表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

紫煙

作者: 中 庸

 不倫はイケナイことだ。

 私はこの一般常識的な道徳観に基づいている感覚が嫌いだ。何故イケナイのか、何がイケナイのかが明確化されていないからだ。

 それに、重要な配慮が欠けている。

 当事者にとって、それは分かり切ったことなのだ。


大学に付属している食堂で、私たちは話している。普段は単位の話や、話題のドラマと、そこに出てくる俳優と女優の話をし続ける。専門科目がやばい、あの教授は単位をくれる、あのシーンが好きだ、あの役者はきっと性格が悪い、主演の俳優と女優にはこんなゴシップがあるなどを話し、いつの間にか二時間も三時間も話し続けている。

だが、今日は違った。途中までは普段と同じだったが、見ていたドラマが不倫を題材にしていたのだ。あんなこと、テレビの中だけの話だよね、私たちには関係ないよね、と言ったので、実は、と言うことから、私がある男性と不倫関係にあることを話した。それが失敗だった。

「やめといた方が良いよ、絶対。みんな不幸になるんだから」

目の前に座る吉岡は、小学生でも分かると言わんばかりに道徳的回答を見せてくる。彼女は私が知る限りで一番の常識人で、ある意味ではつまらない人間だ。

「だってさ、考えてもみなよ。不倫ってことは、必ず自分と相手以外の人間がいるわけじゃない。その人にとってみれば、何も悪くないのに悲しい思いをすることになるわけだよ。辛すぎるでしょ。冤罪で刑務所に入れられるのと一緒だよ。私は何も悪くないのに、って」

 そんなことは分かっている。と言うか、誰にでも分かる。そう思うが、思うだけで表情には出さない。

「まあ、そうだよね。分かってるよ。こんな関係、誰もしあわせにならない、よね」

と、相手に迎合するような事を言う。こういう時、大抵相手は私を説得する事を目的としていない。ただ、自分が正しいと言うことを示したいのだ。だから、こう言えばこの話題は収まる。何もなかったかのように、また近くのカフェのスイーツの話や、流行りの服の話、化粧品の話を延々と続ける。それだけの話。のはずだった。

「いや、分かってないよ。しいちゃんは何も分かってない。不倫がなんでダメなのか、どうしてこんなにも多くの人が批判することが分かっているのに、それでも続けるのか。このままじゃまた繰り返すだけだよ」

 今日はいつもとは違った。

「いや、本当に分かってるって。今度会った時は別れよう、って言う。今後一切連絡をしないし、何もなかったことにする、って伝える。それで良いでしょ」

「それだけじゃダメなんだよ。今は私がこうやって言ってるからまだマシかもしれないけれど、今後同じような人を好きになるに決まってるんだから」

 言葉の一つ一つがやけに鼻につく。吉岡の自己顕示欲が強いことは、大学に入って付き合いだしてからというもの、常々気になってはいた。彼女の発言には、「私」が強く入っている。何においても、人に影響を与えることを好む。それによって人助けをした気になり、自分の存在を強調してくるのだ。

「じゃあどうすれば良いの。彼に別れを告げて、連絡先を消して、一切をなかったことにする以上の何があるの」

「簡単だよ。何も言わずに、一方的に連絡を絶てばいいだけ。ちゃんと話した後に別れようとするのは、まだ相手に対する優しさと未練が残ってる証拠だから。話してるうちに相手が自分のことを必要とするような事を言ってくれるかもしれない。別れたくないと言って、泣いて縋りついてくるかもしれない。そうすれば別れ辛くなるし、結果的に自分を正当化する事も出来る。そして、しいちゃんもそれを望んでる。分かるんだよ。今のままじゃ、しいちゃんはきっと、彼と別れきれないよ」

聞いていて、自分の表情が歪んでいることは、薄々気付いていた。それに呼応して、吉岡の語気が強くなっていることも感じていた。

「違うよ、優しさでも未練でもない。ただ後腐れを無くしたいだけ。何も話さないままで突然連絡取れなくなっちゃったりしたら、相手も私を心配するかもしれないし、最悪警察に相談したりするかも。そこまではいかなくても、興信所に頼んだりするかもしれない。そうなったら、もっと厄介なことになるよ」

 吉岡は、呆れた、といった様子で両手の平を上にあげる。

「ほら、あんたも黙ってないでなんか言いなよ。友達が現在進行形で法を犯してんだよ? このまんまじゃ友人代表でゴシップ誌にインタビューされちゃうかもよ」

 あまりにも私が話を聞かないからか、それとも吉岡がただただ飽きたからなのか、面倒だと言った様子で、隣に座る富永に話を振った。

「そうだね、僕も、今すぐにやめた方が良いと思う。よっちゃんの言ってることは正しいし、このままでは、しいちゃんも不幸になる。確かに、しいちゃんはその彼の事が好きなんだろうし、その人がきっとしいちゃんを大切に扱っていて、互いに本当に好きなんだろうと思う。でも、日本は法治国家で、世間の目はそういう不純な行為に厳しい。僕にとっては、そうなってしまうのが一番辛い」

 富永は落ち着いた男だ。常に相手の話をしっかりと聞き、決して蔑ろにしない。ある立場に偏った意見は言わないし、何故そう思うのか、相手への理解を示しながらも話してくれる。また、説得する際は、自分はこう思う、ということを明確に示してくる。以前テレビでやっていたが、心理学の方法でそういうものがあるらしい。

「そうだね、ありがとう。でも、本当に彼とはもう別れるつもりだから。今すぐ連絡を絶つべきなのも分かってるけど、最後に筋を通したいんだ。だから、安心して。約束する。もう、二人に心配かけるようなことはしない」

 私は意図的に笑顔を作り出し、富永に顔を向ける。直ぐに富永は安堵の表情を浮かべ、ちらっと吉岡の顔を伺った後、背もたれに体を預けて、手元のコーヒーを一口飲む。

 富永は良い人だ。だからこそ、私の嘘を見抜けない。人を信じすぎている。作り笑顔も、理解したような言葉も、全てが私の本心を表していると思っている。扱いやすいと言えばそれまでだが、面倒な話題も軽く切り上げることが出来るし、話していて随分楽だ。それが故に、それ以上発展することもないのだが。

 吉岡は相変わらず不満を全面に出したような表情を浮かべているが、もうこれ以上この話題について議論するのが億劫になったのか、一度大きく息を吐いた後、椅子に座りなおした。

「もういいよ。しいちゃんがこれ以上彼との関係を続けるつもりはない、ってことは信じるよ。ここまで私が言ったんだし、流石にこれ以上続けるとは思えないしね」

 彼女はきっと私の嘘に気づいていることだろう。異性には気づきにくいそういったことも、同性には見え見えであることはよくある。吉岡のような女性には特に。だが、私としてもこのまま険悪なムードで話し続けるのは御免だったので、深くうなずくことで彼女の言葉への肯定の意を示し、この話題を切り上げる。

「さて、しいちゃんの話を聞いてあげたことだし、次は私の話も聞いてほしいんだけど、いいかな」

「いいよ、どうしたの」

「実はさ、最近、つけられてるみたいなんだ」

「つけられてる、って、何に」

「ストーカーだよ」

「ストーカー」

 この話は予想外だった。私が不倫している事実がこの二人にとって予想外であったように、吉岡がストーカー被害に遭っている、とう事実は予想外だった。

 心なしか、コーヒーカップを持つ富永の手が震えているように見えた。

「そう。なんか、一か月くらい前からかな。最初はバイトから帰ってる時なんだけど、駅から降りて歩いて家に帰る道中に、ずっと同じ方向に歩いてる人がいてさ。偶然かな、と思って気にしなかったんだけど、流石に今までいなかった人が、突然同じ方向に歩く人が毎日出てくるなんておかしいと思ってさ。しかも、バイトが無い日も私が帰ってくる時間帯にその人がいるし。怖くなってきてね。まだ実質的な被害も無いから警察に相談するわけにもいかないし、とりあえず様子見、ってことで今は何もしてないけど、二人には話とこうかな、と思ってね」

 吉岡が富永を目だけで見た。富永は吉岡の話が一通り終わると、静かにコーヒーカップを持ち、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。その間、吉岡とは一切目を合わせなかった。

「でもさ、勘違いってことは十分あり得るよね。もしかしたら、偶然引っ越してきた、同じ大学の人、って可能性もあるし。中途半端な時期ではあるけど、落ち着いてきたこの時期を狙って一人暮らしを始める人がいても不思議ではないし。多分、大丈夫だよ」

「まあ、そうなんだよね。言うほど心配もないのかも。とみさんはどう思う? 男の視点から、そういうやつはストーカーだと思う?」

 私の意見に食いつかないのは、ある意味いつものことだったが、わざわざ自分から富永に意見を求めるのは珍しかった。いつもなら、私と吉岡が言い合いを始め、収拾がつかなくなったあたりで富永に場を収めてもらう、という流れがあって、吉岡がこのように意見を求めることなど無かったからだ。と言うより、そもそも吉岡が人に意見を求めること自体、珍しいことなのだが。まるで、質問することそのものが目的であるかのようだった。

「いや、どうだろうね。それだけじゃ、まだ何とも言えないな。ストーカーである可能性も、そうでない可能性もある。でも、個人的には、そんなに心配いらないとは思うよ。まだ、一か月なんでしょ。勘違いである可能性の方が高い。まあ、気を付けておいて損は無いと思うけど、それで不安になったりしたら、相手の思う壺かもしれないし、普段通りでいいと思うな」

