その①
この小説はミステリー風の和風ファンタジーとなります。
普通の人間のほか、小人や喋る猫などが出てきます。
戦闘シーンなどは入らない予定です。
では、宜しくお願いいたします。
美女は、僕を見るなり不快そうな顔をした。
「あなたのように若い男性が、女性の小人と二人暮らしですか」
彼女は言った。どうやら僕は、非難されているらしい。
十二月十四日の朝のことである。
起きて、郵便受けの新聞を取るために玄関の戸を開けたところで声をかけられた。僕の家の表札を見ていたようで、当然、僕の「萩原仁」という名前の横にある「姫瓜」の文字も見たのだろう。僕の名よりも幾分小さく書かれたそれは、この家に住む小人の名前を表している。
「ええ、まあ」
僕が言葉を返すと、彼女は一層不快そうに眉をひそめた。
起きぬけにいきなり何だ、と、僕も声に出さずに毒づき、ちょっと不愉快になる。刺すような朝の冷たさも手伝って、二人の間に妙に張り詰めた空気が流れた。
美女は表情を変えずに、コートの内ポケットに手を入れた。僕はつい身構えてしまったが、
「この手紙を」と言って彼女がポケットから抜き取ったのは、手の平に収まるほど小さな、白い封筒だった。
「貴方へ、とある方から預かってきました」
僕は怪訝に思いながらも、それを受け取る。見れば表に宛名はなく、裏返してみたが、やはり宛名が見当たらない。
「誰からです?」
僕は問いかけてみたが、それには答えず、彼女は軽く会釈をしてから、
「小人は」
先ほどよりも強い口調で言った。
「人間の玩具ではありませんよ」
そして、その切れ長な目で睨みつけるのだから、僕はもう何も言えなかった。
そのまま彼女は去り、僕の手には白く小さな封筒が残された。
「玩具、ね」
彼女の言った言葉を僕は呟く。それが意味する事を考えると薄ら寒く、背筋の凍る心地がした。むろん僕は、小人をそんなふうに扱ったことはない。
既に遠くに小さく見える美女の背中を眺め、今からでも追いかけて誤解を解こうかとも思ったが、そこまで必死になると逆に疑いが深まるのではないかとも思う。
「ま、いいか」と、僕は追わぬ選択をする。
思えばあれは全く見知らぬ女性。僕がどう思われようが構うことはない。それにまたあの射るような視線を向けられて、うまく舌を回す自信はなかった。
ふと僕は手の中に残った小さな封筒を見る。彼女は手紙と言ったが、それにしては封筒が小さすぎると思った。それはそう、小人が書く手紙であるかのような大きさだった。
ともあれ。
気を取り直して郵便受けから新聞を取る。美女から受け取った白い封筒は寝巻きのポケットにしまい、玄関から土間続きの台所に入った。
僕の家は平屋である。部屋は寝室と居間と土間続きの台所しかなく、そして、その居間の外に縁側がある。ちょうど朝日の当たる東側に位置しており、そこで日向ぼっこをするのが姫瓜の朝の習慣なのだ。そして、姫瓜に新聞を読んであげることが僕の朝の習慣なのである。
僕は台所から居間に上がり、そっと障子を開けてみた。
やはり姫瓜は縁側にいた。心地よい朝日の当たるその場所で本を読んでいる。
小人の姫瓜の体格は人の手の平と同程度の大きさである。人間用の本よりも小さい。そのため姫瓜は立ち上がり、開いた本のページを見下ろすようにして、それを読んでいた。
ふいに風が吹き、今年の夏から片付けていない風鈴が鳴った。このガラス細工の風鈴は、姫瓜にせがまれて買った品である。季節が変わっても片付けないのは、やはり、そのままにしていて欲しいと姫瓜がせがんだからである。
僕は姫瓜に甘い。
姫瓜は僕の恋人である。色素の薄い髪は金色で長く、肌の色は透き通るように白い。目の色は青く、顔立ちは幼く見える。はにかめば覗く八重歯を本人は嫌っているようだが、僕は可愛らしいと思う。
彼女は和服を好む。暮らし始めの頃は小人用の簡素な洋服を着ていたのだが、今では、特注の和服を着ている。もちろん、和服を着たいという姫瓜の我が侭な望みを僕が叶えたのだ。
「おはよう。ちょうど今、君の書いた小説を読んでいるところだよ」
振り向かずに姫瓜が言った。
僕は障子を開けて縁側に渡り、姫瓜の隣に腰を下ろした。風鈴を鳴らしている風は肌寒く、その軽やかな音色が寒さを助長させている。冬の朝の冷たさを僕は実感した。
