待してしまう。

こんなことではいけないと思いつつも、こればっかりはどうしようもない。

タブリスは何とか言葉を続けた。

「こ、今回はちょっと上手くいかなかったけど、次は絶対ユピテル様の思い通りにさせないから!」

「えー?まだやるの?まぁいいけど、キミは頭を使うことは向いてないから、こういう話よりほのぼの系の方がいいと思うな。学園モノとか動物モノとか。」

「それ遠回しにバカって言ってるよね?隠そうともしてないよね?」

甘いことと同じくらい、さらっと酷いことを言うのも、最早いつものことだ。

そして相変わらずタブリスはそれにも律儀に反応してしまう。

「絶っ対っ!!!予想外の結末をつくってやるから!!!」

そう捨て台詞を残して、タブリスは次のターゲットを探して飛んで行ってしまった。


「やっぱり貴方の仕業ですか。」

楽しそうにタブリスの後ろ姿を見送っているユピテルに背後から声がかかった。

「やぁ、ここメタトロンの担当だったんだね。」

ユピテルが振り返ると、生真面目そうな眼鏡をかけた天使が呆れ顔で立っていた。

「白々しい。当然知ってたでしょうに。人の運命を書き換えるのってけっこー面倒なんですよ?」

「ごめんごめん。今度何か埋め合わせするから。」

あまり反省しているように聞こえないその態度に、メタトロンはため息をついた。

「あまりタブリスを甘やかさないでくださいよ?」

「だって可愛いんだもん☆」

「他所でやれこのバカップルが。あともん☆とか言っても可愛くないです。」

「残念!カップルじゃありません。じゃあ後よろしくねー。」

そう言ってタブリスの飛んでいった方へ去っていくユピテルを見て、メタトロンは幸せが全て逃げてしまいそうなほど盛大なため息を吐いた。

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