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第二章 辰巳と克也の出逢いのきっかけ 2

 腹を抱えて笑う克也の顔が、長い黒髪で隠れて見えない。両肘をテーブルについて、顔を隠した指の隙間から彼女を覗いた途端、辰巳の中にあまり心地よくない感情が湧いた。

「泣くほど笑わなくてもいいでしょ」

 笑い過ぎて涙が出ただけだと思いたがっている自分がいる。この頃の辰巳は、克也が何を考えているのか解らないことが多くなって来た。それに気付いたのは昨年のクリスマス・イブの夜。まさか彼女が辰巳にとっての自分を、加乃の代わりと位置づけているなんて思いもしなかった。

 それを知ってから何かと不安になる。ちゃんと克也をゆがませずに育てられているのか、つい自分の中にいる加乃へ問い掛けてしまう。そして今もまた訊いてしまう。

(話さない方がよかったのかな……なあ、加乃)

 答えはいつも返って来ない。ただ、日に日におぼろげになっていく微笑が脳裏を過って行くだけだ。

「だってさあ。辰巳ってば間抜け過ぎるんだもん」

 はあ、と彼女が一息ついてコーヒーを口にする。何となく釣られて辰巳もコーヒーに口をつけた。

 ずず、と飲み干した音が妙に響く。奇妙な沈黙が二人の間に漂った。盗み見るように克也を見ると、彼女は顔をこちらに見せないよう俯いたまま、少しだけ肩をいからせていた。

(多分、同じことを思い出したな)

 そう思うと、不気味な沈黙に居た堪れなくて喋り出した辰巳までが、妙にぎこちない口調になった。

「加乃が悪いんだよ。顔に泥を塗ってくれるんだから、まったく。探すのに苦労したっつうの」

 そんな言い訳をしながら、自分の皿に二切れ目のケーキを取る。上に乗せられた苺の酸味が妙に辰巳の舌を刺激した。

「あの宿に訪ねて来た時、辰巳ってば、すっごい怒った顔してたもんね。今だから言えるけどさ、あの時ボクは、本気で殺されるかと思ったんだ」

 ようやくぐしゃぐしゃになったケーキを口に運ぶ克也が、苦笑しながら言葉を次いだ。

「まだ覚えてるの?」

「だって、インパクト強過ぎだもん。いきなり目の前に現れたかと思ったら、『お姉さんは俺が買ったから連れ帰る』だよ? それを怖い顔して言われたらさ、あっちの商売の意味じゃなくて、殺されるとか思っちゃうよ」

「そんなに怖い顔してたかな」

「してた。ボクのことがばれたら、きっとボクも殺される、って思ったくらい怖かった」

 自分の顔など見れる訳がない。そんなに克也まで怯えさせていたとは思わなかった。

「や、確かにすっごいむかついてたけどね。それは加乃や克也にじゃなくて」

 ふたりの会話が、そこで止まった。その名を口にすることすら不愉快過ぎて。辰巳の意思とは無関係に、古い記憶が頭の中を流れていった。




 一ヶ月後にようやく見つけた加乃の居場所は、幸か不幸か海藤のシマの中だった。

「ねえ、守谷加乃って女がこの店で働いてるでしょ。出して」

 客を理由に断られることのない日中を狙って店を訪ね、店主へ名も名乗らずに、いきなり用件を突きつけた。

『あ、あんた』

 いかにも小物で強欲そうな面構えの店主の表情が、辰巳を見た途端に表情を変えた。どうやら海藤周一郎と直接面識のある男らしい。

『俺さ、お前さんとこのその女に美人局をかまされたの。お互いの為にも今日のことは、親父さんに全部オフレコ、ってことでよろしくね』

 唇だけで笑みをかたどる。それは相手の恐怖心を和らげてやる為のものではなかった。

『は、はいっ。すぐ、すぐに。ちょっと待ってくださいよ!』

 店主は一層顔を蒼ざめさせ、慌ててコートを手に取ると女達を住まわせているという長屋へ辰巳を案内した。


 店からそれほど離れていない場所に連なる、いかにもワケありの人間ばかりがたむろする長屋続きの一角。建築法改正以前に建てられたきり改築もされていなさそうな傾きを見て、彼女達の劣悪な生活環境を容易に想像出来た辰巳は密かに眉をひそめた。