「おはよう、姫瓜」
僕が言うと、姫瓜はようやく僕を見た。そして笑った。可愛らしい八重歯が覗いている。
こうして見ると、改めて、本当に小人と人間はよく似ていると思う。外見はもちろんのこと、細かな仕草も人間と変わらない。違うのは大きさのみである。
「姫瓜が本を読むなんて珍しいね。もし興味があるのなら、小人用に小さく製本されたものを買ってあげようか? きっと、人間用の本よりは読みやすいと思うよ」
僕の言葉を聞いた姫瓜は腕を組み、本のページへ視線を落とす。しばらくそのままでいて、ふと思いついたように顔を上げた。
「君の作品があるのなら、欲しいな」
姫瓜の言葉に、僕は閉口する。
小人用の本は需要が少ない。その上、縦横五センチ程度の小さな本なのだから、製本する手間もかかる。値段も張る。よほどの有名作家の作品でない限り、小人用の本として出版されることはないのだ。
僕は駆け出しの作家である。ただでさえ知名度の低い僕の小説が、どうして小人用の本として出版されるというのだろう。しかし「無いよ」と素っ気なく答えてしまっては、せっかく姫瓜に沸いた本への興味を挫いてしまいそうで、なんだか可哀想な気がした。
そこで僕は「僕の本は無いけど、もっと面白い本があるよ」と、提案した。
姫瓜はこちらを一瞥して、また本に視線を向ける。食いつきは悪そうだったが、僕は構わず、頭の中でいくつか本の候補を上げた。そしてその中で特に選んだのは、作家、茶衣善二先生の作品である。
「茶衣善二先生の猫の家という本が面白い。とある猫の借家に住む不可思議な住人達について書かれた小説で、シリーズ化されている。茶衣先生の本は全て小人用でも出版されているから、全シリーズを読むことが出来る」
「それに」と、僕は声高に続ける。
「茶衣先生の家は、なんと、この近所にあるんだ。先生と僕とは少なからず親交があるから、君が先生のファンになったら、サインの一つでも貰ってきてあげられるよ」
「いらない」
姫瓜は即答した。少し怒っているような声だった。しかしすぐに、姫瓜は「ごめん」と謝った。
「やはり私にとって、仁の小説よりも面白い小説はない。他のはいらない。でも、仁の気持ちだけはありがたく頂戴しておくよ」
その言葉を聞いた僕は、彼女の頭をそっとなでた。本当に可愛らしい小人である。姫瓜は顔をしかめたが、まんざら嫌でもないようである。されるがまま、僕の手から逃れようとはしなかった。
「そうだ」
姫瓜は、僕の手に身を寄せたまま声を上げた。
「そう言えば、さっき玄関で女性の声がしたな。小人や玩具どうとか」
玄関と縁側を隔てるのは一つの柵だけである。あまり大きな声ではなかったが、玄関での会話はここに届いていたようで、姫瓜は、にやにやと意地悪な笑みを浮かべた。
「君に私をそうする度胸などないというのに、ひどい誤解をされたものだな」
「ごほんっ」と、僕はわざとらしく咳をする。いきなり出たとんでもない発言に内心狼狽しながら、僕は姫瓜をじっと睨む。
姫瓜は堪えきれない笑いを噛み殺しながら、くっくっと、声を漏らした。
「ところでそう、君に手紙だって?」
不意に姫瓜が話題を変えた。僕も、小恥ずかしくて熱くなった頭を切り替える。新聞を脇に置き、懐に入れた封筒を取り出した。
「これだよ」
僕はそれを姫瓜に見せる。
「ほう、普通の手紙じゃないな。面白い」
姫瓜は言って、こちらに手を伸ばしてきた。どうやら見せろということらしい。元来小人は好奇心の塊であり、特に姫瓜はそれが強い。彼女の目は未知への期待に満ち、きらきらと輝いて見えた。
これは僕に宛てられた手紙である。先に読みたい気持ちはあったが、こうも嬉々として手を伸ばされては、姫瓜に甘い僕は拒めない。しぶしぶながらも、僕は姫瓜に封筒を手渡した。
姫瓜はいそいそと封を破り、中の便箋を広げた。
「文字まで小さいぞ」
言いながら、姫瓜は読み始める。
文字まで小さいということは、これはいよいよ小人が書いた手紙に違いないと僕は思う。そうだとすれば、手紙の差出人は想像がついた。
僕の顔は広いほうだが、小人の知り合いとなると、数えるほどしかいない。しかし、宛名が無いのは腑に落ちなかった。加えて、それを持ってきたのが僕の見知らぬ女性なのだから、妙な話である。
それとも、知らない誰かが僕に手紙を?
