Stage02:2062/12/15/17:06:28【-1014:53:32】
「こんちはぁ~」
俺はふか~いため息をつきながら、部室である情報処理室の扉を開いた。
「よー、瑛太。追試の結果はどうだったよ?」
「はぃ。同じテストで二回落ちて、三回目でやっと合格にしてくれました」
「相手が芽唯ちゃん先生でよかったな。あの人、採点が甘いから」
「えぇ。最後のやつで途中式に“sin45°”って書くところに、間違って“cos45゜”って書いちゃったんですけど、答え合ってるからって合格にしてくれました。ギリギリで」
「瑛太、やめてくれ。こっちまで頭痛くなってきた」
快く俺を出迎えてくれたのは、県立鳴海高等学校パソコン研究部の会長を務める、松井泰範先輩。
俺と同じ、最新型のホログラスがびしっと決まった、いかにも出来る感じの先輩。
まあ、それはあくまで見た目の話で、実際には三年で単位取り損ねて留年するほど成績は悪い。
少なくとも、小テストで追試に呼ばれる俺よりも。
その代わり、プログラミングに関してはすでに仕事のできるレベルだったりして、突っ込み所満載な先輩だ。
プログラミングにかける熱意を少しでも勉強に向けてれば、留年なんてしなかったろうに。
よく兄の手伝いをやらされるとか愚痴ってるんだけど、白髪が多いのはその影響かもしれない。
「まぁ、勉強の話は置いといて。瑛太、デバッグを手伝ってくれコミケまでもうあまり時間がないんだ」
しゃべりながらも、フラットキーボードをカタカタしていた先輩は席を立つと、俺の肩をがしっと掴んで懇願って痛い痛い! 力入れすぎ!
「痛たたたっ!!」
「あぁ、すまん」
先輩は慌てて手を離すと、改めて俺の肩をつかんで懇願してきた。
しかも、目が気持ち悪いくらい充血している。
何やってたんだ、先輩。
俺の疑問に答えるように、先輩は背後を見やった。
部屋の端にあるパソコン二台からは、前時代の遺産と化した――そして俺が敬愛する――コントローラーの無線端子が刺されていて、画面の前では柏木が雄叫びを上げながらプレイしている。
って、なぜにコントローラー?
「琢磨にも協力してもらっているんだ」
「松井先輩、私の事も忘れないでくださいよ!」
そう言って、備え付けの大型ホログラムを突き抜けて、一人の女の子の頭が現れた。
リスみたいにほっぺたを膨らませていて、ショートポニーがちょこんと跳ねる。
それにつられて、俺の心臓もドキッてアホの子のように跳ねた。
「さ、三枝さん、いたんだ」
顔赤くなってねぇよな? な? なぁ!!
今のも別に、不自然な所とかなかったよな。
「うん。速水くんも、追試お疲れ様。それよか先輩、地形データの編集、終わりましたよ」
「感謝します、我が女神」
「あまりふざけてると、手元が滑ってデータを全部デリートしちゃいますよ?」
「俺が悪かった、それだけは勘弁してください」
平謝りする先輩からは、もはや年上のオーラゼロ。
ま、当然と言えば当然か。
そもそも、高校で留年なんかしてる時点で、尊厳なんかあったもんじゃないし。
女の子はホログラムの向こう側に消えて、代わりにMSBメモリを持った手が差し出された。
先輩はそれをありがたく受け取ると、自分の陣取っているパソコン――もっと正確に言えば、MSBポートから伸びるハブにメモリを突き刺す。
ホログラムにはすぐさまシステムメッセージが表示され、先輩はマウス操作も指でのタップでもなく、マニュアル操作でファイルを一瞬にして開いた。
いつ見ても、この早技はすごいと思う。
アプリケーションを起動すると、先輩は早速MBSメモリのデータを読み込ませる。
真っ黒な画面にプログラムのソースが現れたと思ったら、物凄い速度で下までスクロールされていき、約十秒後、
「キタァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!」
ホログラムには、緑豊かな森林地帯の映像が浮かび上がった。
なだらかな丘の上には針葉樹林の森が整然と並び、ふもとの方には池や道のような土色のラインも走っている。
「でかした美夏! これなら間に合う!」
鬼気迫る勢いでフラットキーボードを叩く先輩には、さすがの俺でも引かざるを得ない。
と、後退る俺の肩を、誰かがちょこんと叩いた。
「どうよ? 私の力作は」
振り返った俺の隣には、さっき先輩にMBSメモリを渡した女の子が立っていた。
自慢気だけど、ちょっと恥ずかしそうに照れ笑いを浮かべている。
「す、すごい、と……思う」
元気で明るくて、ショートポニーがトレードマークの女の子。
三枝美夏。
中学の頃から一緒の学校で、俺がずっと、好きで………………、いや、なんでもない。
でも、話した事なんてほとんどないし、向こうも全然覚えてないんだろうな。
それにこうして一緒の高校になれて、しかも一緒の部活をやれてるだけでも奇跡なんだから、それ以上を望んだら罰が当たるってもんだろう。
そもそも、向こうだってネトゲ廃人で根暗な俺なんて嫌だろうし。
「そうかな? なんだか、そういう顔してないように見えるんだけどなぁ?」
「そそ、そんな事ないって! そりゃ、VRゲームと比べたら劣るかもしれないけど、あんな地形マップなんてなかなか作れるもんじゃないし。お、俺じゃあんなの絶対作れないから」
「ま、速水くんはプレイする方専門みたいだし、聞いた私が馬鹿だったか。ごめんごめん」
そうそう、所詮俺なんて、消費するしか能のない人間ですよ……。
「って、ウソウソ! そんな事ないから! 私の方が速水くんより成績悪いし!」
俺、そんな落ち込んでるように見えるのか。
まあ、実際こうして落ち込んでるわけなんだけど。
いや、自分だってわかってる。
自分がダメな人間だって自覚はあるけど、なんで人から言われるとこんなにキツいんだろう。
「でも、三枝さんは追試じゃなかったんだろ?」
「あ~それなんだけどぉ、たぶん、うちのクラス、明日やると、思うな~なんて」
なんだ、まだやってなかっただけなのか。
ちょっと安心した、じゃなくて。
いや、確かに追試トークでちょっとは盛り上がれるかなって思ったけど、本当にちょっとだけであってだな、本当は小テスト合格して欲しいって思ってるぞ、ほんとに。
「速水! 三枝さんと話ばっかりしてないで、バグ取り手伝え!」
「あぁ、わかった!」
ちょっと名残惜しいけど、柏木ばっかりにやらせてたんじゃ、いつまで経っても終わらないし。
ここは俺も、一肌脱ぐとしようか。
俺は先輩からデータの入ったMBSメモリを受け取ると、柏木の隣のパソコンを立ち上げた。