Stage30:2063/01/08/14:26:11【-0455:33:49】
HRそっちのけで、俺は叔父さんからのコールに出た。
“<速水裕三>Sound Only”のダイアログが、視界の中心に浮かび上がる。
『瑛太か。今大丈夫か?』
『もうHRだから平気』
『おいおい、一応授業だろうが。ちゃんと受けろよ』
『いいって、どうせプリント配られて、無駄話聞くだけだから。進路がどうとか、直前にならなきゃ知らねぇっての』
俺のホログラスは正面からは映像が見えない仕様だから、先生にバレる事はない。
ただし、口を開くわけにはいかないので、声の方は思考発声だ。
『それで、何かわかったの? だから電話してきたんでしょ』
『あぁ、一通りの調査が終わったからな。ただ、信じられないような結果だったがな』
『信じられないような?』
何か、通常だと有り得ないような事でも見つかったのか?
『単刀直入に言う。あの日のあの時間、お前達のいたプライベートスペースに、他の誰かが侵入した形跡はなかった』
『……そっか』
そりゃ、確かに信じられないような結果だな。
空間そのものにノイズの走るような、大規模干渉があったのに。
『入室ログには、お前達二人以外には誰もいなかった。内部の通信回線は全て正常。外部からの侵入があった形跡もない』
他にも、プライベートスペースには衣服以外はメニュー内の物しか構成できない中で、外部のゲームの武器を構成したり。全ての通信回線が不通になったりもしたのに。
それが何もないって、どうやったんだか。
『一応、お前のホログラスとNoVAのメモリーも、こっちで全部バックアップして調べてみたんだがな。視界データには同級生の女の子以外、なんも映ってなかった。何もない空間で、何もしてないのに二の腕がばっさり斬れて、フィールドバックの数値が限界を振り切って、NoVAが回線への接続を強制解除した事になってる』
『ありがとう、叔父さん。調査、頑張ってね』
『すまねぇなぁ。頼りない叔父さんでよ。じゃあな』
プツンと、叔父さんとの電話が切れた。
結局は、何も見つからなかったか。
顔だけ先生に向けて頬杖をつきながら、視界のホロを全部消してインフェルスについて再検索。
その内の過激派に関する記事を、片っ端から開いていく。
でもあるのは、個人情報の流出合戦が行われていたって事実が書いてあるだけで、具体的な手段については何も書かれていない。
もしかして、情報統制でも敷かれてるのか?
でも、あの仮想空間での出来事を考えれば、それも十分にありえる話だよな。
入室記録はおろか視界データにも姿が映ってないって、完全にお手上げだ。
証拠がないんだから、辿りようがない。
まあ、俺に見つけられるなら、警察がもう見つけてるよな。
とりあえず、三枝さんに会ったらこの前のお礼しなくちゃな。あと、左肩の怪我というか、痛みについても。
俺は配布されたプリントを見る振りをしつつ、ブレゴス攻略Wikiのスキルに関するページを開いた。
放課後の教室掃除の最中、松井先輩から連絡のメールが入った。
内容は単に、学年末テストで力つきたから今日は部活に出ない、だとさ。
ちなみに宛先は、俺、柏木、三枝さん、咲希、その他松井先輩のゲーム作りを手伝ってた面々。
となると、今日はほとんど来ないかなぁ。あの部活、半分は先輩のゲーム作りに付き合ってるようなもんだし。
じゃあ、今の内に三枝さんにメールを……。
“<三枝美夏>さんより、メッセージを一件受信しました”
「うぉ……!?」
メール出そうと思ったら、向こうから先に向こうから。いきなりダイアログが表情されて、ひっくり返るかと思った。
俺は躊躇う事なく、視界右上の新着メールを告げるアイコンをタップした。
「…………」
考えてる事は、一緒か。
心配かけちゃったのは悪いと思うけど、それでもやっぱり嬉しいな、こういうの。
「玄関横の花壇ね……。さっさと終わらせるか」
てなわけで、俺は気合いを入れ直して掃除を再開した。
掃除が終わると、早々に荷物をまとめて玄関に急いだ。
このクソ寒い中、三枝さんを外で待たせるのは忍びなさすぎる。
それに、体の方も心配だ。ちょっとした事でも不調を来たすだけに。いや、俺の勝手な妄想だけど。
「ごめん、三枝さん。待った」
「速水くん! ううん、私も全然待ってないから、気にしなくていいって!」
とはいうものの、手も膝小僧もほっぺたも赤くなってる。
「それで速水くん、この前の」
『それなら、思考発声で。あまり、人に聞かれていいような話じゃないし』
『……うん、わかった』
近距離での無料通話系のアプリを使って、三枝さんのホログラスと回線を繋いだ。
帰りながらでも、分かれ道までの時間があれば十分話せるだろう。
俺と三枝さんは、つかず離れずの微妙な距離のまま学校を出た。