そんな風に考えながら頭をひねっていると、突然、姫瓜が僕を見上げ、
「仁。一つ聞いてもいいか?」と、僕に尋ねた。
「いいよ。どうしたの?」
僕が言うと、姫瓜はもう一度手紙に視線を落とし、そしてまた僕を見上げる。
「さっき言っていた茶衣善二という作家だが、もしかして小人なのか?」
怪訝そうに眉をひそめ、しかし目は好奇に輝き、心なしか弾んだ声で姫瓜は僕に尋ねた。
ああ、やっぱりそうか、と僕は思う。可能性があるとすれば、手紙の差出人は茶衣先生だと思っていた。
「うん、茶衣先生は小人だよ」
「小人に作家が務まるのか?」
姫瓜は、驚いた様子で声を上げた。
「文章を考えるのはいいが、小人が文字を書くのは思うよりも重労働だぞ。それに、書く文字が小さすぎて読みに難いだろうし、どうやって原稿用紙に書くんだ?」
「人間の代筆者がいるんだよ。僕は会ったことないけど、先生専属の代筆者がいるらしい」
好奇心が強い分、姫瓜の興味は移ろいやすい。手紙が気になっていた僕は、
「ところでそれ、もしかして先生からの手紙?」
と、話の内容を本題の手紙へと戻した。
姫瓜は「うむ」と短く言って頷いた。そして手紙をたたんで、僕に向けて差し出す。僕はそれを受け取り、広げた。
本当に小さな文字が並んでいる。文字の形を見れば、なるほどこれは茶衣先生の筆跡である。何故か少し字が震えているように思えたが、見覚えのある達筆な文字がそこにあった。
「まあ読んでみろよ。何とも奇妙な内容だぞ」
やはり嬉しそうに姫瓜が言った。
僕は目を凝らして、文章を読み始める。
萩原君へ
突然だが、君に愛する人は居るか。俺には居る。おそらく片思いだが、長年、愛し続けた人だ。
ところで俺は旅に出る。とても長い旅だ。おそらくもう帰らぬ。しかし今になって、一つだけやり残した事があることに気が付いた。それは、愛する人への最後の挨拶だ。
そこで不躾だが君に頼みがある。本日の申の刻、少彦名神社に来てくれないか。君一人でいいし、また、誰かを連れて来てもかまわない。
俺の愛する人は君と共に来る。では、宜しく頼む。
茶衣善二
「な、妙な内容だろ」
興奮した口調で姫瓜が言った。
「妙な内容……だね」
僕はとにかく、困惑した。脈絡もない書き出しや、突然の不可思議な依頼。そして何より、最後の預言めいた一文。手紙の文面から、僕はその意図を全くつかめなかった。
「作家、最愛の人、片思い、長い旅、君と共に来る……ふむ」
姫瓜は手を顎に当てて、何やら声を漏らしている。どうやら思考を巡らせているようである。しばらくそのままぶつぶつと呟き続け、
「少彦名神社というのは、ここから遠いのか?」
不意に僕を見上げて、尋ねた。
「いや、近所だよ。歩いても三十分はかからないと思う」
少彦名神社は、町の外れにある神社である。田舎の辺境にある神社なだけに閑散としており、僕も、年に数回しか足を運ばない程度の神社である。
「なら、焦る必要はないな」
そう言って、姫瓜はぐっと両手を上げて伸びをした。
「もちろん神社には行くんだろ?」
「行かざるを得ないね」
姫瓜の問いに、僕は即答した。
「でも、先生の最愛の人って誰だろう。僕は誰か連れて行かなくちゃいけないのか? いや、でも、一人でいいって書いてあるし……どういうことだ?」
「差し当たってまずは、茶衣氏を訪ねてみてはどうかね? 氏の家は近所にあるんだろ?この手紙が偽物か悪戯だって可能性もあるんだし、無駄ではないと思うのだがね」
姫瓜は楽しそうに、にんまりと笑って言った。
お読みくださり、ありがとうございます。
次回もよろしくお願い致します。