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迷宮団地

作者: ニコガミ
掲載日:2026/09/05

        転勤でとある団地に引っ越してきた高橋凛は、


        住み続けている中で、この団地には少女の霊が


        出てくるという奇妙な噂を知る。


挿絵(By みてみん)








登場人物 


主人公 高橋凛


団地の住人 謎の老婆


団地の幽霊 少女の霊     








高橋凛がその団地を初めて見たのは、


転勤辞令を受けてから三日後のことだった。




築年数はかなり古い。


灰色の外壁にはところどころ黒い染みが浮かび、


建物と建物の間には雑草が伸びている。




遊具の置かれた小さな公園もあったが、


ブランコは錆び、滑り台の塗装も剥がれていた。


昼間だというのに、妙に静かな場所だった。




凛 「……ここか。」




不動産会社の担当者が、凛の隣で苦笑した。


担当者 「古いですけど、駅にも近いですし、何より家賃が安いんですよ。」


凛 「会社にも近いですから。私は別に気にしません。」




凛はそう答えた。


転勤先から近く、家賃が安い。


それだけで十分だった。




ところが、部屋を見終えて団地を出ようとしたとき、


凛は一度だけ振り返った。四階の廊下。




誰もいないはずの場所に、黒い影が立っているように見えた。


よく見ると、それは壁に取り付けられた古い雨樋だった。




凛 「……疲れてるのかな。」




凛はそう呟き、そのまま帰った。


数日後。


凛は正式にその団地へ引っ越した。



挿絵(By みてみん)



部屋は一人暮らしには十分だった。


古いながらも水道や電気は問題なく、収納も多い。




何より会社まで電車を使わずに通える。


凛にとっては、それだけで満足だった。




ただ一つ、気になることがあった。


団地の住人たちが、妙に凛のことを気にしているのだ。




廊下ですれ違えば挨拶はしてくれる。


しかし、凛が一人で歩いていると、住人たちは何度も後ろを振り返る。


まるで何かを警戒しているようだった。




そして、引っ越してから一週間ほど経ったある日の夕方。


凛は団地の一階で管理人の老人と少し立ち話をした。




管理人 「高橋さん……じゃったかのう?」


凛 「はい。高橋凛です。」


管理人 「そうかそうか……高橋さん……高橋……。」




管理人はしばらく考え込んだ。




管理人 「……誰じゃったかのう?」


凛 「今、自己紹介したばかりですよ。」


管理人 「そうじゃったか?」




凛は思わず笑った。


かなりの高齢らしい。


普段は少しぼんやりしているようだった。




しかし――。




凛 「この団地、昔から変な噂がありますよね。」


凛が何気なくそう言った瞬間だった。


管理人の表情が変わった。




管理人 「……少女を見たのか?」


凛 「え?」


管理人 「黒い髪の、小さな女の子じゃ。」





管理人は突然、はっきりとした声で言った。


凛は戸惑った。


凛 「いえ、まだ見てませんけど……。」




管理人 「なら、いい。」


管理人は凛の目をじっと見つめた。




管理人 「もし見たら、すぐに逃げなさい」


凛 「……何からですか?」


管理人 「女の子からじゃ。」




凛 「幽霊ですか?」


管理人は頷いた。


管理人 「この団地にはな、昔からおるんじゃ。」




凛は半信半疑で話を聞いた。


数十年前、この団地では住人が何人も、


突然姿を消す事件が何度も起きていた。




警察が調べても手掛かりはなく、


失踪事件として処理された。




だが、失踪した住人たちには一つだけ共通点があった。


消える少し前。


彼らは皆、同じ少女を見ていた。




肩まで伸びた黒髪。


古い服を着た小さな女の子。


そして少女は決まって、住人の後をついてきた。




廊下でも。


階段でも。


部屋の前でも。




まるで――。


「遊んで。」


そう言っているかのように。




管理人 「でもな……。」


管理人は声を落とした。


管理人 「ある時から、人が消えることはなくなった。」




凛 「何があったんですか?」


管理人 「黒髪の老婆が、この団地に住み着いたんじゃ。」




凛は一階の管理人室前の、


階段入口のベンチに座っている老婆を見た。




この団地に引っ越してから今日まで、


毎日必ず一階の階段入り口近くのベンチに座っている。


雨の日も風の日も。




挨拶をしても、まったく反応がない。


ここの住人によると誰が挨拶しても、話しかけても無反応らしい。



挿絵(By みてみん)



