100年目のプロポーズ
彼女と出会ったのは、まだ彼女が幼く私も生まれて10年も経たないくらいだった。
とは言え、オークの私は成人してだいぶ経つし、エルフの彼女はそれでも50歳だったらしいが。
ただ、出会いは最悪だったと言っていいだろう。
何せ彼女は父親は殺され、母親は目の前で犯された後だったのだから。
しかも、彼女が犯される直前に助けに入ったという、それはそれは酷いものだった。もっと酷いものが世の中にはあるとは言え、ちっとも慰めになるものではない。
「いや、触れないで!」
ボロボロの服で必死に体を隠し、大事な場所こそ汚されていないだけで体や心もボロボロだった彼女が必死にそう叫べば。何故彼女をもっと早く助けてあげれなかったのか自分を責めた。
同族の中で異端な程強かった私だが、同時に心根も違いすぎたため半ばはぐれとして扱われていた為これ以上早く助ける事は不可能だったのだが、どうしてもそう思ってしまう。
無論、彼女を助けた代わりについに巣から追い出された訳だが。
それはこちらとしても必要以上に他の生命を嬲る仲間に辟易していたので丁度良かった。
「私の仲間がすまない……どうか、償いをさせて欲しい。
いずれ復讐してくれても構わないから、どうか生きてくれ」
そんな自分勝手な願いを私は彼女にしたのだったか。
ただただ彼女に生きて欲しくて必死にお願いした事を今でも覚えている。
それから最初に食事を取ってくれたのは1週間は掛かっただろうか。
私がとってくる獲物はエルフの彼女が食べれるような物がなかったのもあるが、仮に食べれる物があったとしても口に入れたかははなただ疑問だ。
弱っていく彼女に、両親が今の君を見ても喜ばないよと叱咤し、幸せになる事を願っているじゃないかなと励まし、ようやく肉や魚等は口にしないと聞き出したくらいだから。
弱り動けなくなった彼女を背に、どれなら食べられるか聞いて移動し、何とか口にしてくれた時どれほど嬉しかった事か。
結局1人で歩けるようになるまで1月掛かり、まともに動けるようになるまで半年もかかってしまった。
この森では私は強者だったのは不幸中の幸いであったと言える。
その後もずっと行動を共にしていたのだが、彼女が私と口を聞いてくれる事は極端に少なかった。
笑みどころか感情の変化を見せてくれる事も極端に少なく、必死に彼女の反応を引き出そうと色々と行動していた事を思い出しす。
「ねぇ、その……いつもいつもありがとう」
出会って丁度10年くらいか、珍しく照れを見せながらそう口にしてもらえた時、不覚にも涙を零してしまったのも仕方ないと思いたい。
嬉しさが過ぎると涙を零すものだと知ったのもこの時だ。
この日を境に必ず空いていた距離を詰め、寄り添うようになってくれたのも物凄く嬉しかった事を覚えている。
まだまだ幼い見た目だったのだが、おおよそ10で割った年齢の人間の子供と同じだと聞いたから、まだまだ6歳の子だったと思えばそれも納得だ。無論精神構造は根本で違うから=では結べない訳だが。
ただ、彼女がそんな外見だった故に色々問題が起きたのも今では微笑ましい。
年上なのに明らかに年下扱いを受けプリプリと怒っていたり。得したと単純に喜んで見せたり。
無論過去の経緯の所為で周りから見れば無表情と取られる事も多かったのだけど、私から見れば彼女はとても感情豊かな女性だったと言えよう。
私の見た目が問題になる事も多々あった。
オーク自体が凄まじく嫌われている種族と言うのも手伝い、見目麗しい彼女を無理矢理連れ回していると誤解される事もしばしば。
無論、それ以前に襲いに来たと勘違いされる方が段違いに多かったのだが。
が、彼女は一様に怒りを見せていたのだったっけ。私は気にしていないと言うのに二度と口を聞かなかったりと徹底していたように思う。
そう言えば、出会って50年経った時、彼女と同じエルフ種の女性に保護を申し出られた時。私の大切な人を侮辱するような人と一緒になんか居たくないし、そんな恥知らずな真似は出来ないと噛み付いたのだったか。
相手は目をシロクロさせるし、私もオロオロしてしまったのだが、非常に嬉しかった事を覚えている。
注意こそしたのだが、感謝の思いを伝えれば滅多に見せない笑みを見せてくれた事も印象的だった。
ただ、その頃から老いのせいか、向上していた身体能力の成長が止まり、徐々に旅を続ける事が私が難しくなり、今の街に定住する事となる。
偶々物凄く人の良い老夫婦と知り合えた事がきっかけで、彼らの助力のお陰で何とか私も街に馴染め。今では名物のオークのおじさんとして有名ですらある。
正直私にとってはこれ以上ない楽園であり、また彼女もとても嬉しそうにしている為これが最良の選択だったと思う。
そこで50年程過ごしたある日、突然彼女から思いもしない言葉を頂戴する事となる。
「やっと待ちに待った成人の日を迎える事になりました。どうかお嫁に貰って下さい」