 富永も普段とは少し違った。いや、とか、でも、とか、まあ、とか、煮え切らない言葉遣いはあまり彼らしくはなかった。後半は焦ったように少し早口になっていた。何に動揺したのか、よく分からなかったが、きっと、突然意見を求める吉岡に動揺したのだろうと思った。

「そうだね、あまり気にすることはないのかもしれない。二人ともありがとうね」

 吉岡は笑ってそう言った。だが、作り笑顔であることはよく分かった。もちろん、富永は安堵の表情を浮かべている。きっと彼は良くない女につかまって、苦労する人生を歩むことになるのだろうな、とぼんやりと思った。

「あ、もうこんな時間になってる。そろそろバイトだから行くね。今日はありがとう、また明日ね」

 そう言って吉岡はそそくさと帰っていった。

「俺もそろそろ帰ろうかな」

「富永君も今日バイト?」

「いや、ちょっと本屋にでも寄って帰ろうかな、と思って。一服してから帰るけど、どうする?」

「そうだね、私も今日は特に用事はないし、帰ろうかな。喫煙所まで付き合うよ」

 私と富永はコーヒーカップを片付け、食堂の裏手にある喫煙所に向かった。元々はこの食堂内にも喫煙席があったそうだが、昨今の禁煙ブームに乗っかり、喫煙者は裏へ裏へと追いやられていった。今ではキャンパス内にも喫煙所は二か所しかなく、肩身が狭い日々を送っている。

 喫煙所につくと、富永はポケットからアメリカン・スピリットの箱を取り出した。彼はアメスピのヘビーユーザーで、年がら年中それを吸っている。理由は、長持ちするためお財布に優しいから、添加物が入っていないため煙草本来の味を楽しめるから、というものだった。正直、それはアメスピのホームページに書いてあるようなことをそのまま言っているようなもので、このまま彼はそこに就職するのではないか、と思ったほどだ。

 私もキャスターの箱を取り出す。他の煙草に比べて甘いから、と言う理由だけだ。それに、タールも重くはないため、吸いやすい。思い煙草がきついならば、そもそも吸わなければいいのに、と思われるかもしれないが、それは出来ない。実際、特に煙草がすきであるか、と言われてもそうではないのだが、これも不倫相手の彼との大事な思い出の一つだ。何となく禁煙しようと思い、何の苦もなく三か月ほど成功したのだが、そうなると彼とのつながりが弱くなってしまうようで、その不安から、今では手放せないものになっている。

「さっきの話なんだけどさ」

 隣で煙を燻らせている富永が唐突に話しかけてくる。

「さっきの、って、ストーカーの話?」

 富永は一瞬だけ体を揺すった。

「いや、そっちじゃなくて、不倫の方」

「ああ、そっちか。それが、どうしたの。もう結論は出たでしょ。私は今度彼と直接話して、きっぱりと別れる。これ以上、まだ何か言いたいことがあるの」

「まあ、何と言うか、ここだけの話、俺は別に良いと思うよ」

「え」

「いや、不倫を全面的に肯定するわけではないんだけどさ、別にいいんじゃないかな、って」

 意外だった。確かに吉岡に比べて、そこまで常識に拘泥する人間でないことは分かっていたが、ここまではっきり言うとは思わなかった。

「だってさ、しいちゃんは彼の事が好きなんでしょ。そして、恐らく彼もしいちゃんの事を愛している。別に問題ないと思うんだ。ただ順番が違った、ってだけでね。つまり、彼がしいちゃんと出会うのが、奥さんよりも後か先か、って話だと思って。そりゃ、不倫は立派な罪だとは思うよ。いわゆる姦通罪、ってやつだけど、外国では極刑を下されるところもあるみたいだしね。でも、それを言っちゃったら、フランスでは結構容認されてる部分もあるみたいだし、そこまで気を張らなくても、とは思う。だからさ、まいっか、くらいの感覚でいいんじゃないかな。不倫は悪だ、そんなことをしている私に生きる資格はないんだ、死んでしまわなくてはいけないんだ、なんて思いつめちゃったりしたら、それこそ問題だ。だから、気楽に生きてほしいな、と思うよ」

 黙って話を聞いていたが、私の目はもうすぐで飛び出るのではないか、と思うほどに驚いていた。単純に私が不倫は悪だと思いつめているという、富永の解釈の突飛さに驚いた部分もあるが、それよりも彼の倫理観がこのようなものだとは思っていなかった。あくまでも常識人で、勧善懲悪を好む人間だとばかり思っていた。

「あ、ありがとう。そんなことを言われるとは思ってなかったから、少し驚いちゃった」

「まあ、そうだよね。実際、よっちゃんを前にすると、中々言いにくいからね。でも、そんなにお堅くなる必要もないと思って。それだけ伝えときたかったんだ。じゃ、また明日ね」

 照れたように笑いながら、富永は喫煙所を後にした。意外と分からないこともあるもんだな、と思った。決して彼を頑固な堅物だと思っていたわけではないが、予想外だった。今日は変な日だ。

 吸殻をスタンド灰皿に押し付けて火を消し、喫煙所を出た。

 少しだけ、足取りが軽くなったような気がした。


喫煙所を出た後、不倫相手である重里にメールを送った。明日の夜会いたい、といった旨を伝えるものだ。流石に相手も社会人であり、そうそう簡単に会えるものではないと思っていたが、奇跡的に会える事になった。私は、了解、とだけ書いたメールを送った。

二人には場を収める意味もあって、別れる事を宣言したが、そんな気は全くなかった。彼には奥さんがいるし、最近子供も生まれたそうだ。それでも、私は彼が好きだ。そして恐らく、彼も。

地下鉄に乗り込むと同時に、ふと彼と最初に出会ったときの事を思い出した。地下鉄は一切関係なく、ドラマチックでもなんでもない出会いだったのだが、大分感傷的になっているのだろう。

最初に会ったのは居酒屋だった。私は中高と一緒だった数人の同級生と、地元の居酒屋に来ていた。そこに、彼がいた。会社の忘年会が行われていたらしい。きっかけは、その会社の一人がこちらに声を掛けてきた事だ。こちらは全員が女で、あちらの席はほとんど男性が占めていた。それから更に数人が、もっと言うと年配の方数人が、こちらに声を掛けてきた。少し会話をした後、幾分酔っていたのも相まって、私たちは彼らの宴席に混ざる事にした。席を移動した一番最初に横に座ったのが彼、重里だった。

「こんなむさ苦しい場所に来させちゃってごめんね」

「いえ、皆さん楽しそうでしたし、丁度話題も尽きかけていたところですから」

第一印象はよく覚えていない。特に顔が良いという訳でもなく、傍目にはどこにでもいる会社員にしか見えなかったからかもしれない。

「君は大学生なのかな」

「ええ、そうです。市内の大学に通ってます」

「へえ、そうなんだ。もしかして、アイ大学?」

「そうです、ご存知なんですね」

「まあ、ご存知というか、ご存知だったというか。数年前までお世話になっていたからね」

「え、そうなんですか。じゃあ、先輩、ってことになるんですかね」

「そうだね。もし君がこんなおっさんに対して、親しげに話すことが嫌でないというのならば、是非先輩と呼んでほしい。照れくさいところはあるけれどね」

 そう言って彼は笑った。確かに社会人というにはあどけない笑顔だった。もしかしたら、そこに惹かれたのかもしれない。

「ちなみに、そんな可愛い後輩の名前を聞きたいんだが、いいかな」

「はい、もちろんです、先輩。柴田って言います。先輩のお名前を拝聴しても宜しいですか」

 わざとらしく声を高くし、できる限り優雅に見えるように手を差し出した。今思えば、という話だが、とても酔っていたのかもしれない。

「僕は重里って言います。中学校で先生をしています。よろしくね」

 この時初めて中学教諭であることを知った。つまり、さっきまである会社に勤めているサラリーマンだと思っていた方々は、みんな中学生に勉強を教える立派な教師たちだった、というわけだ。とはいえ、学校はある種の会社だし、みんな給料をもらっているサラリーマンでもあるといえるのだが。

「中学校の先生だったんですか。びっくりしました。えっと、数々の非礼をお許しください」

「いやいや、そんな、畏まらないで。僕なんて所詮下っ端なんだから、大したことできないし。給料も全然もらえなくて、そのくせ仕事は毎日毎日溜まっていくし、こんなんだったら普通に企業に勤めてた方が絶対裕福な暮らしができたはずなのに」

 そこで言葉を切ると彼は私の顔を見て、顔を赤くした。首から赤みが上がってきて、おでこまで到達した。こんな風に赤くなるのは漫画の中だけだと思っていたのだが。

「ご、ごめんね。後輩にこんなこと言うべきじゃ無かったよね。学生に愚痴をこぼすなんて、教師の風上にもおけない」

 彼はそっぽを向いて煙草を取り出した。セブンスターだった。よくセッターとか言われている煙草だ。香りは他と比べて甘い気がする。何となく不良が吸っているイメージがあるので、もしかしたら彼もヤンチャしてたのかな、と少し気になった。