凛も引っ越してきてから、数週間はすれ違うたび挨拶をしていたが、


ここ最近はほとんど挨拶もしなくなった。




管理人 「昔からこの団地ではな、あの子を見つけたら逃げろ、


隠れろと言われておる。」


凛 「そんな暗黙のルールが?」


管理人 「そうじゃ。」




管理人は真剣な顔で続けた。




老婆 「絶対に追いかけてはいかん。声をかけてもいかん。


見つめてもいかん。」


凛 「どうしてですか?」


管理人 「……連れていかれるからじゃ。」




凛はその話を聞き終えて、自分の部屋に戻った。


怖いとは思わなかった。


昔の失踪事件と幽霊を結びつけた、単なる噂だと思った。




そう。


その夜までは。


それから数週間。




凛は何事もなく生活していた。


朝、会社へ行き。


仕事をして。


夜、団地へ帰る。




そんな生活を繰り返していた。


そして、いつしかあの少女の話も忘れかけていた。




ある日の休日、団地を出て買い物に行こうとしたとき、


あの老婆が突然話しかけてきた。



 

老婆 「少女を見たら絶対に逃げるんだよ。」




突然、老婆に話しかけられ凛は驚いた。


この団地に引っ越してきて、初めて老婆の声を聞いた。




老婆 「声をかけられても、返事をしてはいかん。」


凛 「はい、分かりました・・・・・。」


 


そう言って老婆は黙った。


凛は特に気にすることなく、街へ買い物に出かけた。


そして、事件は突然起きた。




ある日の夜。


会社から帰ってきた凛は、


自分の部屋の前で足を止めた。




凛 「……あれ?」




ドアが開いていた。


鍵は閉めたはず。


凛はゆっくりと近づく。


部屋の中は真っ暗だった。




凛 「誰かいるの?」




返事はない。


その瞬間。


部屋の奥から、小さな足音が聞こえた。




ぺた。


ぺた。


ぺた。




そして――。




暗闇の中から、小さな女の子が出てきた。



挿絵(By みてみん)



肩まで伸びた黒髪。


白い顔。


古びた服。




少女は凛を見上げた。


そして、笑った。


凛の全身から血の気が引いた。




凛 「……っ!」


 


老婆の言葉が頭をよぎった。


――少女を見つけたら逃げなさい。




凛は走った。


廊下を駆け、階段へ飛び込む。




四階。


三階。


二階。


一階。




とにかく階段を全力で下っていく。



挿絵(By みてみん)



凛は息を切らしながら、ようやく一階へ辿り着いた。


そして一階の管理人室前の階段入口から外に出ようとした瞬間、


階段入り口の前に、少女の霊が現れた。




凛 「きゃああああ!!!」




凛は叫びながら、反対側の階段入口に走った。


そして入口付近まで近づくと、




凛 「!!!!!」




また同じ少女の霊が立っている。


すぐにまた反対側を走り、近くの部屋の扉を叩く。




凛 「誰か!!助けてください!!」




廊下を走りながら、手あたり次第部屋の扉を叩き叫んだ。


しかしまったく反応がない。




――おかしい。


――絶対におかしい。




凛はとにかく廊下を走った。


すると、一階の中間の部屋のドアが少し開いているのが見えた。



挿絵(By みてみん)



普段は誰も使っていない部屋だった。


凛は迷わず中へ飛び込んだ。




部屋の中は酷く古びていた。


床は汚れ、壁紙は剥がれ、家具もほとんど残っていない。




凛 「どこか……隠れる場所……。」




凛は部屋の中を探した。


その時だった。


床の一部に、大きな収納庫があることに気づいた。




床下収納だ。


蓋を開ける。




中には腐った木箱が入っていた。


凛が木箱に触れると――。




バキッ。




箱が崩れ落ちた。


凛 「え……?」


その下に、穴があった。




そして。


穴の中には――。


真っ暗な階段が続いていた。




凛は迷った。


こんなものがあるはずがない。


しかし、背後から足音が聞こえた。




ぺた。


ぺた。


ぺた。




少女が近づいている。


凛 「……行くしかない」




凛は階段を下りた。


真っ暗だった。


壁に手をつきながら、慎重に進む。




やがて階段は終わった。


そこには、巨大な地下トンネルが広がっていた。



挿絵(By みてみん)



凛 「何……これ……。」




天井が高い。


土と岩の壁。


古い木材。


崩れかけた支柱。




そして、地下トンネルの奥には一本の長い通路が続いていた。


まるで昔の、鉱山の工事現場のようだった。


しかし、この団地の下にそんなものがあるなど聞いたことがない。




凛が呆然としていると――。


後ろから音がした。




ぺた。


ぺた。


ぺた。




凛 「……来た」


凛は走った。


地下通路を必死に駆ける。




後ろを見ることはできなかった。


ただ、少女の足音だけが響いてくる。


やがて凛は壁際のくぼみに身を隠した。




息を殺す。


足音が近づいてくる。




ぺた。


ぺた。


ぺた。




少女が立ち止まった。


静寂。


そして――。




「……みつけた」




凛の背後から、少女の声が聞こえた。


凛 「いや……!!」



挿絵(By みてみん)



