Stage28:2063/01/04/19:57:24【-0532:02:36】
極力三枝さんの方を見ないよう、俺は浮き輪を引っ張って浜辺まで泳いだ。
見ないようにはしていても、やっぱり健全な男の子としては見てしまうわけですよ。
首から肩のラインを一目見ただけで、ドキってなる。濡れた髪が肌にべったり付いてるのも、すごく色っぽかった。
別に俺はおっぱい星人じゃないけど、もし見てたら鼻血出てたかもしれんな、これだと。
で、自分の中の劣情と奮闘しつつ、若干バテバテになりながら浜までついたんですが、
「あ、水着のデータ再読込すりゃよかったのか」
もう少し早く思い出して欲しかったなぁ、俺の頭よ。
おかげで、三枝さんがもの凄く意識しっぱなしなんですよ。胸の辺りを。
そんな過剰にガードされたら、余計気になりますよ。沖にいたとき、一瞬だけど立派な谷間を拝見しちゃったんですから。
とりあえず、心の中で謝っておこう。ごめんなさい。
「それにしても、ちょっと泳いだだけなのに、けっこう疲れるもんなのね」
「いや、泳いでたのって主に俺だけなんだけどね」
「でも速水くん、見たんでしょ。見物料分働いたっと事で、チャラよ! チャラ!」
「見たって、別に見たくて見た訳じゃ…」
「それじゃ何!? 私の体には見る価値もないっていう事!!」
「…………」
「…………」
「この話、もうやめない」
「そうね。私も恥ずかしくなってきた」
どうしよう、こういう時ってどうするべき?
とりあえず、漫画とラノベと、あとあんまやった事ないけどエロゲとかで似たようなシーンと思い出してみたけど、全然役に立ちそうにない。
だってこの場合ってだいたい……、
1.友人が突入してくる
2.いい空気になってキス
3.イケナイコト
この三択しかないじゃないわけですか。これじゃ戦闘継続は不可能ですことよ。
「さ、三枝さんって、泳げなかったりするの?」
あんまり長い沈黙に耐えかねて、やっと一言でてきた。
でも、全然気の効いてないところが、すごぉく俺っぽい。
「え……あ……ぅん。海だけじゃなくて、プールも。小中学校の時は、見てるだけだったし」
当然、そうだよな。普通の体育も参加してないし。
えぇい、ここまで来ちゃったら言うしかない。
「だったら、泳ぎ方、教えようか? VRの中だけだけど、泳げたら気持ちいいでしょ? たぶん」
的外れなのは、自分でもわかってる。仮想空間の中で泳ぎができたからって、現実世界でもできるとは限らない。
特に三枝さんの現実の体は、過去のトラウマから体を動かす事そのものに拒絶反応があるみたいだし。
「そうね。次、みんなでここに来れた時に、私の華麗な泳ぎを見せつけたいもんね」
三枝さんは真っ白い歯を見せて、にかっと笑った。
思っていた以上に、時間が進むのは速い。
メニューからビート板を呼び出してしばらく浅瀬でばた足の練習をした後は、休憩も兼ねてスイカ割りを決行。
棒とアイマスクを装備した三枝さんをぐるぐる回したら、俺の指示でスイカの元へ。
三回目くらいでやっとスイカに棒を当てた三枝さんは、感激のあまり俺に飛びついてきて、冷静になって慌てて離れた。一瞬だったけど、腕に当たったあの柔らかい感覚、俺は一生忘れない。リアルの世界で起こった事じゃないけど。
そのスイカを切り分けて食べた後は、砂浜でビーチフラッグ。
ピストルの音はタイマーと連動させての真剣勝負。
でもびっくりなのは、三枝さんとけっこういい勝負になった事かな。
仮想空間の身体能力は現実の肉体の制約がなく、脳の反射速度と体全体を制御する巧緻性が物を言う。
シューティングゲームでナイフプレイをやらかすくらいだから、俺はどっちもそれなりのものを持っている。
でも三枝さんは、その俺とタメを張れるくらいの反応を見せたわけで。VR環境には慣れてると言っても、仮想空間での運動なんてブレゴスくらいしか経験がないはずなのに、凄まじい反射速度だった。
最後の勝負は三枝さんの笑ってるの見たさに、つい手が緩んで勝ちを譲っちゃう形になっちゃったけど。でも、すごく喜んでたからいいよね。
その後は火照った体を冷やすのに、もう一回海に入って、現在に至る。
「二時間もあれば色々できるって思ったけど、もうすぐ終わりなんだね」
波打ち際に座る三枝さんの手元に、デジタル時計が浮かんでいた。
