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視線の先

作者: 天原ちづる

彼女の視線が欲しい。

そう、思った。


相原は卒業式の間、堀口先輩から目を離さなかった。

いや、別に式の最中だけじゃない。

彼女はいつだって、先輩を見ていた。

今の俺の席は相原の斜め後ろだけど、教室の席でもそれは同じだった。

彼女は窓側前から四番目、俺はその右斜め後ろ。

彼女は、真っ直ぐに伸びた背筋が印象的で、中学生の女の子に相応しい言葉じゃないけれど、孤高という言葉がよく似合う、気高さがあった。

この学校はいわゆるお金持ち学校で、社長令嬢もゴロゴロいる。

まとう雰囲気が上品で洗練されている人はたくさんいるけど、彼女のような、人目を惹きつける、それでいて他人を寄せ付けないような人は珍しい。

それは、やっぱり先輩に似ている。


堀口先輩はテニス部の部長で、男の俺から見てもすごくかっこいい人だ。

テニスの腕は全国レベルで、お父さんは学校理事で、頭も良くて、かっこいい。

かなり反則な人だ。

性格は無愛想で、ちょっと怖いけど、尊敬出来る先輩。

俺じゃあ、逆立ちしたって敵わない。

俺がこの学校に入ったのは中等部からだけど、まさかこの世に、そんな少女漫画の相手役みたいな人がいるとは思わなかった。

他の先輩たちと馬鹿話もする、普通の中学生な面もあると知ったのは、やっとの思いでレギュラーになれた、二年の初めくらいだ。

相原は、その堀口先輩が好きなんだと思う。

思うってのは、直接彼女から聞いたことがないからだ。

実は、訊いてみたことはある。ただ、答えが返ってこなかっただけだ。

他のファンみたいに、

「堀口先輩! 素敵〜!」

と騒ぐでもなく、

「かっこいいけど、ちょっと怖いよね。ホント、かっこいいんだけど」

なんて影でこそこそするでもなく、

彼女はまっすぐに視線を向ける。

テニスコートのフェンスに群がる他の女子からは少し離れたところから、彼女は堀口先輩を見ていた。

俺がその視線に気が付いたくらいだから、先輩たちは当然、相原のことを知っていた。

「眼力ちゃん」というあだ名をつけたのは、藤原先輩だったと思う。

「また来てるなー、眼力ちゃん」

「“がんりき”じゃなくて“めぢから”なのかよ」

朝倉先輩が、興味なさそうに相槌を打っていたのも、覚えている。

藤原先輩は、

「“がんりきちゃん”より可愛らしい感じがしねぇ?」

って笑っていたっけ。

そんな中、当の堀口先輩は、あまりこの話題に乗ってこなかった。

むしろ、故意に避けていたような気がする。

堀口先輩には、今も付き合ってる、最愛の彼女さんがいる。

多分、彼女も先輩に告白して、そう、はっきり言われたんだと思う。

告白もせず、うじうじしているような人じゃないから。

それでも諦めない彼女は、しつこいと言われるのが普通だろうけど、堀口先輩の周りには、結構そういう人がいたから、堀口先輩も気にする素振はなかったし、他の先輩たちも、多少気になるとはいえ、笑っていたんだろう。

俺はといえば、なんだコイツもか、という、失望に似た気持ちを彼女に抱いていた。

それくらい、堀口先輩はモテてたっていうのと、相原は他の女子とは違うと、俺が勝手に思っていたせいだ。


相原に対する意識が変わったのは、とある放課後だった。

その時、俺は先生に頼まれて、社会科資料室に資料を返しに行った帰りだった。

部活がもう始まっているはずだったから急いでたんだけど、通り過ぎようとした三年の教室の入り口から、見覚えのある背中が見えて、足が止まった。

相原だ。

毎日見ているあの背中を、見間違えるはずかない。

クラスを確認すると、堀口先輩の教室だった。

彼女は一つの座席を見つめていた。

多分それが堀口先輩の机なんだろう。

座るのでもなく、触るでもなく、相原は見つめていた。

いや、にらんでいたのかも知れない。

その位、じっと見ていた。

それは、どれ位の間だっただろう。

俺は早く行かなくちゃと思いながらも、足を動かせずにいて、机を見つめる彼女を見ていた。

声をかけられる様な雰囲気じゃなくて、でも目が離せなくて、どうしていいか分からなかった。

俺が迷っていると、相原の方が先に机から視線を外した。

正直、ほっとした。

それ以上は、見ていられなかったから。

でも次の瞬間、心臓がはねた。

彼女が振り返って、教室の入口につっ立っていた俺と目が合う。

相原が俺にあの視線を向けたのは、それが初めてだった。


漆黒の瞳が、その視線の強さが、様々な感情の入り混じった瞳が、俺を捕らえた。


あの視線を平然と受け止めていた堀口先輩は、やっぱりすごい人だ。

でもその時の俺には、それは重過ぎて、目をそらしてしまった。

こっそり見ていたという、負い目もあった。

「ごめん」とか「あの」とか「その」とか、よく分からないことを口走って、あたふたと俺は逃げ出した。

あの時のことを、俺はとても後悔している。

その後、相原が俺にあの視線を向ける事はなかった。


堀口先輩が答辞を読むために、前に出た。

その姿を彼女が目で追う。

先輩が卒業した後、相原はどうするんだろう。

きっと、高等部の校舎までは、追いかけない。

彼女は、そこまでしない。

ただ、学校の敷地内でだけ。

先輩の邪魔にならないように、見ていたから。

堀口先輩がいなくなれば、相原は諦めるんだろうか。

見つめる先がいなくなったら、他にその視線を向けることはあるんだろうか。

それとも…………。


俺は尊敬する先輩たちが卒業するというのに、それを喜んでしまう醜い自分がいることに、気付いていた。

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