「セッター吸ってるんですね」

「ん、ああ、これね。中学校の先生として、煙草はやめなきゃな、、とは思ってるんだけどね。どうしても手放せなくて」

「いつから吸ってるんですか」

「うーん、ここだけの話、中学の時は少し調子に乗って悪さしたりしててね。思春期の男子にとって、煙草は憧れだったんだ。それで、ちょっとね」

 やっぱり昔ちょっとヤンチャしてた。そう思いながらも、可愛いな、と思う自分がいた。彼から漂う幼さから考えても、セブンスターの煙草が無理して大人びようとしている感じがして、少しだけ愛しさを感じた。自分でもよく分かっていなかったが、この辺りから、全て始まっていたように思う。

「それに、もう子供も生まれちゃってね。そろそろ禁煙外来に行こうかな、と思ってる。子供の手本になれるようなオッサンになりたいからね」

「え、お子さんいるんですか。ということは、奥さんも? そんなに若いのに?」

 彼は勢いよく煙を吐き出し、むせた。

「若いだなんてそんな、もう来年には三十路だよ。何の特徴もないただのオッサンだよ、オッサン」

 照れ臭そうにしている彼は、それでもやはり少し嬉しそうだった。

 私は少し残念だな、と思っただけだった。私は既に彼に惹かれていることに気づいていた。あわよくば彼と親しくなりたい、と思っていた。そこで終わらせることができればよかったのだ。

 その後は何気ない会話を続けた。彼の奥さんは、彼と同じく中学教諭だそうだ。大学の頃に出会い、付き合った。同じく中学校の先生を目指していて、意気投合したらしい。その後、別の中学に配属されたものの親交は続き、職場に慣れたころでそろそろかな、といった感じで結婚を決めたそうだ。子供が生まれたのはかなり最近のことで、そろそろ三か月になるそうだ。奥さんの方が育休を取ってはいるが、家に帰れば重里も育児を手伝っている、と言う話だった。とにかく子供が可愛くて仕方ないらしい。どれだけ仕事で疲れていても、子供の顔を見ればすぐに元気になってしまうそうだ。

 何という理想の家庭なんだろうか。少し嫉妬してしまうほどに。いや、きっと普通の家庭というのはこのようなものなのだ。私の家庭は間違っていて、きっとこんな普通の、それでいて最高の幸せというモノは、そこら中に転がっているんだ。私の家庭は、例外だった。

 重里の話に聞き入っているうちに、年配の男性が会の終わりを知らせてきた。時計を見れば既に九時を回っていた。私がここに来たのは六時頃だったから、かなりの時間が経過している。代金は全て重里たちが払ってくれた。こんなオッサンたちに付き合ってくれたし、感謝の気持ちだと思って、といわれたので、ありがたくお言葉に甘えることにした。

「先輩、ちょっといいですか」

 居酒屋から外に出ると、すぐに重里に声を掛けた。先輩、という単語を使ったのは意図的だ。

「ん、どうしたんだい」

「実は私も教師を目指しているんです。なので、今後も先輩から御話を聞いておきたいな、と思いまして」

「まあ、僕でよければ何でも話すけど、大した話はできないよ。今年からようやく担任を任されることになったくらいだからね」

「でも、先輩から子供に対する愛は伝わってきました。そんな先輩からお話を聞きたいんです。人生の先輩としても」

「そうかい。それなら良いよ。可愛い後輩の為に、一肌脱ごうじゃないの」

 そこでメールアドレスを交換して、その場ではお開きとなった。

 ただ、私はまた彼に会うことを決めていた。それも、近いうちに。

 帰り道に友人たちと、彼らについていろんな話をしたが、重里の連絡先を入手したことは伝えなかった。きっと私は、これから非道徳的な、あまり人に知られたくはないことになると分かっていたからだ。それからいつも通り電車に乗り、家に帰った。その日のうちに彼にメールを送った。日をまたいでも返信が来なかったので、寝ることにした。翌朝に返信が届いていたので、それに対しても返信した。以来、メールを続けている。内容は勿論、教師になって大変だったことや、感動したことなど、ありきたりなことばかりだ。

 そんなやり取りを何回か繰り返した後。二人で会う約束を取り付けることが出来た。今から二か月ほど前の事だった。


 そんな回想をしているうちに、家の最寄り駅についていた。

 大学生になったのを機に一人暮らしを始めようかとも考えていたが、親の反対により断念せざるを得なかった。

 とはいえ実家は今通っている大学からさほど遠くなく、電車を乗り継いでおよそ三十分ほどで到着する。

 私が乗る駅は市内では割と発展している方で、駅を出るとすぐに商店街が目に入る。最近の地方にしては珍しく、商店街は活気があり、昼時には買い物客で溢れかえるほどだ。商店街内の店舗のほとんどが昔からある店舗なのだが、今ではほとんどが代替わりをしており、内外装はリフォームがなされて小ぎれいにされていて見た目も悪くない。五年前ほどに大型ショッピングモールができる計画も浮上したとのことだったが、商店街の発展ぶりに、恐れをなして逃げ出した、との噂もある。とは言え、組合の人間が好き勝手言っているのを聞いただけなので、信憑性は薄い。

 だが、残念なことに、私の家は駅を挟んで商店街とは反対側にある。駅の改札口が東側にしかないため、活気ある商店街の空気とは違い、駅から西側は閑静な住宅街となっている。西側に行くためには、駅に設けられた歩道橋を渡らなくてはならないことが大きな要因だろう。とは言え、十分に便利な環境なので、転出人口に比べて、転入人口は増え続けている。

 私は歩道橋を渡り、いつもとは違った道を通って家に帰ることにした。明確な理由があった訳ではなく、ただそうしたかったためにそうした。

 住宅街の横には大きな川が流れている。よく部活動にいそしむ中高生が堤防の上を走ったり、河川敷に設けられたグラウンドで小学生たちが野球やサッカーの練習をし、小さな公園ではお年寄りがゲートボールを楽しんでいる。ひと昔前に流行した、青春ドラマのエンィングに使われても良いような風景だ。そんな風景を横目に見ながら家へと帰るのは、ここに来てそろそろ十年になるというのに初めてだった。小学校の頃にここに引っ越してきて以来、公園や駄菓子屋などの中心部でよく遊んでいたからだ。とはいっても、ほとんど吉岡に連れまわされてばかりいただけだったのだが。


 私の家は母子家庭だ。母が父と離婚してから、この街に引っ越してきた。小学校の中途半端な時期に引っ越してきたため、周りからも好奇の目で見られていた。私も高学年に上がったばかりの出来事で心に余裕がなく、人目を避けるように過ごしていた。そんな中、声を掛けてくれたのが、吉岡だった。最初に掛けてくれた言葉は今でも覚えている。なぜなら、とにかく失礼だったからだ。

「柴田さん、お母さんがお父さんと離婚してこっちに来たって本当なの」

 当時の私は、ただひたすら唖然としてしまった。まさかこんなに直接的に言ってくるやつがいるとは。最近の若者は空気を読むことに重きを置いている、というあのニュースキャスターは嘘つきだったのか、とどうでも良いことを考えてしまうほどに驚いていた。

「うん、そうなんだけどさ、普通、そういうことって直接言ってくるもんなの。もっとこう、気を遣うとか、オブラートに包む、とかってできないの」

「よく分からないのだけれど、オブラートに包んで言うと何かいいことがあるの? 語尾を震わせることであなたの気持ちも和らぐの」

「本気で言ってるのか分からないけど、それは多分、ビブラートだよ」

 彼女は顔を赤らめた。本気で間違えていたのか。確かに小学生にとって、オブラートで包む、なんて言葉は聞きなれないかもしれないが、そんな勘違いをするとは。ただ、笑いを取りに来ていなかったことはむしろ幸いだった。あまりにも面白くない。

「そんなことはどうでもいいじゃない。私が言いたいのは、悪いのはあんたのお父さんとお母さんであって、別にあんた自身は悪くないんだから、そんなに申し訳なさそうに生きなくてもいいじゃない。堂々としてなさいよ」

 吉岡は顔を真っ赤にしたまま、口調まで変えてまくし立てた。私も驚いた。正確に言うと、こんなに人に感情をぶちまけたのは初めてだ、といわんばかりに驚いている彼女の表情に吃驚した。

「もういいよ、柴田さん、帰り道、私と一緒でしょ。あの、駄菓子屋の横通っていくでしょ。だから、一緒に帰りましょうよ」

 私としてはこの短時間に色々と言われてしまって、もはや頷く以外の選択肢は無かった。結果、吉岡は満足げに自分の席に帰っていった。

 その日は、なんだったんだ今のは、という気持ちから抜け出せずに一日が終わってしまったが、不思議といつもより気楽だった。きっと、あんな流れだったとはいえ、あなたは悪くない、と言われたのが救いになったのだろう。許された気がした、その時の私にとっては、それだけで十分だった。

 その日の放課後から、私は吉岡と一緒に帰ることになった。それからというもの、クラスにも馴染めるようになってきた。彼女が私をあっちこっち引っ張りまわしてくれたおかげだろう。とにかく、私は彼女のおかげで今までうまくやってこれた。だからこそ、彼女の考えはよく分かるし、無碍にはできないのだ。

 

 気づくと、住宅街の中心部に設けられた大きな公園に来ていた。小学校の二年間ほどは、友達とこの公園でよく遊んだ。もちろん、ずっと吉岡と一緒に遊んでいた。缶蹴りをしたり鬼ごっこをしたり砂場で遊んだり。今日も近所の子供たちが必死になって砂をかき集め、壮大な何かを生み出そうと、粉骨砕身している。天気予報では、今日の深夜から雨が降りしきるとの話だ。それを知らずに彼らは必死になっている。滑稽だ、とは思えなかった。立場は私も同じだからだ。