『頭の息子さんが加乃に用があるらしい。あいつはどこだ』

 意味もなくドスを利かせてそう問う店主の後ろから、余裕で部屋の向こうを垣間見た。彼の一声で、皆が一斉に怯えた目をこちらに向けた。彼女達は無言で狭い六畳間の両端へとあとずさり、狭い導線を描き出した。

『店長。この広さにこの人数は随分狭いな。それに畳のいぐさが立っている。最低限の環境を整えるだけの利ざやも出せない経営をしてるのか』

 家畜のような扱いに不快という言葉では足りないほどの嫌悪感が湧き立ち、つい余計な口を出した。

『なんせみかじめ料がなかなかなもんでしてね。あ、いえ当然な額ですよ、不満はありゃしませんけどね。なぁに、死にはしませんよ。雨風凌げればこいつらもここへ来る前よりはマシ、ってなもんで』

 後ろめたいという概念さえ持たない、無駄に長い言い訳の弁。後半部分はもう聞く気も失せて覚えていない。辰巳は店主を無視して導線の先にある隣室との境を隔てる襖を開けた。店主の声を耳にしたその部屋の住人達は、既に両隅の壁に背をへばりつけた恰好で怯えた目を一斉にこちらへ向けていた――たったひとりを除いては。

『……しつこい男は嫌われるわよ、ボクちゃん』

 一ヶ月前に見せたのとはまったく異なる、辰巳を敵と見做して挑むような目つき。暗く澱んだ彼女の瞳を目にし、窓のないその部屋のすえた臭いが彼女をそんな風に変えてしまったのかと思わせた。押入れの襖へ張りつく形で見上げて来る彼女の前に跪き、敢えて店主へ聞こえるように彼女に伝えた。

『お姉さんは俺が買ったから連れ帰る。払った分相応のものは返してもらうからね』

 強気な言葉と裏腹に震え声だった彼女が、建てつけの悪い襖をカタカタと泣かせた。

『や、二代目。こいつはこれでも一応家の店の一番手でして』

 店主の話と加乃の身の上話が噛み合わない。その矛盾が辰巳の中で引っ掛かりを作った。それがすべての始まりだった。探るように彼女をまっすぐ射抜く。間近で見る彼女には、最初に会った時のような色めいた雰囲気が一切なく、むしろ月下美人を思わせるぬけるような白い素肌を辰巳へ見せつけた。その細い首を少し掴めば、今にも折れそうなほど儚いのに、何かを守るかのように挑む視線だけが妙に強い。その瞳と唇を噛みしめる表情が、辰巳を加乃に拘らせた。

『ただでとは言わないよ』

 ゆるりと加乃を見据えたまま立ち上がる。彼女の足がすくんで動けないのを確認すると、ようやく彼女から目を離して店主の方へ視線を向けた。

『ゼロむっつまでなら、好きな額をくれてやる。このことを親父にチクったところで俺は文句を言われるだけで済むけど、お前の方はどうなんだろうな』

 自分より遥かに年長の男に、不遜な笑みを投げ掛けた。どちらが得かと追い討ちを掛ければ、震える指を五本立てて首を縦に振る店主がいた。辰巳はスーツの内ポケットから小切手帳を取り出し、それにサインを記して放り投げると、店主に人払いを命じた。店主は慌ててそれを這いつくばって取り上げ、ほかの女達に怒声を浴びせながら慌しく部屋から出て行った。

