Stage26:2063/01/04/19:15:04【-0532:45:56】
それからしばらく待って叔父さんに連れられて入ったのは、一辺が三メートルはありそうな正方形のタイルが、無限に敷き詰められた空間だった。
どれくらいの広さがあるのか、想像もつかないくらいの。うぉぉ、距離感がおかしくなりそう。
「確保できたのは二時間だ。終わり五分前にはアナウンスが入るから、終わりの時間はあまり気にしなくて大丈夫だぞ。何かあれば、内線で私に連絡してくれ」
「はい、ありがとうございます」
「あぁそうだ。プライベートスペース内は監視されてないからって、変な事するんじゃないぞ?」
「叔父さん!」
「はっはっはっはー。思う存分、青春を謳歌するんだな。はっはっはっはー」
まったく、いらん事ばっかり言いやがって。
叔父さんは荒らすだけ荒らすと、どっかに消えやがった。
ま、オンラインゲームなんだから、発売した後も色々とやる事があるんだろう。
もうすぐ、大きなイベントもやるとか言ってたし。
いやまあ、それはどうでもいいんだけど。
「で……でさぁ、速水くん…………。ここって、何なの?」
叔父さんのせいで、こっちは大事件ですよ。
三枝さんが超恥ずかしそうにもじもじしてるやないですか。
可愛いけど気まずさ一億万倍ですよ。
「ユニコーンスタジオ社員用の、休息スペースみたいなの。予約制で普通なら空いてないんだけど、今はブレゴスの運営が忙しいから、なんとかできたって。じゃ、まずはここから」
俺はプライベートスペースのメニュー一覧を呼び出す。
フィールド設定は全部で四つ。最初に、その中の一番上を選択した。
「うわぁ…………。なにこれぇ、すごぃ………………!!」
三枝さんが驚くのも無理はない。
さっきまで無味無臭無機質だった白い空間が、桜が満開の小高い丘のに変わったんだから。
てか、俺の方も割と驚いてる。
温かい春の風が頬を撫でて、舞い散る桜の花びらも一枚一枚丁寧に再現されている。
それに澄んだ空気の味というか、都会じゃ絶対感じられないような自然の匂い的なものまで感じられる。
でも、一番驚くのはグラフィックスの綺麗さじゃない。
「実はこの仮想空間、普通の仮想空間よりリミッターが抑制されてるんだ」
「へぇぇ。いつもの何十倍も気持ちいから何かと思ったけど、そういう事だったんだ。空気から違うもんねぇ。すぅ~はぁ~」
「気に入ってもらえたみたいでよかった」
機械によって再現されるとは思えないような感覚が、五感を通して伝わってくる。
リアルの一歩手前まで迫ったこの感じは、普段の仮想空間じゃ絶対に体験できない爽快感だ。
「他にも、三つあってさ……」
俺はメニューを操作して、次のフィールドを再構成した。
すると今度は、気温が一気に跳ね上がった。肌はには粘ついた湿気と潮風がまとわりつき、上からは突き刺さるような太陽光が降り注ぐ。
足下はしゃりしゃりと砂が音を立て、寄せては返す海の青がすごく綺麗だ。
「海だぁ……」
「まだあるよ」
と、続けて次のフィールドへとチェンジ。
気温と湿度が下がり、桜の丘と同じような感じになる。
でも、風は少し冷たくて、景色もだいぶ様変わりしている。
近くの山を埋め尽くす椛が、すごく綺麗だ。一言に紅葉って言っても、黄色、赤、朱、橙、中にはまだ緑なんかも残っていて、見た目にも鮮やか。裏手には丸太でできたコテージ、大きな池には桟橋があって、ボートまで付いている。
「で、最後の一つ」
そして、メニュー一覧の一番下のフィールドを選んだ。
ポリゴンと化した木や山が、今度は一面の銀世界を再構築した。気温は更に下がって、今の服装だと寒いくらい。
なだらかな雪山、上まで伸びるリフト。
麓には可愛いデザインの雪だるまがちょこちょこあって、見てるだけでも和める。
「春、夏、穐、冬の四つのフィールドがあるだって。小物とかは、別に呼び出せるみたいだけど」
俺はいったんフィールドを元の白い空間に戻してから、隣を見る。
そしたら、ドキってするぐらい近くから、三枝さんがこっちを見ていた。
「速水くん、どうして……」
目が真剣すぎて、そらす事もできない。
でも、さっきまでの恥じらっている三枝さんじゃ、ないような感じだ。