 私の行いは、世間的に許されるものではない。きっと、いつかは見つかってしまう。それでも、今は私が彼の事を最も愛している。この現実が砂城であることは重々分かっている。人目を忍んで会い、話し、そして誰にも分からないように帰っていく。この積み重ねで今までやってきた。私と彼との間には、既に雄大で強固な城が出来上がっているはずだ。しかし、砂は砂。壊れることは運命なのだ。とあるアーティストが作った砂城が波と共に崩れるのを見て、消え行くのも一種の芸術と言っていた人がいたが、そうは思えない。できることならばずっと残し続けていたい。そして、いつかはコンクリートで固めたような、誰もが認める堅牢な城を作りたいのだ。

 そんなことをぼんやり思いながら彼らを見つめていたら、電話がかかってきた。噂をすればなんとやら、と言うべきか、相手は重里だった。

「もしもし、しいちゃん? 急なんだけど、明日会えるかな。時間できそうでさ。ここ二週間くらいあってなかったし、久々にご飯でも行かない?」

「うん、いいよ。私も丁度話したいな、って思ってたんだ」

「それは良かった。じゃあ、いつも通り、八時頃にあの店で会おう。それじゃ、またね」

 そこで会話は終わった。電話は誰に聞かれているか分からないので、極力最低限の情報だけをやり取りして終わることにしている。味気ないとも思うが、次会うときの楽しみとして、これで良いかな、とも思う。私の頭は都合よくできているのだ。

 その日は電話が終わった後は、まっすぐ家に帰った。道中の公園では砂場からひたすら砂鉄を集める集団に遭遇した。なるほど、砂場からも鉄は採れるのか、と感心した。意外と堅牢な砂城を作るのも、夢ではないかもしれないな。


 翌日は昼から講義だった。午前中はゆっくり寝ることが出来たことは、この上ない幸せだったように思う。おおよそ大学生にとって、睡眠に費やす時間ほど贅沢なものは無いはずだ。寝ていることがお金になるような仕事ないかな、とはいつも思っているが、毎度それは治験かな、という結論に至るのでどうでもいいか、と思う。正直治験の経験がないし、話すら聞いたことはないから多分そんな楽なわけではないと思うけど。

 いつもは昼食を吉岡、富田と共にするのだが、今日は昼からだったので特に何も無かった。同じ講義には出ているので会うには会ったが、昨日のようにドロドロした話はしなかった。流石に講義の前後にさらっと話せる内容ではないことを分かっているのだろう。個人的にはとても助かった。きっと吉岡は、もっと色々と話したかったのだろう。しかし付き合いは長いからか、ちゃんとこちらの事も考えてくれている。普段は人当りが厳しいけど、きっと優しい子なのだろう、とは出会ってすぐの頃から思っていた。

 その日は講義も終わって、約束の時間までに暇だったので、約束の店の近所を散歩することにした。その店は私が住んでいる県の中心市街地にあり、十八時から営業を開始する。その店から百メートルもいかないところに歓楽街があるため、夜は恐くて近寄れない場所だ。夕方のこの時間帯になると、通りには背広を着た男や、胸のふくらみを強調した服を着た女がちらほら出てきている。一度勧誘に捕まってからというもの、恐怖は増す一方だったので、さらに近寄りがたくなった。

 なので、大通りを挟んで反対側の方向に出向くことにした。そちらも飲み屋は多いが、危険は感じないため、安心して歩ける。まっすぐ行けば大きな公園もあるため、そこを目指して歩くことにした。その間、私は彼と二度目に会った時のことを思い出していた。


 二度目に会ったのは、居酒屋の一件から二か月後の事だった。

 先輩のお話を聞くことで、今後の大学生活や会社選びを有意義なものにする、と言う名目だった。もちろん、名目と目的は基本的に違うモノだが。

 その日に行ったのが、重里と約束したあの店だ。店内はこぢんまりとしていて、カウンター席が六席ほどと、二人掛けと四人掛けのテーブル席が、それぞれ二つほど設けられている。私たちは入り口から見て一番遠くにある二人掛けの席に座った。店内はほんのり薄暗く、内装も木目調で統一されていて、お洒落な空気があった。その日も夜の八時頃だった。次の日が休みだということで、来てもらった。中学教諭に休みがあるのか、と驚きもしたが、休みが無くては辛いばかりだろうな、とも思った。

「今日は私の為に来てくれてありがとうございます」

「いやいや、良いんだよ。可愛い後輩の為なら地の果てまでも駆けつける所存だよ」

 その日も彼はよれよれの背広を着ていた。以前会ったときよりも老けて見えるのは、背広のせいもあるだろう。加えて、今日は素面の状態で彼を見ているからでもあるだろう。いずれにせよ、以前とは違った視点で彼を見ていることは確かだ。そして、それを魅力にも感じている。これが、あばたもえくぼ、とか、惚れた弱み、というやつだろうか。

「それで、どんな話が聞きたいの? 仕事の話なら、聞いてもあまり楽しくはならないかもしれないよ」

 苦笑しながら彼はそう言った。その表情すら魅力的に感じた。

「いや、今日は単純に重富さんがどんな方なのか知りたかっただけなんです。私ちょっと頭がおかしくて、その人がどんな生き方をしてるのか、とか、どんな哲学や美学を持って生きているのか、と言った部分ばかりが気になってしまうんです。それで、折角会えた先輩ですし、是非お話しを、と思いまして」

と言ってる途中でこれはまずいな、と思った。文面はどうみても告白の言葉じゃないか。赤面しながら俯いた。もう少し恋愛の経験をしておくべきだった。そうすれば、こんなことにはならなかっただろうに。

「そうか、面白いね。周りにはそんな子があまりいないから、僕も楽しいよ。それじゃ、少し話させてもらおうかな」

 重里はあまり気にしてはいないようだった。それもそうだろう。妻も子供もいる身として、私のような大学生風情に心を動かされるほど軟弱ではないはずだ。

「さっき哲学、って言ったから聞きたいんだけど、君は神はいると思うかい」

「私はいると思います。厳密に言えば、神と言うよりは、この宇宙や銀河系や、地球などの惑星、私たちのような人間や生物を創り出した何かは存在していると思っています」

「そうか、僕も神は、というか、創造主はいると思っている。キリスト教的考え方だと思われるかもしれないけれど、古事記にも同じような記述があるのは知ってるよね。国生みの話だね、イザナギノミコトとイザナミノミコトが天の沼矛を使って国を創り出した話。そんな風に、宗教の話には類似点が多いように感じてる。そう考えると、すべての宗教はある創造主の行いを様々な角度から見たものではないか、と考えることもできると思ったんだ。趣味の範囲で好き勝手考えてるだけだから、大したことは言えないんだけどね」

「でも、私もそのお気持ちわかりますよ。その理論が成り立つならば、基本的に宗教戦争とかは起こる必要もないですから。もちろん、そんな理屈で戦争がなくなるとは思えませんが、少なくとも、自分の中で一つの答えが出せている分、楽ですよね」

「そうなんだよね。結局自己満足でしかないのは分かってるし、僕よりもっと詳しい人なんかはその程度で満足するなどありえない、と言うかもしれないけれど、僕はそれでいいんだ。それが楽しいんだし。というか、神話は結構楽しい。えげつない話も多いし、割と性的な方向に進むことが多いけど、昔の人にとって性的な行為が何らかの神秘性を伴っていたことは明白だしね。だからこそ過剰に淫らなものを忌み嫌うのだろうし、その気持ちは僕にも分かる。でも神様でさえ性欲に左右されちゃうこともあるんだ、って考えたら、僕たち人類が性欲に屈することがあっても仕方ないのかな、って思ったりするよね」

 重里はしまった、という表情を全面に押し出してきた。

「今の言葉は女の子に聞かせるべきではなかったよね…。ご、ごめんね、変な話しちゃって。お酒が回ってるのかもしれない。弱いとこんな感じですぐにボロが出るから嫌なんだよな」

「いいと思いますよ、強いからこそ加減わかんなくなっちゃって大変なことになる人もいるくらいですし。弱い方が安心です。それに、性欲は人間に普遍的に存在する生理的欲求ですし、そんなに問題ないと思いますよ。普通の子に話したら嫌われるかもしれませんが、私は色々と普通じゃないので、安心してください」

「そっか、それならいいんだ。いや、良くないとは思うけど、もうお酒も入ったことだしいいや、うん」

 それからは随分と色々なことを話した。とは言え、主に愚痴だったのだが。仕事での愚痴、家庭での愚痴、生徒たちとの関係についての愚痴。大変そうだな、この人は幸せになってほしいな、と思った。同時に、私なら幸せにできるのにな、とも思った。

 随分と長く話し込んだせいか、既に終電はなくなっていた。彼はひどく慌てていた。女子大学生をこんな時間まで飲みに付き合わせたことに教師としての責任を感じているようだった。ただ、幾分酔いが回っていたようで、私は家に帰れないことよりも、目のすわった彼がこの後どのような行動を取るかに不安を感じた。そのため、タクシーを使って帰らせようとする彼をおさえ、少なくとも始発が動き出すまでは彼に付き添うことを提案した。彼は大いに反対したが、反対の意を表するために立ち上がろうとした右膝が思うように動かないことを確認すると、しぶしぶ私の意見に従うことにした。