時計の数字は、ちょうど“21:00”を過ぎたところ。残り時間は、十五分弱ってとこかな。
「ほんとだ、もうこんな時間かぁ」
もっと時間とってもらえばよかったかなぁ。
でも、あんまり無理言うのも叔父さんに悪いか。
「じゃあ最後に、もう一泳ぎする? ボートで沖に行くってのも、ありかもしれないけど」
「ボートかぁ……。いいかも。じゃあさ、向こうに島も見えるし、あっちまで行ってみよっか!」
「それじゃ、ボートで」
俺はメニューからボートを選択しようと、人差し指を突き出す。
その瞬間、ノイズが走ったみたいな雑音が走った。
俺と三枝さんは、思わずその方向を見る。
「……誰、なんですか?」
その場所に構成されたのは、ボートではなく一体のアバター。
ぴっちりと決めたカッターシャツ、臙脂のネクタイ、スラックス。その上からだぼだぼの白衣をまとった誰か。
それだけなら、もしかしたら間違えたのかも、と思ったかも知れないけど。
でも、そのアバターは明らかにそうじゃないっていう確信があった。
なんせ目の前のアバターは、この前のコミケで見たコスプレ集団と瓜二つの仮面をしてやがったんだから。
「三枝美夏くんだね?」
仮面野郎は俺の事を完全に無視して、三枝さんの方を見ていた。
声はヘリウムガスでも吸ったみたいな、声にモザイクかけたような声。そもそも、声も含めてアバターデータは変更できるものだから、全く当てに出来ない。
俺は相手に気付かれないよう、眼球運動でホログラスのメニューを開き、叔父さんに電話をかけようとした。
けど、
「ふふふふ。無駄だよ、速水瑛太くん。外部へのアクセスには、制限をかけさせてもらった」
圏外って、ふざけてんのかよ。こっちは仮想空間内にいるんだぞ。
電話回線が使えなくたって、インターネット回線や、VR専用の大容量回線。それにこのプライベートスペースなら、ユニコーンスタジオの内線だってあるはずなのに。
それらが全部圏外の表示になっている。SNSやP2P接続の通信アプリも、根こそぎ使用不可能。
ホログラスからの間接接続じゃなく、プライベートスペースのメニューから直接内線にアクセスしてみても、
「内線が使えないって……どういう事だよ」
やっぱり使えない。
しかも、最後の砦と思っていたプライベートスペースからのログアウトコードも。
万事休すだ。
「三枝美夏くん。君は、リアルの世界に絶望を抱いた事はないかい?」
仮面野郎はゆっくりと、俺達の方に近付いてくる。
「君のリアルの体は、色々と不自由があるそうだね。運動すると、体が拒否反応を起こすとか」
「なんで、その事。親以外には、速水くん達しか知らないのに……」
三枝さんは、明らかに怯えていた。無意識になんだろうけど、俺の背中に隠れるようとしてる。
さっきまでの元気な姿が嘘みたいに、小さく震えていた。
「どうだい? 私達と一緒にリアルの世界を捨てて、この世界の住人になりたくはないかい?」
まるで選挙の街頭演説みたいに、大仰に手を広げて。
「君自身を苦しめる肉体など捨てて、辛い事などない新しい世界へ旅立ちたくはないかい?」
仮面野郎は俺から一メートルくらいの位置で、ようやく立ち止まった。
「肉体のしがらみから解放された君は、それでようやく真の意味で自由を手に入れる事ができるのだよ!」
こいつは危険だ。どこかぶっ飛んでやがる。
俺の中で、何かが切り替わっていく。
そう、まるでゲームでボス戦にでも挑んでいる時のような。
仮面野郎が、三枝さんに向かって手を伸ばしてきた。
「…………」
でも俺は、その場からどかなかった。
仮面野郎の目が、初めて俺の方を向いた。温度の感じない、作り物みたいな目。
元々作り物なのに、『みたい』ってのも変な話だな。その目が、じぃぃっと俺の方を見てきた。
「そこをどいてくれないかな、速水瑛太くん」
「嫌です」
「……すまない、よく聞こえなかったもので。もう一度返事を聞かせてくれないかな?」
「嫌だって言ったんですけど」
俺の返事を聞いたとたん、冷たかった仮面野郎の視線がいきなり軟化した。
てっきり怒ったりすると思ったら、憐れみや諦観みたいなものがはっきりと感じ取れる。
まるで、目に見えない情報として空間に放出されてるみたいだ。
