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好きな人はどっち?

作者: ウォーカー
掲載日:2026/10/25

 女子高校生の田辺(たなべ)杉子(すぎこ)は食いしん坊だ。

朝食からはじまり、昼食も夕食もよく食べる。

それだけに留まらず、学校の帰りには、

友達とファストフード店に寄ったりもする。

通っている高校は豊食高等学校(ほうしょくこうとうがっこう)の名の通り、立派な学生食堂がある。

豊かな食べ物は豊かな精神を育てるという校風だ。

今は食欲の秋。

杉子は学食で毎日、新米に秋刀魚や鰤、柿や栗などの秋の味覚を楽しんでいた。

かといって、杉子も年頃の女子高校生。

花より男子かといえば、そうでもない。

杉子には憧れている男子生徒がいた。


 杉子の憧れの男子生徒というのは、

一年先輩の三浦という、サッカー部の人気生徒だ。

今日もサッカー部の練習を立ち見するために、

女子生徒たちが何人も校庭の周りに集まっていた。

その中に、杉子もいた。

「キャー!三浦先輩、素敵!」

「三浦先輩、汗ならこのタオルで拭いてください!」

こんな風に、三浦という生徒は、女子生徒たちに結構な人気があった。

当然、競争率も厳しくなる。

今は特定の相手と付き合っている様子はないが、

いずれはこの取り巻きの誰かと付き合うかもしれない。

杉子は三浦の気を引くべく、校則違反の化粧をし、

三浦先輩の気を引こうと、ことさら大声を上げていた。

しかし、杉子にはそんなことを言っていられない出来事が待っていた。


 秋は味覚の季節。

食べ物が美味しくなる季節だ。

杉子の通う学校の学生食堂、学食では、早速新米が提供され、

さらには鮮魚などが生で食べられるメニューも豊富だった。

「わぁ!鰤のお刺身、美味しそう。これ食べよう。

 秋野菜の天ぷらも食べようかな。」

豊食高等学校の学生食堂は安くて美味しい。

杉子はついつい食べすぎてしまった。

毎日、あれもこれもと旬の食材を使った料理を注文する。

すると、ある日、一緒に昼食を取っていた友達から、

何気ない一言が飛び出した。

「杉子さぁ、最近、ちょっと太ったんじゃない?」

ギクッと、秋刀魚の塩焼きと新米のご飯を頬張った杉子は固まった。

「もぐもぐ。ど、どうかな。最近、体重量ってないから。」

「それ、太った事実を知りたくないから、体重計を避けてるんでしょ。」

「そ、そんなこと・・・あるかも。」

杉子には心当たりが山ほどあった。

朝から新米のご飯を三杯食べ、昼は学生食堂で贅沢三昧。

また、夜は夜で母親が作ってくれた旬の料理でお腹いっぱいになっていた。

さらには間食までしているのだから、太らないわけがない。

友達はのんびりと、だが真剣な視線で言う。

「杉子は太りやすいんだから、気を付けないと、今に大変なことになるよ。」

「う、うん・・・。」

杉子の返事は弱々しいものだった。

一年に一度の秋に、ダイエットなど人生の浪費だ。

杉子の頭の中には、そんな考えが浮かんでいた。

「秋に食べすぎても、その分、冬に食べるのを控えればいいのよね。」

という言い訳の下、杉子は豊食の生活を続けていた。

そうしたら、天罰が下ったのである。


 ある日の夜、家で風呂に入った杉子は、

何気なく、洗面所にある体重計に乗ってみた。

友達の忠告も気になったし、最近、

三浦先輩がこっちを見てくれない日が多くなった気がしたからだ。

ガシーンガシーンと体重計の針が揺れる。

そして針が止まったところで、杉子はぎょっとして二度見した。

そこには、女子高校生としては規格外の体重が示されていた。

元よりぽっちゃり目の杉子ではあるが、

これはもう、ぽっちゃりなどとは言ってられない。

「こっ、この体重は・・・!」

念のため、体重計を調べてみる。

家で飼っている猫を乗せてみたが、特に異常は見られなかった。

ということは、この規格外の体重は事実。

洗面所の鏡を覗き込むと、そこには見事な三段腹が映っていた。

それだけではない。最近、友達に言われていたのだ。

「杉子、顔がむくんできてない?手足も太くなったような・・・」

「そう?今、寝起きでちょっとむくんでるんだよ。」

あの時は意に介さなかったが、友達の指摘は当たっていた。

杉子の心に傷をつけないように配慮して表現するなら、

杉子はとってもぽっちゃりした体型になってしまっていた。

「こんなに短期間に太ったから、三浦先輩もわたしをわからなかったんだ。」

目の前に立っているのに、

憧れの三浦先輩に個人を識別してもらうこともできない。

これはもうダイエットしかない。

杉子は泣く泣く、秋の味覚を諦めることにした。


 次の日の朝食。

杉子の母親が炊飯器の蓋を開けながら手を伸ばした。

「杉子、おかわりするでしょ?お茶碗を頂戴。」

ところが杉子は、昨日誓ったダイエットを早速実践に移していた。

「い、いらない。ご飯は茶碗一杯で十分。」

「そう?後でお腹が空いたら、学生食堂に行きなさいね。」

「うん・・・。」

返事と裏腹に、杉子の表情は冴えなかった。

朝食を終えたばかりなのに、腹の虫が今にも鳴りそうだ。

母親に心配をかけないように、早めに家を出た。

すると、通学路で友達に合流した。

友達はコンビニエンスストアを指して言う。

「杉子、スイーツ買っていかない?