 ここから先の話は生々しくなるので詳細は省くことにする。概要だけ説明するならば、安いから、と言う理由で私が申し出て二人でラブホテルに入り、二人とも酔っていたので過ちを犯した、と言うだけの話だ。私が彼に対して色情を感じていたかどうかはよく覚えていない。それはつまり、覚えていない程度の性欲しかなかった、ともいえるかもしれない。私の頭を捉えたのは、その行為が必要なのだ、との考えのみだ。欲望は普遍的に存在する根本的な欲求だ。中でも性欲は一際強いものだろう。それは歴史が物語っている。私はそれを感じるか否かよりも、その行為によって、つまりは性欲によって、彼と私の繋がりを強固なものにしたかったのだろう。単純に私に存在している狡猾さが、彼との肉体的関係を持つことを、彼を拘束できる手段の一つとして有用であると判断したのかもしれない。いずれにせよ、私は彼と関係を持った。既にその事象は起こったものであり、そこに至るまでの心情や理論は何の意味も持たない。これを以て、正式に彼と私は不倫関係になった、というその事実が重大な意味を持つのだ。

 もちろん、起床時には二人とも愕然とした。互いに一言も交わさず、扉を開けて私は左に、彼は右に進んだ。彼はバスで、私は電車で帰った。目すら一度も合わせなかった。

 それでも私たちは互いの事を愛していた。だからこそ、その後も何度か会うことにした。


 そんなことを考えながら散歩を続けたり、大きな公園でぼんやりしていると、既に約束の時間に近づいていた。私は公園を通っていった幸せそうな家族を横目に見ながら、店に向かった。ああなれたらいいな、いや、ああなるべきなんだ、と思いながら。

 店は大通りに面しているものの、周りには巨大なビルが多数そびえたっているため、隠れ家のような雰囲気をかもしだしている。壁はレンガ調で、至る所に蔦が貼り付けられており、一見すると老朽化を疑ってしまう。だが、それも店長のこだわりらしく、一度外装について聞いてみたところ、「こっちの方が、隠れ家感が増すから良いかなと思って」と言っていた。

 内装は、外装からは想像できないほどに整っていた。扉を開けてすぐの場所にはちょっとして棚の上にランプが置いてある。店内は薄暗く、天井のランプもほの暗く光っているのみで、互いの顔もよく見えない。他にもアンティークが多く置かれていて、店内にある唯一の固定電話は黒電話だ。入って右側にはカウンター席があり、少し脚の長い椅子が全部で十脚ほど置かれている。カウンターの棚には約百種類ほどの酒瓶が積まれており、一種の威厳を感じる。酒瓶に紛れて、左端に何らかの優勝トロフィーが置かれている。あまりにも器用に紛れているので、気づいたのは割と最近だ。

 右側はテーブル席になっており、窓際にはマリリン・モンローやマイケル・ジャクソンなど、大スターのモノクロ写真が整然と飾られている。テーブル席の椅子もテーブルももちろんアンティーク調で、椅子のクッション部分以外は全て木製である。テーブル席は、四人席が三席、二人席が四席ある。

 いつも入り口から見て一番奥の二人席を予約している。そこには小さな観葉植物が置かれており、壁には田園の描かれた風景画が掛かっており、他の席よりも少し落ち着いている、と思っている。

 店長とは仲が良く、私が入って来たのを認めると、直ぐに近づいてきた。

「やあ、しいちゃん。久しぶりだね、元気だった? 重さんもう来てるよ。いつもの席ね」

 店長が私と彼との関係に気づいているかは分からない。気づいているかもしれないし、いないかもしれない。よく分からない人なのだ。私はそのよく分からない部分が好きだった。だからこそこの店では変に気を遣わなくて済む。分からない人が相手なら、変に隠したりする方がおかしくなる。

 重里は座って、既に一杯飲んでいた。背広は脱ぎ、白いシャツに紺のネクタイと、普通の仕事終わりの社会人、といった風貌をしている。灰皿を見ると吸殻は二本入っており、彼は今三本目に火を点けているところで、私に気づいた。

「ちょっと早めに仕事が終わったからね、先に始めてた」

「別にいいよ、私はそんなに飲まないし」

 目も合わさずに彼の正面に座った。直感だが、彼の様子はいつもと違った。いつもみたいなぼんやりとした表情も、少しよれただらしない服装も同じだったが、ただ何となくそう感じたのだ。

「今日は仕事どうだったの。最近は色々と立て込んでて会えない、ってつい最近言ってたと思うんだけど」

「その立て込んでたのが今日やっと片付いてね。本当は昨日終える予定だったんだけど、長引いて。念のため、会うのを今日にしといて良かったよ」

「そう。それは良かった。会うのを拒まれてると思ってたから」

「そんなことないよ。君と話すのは楽しいし、かなり大きなリスクを抱えながらこんなことしてるんだし。不安になることなんかないよ」

 最後の部分だけ、彼が私から目をそらしたのを見逃さなかった。

「それで、今日は何か話したいことがあんじゃないの」

「よく分かったね。何か変わったことしたっけ」

「強いて言うなら、いつもより電話の時の語尾が上ずってたかな」

「はは、そうかい、まいったな。全部お見通しなのかな」

 もちろんハッタリだったが、彼には十分な効き目があったようだ。煙草の火を消し、残っていたお酒を一気に飲み干した。店員を呼び、彼はウィスキーのロックを、私はジントニックを頼んだ。セブンスターの少し甘ったるいような匂いが漂っている。

「もう、会うのをやめにしたいんだ」

 ある程度予測はついていた。嫌な予感は当たった。だから、と言うべきか、しかし、と言うべきか、私はかなり動揺していた。表面を取り繕うのは得意だったので、はた目から見る分には何も変化はないだろう。小さい頃からそうだった。

「やっぱり、そうだよね。立場上、問題があるよね」

 キャスターに火を点けた。頼んでいたお酒が来たので、一気に三分の一程の量を飲み切った。

「それもあるけど、これ以上続けると僕が君を嫌いになると思うんだ。色んなしがらみに絡めとられて、僕は君を一人の女性として受け入れることが出来ない。君と言う個人は僕にとってとても魅力的で、素晴らしい人なんだけど、状況や環境がそれを許さない。僕も社会を構成する一つの歯車に過ぎないからだ。歯車は勝手に動くことは許されないんだ。そして、そんな状況に嫌気が指すということは、君を嫌いになるのと同じだ。個人が社会の構成要素であるというなら、社会は個人でもある。今の僕はこの状況に満足しているから、君への愛も素直に受け入れ、君と共にいることを望んでいる。しかし、今後君との関係を僕が気にして、誰にでも嘘を吐き続けたりすることで、状況が僕に君を嫌いにさせるならば、これは僕自身も望んでいないことだ。ならば、そうなる前に、僕が君の為に何かについて患う前に、別れをつげなくてはならない。これは無論僕の為であり、また君の為でもある。だから、これ以上会うのはやめよう」

 私はただ聞き続けていた。彼の話が終わるのを待ちながら、キャスターを燻らせ、漠然と、それでいて整然と話を聞いていた。内容は殆ど、どうでも良かった。彼の言いたいことはよく分かっていたいし、わざわざ聞くまでもないと判断した。代わりに、彼自身を見つめていた。目は常に右往左往し、先程まで煙草を携えていた右手は、行き場なくただただ机上に遊ばせていた。左手の親指が、薬指にはめている結婚指輪を外そうとしてはまた戻す、という作業を延々と繰り返していた。

「そうだね、私としても、嫌われて終わるくらいなら、この関係の時点であっさりを終わりたいものね。分かった。もうこの関係を終わりにしよう。だから、せめて今日は、先輩と後輩の関係で、ゆっくりと話をしよう」

 彼はただ頷いた。そしてウイスキーを一気に飲み干した。煙草に火を点け、煙を一つ吐くと、いつものような、何か考えていそうで何も考えていないような顔つきに戻った。

 それからは取り留めも無い話をした。単位の話や就職の話をした。特になにも新しいことや、深いことは話さなかった。最近の話もしたし、地元の話もした。バカみたいな話ばかりだった。これが最後だと分かっていたからこそ、中途半端にはしたくなかった為、上辺だけの話で終えた。

 丁度私がたのんだ、三杯目のお酒を飲み終えたところで、店を出ることにした。店を出て、それじゃ、とだけ言って反対方向に歩いて行った。


 時計はまだ九時になったばかりだった。帰るには早すぎる気がしたので、実家の最寄り駅で降りて、吉岡とよく遊んだ公園に向かった。時間が時間だったので、公園内には誰もいなかった。住宅街にある公園なので、情事に励む若い男女もいない。

 二人掛けの木製椅子に腰かけ、キャスターを取り出し、一服した。煙を吐き出すと同時に、涙が出てきた。独りにならないと、感情を出せないのは昔からだ。しかも、大抵の場合、精神よりも肉体が先に感情を表す。母が離婚したことが大きいのだろう。

 離婚するくらいだから、父と母は私が物心つくころから仲が悪かった。幼心に私は、それを自分のせいだと考えていた。理由なんか特にない。ただただ、そうなのだろうと思い込んでいたのだ。恐らく、自分のせいだとすることで救われていたのだろう。自分のせいだと考えれば、自分次第で状況を変えることが出来るかもしれない、という可能性を信じ込むことが出来る。だからこそ、私はハッタリが得意になった。何も欲しがらず、ただ父母の関係が良くなることだけを考えて動いていた。感情は現さなかった、というより、現せなかった。泣くのはいつも独りだった。