 肩で大きく息をつく。やっと本題に入れると思うと肩の力が抜けた。振り返って見下ろせば、まだ緊張の糸をほぐせない加乃が自分を仰ぎ、敵意をむき出しにして睨んでいた。

『私達は、道具なんかじゃないわ。パーツにされて売られるなんて、御免よ』

 噛みつく声さえも儚い癖に、決して屈しないと伝えて来る強い瞳。それに胸をしめつけられた。なぜそんな心境になるのか、辰巳自身にも解らなかった。

『取って食う訳じゃないんだから、そんな顔しないでよ。ほとぼりが醒めたら自由にしてあげる。言ったでしょ。時間を買ってあげるって』

 彼女を説得しながら、スーツの前ボタンを外す。むき出しになったホルスターからコルト・ウッズマンを取り出した瞬間、彼女がより襖へ背を押しつけた。彼女の強い敵意の理由、そしてなぜその強い瞳に拘ったのか、その瞬間予測がついた。

『信用出来ないなら、これを俺の背中に向けておけばいいじゃん。絶対引き金なんか引かせないけど』

 そう言って銃口(マズル)の方を握った状態でコルトを差し出すと、彼女が驚きと警戒の入り混じった目を見張った。

『……本当に、信じていいの?』

 結局彼女はコルトに手を掛けないまま襖へ背を預け直した。

『仁義に誓って』

 そう誓った直後、初めて自然な笑みを浮かべることが出来た。

『そんなの、死語かと思ってた』

 加乃が、そう言って今日初めて笑顔を見せた。だが、どこか不安げな表情がまだ取れない。敵意をもたれるか信頼を得られるのか定かでないまま賭けてみた。

『ねえ、さっき、私“達”って言ったよね? 押入れの中に何を隠してるの? それが枕ドロの理由でしょ。それ込みで構わないから、一緒に来てよ。店主達が戻って来る前に』

 仁侠の世界とはある意味で無縁の一般人に過ぎない彼女が、そこまで自分を前面に立たせる理由はひとつしかなかった。宿無しの情夫かペット、とにかく家族に近い何かだろう。

 彼女は意を決したように、初めて押入れの襖から身を剥がした。

『独りじゃ、嫌。お願い。この子も……克也と一緒に連れ出して。でないと私、一緒に行けない』

 加乃の言葉とともにその後ろから飛び出して来たのは。

『加乃姉さんを騙して仕返しするつもりなんだろう。お前なんか大ッ嫌いだっ。帰れっ』

『……子供?』

 あまりにも場にそぐわないその存在が、辰巳に頓狂な声を上げさせた。その子は飛び出して来たなり、庇うように加乃の前に立ちはだかった。ツンと鼻をつくすえた臭いが辰巳に顔をしかめさせた。臭いの原因は、どうやらこの子らしい。何日風呂に入れていないのだろう。着ている服も、辛うじて身体を隠している、という程度でボロボロだ。肩まで伸ばし放題になっている髪の艶も、健康的というより脂で光っていると思われた。

『克也、大丈夫』

 加乃の語り口調が、辰巳の聞きたかった声音に変わる。そしてようやくホテルで身の上話をしていた時に、彼女が何を思いながら喋っていたのかを知った。

『あなたの子? にしては、おっきいか。小学生くらい、かな』

 この子は宝物なのだ、彼女の。また辰巳の胸が、きりりと痛んだ。

『……弟。まだ九歳なの。この子は私の生き甲斐だから。お願いします、この子も助けて』

 なぜか視界が霞んでいく。泉のように温かなものが辰巳の中を満たしていく。彼女に対して、自分に出来ることがある。自分が助けを求めて得られなかった年頃と同じその子に、自分自身が欲しかった手を差し伸べることが出来る。かりそめの気持ちに過ぎないが、初めて海藤に属している我が身を幸運だと思った。

