蝉目覚まし時計
「蝉は七日しか生きられないんだよ」
亡くなった祖父はそう言って、僕に蝉の目覚まし時計をくれた。
古びた木箱の側面に、透明の羽根がついた金属製の蝉がくっついている。
ジジジジジジジ────。
本物そっくりの見た目をして、本物そっくりの声で鳴く。そんな少し変わった目覚まし時計を見れば、祖父と共に蝉取りに行った幼い頃の記憶が蘇ってくる。
祖父は蝉を取るのが上手かった。僕は上手く捕まえられず、頬を膨らませる。そんな僕に優しく笑いかけて、祖父は片手で捕まえた蝉を見せてくれた。
「蝉は七日しか生きられないんだよ」
「なのか、だけ?」
「そう、七日だけ、さ」
祖父は僕が食い入るように見つめていた蝉を、すぐに木に戻す。蝉は慌てて遠くへ飛んでいった。
「あっ……つれてかえって、ともだちにみせたかったのに」
「いけないよ。それは、いけないことだ。精一杯生きているのを、一日も邪魔してはいけないよ」
ジジジジジジジ────。
目覚まし時計が鳴く。あの夏の日の蝉と、まったく同じ声だった。
この音を聞くのは今日で七日だ。どうしてか一年に一度、祖父が亡くなった日にしか鳴らないから。
僕は時計を止めないまま、布団の上で耳を澄ました。
ジ、ジジジジ、ジジ────。
お別れが近づいている。
それが痛いほどわかった。あの蝉は来年鳴かない。鳴いてくれない。祖父との思い出を、もう見させてはくれない。そんな気がした。
「蝉は七日しか生きられないんだよ」
その言葉を、今も鮮明に覚えている。あの時の祖父の真剣な顔も、落ち着いた声色も、ほんの少しだけ息が切れていたことも、全部。
ジジ、ジ、ジジジ、ジ────。
途切れ途切れの音が、記憶の中の祖父と繋がった。その瞬間、僕は気づいてしまった。
この時計は朝を知らせるために鳴いているんじゃない。祖父との思い出が曇らないように鳴いているんだ。
ジジ、ジ…………。
最後の音。それ以上、蝉は鳴かなかった。来年になってもきっと、もう鳴かない。
部屋に訪れた静寂には、さっきまでの音の余韻が混じっていた。耳の中にかすかに蝉の声が残っているような、そんな静けさだ。
時計は止まっている。祖父の亡くなった日、亡くなった時間で、ぴったりと止まっている。
蝉は動かない。けれど、死んでいるようには見えなかった。眠りについただけのように見える。
そうか。
これまでずっと朝を教えてくれたから、今度はきみが眠る番なんだね。
僕はそっと木箱に触れた。冷たいはずの金属は、どうしてか少し温かかった。
「精一杯生きているのを、一日も邪魔してはいけないよ」
祖父は僕の中で生きている。ずっと僕の記憶の中で眠っている。
ジジジジジジジ────。
どこかでまた、蝉の声が聞こえた気がした。時計からではない、もっと遠くて、もっと近い、どこかで。
ご覧いただきありがとうございました。
蝉の声とともによみがえる記憶。
誰かに届きますように。




