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蝉目覚まし時計

作者: 菜の花
掲載日:2026/08/29


「蝉は七日しか生きられないんだよ」


 亡くなった祖父はそう言って、僕に蝉の目覚まし時計をくれた。

 古びた木箱の側面に、透明の羽根がついた金属製の蝉がくっついている。


 ジジジジジジジ────。


 本物そっくりの見た目をして、本物そっくりの声で鳴く。そんな少し変わった目覚まし時計を見れば、祖父と共に蝉取りに行った幼い頃の記憶が蘇ってくる。


 祖父は蝉を取るのが上手かった。僕は上手く捕まえられず、頬を膨らませる。そんな僕に優しく笑いかけて、祖父は片手で捕まえた蝉を見せてくれた。


「蝉は七日しか生きられないんだよ」

「なのか、だけ?」

「そう、七日だけ、さ」


 祖父は僕が食い入るように見つめていた蝉を、すぐに木に戻す。蝉は慌てて遠くへ飛んでいった。


「あっ……つれてかえって、ともだちにみせたかったのに」

「いけないよ。それは、いけないことだ。精一杯生きているのを、一日も邪魔してはいけないよ」


 ジジジジジジジ────。


 目覚まし時計が鳴く。あの夏の日の蝉と、まったく同じ声だった。


 この音を聞くのは今日で七日だ。どうしてか一年に一度、祖父が亡くなった日にしか鳴らないから。

 僕は時計を止めないまま、布団の上で耳を澄ました。


 ジ、ジジジジ、ジジ────。


 お別れが近づいている。

 それが痛いほどわかった。あの蝉は来年鳴かない。鳴いてくれない。祖父との思い出を、もう見させてはくれない。そんな気がした。


「蝉は七日しか生きられないんだよ」


 その言葉を、今も鮮明に覚えている。あの時の祖父の真剣な顔も、落ち着いた声色も、ほんの少しだけ息が切れていたことも、全部。


 ジジ、ジ、ジジジ、ジ────。


 途切れ途切れの音が、記憶の中の祖父と繋がった。その瞬間、僕は気づいてしまった。


 この時計は朝を知らせるために鳴いているんじゃない。祖父との思い出が曇らないように鳴いているんだ。


 ジジ、ジ…………。


 最後の音。それ以上、蝉は鳴かなかった。来年になってもきっと、もう鳴かない。


 部屋に訪れた静寂には、さっきまでの音の余韻が混じっていた。耳の中にかすかに蝉の声が残っているような、そんな静けさだ。


 時計は止まっている。祖父の亡くなった日、亡くなった時間で、ぴったりと止まっている。

蝉は動かない。けれど、死んでいるようには見えなかった。眠りについただけのように見える。


 そうか。

 これまでずっと朝を教えてくれたから、今度はきみが眠る番なんだね。


 僕はそっと木箱に触れた。冷たいはずの金属は、どうしてか少し温かかった。


「精一杯生きているのを、一日も邪魔してはいけないよ」


 祖父は僕の中で生きている。ずっと僕の記憶の中で眠っている。


 ジジジジジジジ────。


 どこかでまた、蝉の声が聞こえた気がした。時計からではない、もっと遠くて、もっと近い、どこかで。

ご覧いただきありがとうございました。


蝉の声とともによみがえる記憶。


誰かに届きますように。

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― 新着の感想 ―
金属製の蝉が、本物そっくりに鳴く目覚まし時計。たしかに、蝉の鳴き声には、耳に残るものがあり、目覚まし時計にもなるかも知れませんね。その目覚まし時計にこめられた、お祖父さんの想いと、その音を聴く主人公の…
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