時空郵便局〜お姫様にお中元〜
「時空郵便局〜聖騎士とラブレター〜」の続編となっております。オムニバス形式ですので単体でも読めますが、よろしければ「〜聖騎士とラブレター〜」も読んでいただければと思います。
時空郵便局のサービスの一つであるお中元の通販を頼もうと、木原順子はカタログを見ていた。
順子は子供の頃から不思議な夢を見ていた。自分とは大違いのキラキラした黄金色の豊かな髪に、真っ白なシミ一つない肌、薔薇色の唇に、お姫様が着るような綺麗な服。そんな女の子に夢でおしゃべりするのだ。名前はヨハンナ=アザート。アザート皇国の第三皇女だという彼女は、体が弱く、あまり外には出られず、友だちもいないという。
順子は快活で明るいことだけが取り柄と兄たちに言われてしまうような女の子だった。すぐヨハンナと友だちになろうと決めた。今日あったことから、美味しいお菓子の話、好きなクラスメートの男の子の話、地球のおとぎ話や怪談話に至るまで、色々な話をしてヨハンナを笑わせたり怖がらせたりした。
ヨハンナは順子のお話が好きだった。外に出られず、人と接する機会もあまりない少女にとって、順子は唯一の友だちであり、世界を知る手段の一つだった。
ヨハンナの世界では「夢逢瀬」と言われる現象で、魂の波長が同じ者と、フとしたキッカケで夢が繋がり、夢で会えるようになる、というものだった。異性同士でこの現象を体験し、実際に会うことができたら結ばれるという言い伝えがあるくらいだ。二人の波長はピッタリ合って、親友と呼べるまでになった。
だがある日、酷い喧嘩をした。順子の不用意な言葉が始まりだった。
「ヨーちゃんって、皇女さま?なんだよね。学校とか行かなくていいんだっけ。」
「そうね、家庭教師がいるから。」
「いいなー、あたし今大学受験の真っ最中でさ、本当は寝てる暇もないくらいなんだよね。
あたしも皇室の人だったらこんな辛い目見なかったかも〜羨ましい〜」
高校三年生の秋、順子は模試で志望校がD判定と出て、大分へこんでいた。ヨハンナに愚痴を零そうとした。
ヨハンナは政略結婚で23歳も離れた友好国の公爵に嫁ぐことに決まってしまい、落ち込んでいたところだった。
領地は繁栄していて領主としての手腕は素晴らしいものであるらしいし、父や母にも気に入られている。悪い人ではない、順子風に言うと優良物件なのだと理解はしているのだが、順子の言っていた恋愛結婚に憧れていたヨハンナには辛いものがあった。
順子の羨む生活なんて、蓋を開ければこんなものだ。自分で人生を選べるだけまだいいじゃないか。
親考えた人生だろうが、楽して暮らせるならいいじゃないか。こっちは不況で受験失敗したらお先真っ暗だっていうのに。
怒って言い合いをしていると、突然夢から目が覚めた。バクバクと心臓が脈打ち、じっとりと汗をかいていて、悪夢からの目覚めのようだった。
それから順子はヨハンナのことを頭の隅に追いやり、勉強した。
第一志望の学科には入れなかったが、第二志望の同じ大学の別の学科に受かった。大学を卒業してからは、東京のイベント企画会社に就職。新人時代は失敗ばかりしていたが、持ち前の明るさで乗り越えて、今では大事なプロジェクトを任されるまで出世した。
いつもヨハンナのことは頭の中にあったが、喧嘩してからは一度も会えていない。同級生が結婚したという報告を貰えば、ヨハンナは結婚相手とうまくいっているだろうかと心配し、友だちが体調を崩したと聞いてお見舞いに行けば、ヨハンナもよくこんな青白い顔をしていたなと思い出す。
しかし今では謝ることもできないし、一緒に笑うことも泣くこともできない。
ヨハンナのことはずっと順子の心の中で引っかかっていた。
そんなある日のこと、不思議な男に順子は出会った。
茶色っぽい金髪に、鳶色の瞳。彫りの深い顔立ちで、背は高く足は長いモデル体型。頭は小さくて、均一に綺麗についた筋肉。
ハリウッド俳優がお忍びで日本にやってきたと聞いたら納得するような魅力的な男性が、なぜか順子の椅子に腰掛けて、順子があとで読もうとしていた雑誌を読んでいた。
「だ、誰ですか貴方は…」
「Oh、これはシツレイ!ジュンコ=キハラさまで合ってマスカ?」
片言の日本語でにこやかに男は話しかけてきた。
「ワタシ【時空郵便局】の受付、カンザスデス。あなたヨハンナ=アザートさまに会いたくて会いたくてバイブレーションでOKデスカ?」
「外国人が西野カナ風味…じゃなくて!
なんでヨハンナのことを知ってるんですか!?」
「シュヒギムデース!モクヒシマース!
そんなことより、仲直りしたい思てマス?
今ならベストフレンド仲直りキャンペィンでお中元送るのチョト安いデス。」
男はカタログを取り出した。表紙には美味しそうな青果や海の幸、高級そうな酒瓶、有名なお取り寄せスイーツ等様々なものの写真が載っている。順子も郵便局でよく見るカタログだ。
聞けば、【時空郵便局】とは時空を超えて相手に物を届けるのを生業にしているのだという。
なんとも信じがたいが、自分もまた、夢の中とは言え異世界の住人と友人になった人間だ。すんなりと理解できずとも、最終的には異世界へ自由に行き来する人間も居てもおかしくないと判断した。
男からカタログを受け取り、表紙を開き、ページをめくる。
ヨハンナ、何が好きだったか。家族で食べられるものの方がやはり喜ぶだろうか。子どもは何人かいるのか。
ペラペラとページをめくって、スイーツのページに行き着いた。そしてその中でもこれは、というものを見つけた。
竹入りの水羊羹…
順子はこの選択はババくさいかと一瞬迷った。しかし、当時ヨハンナが和菓子に興味を持っていたことを思い出す。
順子は顔をあげて男を見た。
「決まったみたいデスね?」
ヨハンナが喜んでくれるかどうかはわからない。しかし今は【時空郵便局】くらいしか、二人の関係を修復し得るものが思いつかない。
「ではコチラの商品で。」
「はいお願いします。」
一週間後、順子は旧友との再開を果たした。
美味しかったという一言で、二人の仲は再スタートした。
続編いえーい