少女が手を伸ばした。


その瞬間だった。




「お姉ちゃん。」




別の声が響いた。


少女の背後に、黒髪の老婆が立っていた。


老婆は少女の肩を掴んだ。




老婆 「見つけた・・・」



挿絵(By みてみん)



少女が振り返る。


老婆は微笑んだ。




老婆 「ずっと探してたよ。」




少女の姿が揺らいだ。


黒い髪が風もないのに舞う。




そして――。




少女は、消えた。


凛 「.......あなたは……!?」


凛は震える声で言った。




老婆はしばらく黙っていた。




そして、ゆっくり口を開いた。


老婆 「わしはな……あの子の妹なんじゃ」


凛 「妹……?」


老婆 「双子じゃ。」




老婆は地下通路の奥を見つめた。




老婆 「あの子は、わしの双子の姉じゃ。」


老婆は続けて話す。


老婆 「ある日のことじゃ。二人でかくれんぼをしていた。」




当時の団地は今よりずっと人が少なかった。


空き部屋も多く、鍵が壊れてドアが開いている部屋もあった。


窓が開きっぱなしの部屋もあった。




老婆 「おそらく姉は、地下へ続くあの部屋に入ったんじゃろう。」


凛 「地下へ……?」


老婆 「そうじゃ。」




姉は、誰かを見つけたのだという。


目には見えない誰かを。


そして、その何かを追いかけて地下へ入った。




ところが――。




姉は戻ってこなかった。


妹は必死に探した。


警察も団地中を調べた。しかし姉は見つからなかった。


結局、事件は未解決となりそのまま姉はいなくなってしまった。




老婆 「わしはずっと探しておった。」


老婆は目を伏せた。


老婆 「姉の霊を。」




少女の霊が団地に現れ始めたのは、それからだった。


少女は住人たちを追いかけた。


まるで遊びに誘うように。


そして、何人もの住人が消えた。




老婆 「でもな。」


老婆は静かに言った。


老婆 「あの子は人を攫いたかったわけじゃない。」




凛 「じゃあ……なぜ?」


老婆 「自分を見つけてほしかったんじゃ。」




自分の遺体を。


自分が眠っている場所を。


そして、誰かに供養してほしかったのだ。




老婆の直観を頼りに地下通路の奥へ進んだ。


凛もその後ろをついていった。




途中。


暗闇の中に白いものが見えた。


凛 「……骨?」




骸骨だった。


一つではない。二つ。三つ。


さらに奥にもあった。




凛 「もしかして……」


老婆 「そうじゃろうな。」




老婆は静かに答えた。


老婆 「消えた住人たちじゃ。」




やがて二人は、通路の一番奥へたどり着いた。


老婆は地面に手を置いた。




老婆 「ここじゃ。」


そして、古い土を掘り始めた。


凛も手伝った。




土を掘る。


さらに掘る。




やがて――。




小さな白い骨が現れた。


子供の骸骨だった。




老婆は何も言わなかった。


ただ、両手で骨を包み込むようにした。




老婆 「……やっと見つけた。」


その声は震えていた。


老婆 「お姉ちゃん。」




地下通路の奥で、冷たい風が吹いた。


そして遠くから――。


小さな少女の笑い声が聞こえた。




「……あはは」




老婆は涙を流した。


老婆 「そうか……」


静かに微笑む。


老婆 「もう、かくれんぼは終わりじゃな。」




地下から戻った凛と老婆は、すぐに警察へ連絡した。


すぐに捜索が始まった。そして真実が明らかになった。




少女が行方不明になった当時、警察の捜索で、


団地の地下通路が発見された。そして、少女の遺体も見つかった。




しかし――。




警察は真実を公表できなかった。


その地下通路は、かつてある企業が秘密裏に行った


違法な石炭掘削工事の残骸だった。


その企業には政治家や行政関係者との癒着があった。




違法工事が明るみに出れば、企業だけではなく、


関係する政治家や行政関係者にも影響が及ぶことを恐れ、


事故による行方不明事件として処理され、地下通路の存在も封印された。




そして、少女の遺体は地下通路の奥へ埋められた。


地下通路からは、少女の遺骨だけではなく、


長年行方不明になっていた複数の住人の遺骨も発見された。




事件は一気に全国へ知れ渡った。


そして、地下通路の存在も明らかになった。


過去の資料を調べると、そこには違法な石炭掘削工事の記録が残されていた。




工事を行っていた企業。


工事を認めた関係者。


そして、当時の政治家や行政関係者。




次々と名前が明らかになった。


