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「お前、調子に乗るなよっ!」
わたしの私室を訪れた陛下の記念すべき第一声は、実に陛下らしいものだった。サンドイッチ事件以来、わたしに対する態度を軟化させたというか……臆病になった陛下。正面を切っての文句は減ったし、チラチラとこちらを窺うような視線を感じるようになった。陛下なりに気を遣ってくれているんだろう。鬱陶しいけど……。
「何のことですか?」
本当に心当たりがなくて尋ね返すと、久しぶりに陛下らしく怒鳴った。
「恍けるな! 一度食ってやってからというもの、毎日毎日食い物を持ってきおって! 健康だったとしてもあんなに食えるか!」
「……」
「…………」
「……何の、ことですか?」
「……お前じゃないのか?」
コレ、とおずおずと差し出された銀食器には、あの日わたしが「陛下に」とお願いしたのと同じサンドイッチが乗っていた。ただし間に挟まる具は以前より豪華になり、厚みも増しているけどね。これじゃサンドイッチというより、ハンバーガーかな。
城に就職出来るくらいだ、アイディア出せばみんなを発展させるのが上手い。でも……
「心当たりがありません」
知らないものは知らない。
首を横に振ってわたしは会話を終らせた。はずなのに−−−−
「……なんですか?」
陛下は部屋を立ち去らない。まぁ、このお城自体が陛下の所有物だからどこにいようが陛下の勝手ではあるんだけど、どうしてわざわざここに居るんだろう? わたしの顔なんて見たくもない、って何度も言っていたのに。
気まずそうにごにょごにょ口籠りながら、陛下はようやく切り出した。
「……これ、食ってくれないか?」
「はいっ?」
許可した覚えはないのにわたしの正面に腰を下ろし、陛下は「頼むっ!」とサンドイッチを差し出す。とても一口で食べられるサイズの食べ物じゃないし、色気もないけど、これはいわゆる「あーん」というやつではないか?
「お断りします」
ツンッと顔を背け、陛下の好意(?)を拒否。何が悲しくて陛下とそんな恋人ごっこをしなくてはならないのだ。それに、もしかしたら“毒”が入っているかもしれな……。
「……言っておくが、毒など入っていないぞ」
見透かしたように言われ、ドキッと心臓が跳ねた。視線をズラせば、陛下が不愉快そうに表情を歪めている。でも明らかに気分を害したはずなのに、陛下はいつものように激昂するでもなく淡々と語った。
「なんのための銀食器だと思っている。毒が入っていればすぐに分かる」
「では、ご自身で召し上がられてはいかがですか? 今日も、あまり朝食を召し上がらなかったでしょう?」
陛下に差し入れをした日から少しは口にするものも増えているようだが、今もやはり陛下の主食は飲み物だ。それもスープなどではなく、コーヒーなどのカフェインばかり。……思い出しても身体に悪そう。というか、寝られないというけど、あれだけカフェインばかり摂取していれば当たり前じゃないか。
呆れたように溜息を吐けば、陛下もまた表情を歪める。でも今度は不愉快そうに、ではない。
「……それが出来れば苦労はない」
「えっ……?」
弱々しく呟いた陛下はとても苦しそうだった。
初めて見る表情に戸惑い、掛ける言葉を失う。すると、それが伝わったのか陛下は顔を逸らし自嘲気味に嗤って席を立った。
「……急に頼み事などして悪かったな」
「えっ、いえ……」
部屋を去ろうとする陛下を反射的に追いかける。「余程のことがない限り、客人は見送るのが礼儀です」と教育係の宰相様が仰っていた。それが、きちんと身に付いたようだ。
しかし、私の見送りを陛下は手で制して言った。
「……見送りはいい。ただ、その代わりに一つだけ頼みがある」
「……なんでしょう?」
「……今日は、この部屋から出ないでくれないか?」
「……わかりました」
特に外出しなければならない予定もなかったので素直に頷けば、「ありがとう」と言って部屋を出て行く。お礼を言われたのは、この時が初めてだった。でも−−−−
陛下、どうしたんだろう……。
なんだか調子の狂う、初訪問だった。
読んで頂いてありがとうございました。
また次回っ!
可嵐