さて、どこから話したものか。
とりあえず、検査結果からかな。だいぶ心配かけちゃったし。
『電話でも言ったけど、検査の結果は何ともないって。どこにも異常はなしだってさ。まぁ、念のために痛み止めはもらったけど、使うほどは痛まなかった』
『今は、大丈夫?』
『何ともない。次の日には、痛みもなくなったし』
『でも、しばらくゲームにログインしてなかったけど……』
『あれは大事をとって、三日ほど五感にフィードバックのある機器を使うなって言われてたから』
『そっか。なら、本当に大丈夫なんだ。よかったぁ……』
緊張から解放されて、表情を緩める三枝さん。
ホント、ムチャクチャ心配かけたみたいで申し訳ない。
三枝さんに楽しんでもらおうと思って、ユニコーンスタジオの社員用のプライベートスペースを貸してもらったのに。楽しんでもらうどころか、ものすごい不安にさせて。
自分でも、情けないやら何やら。
『あぁ、でもプライベートスペースの事は、ほんとに楽しかったから、そんなに気を落とさないで! あんなに体動かして、疲れた~って思えたの、たぶん初めてだったし。海で泳ぐのとかも初めてで、仮想だけど。だからえっと……』
いけね、安心させなきゃいけない立場の俺が、元気づけられてる。
『で、初めての海の感想は?』
『え? ……あぁ、えっとぉ、しょっぱいと言うよりも、なんかごぉぉって焼けるように辛い感じ? あれ絶対塩じゃないと思う』
『飲んだんだ……』
「くくっ……」
いかん、つい笑いが……。
でもこれは、くくくく……。
『違うってば! ちゃんと泳げないから、それでちょっと飲んじゃって……。水にお塩入れたみたいなの想像してたから、びっくりしたって言うか』
『わかった。わかったからちょっと落ち着かせて』
とりあえず、ビキニ姿の三枝さんが間違って海水飲んじゃってうぐぅぅ、てなってる妄想図をゴミ箱に捨ててっと……。
プライベートスペースの思い出話はいいけど、今は叔父さんから教えてもらった事を三枝さんにも伝える方が重要だ。
『実は、HRの時、叔父さんから連絡があったんだ。この前の件について』
『っ!? それで! それで結果は、どうだったの……!?』
『それが、あのプライベートスペースどころか、会社の仮想空間内に予定外の部外者が侵入した痕跡すらなかったって。俺のホログラスのメモリーにある直前の視界データを映像化してみたけど、犯人は映ってないって言ってた。あの時、俺は何かで腕を切って、その痛みの過剰なフィードバックをNoVAが感知して、それで接続が強制解除したようにしか見えないって言ってた』
『でも、刃物みたいなものは、構成できないはずだよね?』
『うん。だから、そこがおかしいから、叔父さんも俺達の事信じてくれたみたい』
『そうなんだ』
三枝さんは、また不安そうな顔になった。
襲った相手の正体はわからずじまいなんだ。また襲われるかもしれないって、不安になるのは当然だろう。
それに、向こうはこっちの名前を知っていた。
こっちの個人情報をいくらかつかんでいるとすれば、自宅が特定されてる可能性さえあるって事で。そこまでの想像は働いてないかもしれないけど、不安になるのは仕方がないと思う。
『しばらくは、ゲームも含めて、仮想空間に没入するの、やめた方がいいんじゃない?』
『……なんで?』
『なんでって、またあいつら来るかもしれないし、そんなの嫌だろ。外と連絡つかないし、空間からのログアウトもできなくなるんだから』
リアルで接触される可能性には触れずに、三枝さんに説明する。
危険な場所に近付かなければ、そういう目に遭う危険性も少なくなる。
まあ、俺は懲りずにゲームするだろうけど。いざとなれば、今回みたいな接続の強制解除が働くだろうし。
でも、
『それは、なんか負けたみたいな気がするから嫌』
『負けたみたいって……』
三枝さんって、こんな負けず嫌いな性格だったっけ。
『せっかく、あんな楽しい場所があるって知ったのに、あんなののせいでダメになるとか、絶っっ対に嫌』
『でも、危ないし』
『危なくても、速水くんはするんでしょ? ゲーム』
『えっと…………はぃ』
『だったら別にいいじゃない』
だめだ、理詰めだと絶対に勝てない。
てか、理詰めじゃなくても勢いで負けそう。
『だったらさ、没入する時は、誘って。一人より、二人の方がいいだろ』
『……わ、わかった。そうする。じゃ、家帰ったら、速水くんの部屋、行くから』
『うん、わかった』
なんとか同行を取り付けたところで、分かれ道にさしかかった。
三枝さんを見送りながら、俺は気合いを入れ直す。
今度出てきたら、無傷でぶっ飛ばしてやるからな、仮面野郎。あ、でもできればもう二度と遭いたくないです。
結局家に帰るまで、嬉しさと後悔のせめぎ合うようわからん時間が続いたのでした。ちゃんちゃん。