 昼までのおやつにさ。」

女子とは言え、食べ盛りの高校生の食欲は恐ろしい。

いつも杉子は、朝食と昼食の間にお菓子を摘んでいた。

しかしそれも昨日まで。

杉子は毅然とした顔で言った。

「ううん、私はいい。

 私、ダイエットするって決めたんだ。」

すると友達はお菓子の会計を済ませながら、呆れた顔を向けた。

「杉子、やっと太ったことに気が付いた?

 それなら応援するよ。間食は減らしたほうがいいね。

 それと、運動も増やさないと。」

杉子は特に何の部活動にも参加していない。

だから放課後などに、校庭や学校の施設を使った運動には参加できない。

その時、駅前でビラ配りをしていた男が、こちらにやってきた。

「お嬢さん、ダイエットですか?

 それは丁度いい。今度、うちのスポーツジムがオープンしたんです。

 今なら学割もあって、小遣いでも通える値段ですよ。」

「スポーツジムか・・・」

杉子には光明が差したような気がした。


 その日、朝食を軽く済ませた杉子は、昼食まで間食しなかった。

少食の生徒たちには当たり前の行為なのだが、

食べるのが好きな杉子にとっては、中々の苦行だった。

そして昼食。

学生食堂で思い思いのメニューを頼む友達とは対称的に、

杉子の選んだメニューは、素食あるいは粗食だった。

麦ご飯を極軽く。

里芋の煮っころがし。

ほうれん草のおひたし。

烏龍茶。

まるで病院食のようだと、自分で選んだはずの杉子はげんなりしていた。

「頂きます!」

友達とテーブルを囲んでの昼食。

友達のお盆からは、ビーフシチューや炒飯の匂いが漂ってくる。

負けてはなるものかと、杉子はほうれん草のおひたしを掻き込んだ。

無味無臭。

普段、味の濃い洋食や中華に慣れ親しんだ杉子には、

日本の家庭的な食べ物は、味気ないものに感じられた。

しかも、掻き込んだはいいが、一度に食べてはいけない。

よく噛んで、少しずつ食べなければならないのだ。

それがまた、味の失くなったガムを噛み続けるようで、

杉子の昼食はお腹を少し満たしただけで終わった。


 放課後。

杉子は早速、チラシを貰ったスポーツジムに行ってみた。

諸々の手続きを言われるがままに終わらせ、

お小遣いからかなりの額を持っていかれて、杉子はスポーツジムに入会した。

朝にチラシをくれた男の言う通り、スポーツジムは開店したてで、

ジムの中に人気(ひとけ)はなく、空のトレーニング器具が並んでいた。

使っているのは、一人の男だけ。

トレーニングウェアの姿はまるまると太っていて、

似たような体型の杉子もそれに負けじとトレーニングを始めた。

この時点ではまだ、杉子とこの男には何の接点も生じなかった。


 朝食、昼食、夕食も軽く。間食は無し。

学校帰りには夜までスポーツジムで運動。

そんな生活を二週間くらい続けたところで、

スポーツジムの利用者はあまり変わらなかった。

しかし相変わらず、ドスドスと走っているのは、

あの全身がまるまる太った男だった。

その首にかけたタオルが落ちたので、杉子は咄嗟に拾って差し出した。

「あの、タオル落としましたよ。」

すると男は走るのを止め、嬉しそうにタオルを受け取った。

「ありがとう。このジムで他の人に声をかけられたのは初めてだよ。

 君も高校生かい?」

どうやらこの太った男は気さくな性格のようだ。

杉子も悪い気はせず、話に花を咲かせた。

「そうなんです。

 このスポーツジム、開店直後で人がいないでしょう?

 特に同年代の人はあなただけで、気になってたんです。」

「そっか。それは嬉しいな。

 僕の名前は有雄(ありお)って言うんだ。豊食高等学校二年生。」

「本当ですか!?私も豊食高等学校です。

 一年の、田辺(たなべ)杉子(すぎこ)って言います。」

「なんだか堅苦しいね。杉子ちゃんって呼んでもいいかな?