 彼との思い出はそんなに浮かんでこなかった。あるのは感情の揺らぎだけだ。哀しい気持ちと、楽しかった感情と、一方的に別れを告げられた怒りが、心臓部分の近くで揺らいでいた。言語化できない感情は、定型化することなく、ひたすら揺らぎ続けていた。

 それでも、涙は枯れなかった。この時初めて、彼の事がそれほど私にとって大切な存在だったことに気づけた。いつも、失ってから初めて気づいた、なんて文言を鼻で笑っていたが、それがそこまでの威力を持つとは思わなかった。ただひたすら泣き続けた。

 少し落ち着いたところで、時計を見てみた。まだ涙が出ていたので、時針はぼやけていたが、公園に来てから既に一時間半も過ぎていた。大学の講義もこれくらいさっさと終わればいいのに、と思った。

 立ち上がり、泣きながら帰った。小学校に入って吉岡から声を掛けられるまでは、人気のないタイミングを見計らって、泣きながら帰っていた。小学生かよ、と独り言ち、とぼとぼ歩いた。家に帰りつくころには涙は止んでいた。流石私の肉体、やるね。

 

 その後、一週間は何も手につかなかった。講義は脳を介することなく、鼓膜の振動という事象、といった形で受け取った。いつもの三人での話も聞き流した。コンビニのバイトも、ただ作業として処理した。それでも、私は出来る限り元気に見えるようにふるまった。そして、誰からも心配されることなく、ただ日を過ごした。

 丁度重里と別れてから一週間の後、何となく彼と通った店に足を運ぶことにした。店内に入ると、いつものように店長が話しかけてきた。

「あれ、しいちゃん、今日は一人?」

「うん。一度、一人でお酒飲んでみたくて。でも少し怖いから、このお店なら安心かな、と思って」

「そうかい、嬉しいこと言うね、全く。まあ、ゆっくりしていってよ。一杯サービスするよ」

「え、ってことは、もしかして全部タダ?」

「そんなわけないでしょうよ、一杯だよ、一杯。ワンカップオンリーだよ」

 店長は笑ってカウンター席に私を案内した。店内にお客さんはあまり多くなく、落ち着いた空気が流れていた。店内に流れるジャズも店の空気を良くしていた。

 カウンターには私の他に四人が座っていた。左端から三席は、三人組が埋めていた。仕事帰りに立ち寄ったようで、真ん中に女性、両脇に男性が、背広を着て座っていた。右端には背広を着て、ハットを被った男性が一人、静かにグラスを傾けていた。背広ではあるものの、仕事帰りと言った風には見えず、俗世離れした雰囲気を醸し出していた。私は、右端から三番目、つまり彼と一つ分だけ席を離して座った。

「はい、これがその一杯」

 店長は私の前にお酒を差し出してきた。

「え、まだ何も言ってないのに」

「しばらく来てるんだから、しいちゃんが何飲みたいかくらいは分かるよ。甘さは欲しい、でも甘すぎるのは苦手で、少しだけ柑橘類の香りも欲しい、って感じでしょ? どう、当たってる?」

「ええ、凄いですね。お客さんの好み、全部覚えてるんですか」

「それは無理だよ。でも、しいちゃんとか重さんみたいな常連さんだと、何となく分かるもんでね。とにかく、飲んでみてよ」

 私は頷いて、一口飲んでみた。先程店長が言った通りの味が、私好みになって口いっぱいに広がった。今までお酒に対してそこまで美味しい、と感じたことはなかったが、これはかなり美味しかった。

「どうやら、お口に合ったようだね。嬉しいよ。また何か飲みたくなったら言ってね。しいちゃんスペシャルを作るよ」

 店長は自分で言ってて恥ずかしくなったのか、そそくさとキッチンへ戻っていった。私は煙草を取り出した。セブンスターの十四ミリを買った。重里がよく吸っていたものだ。未練が自分を支配している自覚がある私は、こうすることでしか自分を保つことが出来なかった、

 セブンスターに火を点け、思い切り吸い込んでみた。キャスターに比べて随分胸が苦しくなってしまい、思い切りせき込んだ。冷静に考えれば当然だ。いつもはキャスターの五ミリを吸っていたのだ。きつくないわけがない。

「大丈夫かい、お嬢さん。煙草でそんなにむせるなんて、まるで無理やり大人の仲間入りをしようとしている中学生のようだ」

 声を掛けてきたのは、右端に座っていたハットの男だった。

「お気遣い、ありがとうございます。もう、大丈夫ですので」

「君の肉体は大丈夫かもしれん。が、精神の方は大丈夫ではなさそうだ」

 話し方が少し気障っぽい男だな、と思った。そのくせ、核心を突いてくる。厄介な人に会ってしまった。

「君はいつも男性と二人で飲んでいたと思うんだが、今日は一人か。そして、煙草もいつもと違うようだ。彼と何かあったようだね」

「なんでそんなに詳しいんですか。ストーカー、ですか。通報しますよ」

「そう判断を早まってはいけない。私はこの店の常連でね、いつもこの席で、一人飲んでいるんだよ。とは言え、一人で飲んでいてもすることが無いから、客の様子をみたりして、人間観察をしているのだよ」

 正直に言うと、人間観察か、だいぶ痛いお方と話しちゃってるのかもな、などと考えていた。

「まあ、君と彼との間に何かがあったのは分かる。そんな私事を追及するような無粋な真似はしないから安心したまえ。だが、一つだけ聞かせて欲しいんだが、君はこれからどうするつもりだい」

「どうするつもりって、どうもしませんよ」

「そうなのか。そろそろ感情にもある程度整理がついて、何かを決断するためにここを訪れたと思っていたが、勘違いのようだね」

 目の前の男が何を口走っているのか、正直分からなかった。何かを決断する? つまり、彼を忘れて新しい男を作るためにここに来た、とでも言いたいのだろうか。何と失礼な男なのだろうか。

「決して新しい恋慕を求めて店に来た、と思っているわけではない。君に彼を忘れることなど、ほぼ不可能だろう。私が言いたいのは、彼との関係を元に戻すために、何らかの策略を考え、行動に移すための覚悟をもってきたのではないか、と聞いているんだ」

 ますます妙な男だ、と思えてきた。関係を元に戻すための策略だって? 何も考えてはいない。ただ、彼のことを思い出そうとしても、記憶より感情が優先するために、うまく記憶を掘り起こせなくて苦労しているだけだ。

「何も考えていません。策略だなんて。そんなこと一々、あなたのような見知らぬ人に聞かれても、答えるはずもないでしょう」

「それもそうだ。ならば、今、ここで考えてみると良い。君は彼とまたこの店で酒を飲みたいか」

 素直に返事をするならば、この答えは決まっていた。もちろん、また二人でこの店に来たい。そうしてまたホテルに行き、彼への呪縛をより強固なものにし、いつかは私ち二人で、誰にも見つからないような遠くの国へ行きたい。子供は二人で、質素でもいいから、幸せだな、と感じられる家庭を築きたい。そして、彼と同じ病院で同じ時間にこの世を去り、同じ墓石の下に埋められる。それが私にとって最良で最善の人生だ。そんな思いが、今の問い一つですらすらと心臓から流れ出し、血管を通って全身に行き渡った。肉体が、精神の作用に支配された。同時に、一つの暗い考えが浮かんだ。

「どうだい、何か思うところはあったかい」

 背広のポケットからピースを取り出し、火を点け、煙を燻らせながら問いかけてきた。私は一瞬とは言え脳を支配した暗い考えをおくびにも出さないように、と気を付けながら、慎重に言葉を選んだ。

「いえ、何も。もう、終わったこと、ですから」

「そうかい、それならいいんだ。私の見当違いだったようだ、忘れてくれ」

 男は煙を吐き出し、そう言ってグラスをあけ、次の酒をたのんだ。しばらくの間、無言だったが、グラスが届くと同時にまた話し出した。

「これは、ある男の独り言だと思って聞いてほしいんだが、私はある小説の一節が大好きでね。人に会ってはこの言葉を伝えているんだ。『さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ』。良い言葉だと思わないか」

 私は確信した。この男は全て分かっている。私が暗黒の思想に、暗い精神に肉体を支配され、その他の社会的・法律的制約のすべてが意味を失い、ただ私の感情のみに訴えかけてきたことを、その何かを分かっている。不思議と恐怖は感じなかった。自身の内面を全て見透かされていることによって、恐怖よりも畏怖が勝り、そしてそれは純粋な尊敬の念に変化していった。そして、心が定まった。今や、私の精神は肉体を完全に侵食し、一つの個体としてある決断を下した。

 同時に、吉岡に言われたあの言葉も思い出していた。『やめといた方が良いよ、絶対。みんな不幸になるんだから』。その通りだ。あんな不純な関係、みんな不幸になるに決まっている。今までは、それは行為の結果に付随する副作用のようなものだった。ならばいっそ、それを目的としてしまえばいい。もちろん、それ自体に意味はない。ただ、私の認識が変わる。認識が変わるということは、世界が変わるということだ。私は、私の世界を変えなくてはならないのだ。

 私は一度深くお辞儀をし、支払いを済ませ、店を出た。やるべきことは決まっていた。計画も何もいらない。必要なのは、覚悟だけだ。店を出る直後に、彼は何か呟いていた。

「『初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった』、か。神に仕えたお偉いさんも、随分なことを言うものだ」


