Stage08:2062/12/18/15:44:21【-0944:15:39】
三枝さんと柏木が来てから待つ事十分ほどで、精気の抜けた松井先輩が部室に入ってきた。
何があったのか聞いてみたら、卒業する気はあるのかと、担任の先生からお叱りをいただいたらしい。
よく考えれば来月にはセンター試験がひかえてるんだから、本当なら追い込みを駆けてないといけない時期のはず。なのだが、あろう事かアナログゲームを作っているのがパソコン研究部の部長なわけで。
そりゃ怒られても当然だろうと、俺達はみんなで頷き合った。
よっぽど堪えたみたいで、いつもより白髪の割合が多く見える。
「さてと、松井先輩も来たことだし、もったいぶってないでさっさと教えてくれよ」
「おい、いったいなんの話だ? 俺がどうかしたのか?」
柏木の言葉の意味がわからず、先輩は首をかしげている。
まあ、何の前振りもなしで部室に来たんだから、そうなるだろう。
すると、ついさっきまで俺の後ろに隠れていた咲希が前に出て、
「貴様ら、頭が高いぞ! ひかえ! ひかえぇぇ!!」
お前、いつの時代の人間だよ。
しかも、まるでVR空間やゲーム空間にいる時みたいに、やたら活気に満ちた表情になっている。
まあ、これから伝えるニュースを知っていれば無理もないとは思うけどさ。でも、テンションがいつもと違い過ぎて三枝さんと柏木が引いてるぞ。
「えぇっと、金曜の夜、叔父さんからメールが来たんだ。『オリジナルカラーのゲーム本体付きの《Bravery Symphonia Gothic 初回限定版》、五セット確保できた』ってさ」
「マジかよそれ!」
「あのメモリ強化版の NoVA がか!!」
俺の発言が終わるやいなや、柏木と先輩はすっとんきょうな声を上げて驚いた。
あ、ついでに言うと、『NoVA』ってのは、今回発売される『Bravery Symphonia Gothic≪ブレゴス≫』のプレイできる、第三世代VRゲーム機の名前。
国内の大手電機メーカーとゲーム機の会社が共同開発した、新世代のマシンってキャッチフレーズで発売されたんだけど、こいつがまたソフトの不発が続いて今まであまり注目されてなかった可哀想なマシンだ。
ちなみにどれくらい注目されていなかったかと言えば、ゲーム好きの俺や咲希、松井先輩が持っていないくらい注目されてなかった。
同じ問題を抱えていながらもそれなりに売れてるPlay Terminal≪プレナル≫と比べたら、どれくらいひどかったか理解していただけると思う。
それが今では、どこの店でも入荷未定の状態だ。
どうも本体付きのブレゴス初回版を手に入れられなかった層が通常版のソフトを予約して、一緒に本体を買ってるらしい。
でも、ブレゴスの初回版に付いて来る本体は、半端じゃない計算量を滑らかにこなすためにメインメモリを増設されている。買うならやっぱ、こっちでないと。
俺はとりあえず興奮状態の、柏木と松井先輩をなだめつつ、ホログラスのメールフォームからメールを転送した。
To:速水瑛太
Sb:Fw:【ブレゴス初回版確保!】
瑛太、この前頼まれた特別カラーNoVA付きのブレゴス初回限定版、五セットなんとか確保できたぞ。
予約とは別の店頭販売分を、なんとか融通してもらった。
α版の頃から手伝ってくれてた子ですって言ったら、仕方ないかぁってな。
よかったなぁ、叔父さんの手伝いしてて。
発売日当日に、お前宛にまとめて五つ送るから、あとはよろしく頼む。
サーバーの整備で追い込み駆けてるところだから、返信ならいらんぞ。
じゃあな。
これが金曜の夜、叔父さんから送られてきたメールだ。
たぶん、休憩の合間にでも書いて送ってくれたんだろう。
つっても、この文面から察するに、そんな時間もなかったような感じだけど。
この調子じゃ、発売日までもつれそうだ。
体調崩さなきゃいいんだけどなぁ。
そんな感じで俺が叔父さんの心配をしている中、転送されたメールを見た柏木と松井先輩は、固まったまま無表情。
と言うよりも、どう反応すればいいかわからないんだろう。
俺もこのメールを受け取ったときは、意味もなく叫んでたし。
あ、リアルでなくVR空間でだけど。
リアルでそんなことしてたら、ご近所さんからお叱りを受ける羽目になる。
「ねぇねぇ速水くん、α版って、なに?」
あまりの衝撃にフリーズしてる柏木と松井先輩とは反対に、ゲームの方面に疎い三枝さんは見慣れない単語について聞いてきた。
「えっと、β版のβ版……。試作品の原型みたいなヤツ、かな」
か、顔近い!
