幕間:ある日の厨房
幕間書いてみました
「うーん、うまい……」
朝、昼、夜のピークを越えて少しゆとりの生まれた厨房の片隅、地球で言えば庶民的な料理を噛み締めて清潔感のある男性は何度目かになる感動に打ち震えていた。
「お疲れ様でーす。って料理長、まーたそれ食べてたんですか?」
「おう、サンティ。いやぁ、姫様から教えてもらった料理は、どれも簡単だが斬新でその上美味くてなぁ」
色々な具材が挟まれたふんわりしたパンを頬張りながら頬を緩める男性に、サンディと呼ばれたまだ若い料理人は呆れたように溜息を吐く。
「美味しいのは分かりますけどほどほどに。料理長のサンドウィッチは『陛下に』と竜姫様が提案したレシピより、数段体に悪そうですから」
卵や柔らかめに火を通した野菜など、陛下の体を気遣って作られたものではない、料理長のサンドウィッチには、今日も「これでもか」と言わんばかりの豪華な食材が詰められている。いつぞや騎士団長の娘からの依頼で作成し、後ほど申し訳なさそうに陛下から返却されたアレにそっくり。……いや、もしかして同じ?
嫌な予感に襲われ、哀れむ様な視線で上司を見つめる少女。その様子に覚醒ないことを悟ったのか、料理長は少し弛んだお腹を撫でながら告げた。
「……あぁ。コレ、今日の陛下の残飯だよ」
やっぱり……。
陛下を思い、心を込めて作られたはずの料理がこうして料理長の胃に収まっていく。そんな切ない現状に、サンドウィッチに向けられる視線は複雑なものになってしまう。
「なんか、悲しい食べ物ですね」
「まぁな。でも、これでも以前よりは召し上がって頂けるようになったし、食べ物に、罪はないからなっ」
努めて明るい表情を作ってお得意の言葉で締めくくり、料理長は再びサンドウィッチを頬張る。咀嚼とともに呟かれる「美味い」の言葉に嘘はなさそうだが、そんなときでも止まらないお腹を撫でる仕草に少女の眉は顰められるばかりだった。
本当は、そんなに胃が強いわけじゃないのに……。
彼がその仕草を始めたのはあの竜姫が現れた、つまり陛下が食事を召し上らなくなってからのこと。陛下が日に日に窶れていく中で、料理長の体型は徐々に豊かになっていくが、周囲の者は、それが彼の食物への愛ゆえと理解している。
早く、陛下が食事を召し上がれるようになるといいのに……。
その手助けをしたいと願っているのに、手を尽くしても報われない。工夫を凝らした一皿も、綺麗に盛り付けられたままの状態で下げられると、そのたびに無力感が全身を襲う。まだ下っ端の少女でさえそうなのだから、勤続数十年の料理長が胃を痛めるのも無理はない。
何かお腹に優しいもの、ないかな……。
そんな少女の願いを聞き届けるかのように、数秒後、近衛兵を伴った竜姫がおずおずと厨房のドアをノックする。
「あの、少し厨房を貸して頂きたいんですけど……」
◇
「うーん、お粥ってホッとするなぁ……」
「あっ、料理長ってばまーたソレ食べてるんですかー?」
「おう、サンティ。お前も食べよう。今日はチキンスープで炊いてみたぞ。お前、このスープ好きだろう?」
「……いただきます」
「うんっ! おいしいっ!」
「だろう?」
「あぁ、竜姫様。この国にはない美味しいお菓子とかも知らないかなぁ……」
スプーンを加えて足をバタバタさせる少女に、料理長は少しスッキリしたお腹周りを撫でる……のではなく、年相応の表情を浮かべる少女の髪を整えてやりながら、優しく微笑んで告げる。
「今度、機会があったら聞いてみなさい」
「はいっ!」
こうして竜姫は、人知れずこの国の人間の胃袋を掴んでいるのだった。