『取り敢えず、出よっか。加乃がそう決めてくれないと、その子がついて来てくれないでしょ』

 苦笑混じりに手を差し出すと、やっと彼女がその手を取ってくれた。




 マンションに二人を連れて来ると、いろんな意味で頭痛がした。

 ひとつは、手順を間違えたこと。

 加乃を見つけたその瞬間、同居人の存在を忘れていた。

『あ、えっと、前に枕ドロで財布を取られた女。あんまりにも待遇悪い上に、子持ちだったから、つい……拾って来ちゃった』

 同居人の女、久我貴美子に辰巳は負い目があるせいで、釈明の言葉がぎこちないものになってしまった。

 貴美子は設計会社に勤めるやり手の新人と言われていた。それが災いして海藤組の傘下にある土建企業の逆恨みを買ってしまい、海藤組に拉致され海に沈められるところだった。辰巳が彼女を愛人として身柄を請けると父に無心して引き取った経緯がある。

 彼女とは互いのプライベートに過剰な干渉をしないスタンスをとっていたので、いつの間にか配慮を欠くという甘えが生まれていたようだ。パーソナルスペースの侵蝕を嫌う彼女がそんな辰巳に腹を立てて、一悶着になるかと思ったが。

『丁度よかったわ。マンションの契約をしてあったの』

 淡々と唐突な話を告げられ、辰巳の方が面食らった。

『嘘、聞いてない。それにまだ親父の目が』

『悪気があって黙っていた訳じゃないわ。あんたが捜査対象から外された分、海藤に追尾が集中するって高木さんから聞いていたの。こっちも愛人ごっこに飽きて来たところだし、お互いに都合がよかったじゃない』

 高木――海藤組を執拗に追う刑事がソースである現状を聞いて、幾分か不安が軽減された。だが、別の後ろめたさが辰巳に踏ん切りをつけさせず、玄関先で待つ二人の前にも関わらず、妙な沈黙がほんの数秒漂った。

『じゃ。荷物はまた改めて取りに来るわ。加乃ちゃん、だっけ。その時はよろしくね』

 貴美子が加乃に強気な微笑を浮かべてそう伝え、彼女に部屋の鍵を手渡した。加乃達を前に多くを語ることが出来ず、辰巳は何も言えないまま貴美子の出て行く後ろ姿を見送った。

『追った方がいいと思う。私達は大丈夫だから』

 貴美子の出て行った扉を見つめたまま、加乃が小さな声でありがとう、と呟いた。辰巳は考える前に、克也の手を引いて扉を開ける加乃の腕を引き止めていた。

『彼女は警察の保護対象者(マルタイ)っていうだけ。フェイクで匿ってただけだから。加乃が気にする必要ない』

 彼女に、自分の汚い部分を知られるのが一番恐かった。その時は、それが貴美子に対する罪悪感を一層増やすことになるとも思わず、貴美子ではなく加乃と克也を選んでいた。


 もうひとつの頭痛の種、それは克也の警戒心だった。

『加乃姉さん?』

 緊張の連続で疲れ切ってしまった加乃が、安心した途端ソファへ身を埋めるなり克也よりも先に眠ってしまった。

『加乃姉さん、ねえ、起きてってば。ねえっ』

 不安げな声で克也が加乃を揺するが、まったく起きる気配がない。克也の表情が、みるみる不安とも恐怖ともつかないものへと変わっていった。

『疲れが出ただけだから、心配しなくても大丈夫だよ。寝かしておいてやりな』

『……』

 極力穏やかな声で、ゆっくり克也へ話し掛けたが、思えば子供への言葉遣いなど知らなかった。克也の無言を受けて初めて、加乃を介してしか彼と意思の疎通が出来ていなかったことに気がついた。

『どうしたらお前さんに信用してもらえるのかな』

『……』

 克也はそれでも無言を貫き、加乃の眠るソファの後ろに隠れて警戒の目だけを向けて来た。

 自分の知識の引き出しを片っ端から漁ってみる。不意に「怯えている場合には、向こうから近付いて来るのを待つ方がいい」とかいう一文が辰巳の頭の中を流れていった。昼はばたばたしていて飯を食う暇もなかった。多分彼女達は自分以上に空腹だろう。辰巳はキッチンへ向かうと、冷蔵庫からそのまますぐ口に運べるものを探した。