感激はしていても、なんでっという疑問の方が多い感じ。
「どうして、私をここに、連れてきてくれたの?」
冷や汗だらだら、生唾だって何回飲んだ事か。でも、今日のため、この一言を言うために頑張ってきたんだ。
俺の思いを伝えるだけの勇気はまだないけど、それを間接的にでも伝えたい。
支えるとか、元気付けたいってのはおこがましいし、ちょっと違う感じだけど……。
「コミケの時に倒れた時、言ってたから」
「コミケの時?」
「仮想空間の中なら、体動かしても平気って言ってたから。だから、ここで思いっきり体動かせたら、気持ちいいかなって、思って」
途切れ途切れになりながらも、俺は頑張って言葉をかき集めた。なんかもう、一世一代の告白みたいな緊張具合。
顔がこぅ、ぼわぁって熱くなった。自分でも、絶対に顔赤くなってるよなって言えるくらい熱い。
いくら仮想でも、こればっかりは誤魔化せない。
「あの、もしかして、嫌だった?」
きっとここが仮想空間で、誰もいない状況じゃなかったら言えなかったと思う。
「ううん。全然……………………。全然そんな事、ない」
でも、三枝さんは顔をふせたまま上げてくれない。
そんな事ないって言ってるけど、気を使ってるだけなんじゃないかって不安になる。
やっぱり、これってやり過ぎだったかな。VRゲームでも十分すぎるくらい満喫してたし。
「三枝さんコミケに誘ったの、俺だし。それで結果的に連れ回しちゃったせいで、三枝さん具合悪くなっちゃったから、そのお詫びがしたかったんだけど……。余計なお世話だったら、ごめん。気を使ってるなら、このまま帰ってもらっても、俺全然大丈夫だし…」
「ストップ!」
言い訳じみた事……でもないか。気まずくなって言い訳をまくし立ててた俺に向かって、三枝さんは手を突きだした。
反射的に、俺も口を閉じる。俺の顔の手前十センチくらいの位置に、三枝さんの手があった。
俺よりちょっと小さいくらいかな。細いけど、あったかくて柔らかそう。
「ごめん。ちょっと、嬉しすぎて……」
よく聞くと、涙声になっていた。
顔はうつむいたままだったから見えなかったけど、その下に視線を向けると、タイルの上を円形に広がっていくエフェクトが見えた。
ぽたっぽたって、水滴でも落ちてるみたいな。
「速水くんって、ホント、優しいんだね」
「そんな事は!? …………なぃって」
「ううん、速水くんは、優しいよ。中学校の時も、みんな私の夢の事、笑ってた。子供っぽいとか、なれるわけないって。でも、速水くんだけは違ったから」
「……俺が?」
「うん」
頑張って中学時代の事を思い出してみるけど、三枝さんのなりたい職業が珍しかったってのしか覚えてない。
野郎の方はまだ子供っぽい職業書いてたけど、残りの男子とほとんどの女子が無難な職業だったから、余計に目立ってた。
でも、俺は当時何もした記憶はない。そもそも、クラスでは明るい方で賑やかなグループにいた三枝さんに、ゲームばっかやってる根暗集団に属してる俺が話しかけるとか絶対に無理だもん。
「体育の授業。参加できなくて見てるだけの私のとこに、速水くんが野球のボール取りに来た時に、言ってくれたんだ」
「なん、て?」
「『3D空間デザイナー、かっこいいと思う』って」
俺、そんな事言ってたのか。全然覚えてないけど。
「ごめん。俺、全然覚えてない」
「ううん、いいよ。だって、私の事心配して、ここに連れてきてくれたんでしょ?」
「それは……………………まぁ」
「それだけで、すっごい嬉しいから」
三枝さんは涙を袖でごしごし拭うと、がばって頭を上げた。
ちょっと目頭が赤く腫れてるけど、でもすごくいい笑顔だ。
「と、ところでさ、どこのフィールドがよかった? 二時間なんてあっという間だから、時間いっぱい楽しまないと」
目を合わせるのが気まずすぎる。咲希ならどんなアバターでも、全然気にならないのに。
その気まずさをはぐらかすように、俺は話題をふった。
実際、時間は待ってくれない。せっかく叔父さんに無理言って借りてもらったんだから、時間いっぱい使わないと損だ。
「う~~~~ん。じゃあ、海がいいかな。実は、リアルだと行った事なくて」
「海な。わかった」
俺はメニュー画面を呼び出すと、例の砂浜のフィールドを呼び出した。