 その後、また一週間が過ぎた。その週も、講義もバイトも作業でしかなかった。

 ある日、講義が全て終了した後、私は急いで家に帰った。そして、準備をした。その日は、重里がいつもよりも家に帰るのが遅いと言っていた日だ。月末はたまった仕事を一掃しなくてはならないとかで、帰るのは深夜になる、といつも言っていた。それだけを頼りに、私は準備をし、重里とその家族が暮らす家へと向かった。家の場所はまだ関係があった頃に聞いていた。家の近くはできるだけ通らないでほしい、と言われたので、聞いていたのだ。

 家は大学からさほど遠くない場所にあった。とは言え、その付近には大学生が出向くような用事のある場所は無かったため、訪れたことはなかった。今日が初めてだ。しかし、行く場所は決まっていたうえ、近くに郵便局が置かれていることも手伝って、難なくたどり着くことが出来た。

 外観はごく普通の一軒家だ。新築で、白を基調とした簡素な家だった。二階建てで、屋根の部分にはソーラーパネルが設置されている。玄関には監視カメラが設置されており、インターホンもカメラ付きだ。車庫には車が一台止まっているだけだった。

 私がインターホンに近づくと、防犯用のライトが私を照らしだした。脱獄の様子を発見された囚人のように、一度立ち止まったが、直ぐに気を取り直した。私がこれから行う行為は、決して許されるものではないだろうが、もはや誰に見つかっても一緒だった。唯、私はある行為を行う。それだけだ。

 チャイムを押し、相手の反応を待った。拍子抜けしたチャイム音は、これから起こる凄惨さを紛らわせるために響き渡っているかのように思われた。

「はい、どちら様でしょうか」

「あ、あの、重里先生の家はこちらでよろしかったでしょうか」

「ええ、重里ですが、どちら様でしょうか」

「えっと、中学三年生の頃に先生に進路の相談にのっていただいた、柴田というものです。用事で近くを通ったので、ご挨拶を、と思いまして」

「そうでしたか。ですが、あいにく主人は留守でして。伝言などあれば伝えておきましょうか」

「できれば直接、顔を見てお話をしたいので、よろしければ少し待たせていただきたいのですが」

 少しばかり沈黙があった。強引だっただろうか。いくら世話になったとはいえ、家で待たせろ、などと言ってしまえば、警戒されるのも無理はない。しかし、多少強引でも、こうするしかなかった。

「分かりました。主人もそんなに遅くはならないと思いますので、どうぞお入りください」

 門のロックが解除される音がした。そういえば重里の妻も教師だったか。同じ教師として、卒業生が会いに来るのは嬉しいことなのだろう。そのまま玄関まで進むと、ドアが開けられた。出てきたのは美しい人だった。一瞬見惚れてしまったほどだ。しかし、次第にそれは怒りのような感情へと変わっていった。この女のせいで、私は。

「何もないところですが、どうぞ」

 沓脱は綺麗にされていた。パンプスが一側と、スニーカーが二足おいてあるだけだ。一目で、重里とその妻のものであることが分かる。

 靴をそろえると、そのままリビングまで案内された。ドアを開けてリビングに入ると、すぐ右手にはキッチンがある。ドアからそのまま直進すると二人掛けのソファーが置かれており、テーブルをはさんで正面には液晶テレビが置かれている。その両脇には観葉植物が置かれていた。左手には襖があったが、閉められていたので何の部屋かは分からなかった。

 ソファーに座ると、重里の妻が麦茶を運んできた。テーブルの周りにはいくつかクッションが置かれていて、普段はここで食事をとるのだろう、と想像した。

「少し驚きました。見たところ、あなたは既に大学生ですよね。主人がクラスの担任を任されるようになったのは最近の事でしたから」

「私が先生の授業を受けていたのは五年前のことですから、無理もありません。私の学校の中でも一番若かったですし。ただ、とても熱心な方だったので、相談するなら重里先生かな、と思ったんです」

 出された麦茶を飲みながら、部屋に違和感を感じた。あまりにも整理され過ぎている。彼にとって、こんなに綺麗な部屋は性に合わないはずだ。

「そうでしたか。主人も帰ってきたら、喜ぶと思います」

「ところで、一つお聞きしたいのですが、先生、最近無理されてませんでしたか。以前登校中に先生を見かけたのですがとても疲れているようにみえたもので」

 唐突な質問に、重里の妻はぽかんとしていた。

「ええ、先程も申し上げましたが、最近担任を任されるようになりまして。気苦労が絶えない、とよく呟いていました」

「いえ、そうではなくて、最近家庭の方はどうですか。うまくいっていないのではないですか」

 重里の妻の眉間にしわが寄った。美しい顔を少しでも歪ませたことに、私は満足感を覚えていた。

「いえ、うまくいっていますよ。順調です」

「本当ですか。私の知る先生は頼りがいのある人ではありましたが、少しだらしないところもありましたよ。それなのに、この部屋の様子はあまりにも整理整頓が行き届いていて、少し息苦しい。きっと先生も同じことを思っているはずです」

「そんなことはありません。彼も人にものを教える立場として、規範を示さなくてはならない、と考えています」

 重里の妻の語調が強くなってきた。生徒に対する先生の面影は消え、不躾な訪問者に対する、不信感と怒りとをあらわにしている。

「そうでしょうか。職員室では先生の机はいつもゴチャゴチャしていましたよ。それは先生の性格のはず。なら、強制しようとしても、そう簡単に治るはずがありません。無理させていませんか、先生に」「仮にそうだったとしても、あなたには関係の無い話でしょう。いくら主人の教え子とはいえ、これはプライベートな問題ですから、他人のあなたにとやかく言われる筋合いはありません」

「関係あります。私は、彼の教え子ではありませし、他人ではありませんから」

 時間にして、恐らくは三秒程が過ぎ去った。しかし、私にとっては一分にも、三十分にも、一時間にも思えるような沈黙が、重里の家を支配した。

「教え子ではないというなら、あなたは彼の妹か何か、ですか。でも、彼には兄弟はいないはず。それに、わざわざ嘘を吐く必要もないでしょう。あなたは一体」

「彼と関係を持ちました。言葉を選ばないなら、彼と肉体関係を持ちました。彼とは既に、他人の域を超えた関係を持っています」

 目の前の女の表情が、醜く変化した。目は限界までこじ開けられ、鼻は膨らみ、上下の歯はお互いを砕こうとするかの如くギシギシと音を鳴らしている。唇は紫に変色し、それに反するように顔が紅潮している。高校の授業で使った歴史の資料集に載っていた、阿修羅像の顔にそっくりだ。

「それは、本当、ですか」

「ええ、本当です。ここで嘘を吐く意味もないでしょう。私は彼と居酒屋で会い、夜を共にした、一人の女です」

 女の顔は、私が言葉を発する度に赤から青へと変わっていった。

「今日は、帰ってください。あなたを主人に会わせるわけにはいきません。これは私と彼との問題です。主人と、ゆっくり話し合います。今日は、お引き取りを」

「いえ、帰りません。これは、私と彼と、あなたとの問題です。三人で話すべきです。彼が家庭に満足していたら、私と関係を持とうなどと考えもしなかったでしょう。そして、私も彼が自分の人生に万足しているように見えたならば、彼と関係を持とうとは思わなかったでしょう。だから、これは三人の問題なんです。私は待ちます。彼とあなたと顔をあわせるまで、私は」

「黙れ! さっさと帰れよ、この売女が! あの男もあの男よ! こんな軽薄で知性の欠片も感じさせないような女に誑かされやがって! 死ねばいいのよ、あんたも、あいつも! 死ねよ、死ねよ!」

 相手が怒りに狂えば狂うほど、私は冷静になっていった。同時に、一種の幸福感と確信を持った。彼にはこんな女は似合わない、やはり彼に相応しいのは私なのだ。こんな自分の感情もコントロールできないような、自分の事しか考えていないような人間ではないのだ。彼女の怒りは彼の為ではなく、自分の為だ。不倫をした彼によって、自分の夫さえ満足させられない人間であるとの証明が、それによって彼女に浴びせられる屈辱や侮蔑に耐えがたいのだ。

「殺す、殺してやる。私をこんな目に合わせたあんたを、その原因をつくったあの男も、みんな殺してやる」

 抑えた声でそうつぶやいた後、女は身を屈めて私の首めがけて飛びかかって来た。目は獲物に狙いを定めた蛇の様だった。

 だが、女の手が私の首に触れるかどうか、と言うところで女の体は動きをやめ、うつぶせに倒れた。赤黒い液体が流れている。私の右手には、隠していた包丁が握られていた。包丁からは地が滴り、私の足元には血だまりが出来ている。

 女をひっくり返し、顔を覗き込んだ。相変わらず美しい顔だ。この女の魂には不釣り合いな、あまりにも美しい顔だった。私は彼女の体に包丁を再度突き刺した。まずは左右太もも、次に脹脛、次に上腕、次に前腕、最後に胸。この時、既に私はなんの感情も持っていなかった。故に、女に掛けてやる声も無かった。最期の手向けなど、必要ないと感じていた。

 顔は一切傷つけなかった。この女は美しい。そして、真の美しさは、死の際によってあらわされる。この美しさを最高の状態で永遠なものとしたかった。永遠性は人間にはふさわしくない。それは、この女を、一人の人間としての価値を消滅させることと同じだった。