 僕の名前も下の名前で呼んでいいから。」

「あっ、はい。構いませんよ。」

普通、女子高校生を下の名前で呼ぶのは、

よっぽど仲の良い者同士でなければ許されない。

しかし何故かこの有雄と名乗った男は、杉子にとって悪い気はしなかった。

いきなり下の名前で自己紹介されて嬉しかったし、

むしろ自分から下の名前で呼んで欲しいと思っていた。

「じゃあ、杉子ちゃん。トレーニングを再開しようか。」

「あっ、そうですね。私たち、おしゃべりに来たんじゃないですし。」

タオルを首から下げて、トレーニングウェアの二人は走り始めた

体力作りもダイエットも、基本は走るところから。

体重は増やすのは簡単だが減らすのは難しい。

少なくとも有雄と杉子にとってはそうだった。

だからトレーニングには真剣に取り組んだ。


 杉子がダイエット生活に入ってしばらく。

主に女子生徒たちを中心に、ちょっとした騒ぎが起こっていた。

放課後のサッカー部の練習に、三浦が顔を出さなくなったのだ。

「今日も三浦先輩はいない。」

「どうしたんろう?病気かな。」

我慢しきれなくなった女子生徒数名が、サッカー部の部員に話を聞いた。

すると。

「三浦か?あいつはしばらく別メニューの練習をすることになったんだ。

 理由は知らされてないけど。」

「同じクラスの生徒によると、体調の問題だそうだ。」

三浦はいずれプロのサッカー選手として活躍することを目標としている。

だから身体の管理は特に徹底されていて、

三浦と同じクラスの生徒の口は固かった。

消えた三浦は一体どこで練習しているのか。

女子生徒たちは血眼になって学校中を探し回っていた。


 スポーツジムでのトレーニングを通じて、

杉子と有雄はすっかり仲良しになっていた。

二人とも、トレーニング時はおしゃべりする間もない。

トレーニング前後に少し会話をする程度だ。

それでも二人が相性がいいことは理解できた。

「今日も疲れたな。筋トレをちょっと増やしすぎたかな。」

「筋肉は重たいから、ダイエットにはならないかもね。

 そういえば有雄くんは学校でスポーツしてるの?」

「あ、ああ。やってるけど、今は秘密な。

 何せ学校外の設備を使ってるんで、本当はよくないことなんだ。」

「そうなんですか。じゃあ詳しいことは聞かないでおきますね。」

杉子と有雄はすっかり、つうかあの仲だった。

スポーツジムに他に豊食高等学校の生徒や関係者がいなかったのも幸いした。

秋は食欲の季節であり、恋の季節でもある。

杉子と有雄の距離は、段々と近づいていった。

それにしたがって、杉子には胸に引っかかるものがあった。

三浦先輩の存在である。

あこがれの先輩を放っておいて、

悪く言えば行きずりの男と仲良くしていていいのだろうか。

とはいえ、人の恋心は制御不能だ。

杉子は三浦先輩と有雄との間で板挟みになっていた。


 そうして来たるべき日はやって来た。

その日、いつものようにスポーツジムに行った杉子は、

有雄から真剣な顔で呼び出された。

「今日のトレーニングが終わったら、ジムの裏で待っていて欲しい。」

ジムの中ではなく外で待ち合わせなんて、よっぽど大事な用件なのだろう。

杉子も女の端くれだ。なんとなく、用件が分かるような気がした。

すると困るのは、三浦先輩の存在だ。

どうも風の噂によると、三浦先輩は最近、人前に姿を現していないようだ。

これでは、三浦先輩に杉子の想いを伝えることはできない。

有雄の存在は、確かに杉子の中で大きくなっている。

三浦先輩のことがなければ、とっくに付き合っていただろう。

しかし初志貫徹。杉子は少なくとも三浦先輩との仲に決着を付けたかった。

だから、待ち合わせ場所に現れた有雄には、こう答えた。

「杉子ちゃん、待っててくれたんだ。

 実は用件というのは・・・」

「ちょっと待って!

 それって、私たちの関係についての話だよね?」

「そ、そうだ。どうしてそれが?」

「私にだって、女の勘くらいあるもん。

 それでね、私、好きな人がいるの。もうずっと前から。

 でも最近はその人を目にしてもいなくて、存在が薄くなってるのを感じるの。

 だから、こんな言い方はずるいけど、話の続きはしばらく待って欲しいの。

 私が三浦先輩への気持ちに決着をつけるまで!」

制服のスカートを翻して、杉子は立ち去っていった。

「・・・三浦?」

残された有雄は、首を傾げていた。


この時、杉子は気が付かなかった。

自分の心に決して偽りはなかったと。

それがわかるには、有雄が元の体型を取り戻すまで、待つ必要があった。



終わり。


 秋は食欲の季節。

寒ぶりが食べたかったのですが、売り切れだったので、

くやしくて、寒ぶりで激太りした二人の話を書きました。


秋は食欲の季節でもあり、恋の季節とも言われています。

どうせ人間は一年中発情しているようなものですが、

秋が恋の季節と言われる所以は、

寒くなって人の温もりが欲しくなるからでしょうか。


杉子は自分が二股をかけていると思い込んでいますが、

ダイエットの後のそれぞれの姿を見て、きっと仰天するでしょう。


お読み頂きありがとうございました。


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