新聞もテレビも連日この事件を報道した。




やがて、当時の企業関係者や政治家らから逮捕者が出た。


少女の死を隠蔽した理由も、少しずつ明らかになっていった。


長い間、闇に埋められていた事件だった。




事件の後。


団地で少女を見たという人はいなくなった。


凛も、もう少女を見ることはなかった。




そして凛にも再び転勤辞令が出た。


今回の団地の事件のこと、そして自分が団地で体験した事をすべて会社に伝え、


今の職場からの転勤を会社に希望したのだ。




凛の転勤の希望は会社に認められ、半年後に今の団地からかなり遠い


職場の近くのマンションに引っ越すことになった。




それでも、引っ越すまでの半年間。


凛は老婆とよく話をした。


老婆は、姉のことをたくさん話してくれた。




老婆 「姉は昔から霊が見えておった。わしにも見えていたんじゃ、


でも、見えないふりをした。」


凛 「どうして?」




老婆 「姉みたいに一人になりたくなかったからじゃ。」


老婆は笑った。


老婆 「だから黙っておった。」




姉には友達がいなかった。周りの人達に霊が見えると言い、


頭がおかしい子だと距離を置かれていたのだ。


当然、同い年の子供達からも嫌われ姉はいつも一人ぼっちだった。




だから、いつも妹と遊んだ。


かくれんぼ。


鬼ごっこ。




雨の日には部屋の中で遊んだ。


晴れた日には団地中を走り回った。




老婆 「姉はな、霊ともよく遊んでいた。」


老婆は遠い目をした。




老婆 「もしかしたら……」


凛 「何ですか?」


老婆 「地下に入ったのも、霊についていったのかもしれん。」




凛は黙って聞いた。




老婆 「姉には、何かが見えておった。わしには見えなかったものが。」


老婆は小さく笑った。


老婆 「それでも、最後まで姉はわしの姉じゃったよ。」




凛はその話を聞いた瞬間思った。


あの少女の霊はただ自分を見つけてほしかった。


自分のことを忘れないでほしかった。




そして、もう一度。


妹に会いたかっただけだったのだと。




半年後。


団地を出る日。


凛は最後に老婆に挨拶に向かった。



挿絵(By みてみん)



凛 「今までありがとうございました。」


老婆 「そうか……もう行くのか。」


凛 「はい。」




老婆は寂しそうに笑った。




老婆 「元気でな。」


凛 「おばあさんも。」


凛は少し迷ってから尋ねた。




凛 「……お姉さんは、もう大丈夫ですよね?」


老婆はしばらく黙った。




そして――。




老婆 「うむ。」


小さく頷いた。


老婆 「もう大丈夫じゃ。」




凛は笑った。




凛 「それならよかったです。」


団地を出る。


最後に振り返ると、老婆が建物の入口に立っていた。




凛は手を振った。


老婆も手を振った。


そして、凛は新しい土地へ向かった。




それから十年後。




凛は新しい勤務地で長い年月を過ごした。


あの団地のことを思い出すことも少なくなっていた。




ある日の夜。




テレビをつけると、見覚えのある場所が映った。


『本日、旧○○団地の解体工事が完了しました』


凛は画面を見つめた。




かつて自分が暮らしていた団地だった。


団地は完全に取り壊されていた。


地下に残されていた違法な掘削跡も撤去され、


その場所には大型のショッピングセンターが建設されるらしい。




あの団地も。


あの地下通路も。


もう存在しない。




凛はテレビを消した。


そして、ふと思い出した。


あの老婆はどうしているだろう。




数日後。




凛のもとに、当時の団地の管理人から手紙が届いた。


手紙によるとあの老婆も凛が団地を出てからすぐ、


田舎の平屋に引っ越し静かに息を引き取ったという。




もう、あの事件を知る人間もほとんど残っていない。


そして、ふと考えた。




もし死後の世界というものが本当にあるのなら。


あの老婆は今頃、どうしているのだろう。




もしかすると――。




あの団地に戻っているのかもしれない。


そして亡くなった姉と再会し、二人仲良く遊んでいるのではないかと。


そんなことがふと頭をよぎった。



 

どこからともなく、小さな子供達の笑い声が聞こえる。


凛は窓の外を眺めた。数人の子供達が公園でかくれんぼうをして遊んでいる。


その姿を見て、凛は静かに微笑みそして静かに窓を閉めた。



挿絵(By みてみん)



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