思考が停止したのは一瞬だったが、それでも停止してしまう程の衝撃を受けた事は事実だ。
ぶっちゃけよう、オークと言う種のせいで他に比べれば枯れてるというレベルだが、それでも人並み以上の欲求はある訳で。ずっと彼女を育ててきたと言うのにも掛からわずそう言う対象で見てきてしまっていた。
物凄く不安そうに、でも、真剣に伝えて来た彼女に言葉で答えるより先に抱き締めてしまったのは不覚である。
無論、すぐに言葉を交わし。その……愛の行為を共にする事になったのだが、初めて同士色々と笑える事をしてしまったのだけど、本当に幸せだった。
ああ、眠る直前と言うのにまるで走馬灯のように色々思い返してしまっているな。
「私は貴方のお陰でこれ以上ない幸せな人生を歩めたよ、本当にありがとう」
そう告げれば、胸の中で小さく笑みを浮かべる彼女。
「何をそんな最後の別れみたいに。これからもっと幸せになるんだから、覚悟してて下さいね」
「ははは、君にはかなわないよ。
それじゃぁもう夜も遅いし寝よう。お休み」
「はい、お休みなさい……貴方」
嬉しそうに言う彼女。
これ以上ない幸福感に包まれたまま、私は眠りに付いた。
彼が目を覚まさない。
ようやく……ようやく意を決して告白をし、受け入れて貰えたというのに目を覚ませば幸せそうな顔で冷たくなった彼と対面する羽目になった。
そこからはよく覚えていない。
幸せがこぼれ落ちるのは早いと聞いた事があるが、手に入れた瞬間に消えてしまうのが普通だと言うのか?
元々運の良い方ではないと両親との決別の件から思っていたのだが、ここ数十年は彼がずっと寄り添ってくれているものだから、私はとても運の良い幸せな奴だと思い込んでいた。
いや、分かっている、彼が……オーク自体が100年も生きれるのは希だと。
寧ろ100年以上生きた彼の方が稀有な存在なのだ。
だけど……彼を失って、でも私はまだまだこれからの人生の方が長いのだ。
このまま真っ暗な世界で残りの生を全うせねばならぬなど、私には耐えられない。
他に誰が10年も生意気で言う事も聞かない相手に心を割けると言うのか。
誰が50年も同郷の仲間がいるかもしれないと限りなく少ない可能性に付き合ってくれると言うのか。
誰が100年も己の寿命すら超えて等しく大切に、まるで宝物のように扱ってくれると言うのか。
ここ数年で彼の容態が思わしくない事は気がついていた。
いくらそれを認める気になれなくとも、成人の日は来月なのに嘘を付いてまで結ばれようとするくらいには焦ってしまった。
だけど、……これはあんまりじゃないだろうか?
私はこれから何を心の支えにして生きていけば良いのだろう?
奇跡的に彼の子が私のお腹に宿ったのだけど……それすら生きる希望には僅かに足りなかった。
現実に引き戻し、喜びを与えてくれた事には違いないが、喪失感を埋め切れるには……やはり彼以外に薄情かもしれないが私には考えられない。
惰性のみで育てるのもこの子に失礼だろうし、幸いこの街の皆は彼を愛してくれた。きっと彼と私の子を任せても大丈夫だろう。だから生んである程度育てたら彼の元に向かいたい。向かわせて欲しい。
そんな願いを突然の来訪者によって変えさせられる事になる。
「ハロハロー、愛の女神ですよー。今回私を物凄く喜ばせてくれた片割れちゃんの夢はこちらでしょうか?」
「……人違いじゃない?」
「ううん、あのオークちゃんの片割れちゃんは貴方でしょ? 人違いじゃないわよ!
ああ、夢の中とは言え長い時間滞在できないから単刀直入に要件だけ言うわね。
私の幸せにしてくれたご褒美に彼を前世の意識も心も持ったままこの世に戻しちゃうからね。
しかも、ちゃんと同じ時を過ごせるように今度は長い寿命の種族として、勿論貴方のすぐ近くにね。
うふふふ、だから、もっともっと私を幸せにしてね。心から最後まで好き合うなんて中々居ないからね。ついでに加護も授けちゃうから頑張って!」
言いたい事だけ言って去る女神。
すぐに目が覚めたのだけど……事実ならこれ以上感謝できない。
正直神など信じたこと等、いや、心から信じたのは彼以外いないのだけど、彼女だけは信じたいと思う。
うん、彼の後を追うのではなく、彼を探し出すという願いが出来た。
どうやら加護の力で私の力も寿命も伸びたようだし……ちゃんと子育てを終えた頃には彼も成長していることだろう。
彼の子ならばきっと可愛いはずだ。大切に育てて……育てきったら彼とまた幸せになろう。
私は決意を新たにするのだった。
ああ、世界はこんなにも優しくて明るいものだったのか。まさに彼が生きる世界に相応しい。
まさか、この後本当にご近所さんの息子として彼が産まれてくる事も、自分が産んだ娘と妙に親しく……いや、彼と私の子だからそれも当然なのだが、ずっと嫉妬するハメになるとは露とも知らず。ただただ幸せな未来を妄想するのだった。