『チーズとか、食える?』

 相変わらず返事はない。辰巳は小皿に盛って、リビングのテーブルへことりと置いた。

『腹減ってるだろ。食うならおいで』

 辰巳はそれだけ言うと、テーブルから離れて克也から緯線を逸らした。床に広げた新聞を読みながら耳をそばだて、視界の隅に映るものに意識を集中させる。

『……』

 きし、と小さく床の軋む音がした。鼻をつく異臭が少し強くなって来る。かちゃ、と小皿がガラステーブルをこする小さな音。そっとチーズを手にして遠のき始めた克也の腕を、辰巳が素早く掴んで引き寄せた。

『!』

 そのまま懐に収めてしまう。パニックを起こし、声にならない荒い息で恐怖を訴える克也をもっと強く抱きしめた。

『噛み付こうが何しようが構わないから。逃げる以外でお前さんのしたいようにしてみなよ。俺を信用出来なかったら、お前さんにとってあの長屋とここが同じでしかないだろう?』

 訴える声が上ずっていた。殴られる胸より、髪を思い切り引っ張られて痛む地肌より、両頬に刻まれた掻き傷の疼きよりも、この子に怯えられるのが最も痛かった。

『ぃ()っ』

 シャツの二の腕辺りにどろりとした感触が湧き、硬い食い込みと痛みが走る。それでも無理にそれを剥がそうとはせず、克也が自分から食いしばる歯を解くのをひたすら待った。

『ふぇ……っ』

 初めて漏らす嗚咽とともに、噛みつく力が緩んでいった。泣きながら自分の膝の上に座ったままで、克也が掴んでいたチーズを食う。

『うぇ……っ、ひく……。ごめ……』

 ――ゴメンナサイ。

 その時の『ゴメンナサイ』だけは、辰巳を心の芯まで温めた。




「あの時の傷さ……まだ、残ってる?」

 あの頃より少し低くなった声と、シャツ越しに触れられた手の感触で、辰巳は過去から今の時間に戻って来た。真正面に視線を合わせれば、下手な作り笑いを浮かべる克也が、それでも笑顔を向けている。それが当たり前ではなかったことを久し振りに思い出すと、釣られるように辰巳の口角もやんわりと上がっていった。

「うん。多分消えないだろうな」

 残る歯形の傷跡は、辰巳にとって克也が最初にくれた勲章のようなものだった。得意げにそう告げたのだが、それが克也に巧く伝わらない。

「ボクが一人前になって出て行ったところで、結局辰巳はその傷を見るたんびに、加乃姉さんやボクを思い出しちゃうってことか……ごめんね」

「克也のごめんねは、嫌いだ」

 考えるより先に、口が出た。ふたりきりの家族なのに、距離を置かれた気分になる。彼女の本音を聞いてから、余計そう感じるようになっていた。

「悪いことをしてない時は謝るもんじゃないって、いっつも言ってるのに。あんな環境で育って来ていて怯えるなって言う方が無理な話でしょ。そもそも、なんで未成年の今から出て行くとか考えてんの。まだ早い」

「な、何ムキになってんだよ……」

 言いながら、なぜか克也の顔色がどんどん真っ赤に染まっていく。

「別にムキになんか……って、何赤くなってんの?」

 皆目見当がつかなくて問い返してみると、無言という答えが返って来た。カチャカチャとケーキを小さく切るフォークの音だけが響いていた。

「……確かに、辰巳って滅多に謝らないよね……」

 俯き加減で呟く克也の表情は、どこか既視感を覚えるものだった。

「あ」

 それを以前どんなシチュエーションで見たのか思い出した瞬間、辰巳のこめかみから嫌な汗が伝っていった。

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