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「天使ちゃーん」
宰相様の講義が終り、晴れて自由の身となったわたしは、小さな背中を探しながらパタパタと場内を走り回っていた。お城の人は不審な目でわたしのことを見ていたけど、そんなこともあまり気にならなかった。宰相様から騎士団長様のことを聞いたら、天使ちゃんのことが心配になっちゃったから。えっ、どうしてかって?
だって、天使ちゃん……泣かなかったんだもん。
この死神体質のせいで、親しい人や家族が亡くなるって体験は嫌々ながら何度かしたことがあるけど、その時のわたしはバカみたいに泣いていた。自分のせいだってわかっていても、涙が涸れるまで泣いた。悲しくて自分が許せなくて、泣き疲れる以外に眠ることも出来なかったし、泣くためには体力の必要でだからこそ食べていたって側面もある。とにかく、大切な人が死んだとき、わたしはそれくらい悲しむことにエネルギーを費やした。
でも、天使ちゃんは違う。影で悲しんでいるとか、小さくてまだ分かってないから泣かないとかじゃない。
たぶん、“自分より悲しんでいるお母さんを気遣って泣けない”でいる。天使ちゃんを見ていた、わたしはそう思ったんだ。
「天使ちゃーん」
「……ニャンコ?」
不意に返事が聞こえて辺りを見回す。すると、渡り廊下の右手に広がっていた来賓用らしいお花畑の真ん中に天使ちゃんの姿があった。
「天使ちゃん、やっと見つけたっ!」
身を乗り出して天使ちゃんに手を振る。
「ちょっと話したいことがあるのっ! すぐにいくからそこにいてっ!」
「えっ、すぐってちょっ……ニャンコ?!」
手近な場所にあった木に飛び移り、草の多そうなところを選んで飛び降りたわたしを見て天使ちゃんが悲鳴のような声を上げる。自分でも驚くほど大胆な行動だったけど、不思議と怪我なんてしない自信があった。
ううん。たとえ怪我をしたとしても、今は天使ちゃんの方が大切だと思ったの。
「ニャンコ! ちょっとあんたなんてむちゃちてんの」「天使ちゃん!」
駆け寄ってきてわたしを叱ろうとした言葉を遮って、天使ちゃんに抱きつく。急に抱きつかれて驚いたのか、天使ちゃんがじたばたともがいたけれど、彼女の小さな身体は女のわたしでもすっぽり包めるほど華奢で……。
こんな子が涙を堪えて亡くしたばかりの父親について語るなんて……一体どれだけ強いんだろう?
「我慢しなくていいんだよ!」
わたしの言葉に天使ちゃんの身体が固まった。
「い、いきなりなにいって……」
「天使ちゃんは泣き虫なんでしょ? ……だったら、泣いていいんだよ」
大人しくなった背中をそっと擦る。
がんばっている子にがんばらなくてもいいということが正しいかは分からない。けれど、どうしても伝えたかった。確認したかった。
「ママは、パパが大好きだから泣いているんだよ」
「……パパが、すきだから?」天使ちゃんの声が震える。
「そうだよ。大好きなパパがいなくて寂しいから、ママは泣いているんだよ」
本当は、天使ちゃんのママの気持ちなんてわたしに分かるはずもない。だけど、天使ちゃんがママのこともパパのことも大好きだったことは分かったの。だから−−−−
「天使ちゃんも寂しいでしょ?」
「……さみちいわ」
「……その気持ちは我慢しなくていいんだよ」
本当? と小さな声がして、抱きしめた身体が震えはじめる。
その問いに、わたしは更に強く天使ちゃんを抱きしめて答えた。
「本当」
次の瞬間、肩に重みが預けられて温かな雫が服を濡らす。
それを受け止めながら、『あっ、この服借り物だった』なんて想いが一瞬だけ頭を過ったけれど、天使ちゃんの心を守るためなんだから、きっと許してもらえるよね?
「帰ろう。ママのところ送ってあげる」
天使ちゃんの呼吸が少しだけゆっくりになるまで待って、わたしは彼女を抱きしめたまま立ち上がる。そして、そのままお城の方へと歩を進めようとしたんだけど−−−−
「まって!」
ギュッとドレスの襟を掴まれ、天使ちゃんに帰城を阻まれる。
「えっ?」
「かえるまえにニャンコにおねがいがあるの」
「なぁに?」
耳を貸して欲しそうだったので耳を向けると、天使ちゃんはわたしに思いもよらないお願いをした。
お久しぶりです。可嵐です。
中々時間がありませんが、とりあえずリアルが一段落しましたので、久々に続きを書いてみました。今後も時間を見つけてがんばりますね!
ではでは、読んで下さってありがとうございました。また次回!
可嵐