「やれやれ~。君も理不尽な現実世界に縛られた、憐れな人間の一人なのだね。しかし、我々は君を拒絶したりはしない。さぁ、我々と共に手を携え、真なる楽園に旅立とうではないか!」
「だから、嫌だって言っているでしょ」
なるほど、こいつらはとんでもないカルト集団だ。
インフェルスの過激派、まさか実際に目の当たりに――それも声をかけられる事があるなんて、思いもしなかった。
「…………そうか、ならば仕方がない」
仮面野郎は一歩下がると、ホログラスのメニューを操作し始めた。
ただし、メニュー画面は、明らかに不正改造をしたらしいノイズが走っていた。
「仮想世界を否定する者に、情報生命体たる資格なし!」
異音と同時に、画面男の右手にポリゴンが集まり、一つのアイテムが形成される。
もちろん、本来はこの空間で構成できるアイテムではない。
「罪人、速水瑛太に判決を下す。君には、仮想世界からの永久追放を命ずる!」
仮面野郎の手の中には、金と青の意匠を掲げる、一メートルを軽く超える大剣が形成されていた。
「くそっ!?」
俺の体は、反射的に動いていた。
三枝さんを抱きかかえて、後ろに大きく跳ぶ。三枝さんをかばうように、空中で向きを変えて背中から着地。
だけど、現実に限りなく近いフィールドバックによる痛みが、全身に襲いかかった。
「くっ!!」
それでも、仮想の体は現実のものとは異なる。思考さえ生きていれば、体は動かす事ができる。
長年のゲームで染み付いた習慣が、瞬時に俺の体を起き上がらせていた。
即座に視線を仮面野郎に固定し、可能な限り短時間で必要な情報をかき集める。
「裁きを! 裁きをぉおお!!」
剣の間合いの数歩外で、まず一振り。
どうやら、アクションゲームの類には馴れてないらしい。武器や体の体重移動がおろそかで、威力を出し切れていない。
そのせいで、剣の速度も遅い。
痛みのフィードバックは怖いが、今は俺が何とかするしかない。
仮面野郎が剣を振り上げるのと同時に、俺は正面から突っ込む。向こうは慌てて剣を振り下ろしてきた。
こっちの誘いに、まんまと乗ってくれやがったぜ。
相手が振り下ろし始めた瞬間、俺は斜め前に踏み込んだ。
そして体一つ分ずれたところから、腹に思いっきりタックルをかましてやる。
過去にやったゲームの徒手格闘の技を思い出しながら、震脚を効かせて全体重をぶつけた。
「うぐっ!?」
悲鳴すら上げられず、仮面野郎の体が吹き飛んだ。
通常の仮想空間ならいざ知らず、ここはフィードバックのリミッターを低く設定さた特殊な空間。
よほど鍛えた人間じゃないと、今のは耐えられないはず。
「速水くん!! 大丈夫!?」
血相を変えて近寄ってくる三枝さん。
でも、俺は体を動かす事はおろか、声を上げる事すらできなかった。
「速水くん!? 肩……!!」
ったく、あんにゃろう。
仮面野郎の剣が、左肩をかすめやがったせいで、今まで経験した事のない痛みがフィードバックされてきた。
あえて言うなら、切り傷に爪を突っ込んでほじられてるみたいな。
とにかく、傷を中心に熱さと痛みがあちこちに広がってくる。
無意識のうちに、右手が傷口を押さえていた。
掌に広がる、生暖かくてどろっとした感触。右手からは、単なる演算によるフィードバックとは思えない、リアルな血が染み出している。
ヤベ、仮想と思って調子に乗りすぎたかも。
「血が、えっと、メニューに包帯って……」
三枝さんがやたらパニックになっているおかげで、思いのほか俺の方は冷静だ。
ただ、次にあの剣ふりまわされたら、もうかわせない。
どうする? どうすればいい?
「ははは、いいだろう。今回は君の勇気に免じて……見逃してあげよう。執行猶予というやつだ」
腹を押さえたまま仮面野郎は立ち上がると、ホロを十枚以上出現させて同時に操作する。
プライベートスペース全体が軋み、ノイズが走り、ポリゴン化と再構成を繰り返す。
「だが、覚えておく事だ。近い内に、裁きは下される。それも、もっと大きなものになってなぁ。その時こそ、共に真なる楽園へと旅立とうぞ。さらばだ!」
そう言うと、仮面野郎とエクスカリバーは無数のポリゴンとなって空間へと解けていった。
プライベートスペースに起きていた異変も止まり、元の状態で安定する。
やべぇ、今頃になって意識が……。
真っ黒に染まってゆく視界と思考。その最中、最後まで三枝さんの声だけが聞こえていた。