 フローリングが赤黒く染まっていた。靴下に液体がしみ込んでおり、不快だった。しかし、爽快さもあった。煙草に火を点けた。セブンスターの紫煙が私の眼前に広がった。一仕事終えたとび職人のように、煙を吐き出した。私は、ただ仕事を終えただけ、ということしか考えられず、何の感慨も無かった。

 しばらくすると、わずかに声が聞こえてきた。泣き声だ。何かの泣き声が、左手にある襖の奥から聞こえてくる。

 私は血だまりの音をびちゃびちゃと鳴らしながら、襖へと近づき、開いた。ベビーベッドがあった。そこには赤ん坊がいた。何かを感じ取ったのだろうか。生みの親が死んだことを、これ以上会うことは叶わないことを、魂が感じ取ったのだろうか。

 無力だ。この赤ん坊は、あまりにも無防備で、そして無力だ。世界を変えることを、まだ知らない。認識に従って行為を行い、行為によって現実的に体感可能な世界を変革さえることを知らない、無力で、弱い存在。私はこの子を今すぐにでも殺すことが出来る。生かすこともできる。この子にとって、今の私は神同然だ。生殺与奪の権利を握っているということは、神と同等の権利を有していると言っても過言ではない。

 しかし、次の瞬間、私には奇妙な考えが浮かんだ。この子は、私と彼との間に出来た子ではないのか。神の手違いで、私が産んだ子があの女の産んだ子だと認識されてしまったのではないか。途端に目の前で泣き叫ぶ赤ん坊が、とても愛しく思えてきた。彼女のその弱さを、無力さを、そして何者にも汚されていない無垢さを、私が守らねばならないと感じた。

 この子は、私の子だ。




 重里はいつものダイニングバーに来ていた。柴田と共に通った、あの店だ。しかし、今日はいつもと違い、カウンター席に座っていた。ある人を待ちながら、一人ギムレットを飲んでいた。カウンター席には重里の他に、ハットを被った男が座っているだけで、他には人がいなかった。客はテーブル席に二、三組がいる。

 しばらくすると、重里の女が一人、近寄って来た。そして、重里の隣に座った。吉岡だった。

「久しぶりだね、兄さん。まさかそっちから誘ってくるとは思わなかったよ」

「まあ、偶には兄らしいこともしておかなくてはね。色々と教えてくれたわけだし。ある意味、助かったからさ。そのお礼だよ」

「そっか、嬉しいよ。うまくいったのかな」

「多分ね。お前の見通しが正しければ、あいつは今日俺の家に来るよ、きっと」

 重里の隣の席を一つ空けて、若い男がカウンター席に座った。帽子を深くかぶっており、顔は見えなかった。

 吉岡はウィスキーを頼んだ。普段は口にしないような、強めの酒だった。

「それにしても、びっくりしたよ。まさか兄さんがしいちゃんと不倫してるなんて。こんな偶然もあるんだね」

「そうだな、俺もびっくりした。あいつの通ってる大学がお前と一緒だったから、前々からもしかしたら知り合いなんじゃないか、とは思ってたけどね」

「それで突然連絡を取って来たんだね。さすが兄さん。十年以上離れてたのに、私がどの大学に通ってたか覚えてくれてたんだね」

「まあ、中学の時に再会してからというもの、気になってはいたからな。単純に塾の先生と生徒、って関係としても、お前がどこに進学するのかくらいは知っておきたいからな」

 吉岡の頼んだウィスキーが運ばれてきた。吉岡はグラスに口を点けると顔を歪めたが、一気にグラスの半分ほどの量を飲んだ。

「二回目になっちゃうけどさ、凄い偶然もあるもんだよね。偶然再会した兄が、数年後には親友と不倫してるんだから。ドラマ化決定だよ、視聴率ガッポガッポだよ」

「そうだな。本当、ドラマみたいな展開だよな。そのうえ、その兄は妹に親友を売らせるようなことをしたんだからな。申し訳ないよ」

「そうだね、でも、私が適任だったよ。しいちゃんの事を一番分かってるのは私だし。常識的なことを言えば、しいちゃんが私に反発してくるだろうことも予想できたし、そうなったら彼女は道徳や倫理よりも、自分の感情を優先するからね。まあおかげで兄さんの二つの悩みが一気に解消されたんだもの。兄さんが幸せなら、私も幸せ、ってことで」

「そうか、良い妹を持ったよ。今度焼肉でもおごってやる」

「本当? やったね。さすが兄さん。社会人は懐の余裕が違うなあ」

 重里と吉岡はしばらく話し込んだ後、店を出た。ほぼ同じタイミングで、カウンター席の若い男も店を出た。

 二人は店を出て歓楽街の方に向かった。単純にそちらの方が家に近いから、と言った単純な理由だったが、進んでいくうちに、人気のない薄暗い裏道に出た。後ろには、先程の店からついてきていた、若い男の姿があった。

「おい、待て、そこの二人」

「何だ。俺たちに、何か用でもあるのか。あの店からずっと後をつけていただろう。お前は何者だ」

 二人はずっと不安を感じていた。まさか、二人で計画したことが全てばれてしまったか。警察が二人を捕まえに来たのではないか。

 だが、それは杞憂に終わった。若い男が帽子を取ると、そこには見慣れた、富永の顔があった。

「富永君? なんで、こんなとこに。それに、なにして」

「吉岡、その男誰だよ。お前には俺がいるだろ。それなのに、なんで他の男となんか」

「この人は私の実の兄だよ。小さいころに両親が離婚しちゃって離れ離れになってたけど、少し前に偶然再会したの。それにしても、俺がいるだろ、って何。何かまずいことでもした」

「だから、お前は俺と付き合ってるじゃないか。それなのにその男と一緒になって、こんな人気のないところまで来て。どういうつもりだよ。お前は柴田にあれだけ言っておきながら、結局は浮気してるじゃないか」

「何言ってるの。私はあんたと付き合ったことなんかないよ。告白はされたけど、ちゃんと断ったじゃない。これからは仲のいい友人の一人として、って言ったでしょ。それに、何度も言うけどこの人は私の兄さんなの。あんたにとやかく言われる覚えはないわよ」

 既に富永は何も聞いていなかった。顔は紅潮し、ただただ憎しみに溢れた目で、目の前の男女を、特に吉岡を見ていた。

「もしかして、いつも私をつけてたのはあんただったの。嘘よね、まさかいつも昼ごはんを一緒に食べてる相手がストーカーだなんて、そんなことありえないわよね。あんたがそんな最低な奴だなんて思ってもなかった。気持ち悪い。今すぐここから消えて。二度と私に近寄らないでよね」

「うるさい。お前は浮気をした。俺がいながら。お前は、俺を裏切ったんだ。許せない。死ねよ」

 富永は着ていたパーカーのポケットからサバイバルナイフを取り出し、腰のあたりに構えて吉岡に向かって走った。僅か十数メートルだったことと、あまりにも突然で不条理な暴力が自分に向けられていることの恐怖に、立ちすくんだ。

 吉岡はとっさに目をつぶった。そして、瞼を開いた。目の前には、黒い背広を着た背中があった。刃物を肉から引き抜くときの嫌な音とともに、目の前の背中は視界から消え、歪んだ笑みを浮かべた富永が立っていた。倒れたのが重里で、腹部のあたりから血が流れだし、血だまりを作っていると思った時には、腕にナイフは吉岡の腹部を貫き、背中からはナイフの先端が突き出していた。

 富永はナイフを引き抜いた。吉岡は倒れこんだ。重里の上に、重なるように。富永は笑い続けていた。何が楽しいのか分からないまま、涙を流しながら、ナイフを持ったまま。富永はナイフを自分に向けた。首元に突き刺した。ナイフを落とし、ゴボゴボと喉から呼吸と共に血が溢れ出し、膝から崩れ落ちた。そして、動かなくなった。

 重里は、血が絡まった喉を何とか開いた。

「それでも、お前がいてくれて良かったよ。さよなら」



市内に住む大学生が自首 血まみれ、腕には赤ちゃん

二〇××年×月×日 △△新聞 朝刊 一面

 ○○県警は×月×日、女性を殺害したとして、殺害の容疑で○○市に住む大学生の容疑者を逮捕した。

 ○○署によると、容疑者は×日午後一〇時ごろ、「女を殺してきた」と赤ちゃんを抱えたまま署に自首してきた。県警は供述通りに遺体を発見した。容疑者の衣服には至る所に血痕が残ったままだった。

 遺体には数多くの外傷があった。○○署は司法解剖して死因を調べるとともに、怨恨の線で調べを進めている。

 容疑者は動機について「仕方なかった。私が私であるためには、私が世界を変えなくてはならなかった」、抱えてきた赤ちゃんについては「この子は私の子であって私の子ではない。私はこの子にとっての神なんです。か弱いこの子を、この歪んだ世界から私が守ってあげなくてはならないんです」などと意味不明の供述をしており、県警は精神鑑定を行うとしている。



路上に三名の遺体、男女関係のもつれか

二〇××年×月×日 ▽▽新聞 朝刊 一面

 ×日午前四時ごろ、○○市の路上で男性二名、女性一名が倒れているのを通行人が発見した。 ○○署によると、現場には男性一名、女性一名が重なるように倒れており、数メートル離れたところに男性一名の遺体が倒れていた。

 ○○署によると、犯行に使われたのは近くに落ちていたサバイバルナイフと思われ、ナイフから検出された指紋はそばに倒れていた男性のものと一致したため、殺人事件として調べを進めている。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