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「はぁ……。もう、嫌……」
サンドイッチを抱えて部屋に帰り着き、侍女に助けてもらいつつ着替えを済ませるとわたしは大きなベッドに突っ伏した。傍付きの侍女には「姫様、はしたないです」なんて怒られたけど、慣れない格好に加えて神経を使い続けていれば、ほんの数時間の活動でもこうなっちゃうって。
なんでこうなったんだろう……。窓の外に広がる自然を眺めながら、何度考えても答えのでない問いを今日も繰り返してみる。
こっちの世界に来る直前、すごく嫌なことがあって、わたしは食事も睡眠も出来なくなっていた。吐き気も目眩ももはや空気のように纏わりついて、今と同じように横になっているだけでも世界は歪んでしか見えていなかった。
−−−−あぁ、このまま死ぬかもしれない……。
もう痛みさえ分からなくて、“死”が近付いてくることだけを実感する日々。初めはそれも怖かったけど、次第に近付いてくる“死”の声はとても優しくて、いつの間にか「これであのコの気が晴れるなら、呼ばれる方へ行ってもいいや……」なんて思うようになっていた。そしてついに、わたしは“彼”に呼ばれるがままあちらの世界を離れ−−−−
『もしっ! あなたっ! 大丈夫ですかっ!?』
次に目を覚ました時は、この世界に居た。
「……さ、ま。姫様っ」
回想にふけっていたわたしをいつの間にか傍に来ていた宰相様が呼んだ。
慌てて身を起こせば、絹のような銀髪をゆるりとリボンでまとめた美人が穏やかに微笑んでいる。陛下と親戚だという話だが、優しく儚い印象の宰相様と、赤に近いオレンジ色の髪を振り乱して怒ってばかりの陛下ではとても共通点など見当たらない。
「申し訳ありません、先生。少々考え事をしておりましたっ!」
さっと立ち上がって身だしなみを整え、淑女の礼をとる。わたわたしていたから、とても“淑女”なんて雰囲気はなかったけど、「挨拶の仕方は覚えられたようですね」と宰相様は頭を撫でてくれた。実は宰相様、陛下に命じられてわたしの教育係もして下さっているのだ。
よかった……。
出来た時はこうして褒めてもらえるけれど、出来ない時の宰相様は怖い。ニッコリ微笑んで「もう一度」と言われ続けると心身ともに疲れ果てる。まぁ、そのおかげでこちらの世界で不安に枕を濡らすこともなく睡眠を取ることができてたけどさ。
「……そういえば、先生、何か御用でしたか?」
ひんやりした手に身を委ねていたわたしの心にふっと疑問が過る。忘れていたけど、一応ここ寝室だからね。「陛下以外の男子は禁制ですっ!」って、侍女さんたちも言っていたよ?
「あぁ、そうでした」と国の中枢にいるくせに易々と規則を破っている宰相様は、やはり何事もなかったかのように用件を切り出そうとする。
いや、その前にこの部屋を出て行こうよ。お話ならあっちの部屋でも出来るでしょ?
しかし、そんなわたしの願いも虚しく宰相様は寝室で話を続けた。
「姫様が陛下にお会いしたいということでしたので、お迎えに上がりましたよ」
「えっ、会えるんですか?」
先ほど侍女に確認してもらった時は、『陛下は午前中、会議だそうです』と言われたのだけれど……。首を傾げるわたしに宰相様はやはり最高の笑顔で告げた。
「はい、会議中に陛下がお倒れになったので今日の予定はすべてキャンセル。現在はお部屋で休まれています」
「えっ……?」
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また次回っ!
可嵐