もしかして、ホログラスで検索しているせいで、俺の事が見えてないのか?
「えっと、あるふぁばん、あるふぁばん……。あ、あった。『開発初期において、性能や使い勝手などを評価するための、テスターや開発者向けのバージョン』か」
三枝さんのホログラスを見てみると、左右が逆向きの映像が表示されていた。
そうとわかっていても、やっぱりこれ無茶苦茶緊張する。
視界の半分以上が三枝さんの顔だし、それになんかいい匂いがするし…………ぬぁぁああああああァァァアアああああ!!
「三枝…先輩、近すぎ!」
ド緊張状態で思考がストップしちゃってる俺に代わって、咲希が三枝さんを引き離しやがった。
ほっとしたような、もったいなかったような。
あぁ、せめてゲーム内の一割でもいいから、リアルでも度胸が欲しい。
「……速水」
「ど、どうか、した?」
これまで驚き過ぎて固まっていた柏木が、がしっと俺の肩をつかんだ。
そして、
「これ、夢じゃないんだよな!?」
鬼のような形相で俺の顔をのぞき込んできた。
「そ、そうだと、思う、んだけど……」
正直、顔がちょっと怖い。
小学校の低学年なら、余裕で泣いちゃうくらい怖い。
というか、見た目だけなら小学生の咲希が既に怖がってる。
とりあえず、愛想笑いくらいはしといた方がいいか。できてる自信ないけど。
「速水…………」
「えっとぉ、何?」
「ありがとぉ! お前は最高だぜ!」
固まっていた表情がぱっと明るくなったかと思うと、柏木は肩をばんばん叩いてきた。
「そういや松井先輩、他の部員はどうだったんですか?」
「待て琢磨、俺は今忙しいから後に…」
「そうじゃなくて、オレ達以外いないなら、ブレゴスでもしようと思っ…」
「大丈夫だ。半分は幽霊部員だからアドレスは知らんし、他の連中は既に用事があってこれないらしいからな!」
「ホント、まとまってないですね、このクラブ」
柏木と松井先輩のやりとりを聞きながら、俺も柏木と同じ事を思った。
まあパソコン弄りたい人間が集まってるだけの部活だから、実はパソコン研究部の部員の半数は幽霊部員だったりするから、仕方のない気もするけど。
柏木と松井先輩が何かを熱く語り出したところで、俺はもう一度三枝さんに視線を戻す。
ホログラスの左右逆転映像を見るに、ブレゴスの公式サイトを開いてるみたいだ。
「そういえば、三枝さんは、VRゲームって……」
「うん。これが初めて。家のパソコンにVR演算ドライバーが入ってるから、VR空間対応のウェブサイトに行ったりするくらい」
「そう、なんだ。きっと、びっくりすると思うぞ。VRに関しては、パソコンよりゲーム機の方がずっと進んでるから。」
「へぇぇ、そうなんだ。」
「あ、あぁ。ゲーム機はパソコンと違って、VRの演算専用に作ってる分、そこで差が出るんだ」
ごちゃごちゃになりそうな思考を落ち着かせて、俺はVRゲーム機についての情報を引っ張り出す。
さすがに得意分野だけあって、詰まりながらもなんとか説明できている。
ただし、全っ然自慢できない知識なのがホントに残念だ。
ま、俺らしいっちゃぁ、俺らしいけど。
「速水先輩」
「ん?」
絶賛自己嫌悪タイム発動中だった俺の服の袖を、咲希がくぃっくぃっと引っ張てくる。
「大丈夫。廃人、私達にとって誉め言葉。落ち込む必要、ない」
「今のお前の言葉が、一番ダメージでかいからな」
何が悲しくて、後輩に思考を読まれた上に、廃人呼ばわりされてるんだろ、俺。
しかも、三枝さんに苦笑されちゃってるじゃねぇか。
本気でそう思っている咲希は、意味がわからず首をちょこんってかしげてるけど。
ちくしょう、なんか可愛いのが無性に腹立つ。
「みんな、聞いてくれ。冬休みの予定が決まったぞ!」
俺が咲希にヘコまされている間に、柏木と松井先輩の話し合いは終わったらしい。
そんでもって、これから松井先輩から冬休みの予定についての発表があるようだ。
「瑛太、ブレゴスの到着時間はわかるか?」
「えっと、あとで叔父さんに聞いてみます」
「よし。当日に瑛太の家に集合。ブレゴス三昧だ! 目指せ、最強プレイヤー!」
それはそうと先輩、センター試験まで一ヶ月切ってますけど、大丈夫なんですか? という質問は、とりあえず心の中にとどめとく言葉にした。