Stage06:2062/12/15/20:25:45【-1011:34:15】
アナログゲーム時代にはFPSと呼ばれていたゲームは、VRゲームの登場によって消滅した。
いや、そもそもVRゲーム自体が一人称視点なんだから、TPSの消失によって、FPSって呼称も使われなくなったって言った方が正しいか。
そして呼称以外にも、シューティングゲームでアナログ時代と大きく変わった点がある。
ジャンプ要素、そして高所での戦闘だ。
コントローラ時代にはタイミングよくボタンを押すだけだったけど、VRゲームではプレイヤーの運動神経が物を言う。
下手すれば高所から落下死する上に、それなりに痛みもあるせいで、高所での移動や戦闘は自然と数が減っていったわけだ。
でも、だからこそ、それをするのが面白いわけだけど。
俺達はベランダから屋根の上に登ると、敵本拠地の方角を見た。
双眼鏡を取り出し、窓から中の様子を確認する。
「兵種を狙撃兵にしときゃよかったかな。ここからなら、好きなだけ狙い撃ちできるぞ」
「いや、あえて強行突入する方が面白いですよ、先輩。なにせ、相手はトーシロー集団。力の差ってヤツを見せつけてやりましょう」
咲希は初期装備のマシンガンを体の前でカチャリと構えて、ぐへへぇ、な笑みを浮かべていた。
既にアドレナリンも全開で、今にも引き金を引きそうな顔になっている。
アバターの顔が可愛いのもあって、なかなか萌える映像ではあるんだけど。
「チャーリーワンよりアルファワンへ。相手が籠城決め込んでるなら、もっと前線に戦力を投入できないか?」
『アルファワンよりチャーリーワンへ。そう思って、拠点防衛に二人だけ残して、あとはそっちにやっている。もうすぐそっちにも連絡があると思うんだが……』
『こちら、ブラボーワン。今チャーリーチームの真下まで来た。上と下から一気に畳みかけたいけど、大丈夫か?』
なかなか、優秀な指揮官に当たったみたいだ。
咲希と顔を合わせて頷き合う。
「ブラボーワンへ。こっちは大丈夫だ。上下から挟撃をかけるけど、付いてこれるか?」
『ブラボーワン、了解。そっちこそ遅れんなよ、チャーリーワン』
通信は終了。
集中力を高めるため、深呼吸を何度か繰り返す。
わざとらしいほど湿っぽい空気が、仮想の肉体の隅々まで行き渡る。
「咲希、遅れるなよ」
「言われなくても」
俺は振り向きもせず、背中に返事を聞きながら屋根の上を走り始める。
軽い傾斜のある屋根はひどく滑りやすく、しかも爆撃の跡を再現しているせいで構造体の破損もひどい。
屋根は所々大穴があったり剥き出しの鉄筋があったりして走りづらく、しかも現在進行形で色々崩れているので危ない事この上ない。
まあ、フィールドをデザインしたデザイナーの意欲だけは認めるけどさ。
「っと。咲希、スナイパーに狙われてるぞ!」
「まあ、屋根の上ですからね」
不意に足下に着弾した弾が、屋根を弾け飛ばした。
足場の悪い屋根の上を、俺達は更にジグザグに走る。
もちろん、スナイパーに狙いをつけさせないためだ。
もしこれが現実なら、重たい装備のせいでろくに走れてないんだろうけど。
息も絶対に、ここまで続かない。
ぴゅんと頭の横を、ライフルの弾丸が通り過ぎた。
衝撃波と遅れてやってきた轟音に、思わず身がすくむ。
痛みはたかが知れていても、頭に当たれば一発キルは免れない。
そうなったら、敵拠点の攻略が多少面倒になる。
既に戦闘開始から五分以上。
完全に格下の相手に、あまり時間をかける気もない。
一気に決着をつけてやる。
スコアリミットまでキルするより、目標を破壊して勝った方がポイントも高いし。
「先輩、隠れて!」
いきなり咲希が腰に抱きついてきて、段のついた屋根の影へと滑り込む。
その直後、大量の弾丸が俺達の頭上を通り過ぎた。
「っぶねぇ。危うく撃ち殺されるとこだったぜ」
「ちまちま狙うより、弾ばらまいて当てようとしてるみたいですね」
弾の連写速度や精度から考えでも、ライフルではない。
明らかに、マシンガンの系統だ。
さて、どうする。
命中精度がひどいといっても、この弾幕の中に飛び出して行くのにはなかなか勇気がいる。
チャンスがあるとすれば、マガジンを交換する瞬間。
その瞬間に、マシンガンを使っている敵をキルするしかない。
「先輩、二回目のマガジン交換で、左右に分かれて弾幕張りましょう」
「了解」
頭上から降り注ぐ轟音と土埃。
絶え間なく注がれる弾丸のおかげで、焦げ臭い匂いまで漂ってきた。
そしてついに、相手は二度目のマガジン交換に入った。
「咲希!」
「はい!」
俺達は段の上に乗り出し、二手に分かれて一気に敵拠点まで駆け寄る。
