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あらあら、やっぱり……。
宰相様に案内されて陛下の私室を尋ねると、寝相の悪い大人でも5人くらいは安眠で来そうな大きなベッドで、陛下は書類と睨めっこしていた。表情は厳しいけれど、部屋着に着替えたからなのか、いつもよりは親しみを感じられる。まぁ、向こうはそんなこと思っちゃいないだろうけどね。
「……陛下、休んで下さいと言ったはずですが?」
「眠れないんだから仕方な……」
宰相様の声に視線を上げた陛下。髪と同じくオレンジの瞳にわたしを捉える。
「お邪魔致しております」
「何故お前まで居る……?」
その瞬間声のトーンを下がり、眉が顰められた。ここまで露骨に嫌がるなんて、全く大人げない。
「陛下が倒れたと聞いて心配になっ」「嘘を吐けっ!」
「……ったのですが、憎まれ口がきけるようなのでホッと致しました」
別に嘘ってこともなかったけど、嘘だと決めつけられてムキになるほど心配していたわけじゃないからお世辞を取り下げて嫌味を言ってしまった。それにはやはり陛下も気分を害したようで、フンッと鼻を鳴らしていた。けれど、そもそもどうすれば陛下の気分を害さずにいられるのかがまだがわたしには分からないからどうしようもないかな。とりあえず、わたしもフンッとそっぽを向いておく。
「あっ……」
その時、何かを思い出したかのように宰相様が声を上げた。何ともわざとらしいタイミングの思い付きに、わたしも陛下も身構える。
案の定、宰相様は天然なフリしてえげつなく核心を突いて来た。
「そういえば、姫様から差し入れがあるんですよ。ねっ、姫様?」
『えっ?』わたしと陛下の声が重なる。
「朝食を食べなかった陛下を心配してシェフに頼んで下さったそうです。姫様がいた世界の食べ物だそうですよ。執務されるのでしたら、召し上がったらいかがですか?」
預けておいたサンドイッチを取り出し、陛下の目の前に突き出す宰相様。作ってもらってから時間が経ってしまったからか、少々乾いてしまっていたが、陛下はサンドイッチを珍しげに眺めていた。でも、食べることを促されるとぼそりと呟く。
「……毒は入っていないだろうな?」
その一言にわたしはキレた。
「当たり前でしょうっ! わたしが作ったならまだしも、あなたの雇ったシェフが作ったんだからっ!」
突然声を荒げたわたしに面食らった陛下であったが、すぐに持ち直して屁理屈を捏ねる。
「た、確かに作ったのはウチのシェフかもしれない。でもその後はお前の手に中にあったのだろう?! 毒など何時でも盛れたはずだっ!」
「あなたがわたしを殺したいからって、わたしもあなたを殺したいと思っているとは限らないでしょ!」この言葉に陛下は息を飲んだ。
「他に頼れる人も居ないこの世界で、保護者であるあんたを殺して……一体わたしに何の得があるっていうのよ?! あると思うなら言ってみなさい!」
涙を滲ませながら詰め寄れば、陛下が僅かに後退する。憎まれ口は出て来ない。わたし同様、すぐに思い付く得はないようだ。視線が逸らされ、部屋に沈黙が落ちた。
「……毒なんて入ってないけど、信じられないならそれは捨てて下さい」
「えっ?」
「わざわざ毒味させてまで食べて頂く必要はないと思いますから。では、わたしは先に失礼致します……」
「姫様っ?!」
宰相様の声にも振り向かず、わたしは部屋の外で待機していた侍女について、与えられている部屋へ戻った。その道すがら、悔しくて何度も涙が滲んだけれど誰にも見咎められることはなかった。
わたしだって、陛下が好きなわけじゃない。そもそもこんなに嫌われていて、隙あらば命を狙ってくるような人なのに、こっちが愛してあげようって方が無理だ。でも、だからって殺したいほど……死んで欲しいと願うほど嫌っていたわけじゃない。瀕死でこの世界にやって来て、色々な人に助けてもらった。わたしのために捧げてくれた労力や命。それを無にするほどわたしは恩知らずじゃない。今だって衣食住を確保してもらっていることには感謝さえしている。
それに、陛下が寝食を蔑ろにしていることと、周囲がそれを心配していることくらい、気付いているんだよ……。
陛下なんか大嫌いだけど、恩返しするならここしかない。そう思ってシェフにサンドイッチを作ってもらったの。なのに、陛下は……。
『……毒は入っていないだろうな?』
わたしだけじゃなく、陛下を心から心配してくれる人の気持ちも、サンドイッチを作ってくれた人の気持ちも裏切った。わたしにはそれが許せなかった。
「陛下のバカ……」
陛下に聞かれれば、間違いなく死罪になる悪口を言い捨てて目を閉じる。度重なる緊張と感情の高ぶりに疲弊していた神経は、目を閉じるとともに休息を始め、すぐさまわたしを眠りの世界に誘った。
夜半、夜の食事をすっぽかしたわたしのもとに、宰相様が空の食器とサンドイッチを持って現れた。陛下からの差し入れらしく、「毒は入っていないから必ず食べるように。毒味役をつけてもいい」との伝言までついていた。
「……いただきます」
もちろん毒味なんて付けることもなく、わたしはサンドイッチを口にした。宰相様の目の前で食べるサンドイッチは、朝食の残りで作った陛下用のサンドイッチよりも豪華でとても美味しい。それを素直に口にすれば、「陛下もそう仰っていましたよ」と宰相様は言ったけど……それはちょっと信じられないな。
でも、捨てずに食べてくれたことだけは信じよう。そう思えた夜だった。
ども、可嵐です。
なるべく毎日更新がんばりますが、多忙のため出来ない場合もございますのでご容赦ください。
ではでは、読んで頂いてありがとうございました。
また次回っ!
可嵐