俺達の行動に慌てた敵はマガジンの交換に手間取ってるけど、それを補うようにスナイパーが狙い撃ちしてきた。
あんなん当たったらシャレにならねぇっつうのに。ここまで来て、リスボーンとか勘弁してくれ。
そう思った時だった。
下の方からも、ドドドドドっと、銃声の連続音が響き渡ったのである。
敵拠点の窓に、次々と小さな火花がはじけるのが見えた。
どうやら、ブラボーチームからの援護射撃みたいだ。
「おらぁああああ!」
「でやぁああああ!」
俺達の興奮は最高潮に達し、普段なら絶対に上げないような雄叫びを上げて、マシンガンの引き金を引いた。
五、六丁のマシンガンによって作られる弾幕は、俺達の思っていた以上のド迫力で、巻き込まれた敵プレイヤーが、一人だけ死んでいた。
「咲希!」
「わかってます」
マガジンを丸々一つ使い切ると、俺達は手榴弾の安全ピンを抜いて、ずたぼろになった窓へと投げ込む。
咲希なんか、調子に乗って三つも放り投げている。
ま、器用に爆発範囲がかぶらないように、狙いはつけてるわけだけど。
これで更に二キルがプラスされて、敵の防衛線は一気に崩壊したと見ていいだろう。
爆風が収まったところで、俺は一気に窓の下まで走り抜けた。
そして、両手を組んで片足分の足場を作り、
「来い!」
そこへマシンガンを持ち直した咲希が、一直線に突っ込んできた。
咲希は俺の作った足場に片足をかけて、
「そぅらっ!」
ジャンプと同時に、咲希を真上へと放り投げる。
ゲームの補正もあって二メートル以上飛び上がった咲希はそのまま窓の内側に入り込み、リスボーンして戻ってきた敵兵めがけて、マシンガンを連射した。
こんな現実にはできそうにない、映画みたいなアクションができるのも、VRゲームのいいところだ。
成功した時の爽快感は、半端じゃない。
階段から戻ってきた敵兵は弾幕に阻まれて、咲希のいるフロアには上ってこれないはず。
マシンガンの連続音を真上から浴びていると、いっぱいまで延ばされたマシンガンの肩紐が下りて来た。
俺はそれを握り、上半身の力だけで登っていく。
いやぁ、ほんと、この辺りはVRの補正サマサマだ。
「こっちの制圧は、だゃいたゃいおはりゅぃましはお」
ようやく登り切ると、手榴弾の安全ピンを咥えたままの咲希の姿が映った。
で、その手榴弾はというと、無慈悲にも唯一の階段へとぽいされる。
ドーーーンと鼓膜まで痛くなりそうな爆音が、建物を揺らした。
「容赦ねぇな、お前」
窓から建物に侵入した俺は、手元の紐の出所へと目をやる。
肩紐は窓際の破損したレールまで伸びていて、そのままマシンガンに繋がっていた。
そのレールはというと、よくこれで折れなかったな、なんて思えるような壊れ方をしている。
まあ、壊したのって俺と咲希の手榴弾なんだけどね。
「チャーリーワンよりデルタワンへ。上の階は制圧できた。まあ……」
下の階から飛んできた手榴弾の爆発範囲から離れつつ、階段の方へとマシンガンを連射。
簡単に一キル増えた。
「リスボーンした敵が、ちょこちょこ登ってくるかな」
『デルタワンよりチャーリーワンへ。こっちも一階部分の敵を掃討。リスボーン地点は、もう少し上の階らしい。あと、建物の外にもリスボーン地点があるみたいだから、そっちの敵にも気をつけろよ』
「言われなくても、そうするさ。ここまで来て殺されたんじゃ、今までの苦労が台無しだからな」
無線の向こうで笑い飛ばす味方の声を聞きながら、俺と咲希は階段を一気に下っていく。
次はもっと骨のあるやつと撃ち合いたい気分だし、殲滅戦のルームにでも入るか。
階段を半分降りたところで、待ち伏せを警戒してマシンガンを構え直す。
脳内に建物のマップを思い浮かべながら、隠れていそうな場所に検討をつけて、
「そこかな」
一気に下って一気に弾をばらまく。
階段のすぐ横手で待ち構えていた敵兵の全身から、赤いエフェクトが飛び散った。
更に俺と咲希は斉射を続けながら、曲がり角に向けて手榴弾をプレゼントしてやる。
ド派手な音と爆風と振動と、あと花火の焼けた後みたいな臭いがして、キルポイントが加算された。
そして下階の方からも、銃声と悲鳴と叫び声なんかが聞こえてくる。
こんな廃人チームが相手とか最悪だ、みたいな事を叫んでる敵兵の声もついでに。
「廃人ですって、先輩。褒め言葉ですね」
「うっせ」
でも、咲希の言うように、まんざら悪い気分でもない。
そこまで入れ込んでいるわけではないけど、シューティングはけっこう色々やってきたんだ。
ビギナー勢に負けるような俺じゃない。
破壊目標のオブジェクトは、この階の一番奥の部屋にあったはず。
そこに爆弾をセットして爆発させれば、俺たちの勝ちだ。
キルポイントの上限には、あと少しで到着する。
このペースだと、長くて三分あるかないか。
「余裕だな」
「さすが、私の先輩」
「背中は任せるぞ」
「任されました」
俺が前方を、咲希が後方を警戒しながら、素早く一番奥の部屋へと走り抜けた。
リスボーンしてきた敵兵が、後方の階段からわんさか登ってくる。
下から攻めているデルタチームの襲撃から逃げてきたのもあるんだろうけどが、俺達の爆弾設置を妨害する目的もあるだろう。
俺達が目標オブジェクトを破壊すればより多くポイントがもらえるように、向こうも目標オブジェクトを守り切って負けた方が、ポイントがもらえたはずである。
「甘いは雑兵共ぉ。真っ赤なハラワタでもぶちまけてろぉぉおおおお!」
可愛い声で物騒極まりない咲希の手から、またしても手榴弾が放り投げられる。
しかもこっちに駆けてくる敵兵の真ん前。ナイスコントロール。
爆煙が上がると同時に、咲希は追い打ちをかけるようにマシンガンを斉射。爆発的にキルポイントを稼いでいく。
しかも、今順位表見たら、地味に咲希が一位になってる……。
俺も負けてられない。
「おりゃぁあああ!」
オブジェクトのある部屋の扉を蹴り開けた瞬間、手榴弾を二個同時に放り投げた。
そして爆発も起きない内から、何かが動いたような気がする場所へ、屈みながら弾を撃ち込んだ。
頭上をかすめていく弾丸と、耳元で炸裂する轟音。
思った通り、目標オブジェクトを守る人員が何人かいたらしい。
視界端のキルポイントを確認すると、今の手榴弾とマシンガンの一斉射で三人はやったようだ。
改めて室内を確認してみるが、動いている敵兵の姿はない。
「咲希、入口をしっかり見張ってろよ」
「わかってます!」
扉は二方向、更にもう一方は窓。
三方向から一気に攻め込まれれば、俺や咲希でも持たない。
俺は腰のポシェットから、C―4を取り出し、目標オブジェクトにセットする。
あとは起爆装置を差し込めば……、
「先輩!」
「くそっ!」
咲希の上ずった声に反応して片手でマシンガンを拾い上げ、咲希が銃口を向けているのとは別方向の入口に向けて引き金を引いた。
予測していた通り、敵兵が複数の方向から攻めて来たのだ。
一方向からだけなら、咲希が俺の事を呼ぶわけがない。二方向からで、助かったぜ……。
でも、片手で反動を抑え込むのは難しい
本来の振動の半分もないのに、ここまで激しいのか。
時々映画で片手で銃を乱射してるのあるけど、あれ絶対当たらないだろ。
ゲームですらこんなぶれるんだから。
でも、足止めには成功した。
敵兵が物陰に隠れている内起爆装置をセットして、更に時限装置に繋げた。
残り時間は十秒にセット。
「咲希、逃げるぞ!」
「アイアイサー!」
俺たちはそれぞれ近い方の違う扉から、通路へと逃げ出す。
最後の任務は、十秒間敵を爆弾に近付けない事。
手元のマシンガンを連射しようと引き金に指をかけるど、生憎さっきので弾は撃ち尽くしちまったらしい。
こうなったら、最後の手段だ。弾切れになったマシンガンを投げつけ、胸ポケットからナイフを取り出す。
別のゲームで培った俺の近接戦スキル、見せてやるよ!
二人の敵兵は銃口を俺に向むけ、今にも引き金を引こうとしている。
でも、まだまだ甘いな。
俺は向こうが引き金を引く瞬間、下げれるだけ体を下げて、ジクザグにダッシュした。
弾は俺の頭や背中をかすめて、壁へと食い込む。
風を切る感覚が、とてつもなく気持ち良い。
「おりゃっ!」
低姿勢から一気に飛び上がり、敵の意表を突く。
慌てて上に銃を構えても、もう遅い。
まずは一人目の首――頸動脈のありそうな部分を思い切りナイフで切りつける。
血のように赤いライトエフェクトが発生して、まず一人が倒れた。
残り時間六秒。
「お前もうそれ違うゲームだろ!」
おっしゃる通りだと思います。
シューティングゲームでこんなナイフ戦闘したの、俺だってほとんどないってぇの。
死体になった敵兵を盾にして、残りの一人まで一気に詰めよった。
向こうもマシンガンを連射してくるけど、それは全部お仲間さんがガードしてくれる。
冷静なヤツならここで足下を狙ってくるところだけど、さっきの俺のナイフさばきで動揺してるコイツには、そんな冷静さなんて残ってない。
死体を敵兵にむかって放り投げ、その下をくぐって急襲する。
注意が完全に上に向いていた敵兵の首をあっけなく切り裂いた。
残り時間は、もう三秒もない。
血のライトエフェクトには目もくれず、通路を走り抜ける。
そして通路の三割まで走ったところで、背後から衝撃と爆発音が襲いかかり、俺の視界は真っ白に染め上げられる。
その視界の端にはゲームメニューとは違う、ホログラスの新着メールを示すアイコンが浮かんでいた。